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UNITED  作者: maria
19/61

19

 リュウジは当初の見立てよりも二日間も早く退院をすることができた。医師は若いから治癒力が高いのだろう、と讃嘆し、リュウジは喜び勇んで親父と女将と共に久方ぶりの店へと戻った。すると見知った厨房の風景は一変していた。

 所狭しと置かれていた鍋置き場がなくなった分奥に棚ができ、実に広々としていたのと同時に、真新しくもシンプルなリフォームが施され、店内の内装はまるで一変していたのである。

 「……どうして。」リュウジは店の玄関を入るなり唖然として、そう呟くのが精一杯であった。

 「どうしてって、」女将は悪戯っぽく笑む。「リュウジとこの人が使うんじゃ、このぐらいのスペースがないと。」

 「俺の、ために?」

 「否、もう三十年以上も使ってたんだから潮時だったのよ。ったく古臭いったらありゃしない。」

 リュウジの眼から、隠しようもなくぽろりと涙の粒が落ちた。

 「ほらリュウジ、今日はとりあえずゆっくりしな。おい、上、布団干しといたんだろ? 部屋戻って寝てろ。昼は運んでやるから。」

 「い、いや、手伝いますって。ほら、全然もうなんともないんですから。」そう言ってリュウジはぐるぐると腕を回して見せた。「手伝いもできねえで寝てるだけにしろなんて言われたら、治るもんも治らないですよ。」

 そう言われると店主は情けないような困ったような顔をしたものの、「じゃあ、……退院後早速で悪いが、……ひとつ手伝って貰うかな。」とぼそりと呟いた。

 「やった。」リュウジはぱちんと手を叩いて、「今から準備してきまーす。」と部屋へ駆け上がった。


 リフォームのお蔭で明らかに動線も少なくなり、仕事はしやすくなった。

 店主は「段々物取ってこっちで切って、こっちで揚げて、こっちで盛り付けてって、体力もきつくなってきてたから、ちょうどいいタイミングで工事入れられて良かった。お前には散々な目見せちまったが、感謝だな。」と、本心か気遣いかわからないようなことも言った。

 カウンター席からは厨房内も丸見えであるため、常連客は暖簾を捲るなり、「おい、どうしたんだ。随分小綺麗にしちまって。遂に坊主を後継ぎにする心づもりが決まったのか。」などと言い、「違ぇよ、こいつは音楽家になんだと。みゅうじしゃんだよ、みゅうじっしゃん。知ってっか? こう、ギターを弾いてる手付きなんかよお、本当に器用なもんだよ。今度ここで弾いてみせてやったらいい。な、リュウジ。」と、店主は答えるのであった。

 リュウジは火傷の事故以降、というよりも父母の記憶が蘇ってきて以降、自分の創り上げる音楽が変わって来たのを感じていた。

 リュウジは退院後も時折背に時折じんじんと熱を持つ痛みを覚えつつ、何度でもかつて同じ痛みを感じたことを思い出さずにはいられなかった。

 そして父母の姿さえも――。それは単純な喜びというよりも、自分も人間の男女の間に生まれたのだという当たり前でありながら、今まで考えようともしなかった事実をまざまざと突き付けるものであった。そしてそれは時に劈くような孤独感を、寂寥感を、味わわせたのである。それは昔、授業参観でクラスメイトが笑顔で父母を迎える様を見た時に感じるものと同質であるとは言えたが、それよりももっと遥かに強い感情であった。リュウジは目の前が真っ白になることさえあった。今までは、父母という存在は空想の人物と同じ、あるいは神仏と同じ、どうにも現実味の無い存在であった。それがいわば幻惑とは言え姿をもって目の前に現れたことで、リュウジはそれ以前とは全く異なった感情を覚えるようになった。

 自分はどうして捨てられたのであろうか。自分の何が気に入らなかったのであろうか。女将はきっと親が手放す時には辛かったに相違ないと、そう言ってはくれた。でもそれは単なる願望に過ぎないこともわかっていた。否、願望というよりも極めて善良な性質を持つ女将であるからこその推測に過ぎない。自分は愛されるに足らぬ存在であったのかもしれない。大切な何かが欠乏していたのかもしれない。しかし今となってはわからぬし、どうすることもできない。――無力。


 バンドで演じる曲においてリュウジのそんな思いが次第に顕著になって来たことをメンバーもまた感じていた。それまでのリュウジの曲はその性格が表すように、あっけらかんとした、西海岸系とでもいうような、実に十代の少年少女が好みそうなパンキッシュでメロディアスな曲が多かった。しかしそれがいつしかマイナーコードを多用するようになり、終いにはどうにかリュウジの「売り」であるメロディアスさは残ったものの、デスメタルに限りなく近い音楽になってきた。それでもリュウジの書く曲には魅力があったし、いつしかバンドのほとんどの曲をリュウジが作るようになったのも、要はそういうことなのである。だからリュウジが持って来る曲に文句は付けられなかったし、実際、文句の付けようもないのであった。メンバーはいずれもリュウジより年上の面々であったが、年齢を重ねるに従って聴く音楽も多様になって来たし、その中で次第にバンドはメロディックデスメタルバンドとして活動するようになっていった。

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