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四十二話「お姫様抱っこでもいいですか!?」

「どうやら、ライレイが落されたらしいではありませんか?」


「アル! 下がって!」


 エヴァン王がそう言った瞬間、俺は弾かれたようにアルの腕を掴んで引き寄せる。

 俺と王との間にセロが割って入り、サーシャも状況が呑み込めず戸惑った表情をしながらも、俺とアルを守るようにセロの後ろに立つ。


「そう警戒しないで頂きたい」


 エヴァン王は口元に笑みを浮かべてそう言う。


「エヴァン王、なぜそれを知っている?」


 セロが敵意を剥き出しにして、エヴァン王に問いかける。


「風の噂で聞いただけですとも」


 セロの敵意を見ても、飄々とした態度を崩すことなくワインを片手にそう答える。


「白々しい事を、王都が落とされたのはつい先日の事、早馬であってもここティシュトルに知らせが来るまでは五日はかかる」

「アル、逃げますよ」


 アルの手を引き、この場から逃げ出そうと城の外へ向かう。


「警備兵、あの者らを捕らえよ」


 エヴァン王がそう言うや否や、完全武装した兵士が押し寄せてくる。あっという間に周囲を取り囲まれてしまい、退路を完全に塞がれる。

 全身を覆うフルプレートに無数の魔導具を装備した、警備にしてはあまりに行き過ぎた格好の兵士達を見て、俺は小さく舌打ちをする。


「拘束魔法及び初級魔法用意……撃て!」


 取り囲んだ兵士達が魔導具を構え、号令で一斉に魔法を放つ。

 アルを中心にドーム状に防御魔法を展開し、兵士達が放った魔法を防ぐものの、断続的に放たれる魔法により、そこから動くことが出来ない。


「ユウリ様、こちらを」


 サーシャが小脇に抱えていた俺の魔導具を返す。それを受け取り、左腕に装着すると同時に身体強化とライトボールの魔法陣(スクリプト)を起動させる。


「このままでは埒が明かない。ここは二手に分かれよう」

「では、私が合図をだします」


 セロの提案にサーシャが頷き、ゆっくりと秒読みを始める。


「三……二……一……今!」


 魔法を解除すると同時に、俺とサーシャ、アルとセロの二手に分かれそれぞれ反対方向へ飛び退く。

 俺は魔導具を兵士に向けて、ライトボールを放つ。最大火力で放たれたそれは、いくらフルプレートに身を包んでいようとも防ぎきれるものではなく、それを喰らった兵士は他の者らを巻き込みながら派手に吹き飛ぶ。

 それを見た兵士らは、魔法の威力に驚きながらもすぐさま密集陣形を解き、付かず離れずの距離を保ったまま攻撃を再開してくる。とはいえ、少なからず同様しているのか狙いに正確さが欠けている。

 これであれば俺でも避けられると、防御魔法で防ぐことはせずに身体強化で上がった脚力を頼りに、飛んできた魔法を回避していく。

 しかし、自分の格好を失念していた。裾の長いドレスは激しく動くのには適さない。足を前に踏み出した時、運悪く裾を踏みつけてバランスを崩してしまう。


「しまっ――!」


 こうなる事を狙ってドレスを用意したのかと思う程に、タイミングが悪い。


「ユウリ様!」


 魔法が俺へと届くよりも早く、飛び込んで来たサーシャが俺を抱きかかえて魔法を回避する。


「助かりました先輩」

「いえ」

「すみませんが、しばらくこのまま避けることに専念してもらってもいいですか?」


 ドレスを着たまま動き回るのは難しい。かといって脱ぎ捨てる余裕はなく、サーシャに抱えていてもらうようにお願いする。


「お姫様抱っこでもいいですか!?」


 こんな状況であるにも関わらず、目を輝かせてそう言うサーシャ。


「いや……あ、はい。なんでもいいのでお願いします」


 喉まで出かかったツッコミを飲み込み、代わりにそう言うと、サーシャに抱えられたまま初級魔法を素早く連発する。サーシャが激しく動き回るために狙いはおぼつかないものの、一人づつ数を減らせている。

 しかし相手の人数が多く、倒しても、倒しても、現状は変わらない。兵士達の勢いが減少する兆しはなく、守りに専念するだけで精一杯。

 僅かに前進しては、降り注ぐ魔法によって後退させられる。そんな事が幾度繰り返される内に、徐々に追い詰められていき、進退窮まりかけていたその時。


「こちらは終わった」


 突如として、アルを抱えたセロが凄まじい速さで俺とサーシャの横を抜けて、敵兵の真中に突っ込んでいく。

 後ろを振り向くと、セロの方に居た兵士は全て倒されていた。

 セロが加勢してからは、一気に攻勢が逆転し俺達を取り囲んでいた兵士はみるみる内に倒されていく。

 セロはアルを抱えたまま敵の真中へと突っ込んでいくと、兵士の鎧を片手で掴み、腕力に任せて持ち上げ、盾の代わりとでも言わんばかりに、飛来してきた魔法を防ぎ、用済みとなれば別の兵士を狙って放り投げる。さらには蹴りで三人纏めて倒し、拳で分厚いフルプレートをいとも簡単に砕く。

 まるでルナのような――いや、ルナすらも上回る凄まじい膂力で、圧倒的な力を見せつけるセロ。兵士達や貴族、エヴァン王、そして隣で戦っていた俺達までもが、その圧倒的な強さに目を奪われる。


「馬鹿な……我が国の精鋭部隊がたった数人……いや、たった一人に……」


 一人で殆どの兵士を倒したセロを、エヴァン王はまるで化け物でも見るかのような、恐怖に満ちた目で見ながら、震える声でそう言う。


「うっ……気持ち悪い……」


 セロに下ろされたアルは、具合が悪そうに口元を抑える。終始セロに抱えられていたアルには、暴れ馬や暴走車両など比にならない程の揺れがくるだろう。酔ってしまうのも無理はない。


「大丈夫ですか? もう少しだけ我慢していてください」


 今にも吐き出しそうなアルの背中をさすりながらそう言う。

 床には多くの兵士が気を失い横たわっており、そうでない兵士達も立ち上がる事は出来ず戦意を喪失している。エヴァン王も圧倒的な力の差を目の当たりにして唖然としている。


「さあ、答えてもらおうか。アルバンス様を捕らえて何を企んでいた」


 こうなっては、もう逃げる必要性もなくなった。セロがエヴァン王の前に立ち問いただす。

 その瞳は怒りに満ちており、事と次第によってはたとえ一国の王だとしても容赦はしない……そんな気迫さを感じさせる。

 エヴァン王はその気迫に圧倒され、情けなく腰をぬかして尻餅をつき、茫然とした表情でセロを見上げる。そして小さく、悪い夢でもみているのだろうか、ライラットとはいえ相手は人間だぞと繰り返し溢す。まるで悪い夢でも見ているような、現実だと認める事ができないのだろうか。

 一国を統べる者が、その風格を失い、無様を晒している事にすら気づかない程動揺している。

 しかし、やがて静かに笑いはじめる。不気味さすらも感じさせるそれに、俺は眉を顰める。


「ライラットという国は化け物の巣窟らしい。ならば、こちらも化け物を出すとしよう」


 エヴァン王はセロの問いに答える事はなく、代わりに意味のわからない事を口走る。

 だが、それはすぐに理解することになった。


「なんだこの様は? 一国の王が呆れる程にマヌケだな。こんなのと組んで大丈夫かよ」

「利用価値がなんとかって言ってただろ」


 どこからともなく現れたそれは、ルーキの森で見かけたものと酷似していた。紫色の肌、頭に生えた角。

 ライオンの頭に人間の胴体、足はなく腰から下は蛇のそれ。そして背中には鷲のような羽が四枚生えている個体と、もう一体、形容しがたい怪物のように恐ろしい顔、深い毛で覆われた人間の胴体に、その見た目にはそぐわない天使のような翼も持った個体。


「魔族……!」


 二体の魔族が俺たちの目の前に姿を現した。


 







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