四十三話『……サーシャ、頼みます』
突如として現れた魔族。そのおぞましい姿を見た途端、貴族たちは悲鳴を上げて我先にと逃げ出す。
なぜここに魔族が居るのか。それに、明らかに向こうの味方をしている。
「……初めから、そこで繋がっていたわけですか」
エヴァン王が王都の陥落を知っていたのも、魔族と裏で繋がりがあったから。ここでアルの身柄を狙ってきたという事は、魔族の狙いが国の乗っ取りだという事を意味している。
そんな事をしたところで、無意味だと考えていたが、この国と魔族の繋がりがあったとなれば事情は変わって来る。
彼らが組めば、ライラットとティシュトルの間にあるローディウス共和国を挟撃できる。そうなれば、ライラットとティシュトルで人間界の半数以上を占めることが出来る。三ヵ国同盟を一方的に破り、残るレーベン帝国との関係が悪化したとしても、それ以上の見返りが期待できる。
そうやって魔族側から取り入り、エヴァン王がそれに乗ったというところか。貴族達が逃げ出した所を見るに、エヴァン王との間でのみ交わされた密約なのだろう。
魔族の目的が国盗りとわかった以上、王都以外の領地が襲われるのも時間の問題。放っておけば、数多くの血が流れる。ルーキの森で見た生徒の、無残な死体が脳裏に浮かぶ。
あの時のように……いや、今度はより多くの人が理不尽に抗えず殺される。
それを防ぐために、ここで魔族にアルを渡すわけにはいかない。
勝てるという保証はない。セロが居たとしても、魔族二体を相手にするとなると無事では済まない。それでも、アルだけはここから逃がさなければならない。
「ユウリ様、おやめください」
邪魔なドレスを脱ぎ捨てる。魔道具の魔法陣を全て押し込み、魔族の元へと足を踏み出そうとすると、後ろからサーシャに肩を掴まれた。
振り向くと、サーシャは緊迫した表情で、真っ直ぐと魔族を見据えていた。彼女も魔族の強さと恐怖をよく理解しているのだろう。
「大丈夫です。先輩はアルを連れて飛斑さんの所まで連れて行ってください」
「しかし、ユウリ様を置いて逃げることなど」
「……サーシャ、頼みます」
いつもの後輩からのお願いではなく、騎士であるサーシャ・ブラウニーの主として命令する。
「承知しました。ユウリ様、どうかお気をつけて」
サーシャはそう言うと、アルを抱えて城の外へと向かう。意外にも、魔族達はそれを追うような素振りは見せず、ただ黙って見ているだけだった。
「君も逃げていいのだよ」
俺の隣に立つセロが、冗談めいた口調でそう言ってくる。
「強制はしないのですね」
「君の判断力、戦闘力、精神力、共に魔族が相手であろうとも、十分に渡り合えるだけのものを持っている。だから強制はしない」
国一番の騎士にそう言ってもらえると、俺も自信がつく。
「話は終わったか?」
セロとの会話が終わった所で、ライオンの魔族がそう声を掛けてくる。
「わざわざ待ってくれていたのですか? 意外と気が利くのですね」
「俺は他の奴らと違って紳士的なんでな。で、どっちが俺とやりあう?」
「では、貴方の相手は僕が務めさせて頂きます」
「んじゃ、こっちでやるぞ」
セロ達から少し離れたところに移動しながら、魔導具の身体強化を解除し、自分で掛けなおす。魔力を目に集中させて動体視力を底上げし、防御魔法を展開して戦闘準備を整える。
「おい、一つ聞くがお前の仲間に同じような外見の奴はいるか?」
「いませんよ」
そんな事を聞いて、一体それがどうしたんだ。俺はそう思いながらも答えた。
「そうか……」
ライオンの魔族は、俺の答えを聞いてゆっくりと息を吐き出しながら、そう小さく呟いた。
翼を広げ宙へと舞い上がったと思った次の瞬間には、その姿は跡形もなく消えていた。どこに行ったのかと、周囲に目を向けるよりも早く、俺の目の前に、それも展開した防御魔法の内側に音もなく姿を現した。
「なっ!?」
半ば反射的に防御魔法を解き、後ろに飛び退いて再び魔法を張りなおす。
ライオンの魔族は再び翼を広げ、その姿を消す。そして、先ほどと同じように俺の目の前に現れる。そして、俺の頭を掴もうと手を伸ばしてくる。
しかし、その手が伸びてくる速さはルーキの森で戦った魔族ほどではない。俺は落ち着いて防御魔法を解除し、目の前に盾のようにして再展開する。
魔族の伸ばした手はその盾に阻まれ俺に届くことはなく、魔族は羽を広げると俺の右側に回り込むように一瞬で移動し、再び俺の頭に手を伸ばす。
二度も同じものを見せられれば、三度目が来たとしても驚きはしない。次は防ぐ事はせず、地面を蹴ってその手から逃れつつ、魔導具を向けて魔法を放つ。
魔法が届くよりも先に魔族は羽を広げると、距離を取るように上空に一瞬で移動する。
「……転移ですか?」
「たった四度でよくわかったな」
俺が魔族にそう問いかけると、魔族は少し驚いた様子で頷く。
防御魔法を物体が通り抜ける事はできない。だから、目で追えない程速いというだけならば、魔法に阻まれて俺に近づけない。現に、俺に掴みかかって来た手は魔法により阻まれた。防御魔法の内側に現れたという事は、空間そのものを飛び越えているという事。
「だから、追いかけなかったわけですか」
空間転移が出来るなら、わざわざ急いで追いかける必要もないだろう。
邪魔者を排除してから、ゆっくりと追いかければいい。
「それもあるが、あれは優先順位が二番目だからな」
「二番目? では、一番目は?」
魔族の言葉に、すこし驚きながらそう聞いた。アル以外にも目的があった事もそうだが、アルの優先度が二番目だという事にだ。
魔族にとって最も厄介なのはアルの筈だ。王都を落としたとはいえ、ライラット全てを手中に収めたわけではない。魔族が国を盗ったとしても、出来るのは恐怖と力による支配だけ。だから、対抗する力の存在、それ自体が最も邪魔となる。
アルはその対抗する力の御旗となる存在だ。魔族にとっては最も消してしまいたい存在である事は誰から見ても明白であろう。
「お前だよ」
「……どういう事ですか?」
最優先目標が俺?
意味がわからない。アルに次いで俺を狙うというのであれば理解できる。だが、アルを差し置いて俺を狙う理由など見当がつかない。
「そのまんまだ。白い頭に、赤い目のガキを生け捕りにしろって命令だ。次に王子を捕まえるか殺すか」
それを差し置いてまで……よほど、重大な理由でもなければ考えられない。
一人の人間――リュカ・ライトロードの姿が脳裏をよぎり、胸が締め付けられたような感覚に襲われる。
「その命令を下したのは誰ですか?」
そんな筈はないと内心否定し、俺は魔族に強い口調でそう聞く。
「お前も知ってんだろ。一度戦ったって言ってたぜ」
その答えを聞いて、少しホッとする。
奴は俺の魔法の威力についてよく知っている。奴だけは、出鱈目な威力の最上級魔法を目の当たりにしている。だから、アル以上に厄介だと思われている事も頷ける。
だが、殺せというのであればともかく、生け捕りにしろというのは理解できない。
「なるほど、あの魔族ですか。しかし、随分と回りくどい事をしますね。」
「知るかよ。なんにせよ、お前にはさっさと眠ってもらうぜ」
何か別の理由があるのではと探りを入れてみるものの、魔族はこれ以上の会話を拒み、ゆっくりと拳を構える。それを見て俺も自然と身構える。
まだ聞きたいことは山ほどあるが、今は目の前の敵に集中しなければならない。他の事に意識を割いていてはあっという間に押し切られてしまう。
先ずは眼前の敵を倒す。話をするのはそれからだ。




