四十四話『何も言わないなら、それで結構です』
再び魔族が羽を広げる。それが転移に必要な動作なのだろう。
転移してくるのは防御魔法の内側、つまり手の届く範囲。そして奴は二度も続けて俺の目の前に転移してきた。わざわざ背後を取る必要がないという傲りの顕れだ。
魔族が姿を消すその瞬間、俺は目の前に魔法を放つ。
「っ!?」
予想は見事に的中し、魔法を放った直後目の前に魔族が転移してくる。
魔族は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で身を躱すも、至近距離で放たれたそれを避け切る事は出来ず、四枚ある羽の一枚が千切れ飛ぶ。
再び、残った三枚の羽を広げ、姿を消す。それとほぼ同時に、背後から金属のような硬い物同士がぶつかる音が響いてくる。
「こいつ、二重に防御を……っ!?」
魔族が俺の背後に転移し、鋭い爪を振り下ろして攻撃してくるも、それは俺が張った魔法により完全に防がれたのだ。
俺は後ろを振り返りながら、魔族に魔導具を向けて魔法を放つ。だが、魔導具のトリガーを引くよりも先に、魔族は羽を広げて再び後方へと転移して逃げる。
「邪魔ですね」
俺は周囲を覆うようにして展開していた防御魔法を解除する。
魔族は、少し様子を伺うように俺を見据えた後に、再び羽を広げて俺の眼前まで転移を駆使して移動してくる。
鋭利な爪で喉元を引き裂くでも、強靭な顎で首を噛み砕くでもなく、ただ気絶させるために、まるでフォークを持つかのように軽く握った拳を、俺の腹部めがけて振り上げる。
生け捕りが目的と言っていた。だから、手加減しているのだろう、攻撃には少しの殺気も感じられない。身体強化を目に集中させて動体視力を底上げせずとも、十分に反応出来る程度の速さしかない。
防御魔法を腹部に張り、魔族の拳を受け止める。続く転移による背後からの一撃を躱しつつ、その腕を右手で掴む。そして魔導具を魔族の顔に向けるも、引き金を引く前に、魔族は俺の右手を振りほどき、そのままの勢いで魔導具を付けた左腕を弾き、羽を広げて転移で逃げる。
そして魔族はまた、こちらの様子を伺うように、ゆっくりと右に回り込むように移動する。
そして再び羽を広げると、転移で距離を詰め、二度攻撃しては三度目の転移で距離を取る。余程、俺の魔法を警戒しているのか、一撃離脱の戦法でじわじわと俺の体力を削いでいくつもりなのだろう。ルーキの森と同じだ。
転移の能力を正面から打ち破るのは難しい。どうにかして、あの能力の弱点を見つけなければ、時間が経てば経つほど魔族に優位となってしまう。
「弱点か……」
思えば、先程から三度目の転移で逃げられている。最初は四度連続で転移を使用していたが、今は連続して三回以上は使ってこない。連続して使用できる回数にも制限があるのだろうか。だとすれば、それは四回だろう。
四度目を使わないのは単に保険で残しているのか。
「試してみるか」
三度目の転移に合わせて、全方位に無差別に魔法を撃ちまくる。威力よりも数を優先し、魔導具は使わず、自分で初級のライトボールを無数に展開する。
「出鱈目な……」
魔族は顔を歪めると、転移を使わずに防御姿勢を取る。
魔法が何発も直撃し、魔族の身体にいくつもの打撃痕が残る。
「ん?」
転移を使わない? そんな疑問が浮かび上がるが、その答えを考えるよりも先に体が動く。
魔導具を魔族に向けてトリガーを引く。魔導具から射出された光の槍は一筋の光の線を描きながら、魔族の頭へと飛んでいく。
当たる――そう確信したものの、魔族は頭を傾けて紙一重でそれを避ける。魔法が頬を掠め、傷口から一筋の血が流れる。
「避けられてしまいましたか」
ここで勝負が決まっていれば楽だったのだが、やはりそう甘くはない。だが、おかげで弱点らしい弱点も見えて来た。
四回以上は連続して転移が使える筈なのに、今の攻撃は転移を使って回避しなかった。なにか、使えない理由があるのだろう。だとすれば、それは何故か。最初と今との違い……。
「羽の枚数?」
「――!」
俺が呟いた言葉に、魔族が僅かに動揺する。
「図星ですか」
羽の枚数と転移を連続して使用できる数は同じ。
最初と今とで奴に違いがあるとすれば、それは背中から生えている羽の枚数。転移するのに羽を広げていたことからも、背中の羽が転移の鍵となっていると推測できる。
「連続して転移できるのは三度まで、そしてその後少しの間は使用できなくなる。距離を取った後に一々、様子を伺うようにしていたのも、その時間を稼ぐため」
「頭までよく回りやがる」
弱点さえ分かれば容易い。奴が転移を使えなくなっている間に、物量で押してしまえばそれで片がつく。
二度目の転移による攻撃を魔法で防ぎつつ、ライトボールを大量に展開する。そして、三度目の転移で魔族が現れた場所に向けて、一斉に放つ。
魔族は先程と同じように、顔の前で腕を交差させて守りを固める。その隙に、魔導具で狙いを定めて、ライトランスを三発撃つ。魔族はそれを回避するため、ガードを解除し、後ろへと大きく飛び退く。しかし、俺が狙ったのは本体ではなく羽の方。
光の槍は途中で軌道を変え、魔族の羽を貫く。
「ちっ」
魔族が露骨に顔を歪め、舌打ちをする
これで、残る羽は二枚。転移が使えるようになる前に、もう一枚使えなくしてやる。
そう思った俺は、地面を強く蹴り、魔法を絶えず撃ち続けながら距離を詰める。
魔導具を向け、拘束魔法を使う。無数の鎖が魔族に襲い掛かる。だが、その鎖は魔族に絡みつくよりも先に、魔族は羽を広げて転移する。
すぐさま周囲を警戒する。ほんの僅かな風の流れを感じ取り、転移してきた方向に防御魔法を展開して攻撃を防ぐ。それと同時に魔導具を向けて反撃に出るも、魔族はすぐさま羽を広げて転移する。
この転移で距離を取る。それに合わせて……。
「がっ」
魔法を大量展開する……そう思った矢先、右腕と横腹に激しい鈍痛が走ると共に、俺の身体が宙を舞う。すぐに、背後に転移した魔族に蹴られたのだと理解した。
右腕の痛みに顔を歪めながらも、空中で体勢を整えつつ、魔導具を魔族に向けてとにかく魔法を撃ちまくる。
転移を使い切った魔族は、降り注ぐ光の槍を自力で回避するも、全て避けることは出来ず、腹と羽を貫かれる。
「……っう」
壁にぶつかり、地面に叩きつけられ、右腕と脇腹の激痛に立ち上がれずにうずくまる。右腕は完全に折れているし、この様子では肋骨も何本かいっただろう。
二度目の転移を攻撃に使ってくる……予想をしていなかったわけではないが、至近距離から俺の魔法をくらう事になる為、ないだろうと思って油断していた。
「二度目の転移で距離を取ると思ったか?」
おびただしい量の血を流しながら、魔族はゆっくりと俺に近づいてきながらそう言った。
残る羽は一枚となり、向こうの景色が見える程の穴が腹に空き、奴も満身創痍だが、それでも立っていられるとは、ちょっと引くレベルの生命力だ。
「まぁ、その怪我なら喋れねぇだろうな。意識があるだけ大した根性だ」
「……そうですね、まさか捨身で来るとは思いませんでした」
俺はそう言いながら、脇腹に手を当て、壁にもたれ掛かるようにして立ち上がる。
「ほぉ、まさか喋れる余裕まであるとはな。少し手加減しすぎたか?」
「魔法の威力を見たなら、予想はつく筈ですし、堅実に来るものとばかり思っていました」
脇腹から手を離し、右腕に手を置く。
「――!」
俺の言葉の意味を理解したのか、魔族は目を見開いて驚き、同時に焦りに満ちた表情で、鋭い爪で襲い掛かって来る。
それに合わせて拘束魔法を使う。魔導具から放たれた鎖は、魔族に絡みつき、動きを完全に封じる。
「回復魔法も、普通の範疇には留まらないんですよ」
右腕が元通りになった事を確認し、魔族の羽に手を当て、残る二枚も魔法で千切る。
これでもう、転移を使う事はできない。手足を拘束されて身動きも取れない。完全に勝負ありだ。
「いろいろと聞きたい事があります。なぜ、殺せではなく生け捕りなのですか?」
「……」
俺は魔族に質問を投げかけるも、奴は何も答えずに、目を閉じて俯く。
「追い詰められても、殺そうとはしませんでしたね。殺す気であれば、そうする事もできたでしょうに、よほど命令に忠実なのですね」
「……」
「だんまりですか。答える気がないのか、それとも理由なんて知らないのか……おそらくは後者のほうでしょうね、下っ端は理由なんて知らずとも良いっていう」
「……」
挑発してみたところで、眉一つ動かさない。
「ライトボール」
「……ぐっ」
魔法で少し痛めつけたところで、まったく口を割る様子はない。
これ以上聞いたところで、時間の無駄だな。
「何も言わないなら、それで結構です」
魔族の頭に魔導具を向けて、ゆっくりと引き金を引く。




