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UNITED  作者: maria
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 リュウジたちは初のレコ発ツアーに出ることとなった。一週間をかけて仙台から、名古屋、大阪、東京と回るのである。出演するライブハウスについては、全て社長が手筈を整えてくれた。そうでなければ、名も知れぬバンドが各都市を回ることは非常に困難である。


 ツアーのための車はアレンが出した。否、正確には父親所有のキャンピングカーである。名高きドイツ産の、しかもなかなか国内ではお目に掛かれぬ巨大なそれを、アレンが有無を言わさず借り出してきた。

 「まあ、親父も忙しい身だかんな。買ったはいいがなかなか乗れてねえんだよ。で、車庫に眠らしとくのも可哀そうだから、貸してっつったら即OK。」

 アレンはスタジオリハを終えたある日、そんなことを言った。

 「でも、俺免許持ってねえし。」リュウジは少々肩身の狭い思いで言うと、

 「ああ、それなら全然、全然OK。俺運転好きだし。初日は仙台行って帰ってくるだけだろ、んなの余裕余裕。」

 アレンは意気揚々と言ってのけた。

 そのため仙台に出立する日の朝、メンバーはアレンの自宅に集合することとなった。

 そこに待ち伏せていたのは、たしかにキャンピングカーというカテゴリーには入るのであろうが、見たことのない大きさを誇る、ベッドやら調理台やら、シャワールームやら、何から何までが装備された、ほとんど家のような車だったのである。

 リュウジなんぞは暫く口をあんぐりと開けたまま、「……何だこりゃ。」と呟いた。

 「これでな、ホテルに泊まる費用は削減できるし、何なら調理も出来るから炊飯器持ってけば、おかずだけ調達すればいいしな。あ、一応家にあった缶詰とレトルトカレーは乗せといた。それから、シャワーは、アメニティをちっと忘れてて……」

 「もういいよ。」ヨシが力無く言った。

 「そっか? ま、時間も時間だしな。よっし、じゃ機材詰め込んで、行くぞ。」アレンはそう言って元気いっぱい拳を突き上げた。

 車の免許を保持しているのはアレンとキョウヘイだけである。キョウヘイはこんな大きな高級車をどうやって運転するのか、来たばかりの頃は顔を引き攣らせていたものの、でもさすがにアレン一人に運転役を押し付けるのも忍びなく、荷物を積み込むと、二人が交代で運転をすることとなった。しかし、まずはアレンである。アレンは手慣れたようにハンドルを握り、リュウジは興味深げに助手席でアレンの様子を見つめていた。

 「俺、運転好きなんだよ。つうか車とバイクが好きでさ。万が一メタルで大成しなかったら、長距離運転手とか、いいな。」

 「マジか。」

 「あっはははは、まあ、メタル第一だけどな。で、来年なったら大型二輪も取ろうと思っててさあ。そしたら仮面ライダーのバイトでもいいな。」

 冗談か本気かわからないようなことを言っている。

 「お前もその内免許取ったら、いいぜ。あっちこっち行けるしな。」

 「まあ、……したら、ツアーの時に、俺も運転代わってあげられるしなあ。」とはいえ、こんな家のような車を運転することになるのかと思えば、緊張感も覚える。

 「18んなったら取れよ。」

 「あ、ああ。考えとく。」

 リュウジは車なんぞ今までも滅多に乗ったことがない。小学生の時、風邪をこじらせて病院に行くのに施設の乗用車に乗せられた時ぐらいである。それきりなので、こんな大きな車は見たことも乗ったこともない。物珍し気に運転席と車窓を交互に眺めた。

 「仙台まで、どんぐれえかかるの。」

 「まあ、休憩込みで6、7時間かな。」

 「へえ。……そんな運転したら疲れるな。」

 「まあ、ライブに差し支えると思ったら、キョウヘイに代わって貰うよ。まず平気だけど。」

 「運転って、難しい? しゃべりながらで集中できんの?」

 「大丈夫大丈夫。何なら歌ってやってもいいぞ。」

 「い、いいって。」

 それからアレンは車好きらしく、メルセデスだ、レクサスだと、これからどんな車に乗りたいかということを熱っぽく語っていたが、リュウジにはその半分もわからなかった。だから自ずとリュウジは、オーディオから流れて来る、VENOMの新譜に耳を傾けていた。

 「いいなあ、こんなの作りてえなあ。」思わずそう呟き、アレンの話を聞いていなかったことが露見するものの、アレンは気にする様子もなく、

 「お前なら出来るだろ。マジでお前から新曲渡されるたびドキドキするからな。今回はどんなんやらかしてくるんだ、ってな。」

 「でも、俺は作曲つってもガチガチに創り上げる派じゃないし。やっぱりライブでやれるようにもってくには、アレンとかヨシ、キョウヘイが絶対必要だよ。特に、あの地獄レコーディングをやって、マジでそう思った。」

 アレンは噴き出す。

 「あっは! まあ、俺らも作曲の一翼を担ってるっつうことか! それで成功できたらいいよなあ。そしたらこんぐれえの車、自分らで買ってよお、あっちこっち行って俺らの音楽やってさ。北海道から沖縄まで。」

 「北海道と沖縄か、いいなあ。」リュウジはかつてテレビで見たことのある、雪景色や青い海を思い浮かべた。

 「北海道行ってよお、寿司食ってラーメン食って、沖縄行って海行ってソーキソバ食おう。」

 「いいな!」リュウジは身を乗り出す。

 「あっはははは! そのために今回のツアー成功させなきゃな。」

 それから車は高速に乗り、ぐんぐん北上していった。途中サービスエリアに寄って休憩を取った。四人は初の遠出ということもあり、車を降りる際にリュウジがつまづいたといえば笑い、フランクフルトのケチャップが髪に付いたといえば笑い、些細なことで一々馬鹿笑いした。そうして簡単な昼飯を済ませると、今度はキョウヘイが運転を買って出た。もう物珍しさにも飽いて、アレンとリュウジは後方のベッドで横になりながら暫く他愛のない話題に花を咲かせている内に、腹もくちくなっているせいか眠気が襲って来て、そのまま夢の中へと誘われた。

 今夜ツアーの端緒をうまくつかんでいけるように。社長に2ndアルバムのレコーディングを早々に許可して貰えるように。そして全国ツアー、海外ライブ、フェス、……アレンとリュウジはそんなことを妄想しながら幸福な夢へと入って行った。


 「おい、そろそろ着くぞ。」

 そう運転席から言われ、リュウジはゆるゆると瞼を戦がせて運転席を見遣った。

 「そろそろ高速降りるかんな。用意しとけよ。」再びキョウヘイが言った。

 「早いな。」リュウジは身を起こして、大きな欠伸をした。

 「よっし。ぶちかましてやるか。」アレンはさっさと布団を跳ね上げて運転席に顔を突き出す。

 「やる気満々だな。」リュウジが素直に讃嘆すると、

 「実はな、今日やる気を漲らせるブツを持ってきた。」

 「やる気を漲らせるブツ?」キョウヘイが頓狂な声を上げる。

 「まあ、後で見せてやっから。」アレンはそう言って微笑んだ。「俺らの初ツアーを寿ぐブツだ。」


 東京から地理上では随分離れているはずのそこは、しかし普段のライブハウスと何ら変わることはなかった。ただ、ライブハウスの前に置かれたブラックボードにはDay of Salvation from tokyoとあったのが四人にとっては新鮮でもあり、アレンなんぞは喜々としてそれを写真に写した。それから事務室で四人の来店を待ち望んでいた店長に挨拶をすると、スキンヘッドの強面の店長は、Day of Salvationのデビューアルバムを讃嘆し、余程聴き込んでくれたのであろう、一曲一曲逐一展開から音作りに至るまで言及しながら、その独自性を賛美し、こちらでもメタルライブを活発化させていきたいので東京からもどんどん来てほしいといと強く訴えた。

 「ええ、俺らもこのアルバムを皮切りに、全国あっちこっち行きてえって思ってるんですよ。やっぱ俺らのことを知って貰うためには、ライブが一番だから。」アレンはそう朗らかに言った。

 「それは楽しみだ。」店長も微笑んだ。「地元のバンドも、特に今日はいいのを揃えているから。楽しみに見ても行ってくれ。」

 四人は心得顔に頷いた。


 機材を降ろし、そしてリハの準備に入る。

 「このツアーに向けてな、注文して来たんだ。」アレンはそう言って、袋の中から大きな包みを取り出した。

 「……バックドロップだ。」キョウヘイが茫然と呟く。

 「マジで?」リュウジも顔を突き出して見た。

 アレンは得意気に包みを広げてみせた。デビューアルバムで確定したDay of Salvationの繊細なロゴが大書きされている。

 「かっけえ。」そう言ってヨシはそっとその文字に手で触れてみた。

 「だろ。やっぱこれがなきゃな。」

 「気合入んな。」

 「たしかに。」

 四人はにっと笑い合って、そして準備を始めた。既に前のバンドのリハは始まっていて、Day of Salvationの順番も近づいているのだ。

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