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UNITED  作者: maria
28/61

28

 前のバンドの音が消えようとしている。高鳴るシンバル、上っては下る目まぐるしいギター、うねるベース。リュウジは目を閉じてそれらの一音一音に耳を澄ませた。全てが自分たちを賛美する音の群衆のように思えてならなかった。――ライブは成功する。今まで以上の結果を齎す。リュウジは突如そう確信して目を見開いた。


 完全に対岸のバンドが終息し、観客たちの目線と息吹がDay of Salvationのスタンバイするファーストステージに向けられるのを幕越しに感じる。

 アレンはキョウヘイを見、ヨシを見、それからリュウジを見、小さく微笑むと、「余計なことは考えなくていい。ただいつもの世界を完成さえすれば。」と小声で告げた。

 「そのつもりだ。」リュウジはそう言ってにやりと笑む。

 「俺も。」ヨシが続き、「たりめえだろ。」キョウヘイが最後に締めた。四人は暫く互いを見詰め合い、、

 「いくぞ。」アレンの掛け声に伴い、一斉に世界を紡ぐ音を出した。

 幕がぱっと消えるように落ちていく。

 その瞬間、迫る観客たちに対峙するように、リュウジは激しいリフを刻んだ。後押しをするようなハイハットと四度下を支えるベースのユニゾンが、瞬く間に世界を構築していく。みるみる血濡れの王宮が聳え立っていく。

 そこにアレンの絶叫が響いた。闇を切り裂く雷の如く。リュウジはその完璧に立ち上る光景にほくそ笑んだ。それが合図であったかのように観客も一斉に暴れ出す。拳を突き上げて頭を振りしだき、一斉に叫び狂う。何もかもが完璧であった。バスドラムとベースの突き進む先には、しかし一筋の月の如くうっすらと輝く希望がある。それは微動だにしない。だからこそ獣たちが、挙って我が物にせんと本能剥き出しのままに飛びかかっていく。しかしそれを手にすることのできるのはたった一人だ。その一人になるには、全てをかける必要と他者を蹴落としても構わぬという決意が必須だ。リュウジはそのフレーズを弾く度に一匹の獣となる。欲望だけに忠実な獣。世界の全てが敵であると信じて疑わぬ、一匹の獣。

 そして光は自分のものとなる。全てが報われ、そして幸福に包まれる。もう光を失わずに済むよう、盛んに強さを見せつける。自己を鼓舞しながら、誰にも負けぬと自分の強さだけを信じながら。

 アレンは客を煽りながら益々客席の熱量を上げていく。

 マイクに噛み付きながら、時折雄叫びに体をねじりながら、その一挙手一投足に観客が歓喜の声を上げる。それを僅かな隙も無くキョウヘイとヨシが支え、切る。リュウジはそのあまりにも堅牢かつ隙の無い世界観に陶酔した。しかしそれも僅か六曲で収束しなければならない。

 ――救済の日が終わろうとする。しかし、それは悲劇ではない。救済が無事に終わり、その必要がなくなったことと同意であるのだから。

 四人は物語の最後、めでたしめでたしを告げられたように心からの安堵を覚え、観客たちの歓声と口笛、そして温かな拍手で見送られライブを終えた。世界が静かに姿を消していく。幕がゆっくりと降りて来る。アレンはそれが最後まで降りるのと同時にその場にしゃがみ込んだ。肩を落としながら深々と息を吐く。

 リュウジとヨシ、キョウヘイもアレンの姿を安堵の思いで暫く見つめると、片付けを始めていく。それと交互にもう次のバンドが入って来る。四人は肩を寄せ合うようにしながら楽屋に戻って行った。


 それから幾つかのバンドが演奏するのを、彼らは楽屋から出た所にある客席の奥から静かに見ていた。とりわけ印象的であったのが、ヘッドライナーでもあるベテランメタルバンドで、さすがの風格であると言わざるを得なかった。ライブ経験を無数に重ね、その分苦闘を繰り返してきた者だけが到達できる、高みにおける一体感がまざまざと見る者に肉薄して来るようであった。曲の練り込みようも究極的で、無駄というものが一つもなかった。全てが必然において構成された楽曲は、これ程までに人の胸を打つのかとリュウジは嘆息を吐いて彼等のステージングを微動だにせずじっと見守っていた。いつかこんな風に自分たちもなりたいものだと、素直に四人は思った。


 そうしてイベントが終了した。それぞれの物販ブースに行列が出来、客席は観客たちとバンドマンたちの騒がしくも温かい会話の花があちこちで咲いていた。

 Day of Salvationもアレンの家でレコーディングしたデモCDを並べておくと、みるみる内になくなっていった。それに真っ先に手を伸ばしてくれたのは、女将である。

 「女将さん!」リュウジは満面の笑みを浮かべて叫んだ。

 「リュウジ、あんたカッコよかったよ! あんなしょぼくれた店で立たせておくのは申し訳ないぐらいに!」

 「何言ってるんですか。」リュウジは腹を抱えて笑い出す。

 「そうですよ、最高のヒレカツじゃないですか。」

 「あら、アレン君。アレン君もいつも以上にカッコよかったわよ! 芸能人みたいじゃないの。」

 「ありがとうございます。」

 「耳、大丈夫だった? うっさかったでしょ。」リュウジは言った。

 「なあに、リュウジのギターがこんなでっかい場所で聞こえて来て、本当に最高の気分だったよ。」店主も負けじとリュウジの手を握りしめて言った。

 「これ、一枚幾らなの。」

 「無料ですよ、無料。」ヨシがすかさず女将にCDを握らせた。

 「あら、そうなの。でも、……悪いわねえ。毎日一生懸命練習してる曲なのに。」

 「全然悪くないです。デモの2曲入りですから。」ヨシはそう言って笑った。

 「あら、そう? じゃあ、またリュウジにうちの差し入れ持たせるから。しっかり食べてまた元気な演奏見せて頂戴。」

 「任して下さいよ!」よし屋のヒレカツが何よりも好物だと公言するキョウヘイは、そう言って女将の手を握り締めた。「是非これに懲りず、また来て下さい。」

 「当たり前じゃないの。リュウジは私らの子どもも同然だからね。」

 リュウジはその瞬間体を強張らせた。

 「あら、やだ。ごめんね、つい、うっかり。」

 リュウジは目を瞬かせる。

 「いいじゃんかよ。リュウジだって今日、親父さんと女将さん来るから絶対ミスしねえように頑張んねえとって言ってたんですよ。な。」そう言ってアレンはリュウジの背を頻りに叩いた。

 「ほうら、お前が余計なこと言うから、リュウジだって困っちまうんだよ。お前って奴はいっつも一言多いんだよ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋りやがって。リュウジ、気にすんなよな。」親父はそう言って苦笑を浮かべる。

 リュウジは強張る口を無理矢理こじ開けて、「……ち、違うんです。俺も、親父さんと女将さんは、本当の親みてえな、否、親なんて俺にはいねえんですけど、親父さんと女将さんが親だったら、楽しいだろうなって、いいだろうなって、そう、思ってて。」

 「なあんだ。」アレンはリュウジの背を叩く。「……そういうことなんですよ。親父さん、女将さん、どうぞこれからもよろしくお願いしますね。」勝手に代弁してリュウジの背を叩いた。

 女将は優し気な笑みを湛えつつリュウジの元に歩み寄ると、無言のまま強く強く抱きしめた。

 「リュウジ。やっぱりあんたは私たちの可愛い息子だよ。これからもたっくさんの人たちに愛されるように頑張りな。いつでも応援してるから。」

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