四十一話『……今回だけですよ。もう金輪際やりませんからね』
ようやく、物語が大きく動き始める。
既に三勝して俺達の勝ちは決まっているが、一応大将戦まではやるらしく、相手も決闘場に上がってきている。
「よよよよ、ようやく余のででで出番だな」
剣を持ち、こわばった表情のアル。考えてみれば彼にとってはこれが初のギャラリーを背負っての勝負。むしろ緊張しない筈がない。
「アル、すでにこちらの勝ちは決まっています。消化試合と言うつもりはありませんが、気楽に挑んでください。まずは決闘場の空気に慣れる事です」
緊張で固まっているアルの肩にそっと手を置き、簡単なアドバイスを与えてやる。とはいえ国を背負う覚悟をしているのだ。この程度のプレシャーなんて直ぐに跳ね除けるだろう。
「ででででは、いいいい行ってくる!」
そう言って決闘場に向かって行くアル。しかし、緊張でガチガチに固まり右手と右足が同時に前に出ている。
……んー、ちょっとダメそうかなぁ。その様子を見て、俺はそう思った。
「それでは試合開始!」
その合図と共に、アルの相手は大きく右から周り込むように、徐々にアルとの間合いを詰めていく。
アルがそれを目で追いながら警戒していると、相手は突然進行方向を変え、一直線に間合いを詰めて剣を振るう。
「うわっ」
アルは避けるために、後ろに跳ぼうと身を屈めるが、緊張で固まった足は上手く言う事を聞かず、足をもつれさせてそのまま盛大にスッ転ぶ。
「あちゃ~」
それを見て、あれは恥ずかしいだろうなと思い額に手を当てる。
だがしかし、そんな心配を他所に、転んだタイミングがよかったのか、相手の攻撃は俺の頭上を通り過ぎ、バランスを崩した相手がたまたまアルの膝に足を引っかけて顔面から転ぶ。
それにより、観客席からドッと笑いが起こる。
アルは何が起こったのか理解しきれず、唖然としていたがやがて自分も高らかに笑い声を上げる。
「余は何を怖気づいていたのか、みっともない所を見せてしまったが、おかげですっかり緊張はとけたぞ」
「こいつ、よくもやってくれたじゃねぇか!」
「なんの」
相手が起き上がりざまに振るった剣を、難なく避けるアル。本人の言うようにすっかりと元の調子を取り戻して、動きにキレが出てきている。
相手が体勢を整える前に、今度はアルの方から仕掛ける。身体強化を施し上段から剣を振り下ろす。一合、二合と剣撃が続く。相手は体勢を崩したまま、アルの剣を防ぐことで手一杯であり、反撃に転じる余裕がない。
このまま押し込めることができれば、アルの勝ちも十分に見える。そう思うと、アルを応援する声も自然と熱が入ってくる。
「頑張ってくださいアル!」
「行け、そこだ!」
「ああ、惜しい!」
ルークやルナも同様に、ルークの応援に力が入っている。
だが、中々決めきることが出来ず、相手も徐々に体制を整え、アルの攻撃の隙をついて反撃してくる。アルも上手く回避しているが、激しい攻防が続くにつれ、優位であった形成は少しずつ返されていく。
アルはこの中では一番弱い。しかし、幼くしてすでに身体強化を使いこなせるなど、優秀であることは確かだ。同年にルナやルークが居るため、あまり目立たないだけで、アル自身実力がないわけではない。しかし、やはり年相応だ。
「流石に歳と経験の差を覆せるほどではないか」
サーシャがそう呟いた瞬間、相手のブラフに引っかかり隙を見せたアル。そこを風魔法で吹き飛ばされ、あえなく場外へと落っこちる。
かなり善戦はしたものの、最終的には惜しくも敗れてしまう結果に。しかし、初めてであれだけ緊張していたにもかかわらず、これほどの内容の試合が出来たのは褒めるべきことだ。
「すまぬ、負けてしまった」
肩を落として帰って来るアル。
「そう気を落とさないでください、結果は残念でしたが。試合の内容はとても良かったです」
「ええ、私がアルヴァンス様の歳の頃は、ろくに身体強化もできませんでした。その点で言えば資質は間違いなく私以上です」
「だそうです。あ、アルの怪我も治しますね。あ、次はサーシャ先輩の番でしたね。先輩も頑張ってください」
「はい、ユウリ様の前で恥ずかしい姿はお見せできません」
そう言ってニコニコと笑みを浮かべて決闘場へ上がっていく。そして、あっと言う間に試合を決めてしまう。アルの怪我を治す為に、目を離していた間に片付いてしまった。
「どうでしたか? 私の戦いぶりは?」
決闘場から戻って来るや否や、俺の元まで駆け寄ってきたサーシャは目を輝かせてそう尋ねてくる。褒められたいのだろうか、それとも尊敬されたいのかよくわからない。
「えっと、流石は先輩ですね」
「ありがとうございます」
見ていなかったとは言えず、とりあえず当たり障りのない感想を言って誤魔化すと、ひとまず満足したのか嬉しそうに頬を緩ませてそう言うサーシャ。
◇◆◇◆
「アルヴァンス殿、先の戦いは惜しかったですな」
試合が終わり、アナハイム工房へ魔導具完成の報告と礼を言いに向かった後、気分転換にとアルを誘って二人でのんびりと観光をしていると、かなりふくよかな体型の男がアルに声を掛けてくる。
煌びやかな装飾品に身を包み、側にはスーツの上に軽鎧を着た美人な護衛を二人従わせているのを見たところ、この国の王だろうか。アルとも面識があるようだし。
しかし、なぜこんな所に来ているのだろうか。
「エヴァン王、先の戦い見ておられでしたか。いや、恥ずかしい姿を見られてしまいました」
俺の疑問を他所に、アルは親し気にエヴァン王と話始める。
「何を言います。その年にしてあれほど戦えるのは、誇るべきこと。流石は強者集うライラットの王子」
わざわざ労いの言葉を言うためだけに、城を空けて下町まで降りて来たとは思えない。……少し探りを入れてみようかな。
「お初にお目にかかります、エヴァン王。私はライラット王国ライトロード公爵が子息、ユウリ・ライトロードと申します」
二人の間に、少し割って入るように身を入れ、エヴァン王に自己紹介をする。
「ほう、公爵。どおりで立ち振る舞いに気品があると」
「お褒め頂き光栄です、ところでエヴァン王は何故このような所に?」
「いやなに、アルヴァンス殿を今宵我が城で開くパーティーに招待しようと思いましてな。どうですかな、そちらの方も」
「生憎と、パーティーに参加できるようなドレスコードがありませんので」
そう言って招待してくるエヴァン王の様子を見て、なにか企みがあるように思えた。時期が時期なので俺の考え過ぎかもしれないが、そこにわざわざ出向いて行くのも愚策だろうと、丁重に断りを入れる。
「そのようなもの、こちらでお貸し致しますとも」
「しかし、悪いですよ」
「何をおっしゃいます、その様な遠慮は不要ですとも」
それでも尚、しつこく招待しようとするエヴァン王に、ますますなにか企んでいるのではと疑惑がつのる。
「む、それは良い。ユウリもここの所なにやら忙しかったし、今日の礼だ。今度は余からお誘いしようではないか」
「しかし……いえ、わかりました。アルがそう言うのであれば」
俺はあまり気乗りしなかったが、アルの方は行く気満々のようだったため、一人で行かせるよりは俺も付いて行った方が良いかと渋々承諾する。
その日の夕暮れ、俺はサーシャを連れてパーティーに参加するため、少し早めにティシュトルの王城へと足を運ぶ。
「良かった、セロさんもいらしていたのですね」
城に着くとすでにアルの姿があり、その後ろではセロが待機している。
「ああ、あんな事が起こったあとだからね。警戒はすべきだろうと、他の騎士には一応馬車の用意をしてもらっている」
「やはり、何か裏があるように思いますか?」
「それはなんとも、無論何もないに越したことはないのだがね。君も、内心ではそうあってほしいから、護衛役に飛斑君ではなく彼女を選んだのだろう?」
「かもしれませんね。しかし僕の騎士は先輩ですから、他の方を護衛につけるのは先輩に失礼だと思ったという部分も大きいです」
「なるほど、君は良い貴族になりそうだな」
そう優し気な笑みを浮かべてそう呟くセロ。
「お連れの方はこちらで着替えになってください」
暫くの間談笑していると、一人の侍女がやって来る。そして、俺はパーティー用の礼服に着替えるため、サーシャと共に別室へ案内される。
「そちらの魔導具は、邪魔になりませんようにお預かりしておきます」
「いえ、大丈夫です……先輩、パーティーの間だけこれを預かってもらっても良いですか?」
「かしこまりました」
魔導具を預かるという侍女に断りをいれ、俺は持って来た魔導具をサーシャに預ける。もし、あのエヴァンという王がこちらの事情を知り、何か手を打っていた場合、荒事になる事は避けられないだろうと思い、念の為に持ってきていたのだ。なので、これはこの城の人間に預けてはおけない。
「では、こちらになります」
「……あのー、なんですかコレ?」
案内された部屋に用意されていた礼服を見て、俺は思わずそう呟いた。確かに公爵家の子息だと言った筈だ。なのに、どうして……どうして、ドレスが用意されているんだ。
「国一番の職人が仕立てたドレスになります。サイズも一通り取り揃えてありますので、ご安心下さい」
何も心配はないとでも言いたげな様子で、侍女はいくつも同じデザインのドレスを取り出す。
「そうではなく、僕は男なのですが」
「一国の王子が令嬢も連れ歩かずにパーティーに出席するなど、恥をかかせない為の配慮にございます」
その言い分はわからなくはないが……。
「僕への配慮は?」
「今お召しになっている物の上からでも着られますので、ご安心ください」
「ああ、そういう配慮はしてくれているんですね」
「化粧も、一流の腕を持つ私が行います。だれがどう見ても一人前の令嬢にして差し上げます。命に代えましても公爵様に恥はかかせないとお約束しましょう」
「そういう配慮はいらなかったかな」
令嬢というなら、俺ではなくサーシャで良いのではと目で訴えかけるが、サーシャは申し訳なさそうに首を横に振って口を開く。
「私はあくまでユウリ様の護衛、それを投げ出すことは騎士道に背を向ける事になります」
そう言われては無理強いはできない。こうなるならルナを連れて来ればよかったと後悔しながらゆっくりと溜息をつき、渋々とドレスを手に取る。
「……今回だけですよ。もう金輪際やりませんからね」
◇◆◇◆
「あれが例のライラットの王子、中々堂に入っておる」
「隣の令嬢とその護衛は、今日の決闘大会にも出ていたそうだな。幼いながらも、既に一兵卒を軽く超える実力だとか」
「来てみれば、なんてことはない普通のパーティーですね」
警戒していたが、その必要がないと思える程にごくごく普通のパーティーだ。他の貴族達は遠巻きに見てひそひそと噂話をするだけ。肝心のエヴァン王も招待客からの挨拶を受けるのに忙しい様子。
俺達は出された料理を食べて、暇を持て余す。そんな普通のパーティー。
「考えすぎだったかもしれないな。王都が落ちたと聞いて、私も少しばかり張りつめ過ぎていたようだ」
セロも周囲の様子を見てそう呟く。
まあ、考えてみればエヴァン王が知っているはずはないのだ。王都が落とされたのはつい二日前、ここからライラットまではかなり距離があり、早馬でも一週間弱は掛かる。王都が魔族に攻められたというのが五日前。仮にライラットにティシュトルの間者が居たとしても、まだ王都が襲撃された事すら知らない。
セロのような使い魔と視覚共有ができるのならば話は別だが、ティシュトル周辺は魔獣が全く居ない。使い魔にしようにもできない。
俺もセロと同じように王都が落されたと聞いて、少し緊張しすぎていたのかもしれない。
「なぁユウリ、なぜドレスなんて着ておるのだ?」
先程から俺の格好が気になっているのか、チラチラと視線を向けてきていたアルだが、ついに堪え切れずなりそう聞いてきた。
「言ってませんでしたか? 実は僕女の子なんですよ」
「なな、なんと!? それは真なのか!?」
そう聞いた瞬間、アルは目を見開いて驚く。
からかい甲斐のある反応をする。
「真じゃないです。一国の王子が、令嬢の一人も連れていないと格好がつかないからという、ティシュトルの計らいですよ……僕はいい迷惑ですけど」
「なんだ、嘘か。驚いたではないか」
俺がからかっているだけと気づいたアルは、安堵したように胸を撫でおろす。
それから暫くアルと談笑をしていると、貴族からの挨拶が一段落したのか、エヴァン王が遠巻きに眺める貴族の海を割り、アルへ近づくとそう話しかける。
「パーティーはお楽しみいただけていますかな?」
「む、エヴァン王、いやこちらから話しかけようにも逃げられてしまうし、かといって待っていては尚更誰も話しかけてはこぬしで、些か持て余していたところだ」
「はっはっは、アルヴァンス殿は正直に申す……ああ、そうだ。ところで風の噂で聞いたのですが……」
「どうやら王都ライレイが落とされたらしいではありませんか?」




