35
開戦を数週間後に控えたこの日、俺の所持船であり、今回の戦の旗艦となる船を始めとする海軍の艦隊を王にお披露目を行う観艦式が催される。
王宮と王都を隔てるように流れている大河の支流に一斉に軍艦を並べ、王都側からは一般市民が、王宮側からは貴族や王族、もちろん王自らその姿を臨む。
どういう風の吹き回しかわからないが、今回兄王に付き添うようにと言われている。
祭宮の青い正装に身を包み、兄王の待つ玉座の前で膝を折る。
「陛下。お時間でございます」
俺が膝を折るのと同時に、大臣の一人が兄王へと声を掛ける。まるで予めそうすると決められていたかのように。
普段は「祭宮の両翼」と呼ばれて俺の傍に付き従っているギーもルデアも、王の御前においては俺の傍に侍る事は適わない。扉の傍、末席とは言わないが王宮の序列の低い「祭宮」の配下に相応しい場所に控えている。
顔を上げると兄王の視線と交差する。
見下すかのような視線を感じるが、それを不快とも思わない。兄王の仕草に心が動く事は無い。
彼女を奪われない為に「兄の地位を形骸化する」ことを決意して以来、どのような言葉や態度にも心が動く事は無くなった。裏を読もうという気持ちはあるが、下卑た視線に動揺することは無い。
まるで凪いだ湖面のように穏やかな心持ちで兄王と接する事が出来る。
スージにされたことへの怒りは、心の奥深くで眠りについている。
俺は兄王から暴力や恐怖で人民を支配する事への嫌悪を学んだ。だから同じような手段で兄貴を陥れるつもりは無い。
ルデアに言わせれば、無駄に膝を折りすぎるという事になるのだが。
膝なんていくらでも折ってやる。それで目的を果たせるのならば。
「祭宮。今日は余の傍におることを許す」
「畏まりました。陛下、ありがとうございます」
別にありがたくもないが兄王の目を真っ直ぐ見つめて告げると、兄王は上機嫌そうに口の両端を上げる。
もったいぶって言っているが、要は「蒼」の衣を傍におくことにより周囲に「水竜」の同意があるかのように見せたいということなのだろう。
神託を知らない者ならば、俺が横にいるだけでそう思わせることも可能かもしれない。
はたと気付く。
俺が何も言わずに兄王の横に立つことによって、俺や水竜が戦争に同意していると思われるは得策ではないな。
意図的に表情を曇らせ兄王から眼を逸らせば、餌に食いついてきた魚のように兄王からは思った通りの言葉が出てくる。
「何か不満か、祭宮」
「……いえ」
一度間を置く。憂いを含むかのように顔を曇らせて兄王の顔を見つめると「どうした。言ってみろ」と懐の広い王の言葉が頭上に降り注ぐ。
さて、どのようにこの場を切り抜けるか。
思案しているのをどう捉えたのかわからないが、兄王はくくっと笑い声を上げる。
「臆するな。どのような事でも言うがよい」
あー。そっち方面でしたか。相変わらず腰抜けで肝の小さい男だと思われてるな、俺。でもまあいいか。それでも騙されていてくれるのならば。
さて腰抜けな祭宮ならばここでどのように言うのが適当なんだろうな。
観艦式が怖いなんて言うのは、さすがに海軍の将でもあったわけだから通用しないだろうし、さすがにそれは有り得ないと一笑に付されるどころか、逆に不自然すぎて怪しまれるだろう。
ならば、やはり正攻法しかないよな。
「陛下。申し訳ございません」
突然謝罪の言葉を口にした俺を見て、兄王は器用に片眉だけを上げる。
「一切の政に関わらず、また血の穢れに近付くことも許されない祭宮の身では、陛下のお傍に立つのは相応しくないかと思われます。折角の晴れ晴れしい舞台にこのような陰気な者が王に付き従っていれば、陛下のご威光に影を落としかねません」
不満が兄王の顔に広がっていくのを見て、一端頭を垂れる。
そしてゆっくりと顔を上げてその瞳を見つめる。兄王の顔には明らかに不快感が刻み込まれている。あまり機嫌を損ねるのも得策では無い。
「子供騙しかとは思いますが、もし可能でしたらこの青き衣を纏った私ではなく陛下の弟として傍に置いていただければと思うのですが」
兄王は考えるように顎を撫でて首を傾ける。
計るような目を投げかけられるが、逸らす事は無く兄王に対して小さく頷き返す。
俺はあなたの傍にいたいのだと籠めたかのように見せかけて。
悟られれば切られる。
わかっているのに、俺はこの今の状況を楽しんでいる。緊迫感のあるこの化かしあい。なんて楽しい一時なのだろう。それこそが俺に流れる「カイの血」なのだと誰に言われなくともわかっている。そして共存する残酷さ。
ああ、早く堕ちてくれ。心の中で舌なめずりしている自分がいる。だが同時に、簡単に堕ちてしまったのではつまらないと思う自分がいる。
ほんの少しだけ心に芽生えつつある「狂気」が、逆に俺を冷静にさせる。
「勝手な言い分でした。大変申し訳ございませんでした」
平伏して頭をこすり付けるようにすると、ざわりと空気が動く。
とっておきの王族である俺が、国王とはいえ血を分けた兄に対してするには少々卑屈すぎるのではないかと思われてもおかしくない行為だ。
だが、これでいい。
俺は恐れていなくてはならないのだから、兄王を。そしてその心深くまで警戒される事なく近付いていかなくてはならないのだ。
「祭宮」
兄王の言葉にゆっくりと顔を上げる。
その表情に感情の色は無い。王の仮面が張り付いているように見えるだけだ。
「青は嫌か」
暗に祭宮では嫌なのかと問われている。その問いかけに対し、周囲が息を呑んだのがわかる。今更驚いたように振舞ってくれなくてもいいのに。
イヤイヤ祭宮をやっているっていうのは、王宮内の公然の秘密であるのに。
まあ、今は誰にも「祭宮」を譲る気はないけれど。
たった一人、あそこで彼女に会うことを許されている。こんな素晴らしい地位は他には無い。
祭宮だからこそ、彼女に会える。彼女の声を聞くことが出来る。彼女のころころと変わる表情を見ることが出来る。
愛おしい。
傍にいなくてもなお、こみ上げてくる彼女への一方的な愛情。
瞳を閉じれば浮かんでくるのは、俺の言った冗談に頬を真っ赤に染めて慌てた顔。気品に満ちた巫女の横顔。そして、泣き顔。
たった一人、俺の心と世界を揺らす俺の「運命」
水竜に決められたからではない。もしかしたら水竜が決めたからなのかもしれない。
それでも彼女だけが俺を突き動かす原動力になる。
「嫌ではございません。先王陛下により決められ、水竜により承認されたこの身。ただ少々……」
言い淀む俺に続きを促す兄王に対し、すーっと表情を悔しげなものへと変える。下唇を少しだけ咬み、視線を逸らせて。
「この国の有事において、何もお力添えできない事が申し訳なく思います。本来なら海軍を……いえ、言っても仕方の無いことです。ただ不甲斐なく思います」
本音が少し混じる事によって、どうやら言葉は重みを持ったようだ。
兄王も居並ぶ大臣たちも、そして控える近衛たちまでもが沈痛な面持ちで俺を見つめる。まるで哀れむかのように。
ほんの数年前まで手にしていた海軍の将としての地位。この国においてもっとも豪華な軍艦。
それに対して今の俺の手の中にあるものは何だろう。何も無い。ただひたすらに「祈る事」を託されただけ。
青き衣と祭事に関わる決裁権。それが今の俺の全て。
何も持たない者のように見えるだろう。事実政と祭事は関わる事を許されてはいない。
しかしどうだろう。実際には俺には自由がある。俺の采配一つで国中に配る金の流れを変える事だって出来る。その金で人の心を掴むことも出来る。
何も持たぬがゆえに、どこまでも自由に俺は何でも出来る。
最近になってようやく気が付いた。俺が父上に与えられたのは「自由」であったのだと。そしてそれによって何を為すのかを計られている。ただサインをして印を押すだけに成り下がるのか、それとも豊富な資金で自分の基盤を作り己の地位を覆すのか。
玉座は兄貴に譲られた。しかし兄上にも俺にも同じように「自由」と「権力」を与えられている。
それぞれが協力しあえば強固な王国を作り上げる事が出来る。しかし互いに反発しあえば国は脆く崩壊していく。
恐らく父上は前者を願ったのだろう。そして三人の誰もが互いを牽制しあうことを願っていたはずだ。
それだからこそ、父上も兄上も俺に兄貴を止めることを望んだのだろう。
今なら、わかる。
自分が何をしたいのかが明確になった今なら。
ギーは笑った。そしてルデアは溜息を吐きだした。女一人に左右される愚かさに。
「そちの考えはわかった。許可する」
「ありがとうございます」
物思いに耽っていた俺の意識に兄王の言葉が入ってくる。再び額をこすりつけるようにして感謝の言葉を告げるが、あっさりしすぎていて面白みに欠ける。
俺は兄王の手の上で踊らされているだけではないのだろうかと懸念したが、その後の観艦式でも俺を横に伴い上機嫌に艦隊を見下ろしていた。
何を思ったのかはわからないが、観艦式の日を境に妙に兄王に懐かれている。
意図的にではないが、戦の準備で忙しい兄上とは話す時間も取れないので、こちらの思惑は伝えようも無い。それももしかしたら兄王の警戒を解く一端になっているのかもしれない。
昔から俺が「兄上びいき」なのは王宮中の誰もが知るところだ。
しかしあの玉座の間での演技以来、どうやら俺が兄王に媚びて将軍の座を取り戻したいと思っていると王宮内では言われている。
正直この手が血で穢れると困るので、将軍になれと今言われたら辞退させていただくのだが。
まあその辺のバランスが難しいところだな。
祭宮というのは閑職だ。
代々王の兄弟や従兄弟が就く役職ではあるが、王宮内ではあまり重要視されない地位である。
数多いる大臣のほうが、実際に権限も多く持っている。
祭宮の重要任務は「水竜の神殿の巫女に会い神託を得る事」であって、国の祭事一般に関わる金の流れを取り仕切るのはあくまでも付随する行為でしかない。
故に俺自身も今なお、その地位を軽視している。
誰でも祭宮になれる。祭宮であれば誰でも神託を得る事が出来る。だから俺で無くてはならないというものではない。
多分彼女が巫女でなければ、そこまで執着しない地位でもある。
それでも青い衣が隠れ蓑になる事を知った。
俗世に関わる事が無いという「思い込み」が俺の行動を隠してくれる。
今では「闇」の八割方は掌握しているといっていいだろう。王家直轄の隠密集団である「闇」をこの手に引き入れてしまえば、天井裏や周囲の者たちに必要以上に警戒する必要も無くなる。
だがここで油断すれば、誰かが寝首を掻くかもしれない。警戒は最大限に。
兄上お気に入りの祭宮の正装に身を包み、祭宮の両翼を従えて王宮の回廊を歩いていく。
最近日に一度は玉座の間か兄王の私室に呼ばれる事がある。
そのたびに正装を着なくてはいけないのが面倒でもあるが、その対価もまとめて後々払ってもらえばいい。
この計画の成功を思えば、祭宮の正装を身に纏うことくらいお安い御用だ。
今日呼ばれたのは玉座の間。
ここに呼ばれると長くなるのが嫌なのだが、さしあたって差し迫った用件は入っていないので気が済むまで付き合うとするか。
「ルデア」
「はい」
「医学院のほうは」
「全て終わっております」
「わかった。ありがとう」
歩きながら現在最大の懸案についてルデアに問いかけると、全て終わったと言う。
ルデアに頼んでいたのは、王立医学院を手中に収めること。正確にはその下部組織である「ギルド」を手に入れること。
俺は俺なりに考えた。
血の穢れに触れてはならない身で、この手を直接汚さずに目的を果たすにはどうしたらいいのか。
その手段を使わずに済むならそれでいい。またその手段を他者に使わせない為に「ギルド」を支配下に置いておいたほうが都合が良い。
兄王が「闇」を使って姫を落としいれようとした方法をいつでも使えるように。今後誰にも使わせない為に。
正攻法で人を陥れなくとも薬を使えば人は堕ちることを教えてくれた兄王には感謝しなくてはならないな。
ルデアとの短い会話を終わらせると、目的地である玉座の間の大扉が視界に入る。その傍には文官武官に大臣たち。今日も玉座の間は盛況のようだ。
その間をすり抜けるように歩いていくと、ふんっと鼻で笑うような品の無い声が聞こえるのでそちらに目を向ける。
兄王を支持している内務大臣と視線が合う。
「これはこれは祭宮殿下。ご機嫌いかがですかな」
「悪くは無いよ。ありがとう」
そのまま品の無い態度は放置して通り過ぎようとすると、ははっと乾いた笑い声を上げるので、足を動かすのを止めて内務大臣を見やる。
さも不満ありげといったその態度は、大国の内務大臣として相応しいものではないな。そのうちその地位を返上してもらおう。
そんな事を俺が思っているとも思わない大臣は口元を歪めて品の無い愛想笑いを俺に向ける。
「そうでございましょうなあ。本来政には関わらないはずのお立場であることもお忘れになり、政をなさる王の傍に侍っていらっしゃる。さぞご気分も宜しいでしょう」
あーでたでた。得意の嫌味。まあそろそろ不満が出てくる頃だとは思っていたが。
確かルデアはこいつらには諂うなと言っていた。むしろ先々の事を考えると絡まれたら、出る杭は力一杯打って構わないと言われている。常日頃は下手に敵を増やすなと言うクセに、だ。
では事前の予定通りに。
ルデアに視線を投げかけると、瞬きで頷き返してくる。やってしまえということだろう。
「内務大臣」
目の前の品の無い国政を預かる大臣にその役職で声を掛けると、慇懃無礼の見本のような礼を返してくる。
「言い分はわかった。もっと王の傍に侍りたいということだな。では後程陛下に進言してみよう」
「祭宮殿下?」
少々間抜けとしか言いようのない返事が返ってくるが、これもまた想定内。
「そうなのだろう? 陛下のお役に立ちたいからこそ俺に嫉妬しているのだろう?」
「嫉妬など」
鼻で笑う大臣に首を傾げてみる。
「はて。ではどのような意図があったのかな。俺に祭宮として慎み深く執務室に篭っていろと。そういう事かな」
「よくおわかりで。祭宮殿下は話がお分かりになる」
そんな簡単に乗ってくれると興ざめだな。
最初の一撃が大事なのです。最初に絡んできた輩を徹底的に潰す方向でお願いします。そうすれば侮る輩どもに一泡拭かせられますし、後々おやりになる事がやりやすくなります。
そう言ったルデアは妙に楽しそうだったな。あいつ、普段言いたいなら言わせておけという態度だったくせに、結構腹立たしく思っていたのだな。
さーてっと。
ちらっとギーのほうに視線を移すと、こくりと頷いて扉の前に立つ近衛兵に話しかける。
手筈完了。
「どうして俺が陛下に呼ばれるのか、わかってる? わかってないよね、内務大臣」
にやっと笑ってしまったのは失敗か。ルデアが眉間に僅かに皺を寄せたから。
対する内務大臣は何を思ったのか、俺を値踏みするかのように腕組みをしている。ああ、わかりやすく引っかかってくれてありがとう。
「殿下がわざわざこの老いぼれに講釈してくださるというのでしたら、ぜひお聞かせ戴きたいですなあ」
「講釈するようなことは一つもないよ。自身の心に問いかけたら良い」
「心にですと。わたしのですか」
「ああ、そうだよ。わからないのなら、その地位陛下に返上すると良い。俺は政には一切関わる気はないけれど、王家の人間として陛下や先王陛下、そして将軍閣下を害するものは許さないよ」
カツっと小さな音が耳に届く。うーん、こういう展開はあまり好きではないのだが、今回はこれで手を打っておこう。
「俺は何も出来ないからこそ、陛下のお心に寄り添っていこうと思っている。何故ならそれしか出来ないからだ。大臣は陛下のお心を支える努力をしたことはあるのか? 他人の足を引っ張るよりも、陛下の為さろうとすることを完遂する為の努力をしてきたか」
ギーっと扉が少し開く音がする。
何で俺こんな心にも無い事を言い、しかもこれから蹴落とす予定の兄貴に媚を売るように見つめなくてはならないんだ。
手筈どおりとはいえ、なんか嫌気がさしてきた。これ、途中で放棄しても構わないかな。
そういう気持ちを籠めてルデアを見ると、ルデアは小刻みに首を横に振る。
だが思った通りの展開にはならなかった。偉そうに踏ん反り返って現れるだろうと思っていた兄貴が、扉が薄く開いた後も現れないからだ。こちらの様子を窺っているだけか。
だったらもうメンドクサイ。やってしまおう。
「一応言っておく。俺は陛下や将軍閣下に比べたら愚鈍に見えるだろうし実際に凡人だろう。だがね、これでも王族としての矜持は持っているつもりだよ。何故一介の貴族ごときの言に振り回されなくてはならない。何故お前が俺に陛下から離れろという注文をつけることが出来る」
睨み付けると内務大臣はぴくぴくと頬を痙攣させる。
自分の息子よりも更に年若い俺なんかにお前呼ばわりされては、癇に障ったのだろう。それも狙い通り。
「そのようなつもりで申し上げたわけでは」
「じゃあ何。陛下が俺を呼んだのは事実。陛下の判断が間違っていると言いたいのか。政に関わるべきではない人物をわざわざ傍におくなんて可笑しいとお前は思っているのだろう」
「そのような事は決して」
そうだよなー。お前が担いでいる神輿に乗っているのは兄貴なんだから、ご機嫌を損なうわけにはいかないよな。
ただほんの少し俺が目障りなんだろう? そんな事はわかっている。
「では何故俺の行動に言いがかりをつけたのかな。それとも俺がお前に頭を垂れるとでも思っているのか。あいにくながら、俺は王にしか膝を折ることはしないし、頭も垂れない。残念だったな」
うっすらと笑みを浮かべた俺を怒気まじりの目で睨みつける大臣の姿が滑稽でならない。
直系王族で祭宮。
どこに権力闘争に加わる要素がある。何故そのような事も理解できないのか。権力の亡者とは愚かなものだ。
扉の向こう側からこちらを見る兄貴は何を思うのだろう。
王である自分の判断を疑い、王の弟である俺を遠ざけようとする大臣。
自分を守り立てるべき人物が、足を引っ張ろうとし、そしてまた混乱を招こうとしている。
スージを血祭りに上げる事によって俺を手中に収めたと思っているのに、それを敵対勢力にしかねないような愚かな行為。
そして何よりも同じ血の流れる王族である俺を見る大臣の目。
それが王族に向けられるべきものだろうか。プライドの高すぎる兄貴にそれを受け止められるだろうか。
敵は誰だ。さあ、疑心暗鬼になればいい。そして俺以外を信用しない愚かな王に成り下がれ。
「ルデア」
「はい」
玉座の間の扉前の騒動とその後の兄王の束縛から解放され祭宮の執務室に戻り、祭宮の正装を脱ぎながら声を掛ける。
しゅるっと音を立てて上着を脱ぎ侍女の一人に手渡して、執務室の奥の衣裳部屋に入る。
後をついてきたルデアを振り返ると、ルデアはどことなく楽しそうな顔をしている。
「ギルドの新しい薬、被験者が欲しいと言っていたな。あれ、内務大臣に送ってみようか」
「畏まりました。まずは最大支持勢力である内務大臣一派との間に亀裂を決定的にするのが宜しいかと」
くすりと俺が笑うと、ルデアはにやりと笑みを浮かべる。国王との間の、と付け加えなくともお互いに目的を理解している。
「何ヶ月持ちますかね。お心が」
ふっと笑みが漏れ出たついでに問いかける。
「それは内務大臣がか、それとも兄貴がか」
「……おわかりでしょうに」
かつて権力闘争で侯爵位を奪われたルデアの父。今は伯爵としてルデアが家を継いでいるが、その背後にいたのが内務大臣一派だった。
全ては俺を支持する人物たちを陥れる為の計略であり、非常に残念ながらルデアの父はそれに掛かってしまった。
ルデアが王になれと俺に言うのは、その事件があったからだ。自分と父を追いやった内務大臣一派への復讐の一端として、俺を玉座に就かせようと誰よりも強く願っていた。
が、思わぬ形で権力の座から引き摺り下ろせる算段をつけたことによって、ルデアは俺に王になれと言う事が無くなった。
俺の「彼女は渡さない」という執着から出た行為は、ルデアの「内務大臣一派に一泡吹かせたい」という復讐心を満足させるに相応しいものだったようだ。




