三十九話『魔導具製作もいよいよ大詰め』
まだ二月だ。今はまだ二月なんだ。
「こんな感じになりました」
そう言いながら、俺は昨日から夜通しで創った魔方陣をアナハイムに見せる。
「……なんてこった。嘘だろう?もしかして、君が作ったのか?」
最初は俺の見せたものが何なのかわからず、眉を潜めるアナハイムだったが、それが魔方陣だということに気づくと、顔に驚愕の色を浮かべて、何度も俺と魔方陣を見る。
「いえ、一緒に来た冒険者の方が手伝ってくれました。冒険者には手先が器用な方が多いですから」
まさか、自分で創ったなんて言うはずがない。言えば、色々と面倒な事になるのは目に見えている。
「その人を紹介してもらう事は出来ないかな?」
「申し訳ありません、製作者は明かさないという約束で手伝って頂いたので」
「そうか……ところでユウリ君、君の作ろうとしている魔導具、僕にやらせてみる気はないかな?」
唐突な申し出に、驚きのあまり一瞬思考が固まる。
「えっと、こちらとしては願ってもない事なのですが……あまり手持ちが無いので、お支払できる額があるかどうか」
オーダーメイドだと相場よりも高くつくだろう。しかし、魔石を購入したことで手持ちは残り僅かしかなく、十分なだけの対価は払えるという保証ができない。
「お金は要らないさ、その小型化されたスクリプトを見ていると、色々と弄くってみたくなったんだよ」
「そういう事でしたらお願いします。魔方陣はこちらで用意しますね」
職人の血が騒ぐというのか、気質というのだろうか、なんにせよこちらとしては願ってもない申し出だ。これを断る理由なんてあるはずもなく、むしろ頭をさげてその申し出を受け入れる。
「よし、そうなれば打ち合わせと行こう。まず設計はどうしようか?」
アナハイムはそう言うと、テーブルの上に置かれている物を雑にどかし、長らく放置されていたのかすこし黄ばんだ用紙を引っ張り出して開いたスペースに広げる。
「そうですね。出来るだけ縮小化を図りたいので、変換炉は外しちゃってください。それから実用性と整備性に長けた設計がいいですね」
「となると、従来のダイヤル式はあまり向いていないかな。一度に一種類の魔法しか打てなきゃ、実用に耐えているとは言い難い」
アナハイムは俺の要望を元に慣れた手付きで、用紙に魔導具の設計を書き込んでいく。
設計図ってそんな簡単に書けるものでもないと思うのだが、随分スラスラと書き上げていく。慣れているからという理由もあるだろうが、それ以上に元々彼の中である程度の設計思想は組みあがっていたのだろう。自身でも魔法陣の小型化に挑戦したと言っていたし。
「そうですね、実戦ではどのような状況に陥るか分からないので、複数の魔法を同時に使えるなら、それにこしたことはないです」
「なら、魔方陣スクリプト側から回路に接続にしてみよう。理論上はそれで可能だと思うけど、それだと消費魔力が増える」
「実用性は重視するとは言いましたが、燃費は度外視で構いません、それよりは利便性と携行性に重きを置きたいです」
設計について議論していく内についついヒートアップしてしまい、暇そうに体を左右に揺らしながら余所見をしているサーシャに気付くことなく、気が付けば日は沈みすっかりと辺りは暗くなってしまっていた。
アナハイムが良いと言ってくれるのであれば、そのまま泊り込みでも……と思っていたが、それではサーシャが退屈であろうし、一人帰すのも申し訳ない。それに魔法陣を作成しなければならないが、アナハイムにそれを見られるわけにはいかず、惜しみながらも宿に帰る事にした。
「随分と長い間議論を交わされておりましたが、完成はしそうですか?」
その帰り道、サーシャがおもむろに進捗状況について尋ねてくる。
「ええ、今日だけで大体の形はみえました。おそらく、本戦の半ばには完成すると思います」
元々、二週間の滞在期間では知識だけを持ち帰る予定だったのだが、完成品を持ち帰る事ができそうだ。嬉しい誤算が連続したお陰で、こうも自分にとって都合よく事が運ぶとは思わなかった。
「では、本戦で御披露目ということですね。楽しみにしております」
「ええ」
その翌日試合が終わってからアナハイム工房へと向かったのだが、表に看板が出ておらず、入り口には準備中という札が掛けられてあった。
「アナハイムさん、居ますかー?」
今日は別の用事で留守にしているのかと思いながらも、一応店の外から声を掛けてみる。少しして、店の奥から物音が聞こえて、アナハイムが大きな欠伸をしながら出てくる。
手には試作機らしき魔導具を持っており、目の下に隈ができている。きっと殆ど寝ていないのだろう。
「それが試作品ですか」
「ああ、昨日の設計を元に作ったんだ」
アナハイムから試作品を受け取る。拳大程度の大きさのそれは、従来の魔導具と比べてもかなり小型化されている。とはいえ、実際に手に取るとずっしりとした重さが手に伝わってくる。これは銀や鉄、木で構成されているためだろう。プラスチックやアクリル樹脂といった合成樹脂なんてこの世界には存在しないのだし、材質の重さは仕方のない事だ。
大型の腕時計と手甲を組み合わせたようなデザイン、中央には時針のではなく魔石の魔力残量を知らせるメーター。胴から真っ直ぐと伸びる魔法陣のはめ込まれた親指大の円柱と四つのトリガーの付いたグリップ。
その反対側には、
腕時計のように革のベルトを左腕に巻きつけて固定し、トリガーのついたグリップを握る。ボールペンのノック部分のように、魔法陣がはめ込まれた円柱を押し込む事で、魔法陣と魔石が繋がり魔法を放つ準備ができる。後は、標的に狙いを定めてトリガーを引くことで、それに対応した魔法がスクリプトから直接放たれるという仕組みだ。
ただ、身体強化の魔法に関しては、トリガーを引く必要はなく魔法陣を押し込むだけで発動する。
実際に装着してみた感想としては、特に大きな違和感はない。あとは実際に使ってみて問題なく動けばこれで殆ど完成と言っていい。
カバーを外して魔石をはめ込む。魔石の重さも加わるとその分さらに重くなり、少し動きが制限される感じがした。肉抜きやフォルムを削ってもう少し軽量化できないか聞いてみようと思いながら、中央のメーターに目を向ける。
「あ、指針が振り切れてしまいました」
メーターの針は、測定上限を大きく超え数字の記されていない余白を指していた。
「嘘だろう? 君、どれだけ魔力を込めたんだ? ライラットっていうのはつくづくトンデモ集団だな……まぁ、明日までには改良しておこう」
「あまり寝ていないようですし、時間に余裕はありますから根を詰めすぎないようにしてください」
「ああ、わかってる。休息も取るよ」
と言いながらも、すぐに魔導具の改良に取り掛かるアナハイム。本当に大丈夫かと思ったが、本人は楽しんでいる様子だし俺もあまり人の事は言えないのでそれ以上は何か言うのはやめた。
試作品が完成してから後は早かった。さすがは本場の職人なだけはある。試運転で出てきた機能面に対する不満も、すぐに改善点を見つけ出し数時間で新しいものを作り上げてしまう。俺一人でやっていれば一体何ヵ月かかっていたか想像もつかない。僅か五日で完成の一歩手前までたどりつくことが出来た。後は細かな仕上げを済ませ、実戦で使えるのかどうかを確認する最終試験を残すのみとなった。
流石に、その頃になると度重なる徹夜で俺もアナハイムも疲労の色が見えてきた。
「ねっむ……あ、おはようございますアル」
本戦前日の朝、まだ寝ていたいと主張する瞼をこすり、あくびを噛み潰しながら、美味いとは言えない朝食を取っていると、隣の席にアルが座ってくる。
「ユウリ、おはよう」
体調でも優れないのか、声にいつもの元気がない。心なしか顔色もあまり優れないように見える。
「浮かない顔をしてどうしましたか? 明日から本戦ですし、緊張でもしているのですか?」
「いや、そういう訳ではないんだが……いや、そうなのだ! 実は明日からようやく余も出られると思うと、楽しみとは裏腹にどうにも緊張してしまってな!」
そう言っていつものように高らかに笑うアル。元気がないように見えたのは、ただの気のせいか。
「誰しも始めは緊張しますからね。ですがアルならきっと大丈夫ですよ」
「うむ、余の活躍ぶり観戦している者達にもしかとその目に焼き付けてもらおうではないか……それはそうとユウリ、今日時間はあるか? 少し話したいことがあるんだ」
「今日はちょっと夜中まで予定が入っているので、また明日聞きますよ。急ぎだと言うのであれば、時間は作りますが」
悩みごとか、それとも誰か気になる娘でも見つけたのか、なんにせよアルから相談されるなんて初めての事だし、喜んで話を聞きたい所だが、魔導具の作成も大詰めを迎えていて手が離せない。なのでアルには少しすまないが、悩み相談はまた明日にしてもらおう。
「急ぎという程ではないから夜で構わないのだ、少し話したい事があって」
「えっと、いつになるか分かりませんよ? それに、ゆっくりと話した方が良いのでは?」
やんわりと断り、それで話は済んだものと思っていたが、なお食い下がるアルに、やはりなにか様子が変だと思いはじめる。
「構わない。ユウリの用事が終わるまで部屋で待っている」
「……わかりました。ですが、いつになるかはわからないので、無理に起きている必要はないですよ」
それほどまでに大事な話なら、なおの事ちゃんと時間をとって話した方が良いと言うものの、それでもアルは今日が良いという。それに、先ほどから感じるただならぬ様子に、思っている以上に深刻そうな悩みを抱えていそうに思えて、こちらが折れて夜に会って話すと約束する。
予選も三人の活躍のおかげで無事に終えて本戦に駒を進めた後、完成した魔導具を受け取りにアナハイム工房へと向かい、二人で最終調整に取り掛かる。そうして納得の行く形に仕上がった頃には既に辺りはすっかりと暗くなっていた。
「明日の本戦での最終試験で、なにも問題点がでなければいいんだけど。にしても流石に眠いな。アルも流石に寝ているころかな……あれ?」
魔導具の入った木箱を両手で抱えながら、月明りと店の灯りに照らされ、酔った男達の喧騒が響く夜道を一人歩いていると、飲み屋の窓から、飛斑とセロが店の一番端のテーブルで酒を飲んでいる姿が見えた。
二人で飲むくらい仲がいいのだなと思って、そのまま立ち去ろうとしたが、その割にはどちらの表情も曇っており、あまり会話が弾んでいるという様子には見えない。
「何を話しているんだろう……気になる」
アルとの約束はあるものの、時間が時間だし既に寝ているだろう。盗み聞きはあまり良い趣味ではないのだが、どうしても気になり、こっそりと店内に入りバレないように死角から二人の側に近づく。
二人ほど腕が立つなら、隠れて近づいてもすぐにバレるかもと思ったが、案外気づかれることなく二人の側まで近づけた。俺が上手く隠れていたというよりは、二人とも別の事に意識が向いていて他の事を気にする余裕がないという様子だ。
二人共グラスを片手にしたまま一言も喋らず、表情も曇っている。グラスをよく見れば、まったく口にしていないのか、酒は八割程も残っており、テーブルは垂れてきた結露により濡れている。二人のただならぬ様子を見て、なにか不味い事でもあったのかと察するが、そのまま暫く様子を伺う事にする。
「……それで、どないな状況や? やっぱ、例の話は間違いないんか?」
飛斑は時間がたってぬるくなった酒を煽り、周りを気にしているのか小声でセロにそう尋ねた。
「使い魔と視覚を共有して確認したが、やはり間違いはない。王都は完全に陥落した」
王都が陥落……? 王都ってライレイの事だよな? という事は、つまりライレイが落とされた?
「……えっ!?」
驚きのあまり、つい大声を出してしまう。慌てて自分の口を塞ぎ、身を小さくするが遅かった。
「ユウリ君、居たのか!?」
「おう白坊主、盗み聞きたぁ趣味が悪ぃな」
飛斑が俺の両頬をつまみ、左右に引っ張る。
「ご、ごめんなひゃい。いひゃいです」
「痛くなかったら意味ないやろ」
そう言って手を離し、俺の額を小突く。
「いやだってー、珍しい組み合わせに思えたのでつい気になって……いえ、そんな事よりも、今の話はどういうことですか?」
小突かれた額を抑え、目尻に涙を浮かべながらそう言う。
「いや、そのだな……子供には関係のない事だから」
俺の質問にセロは気まずそうに口ごもり、目をそらしてそう言う。
「関係ないと言われても、もう聞いてしまいましたし」
「話したれや。中途半端に知っとるよりは、ちゃんと知っといた方がええやろ。あ、姉ちゃん、なんかジュース貰えるか? あと酒も」
飛斑は呑気な口調でそう言い、グラスに残った酒を一気に煽って給仕の女性に注文する。
「……仕方ない。私が使い魔に伝言を預けて王都に向かわせたのは知っているだろう?」
飛斑に言われても尚、渋っていたセロだったがやがて諦めたように溜息をつき、静かに話始める。
「ええ」
飛斑が頼んでくれたジュースを一口飲み相槌を打つ。
「念のために使い魔には、そのまま王都の状況を報告するように命令していたんだ。その使い魔から、王都が複数の魔族により襲撃されていると報告が入ったのが三日前の事だ。そして先日、王都が完全に陥落したと報告が入って来た」
たった二日で王都が落とされたというのか?
確かに魔族は恐ろしく強かった。それが束になってこられれば、いくら強者が集うライラットとはいえ持ちこたえるのは至難かもしれない。しかし、それにしても二日というのは余りに短すぎる。そんな短期間で落とされるほど、城の守りもヤワなものではない筈だ。
「陥落したのは王都だけなのですか? 他の領地は?」
「王都だけだ。突然王都内部に複数の魔族が現れ、一斉に攻撃を始めたと」
「……そういえば、僕達がティシュトルに向かう時、王都は大規模な派兵を行おうとしていましたね」
ルーキの森の魔族を討伐する為に、高価な武器を揃えていたのを覚えている。
時期的に見て、王都が襲撃されたのは派兵後に守りが手薄になったタイミングだろう。
「ああ、王都が襲撃されたのは、まさにその時を狙ってのものだ」
「本来、あいつらに群れるなんて習性はあらへん。いくら狂暴言うたかて単体じゃ大きな脅威にはならん……その筈やった。白坊主、お前あの魔族と戦ったんやろ? なんか違和感とかなかったか?」
それは公には知られてはいない筈だが、飛斑はどこでそんな情報を聞いたのだろうか。冒険者の情報網か、はたまた飛斑本人が耳ざといだけなのか、どちらにせよ大した情報収集能力だ。
「違和感ですか……あ、そういえば、あの魔族、ダンジョンを作ったのも別の目的があるみたいな事を言っていました。あの時はその真意がどこにあるのか分かりませんでしたが」
「目的……なるほど、それがコレや言う訳やな」
「はい」
「そうなると、内通者が居る可能性も出てくる……そうか、アル様を狙ったのも、その為か」
「でしょうね」
おそらく王都の近くにダンジョンを作り上げたのは、そこに強い魔族が居るという情報を流させるため。それを知れば当然国は討伐隊を編成し向かわせる。そして、国の守りは薄くなったところを狙って、あらかじめ王都内部に潜ませておいた魔族が一斉に奇襲を仕掛けて攻め落とすといったところだろうか。
それに、あえてルーキの森にダンジョンをつくったのも、新人冒険者や、騎士科の学生の育成のために利用されるのを知っての事だろう。それを魔族に教えた内通者の存在も否定できないし、もし居るとするならばそれはアルを狙った人物と繋がっている、もしくは本人である可能性が高い。
しかし、目的は依然見えては来ない。魔族は国を落として何をしようというのだろうか。まさか、いまさら国を乗っ取って魔族の国を作ろうなんて腹積もりでもないだろう。知恵はあるようだし、人を食らう化け物と友好を深めようなどと思う国などあるはずもなき、むしろ世界中が総力をあげて潰そうとする事など、理解していないとは思えない。
「あれ、ちょっと待ってください。王都が落とされたってことは……国王陛下や王族の方々は?」
「……国王陛下は、討ち死になされたと……第一王子と第二王子もおそらくは……」
「そんな……」
その言葉を聞いて、国王の顔が脳裏に浮かぶ。さほど深い仲というわけでもないが、それでも知っている人物が亡くなったと聞かされるのは辛い。
「その事はアルには?」
「隠していてもいずれは知られてしまう事と思い、すでに伝えてはいる」
この事を知った時のアルの様子を思い出しているのだろうか、セロは心苦しそうに眉間に皺をよせて表情を歪める。
そして、俺もその言葉を聞いて愕然とする。今朝、アルの様子がおかしかったのは、これを知っていたからだ。親兄弟が殺されたと知った時のアルの悲しみは計り知れない。それでも、周りに気を使わせまいと気丈に振舞おうとしていた。けど、一人じゃ抱えきれないから、俺に相談してきたんだ。
それなのに、俺は自分の都合を優先して、アルの事は後回しにしてしまった。アルがどれだけ辛いか、悲しいか。それを思うだけで、胸が張り裂けそうなほど痛む。
「すみません、ちょっと用事を思い出したので失礼します」
あわてて立ち上がり、二人にそう言うと宿に向かって走る。
「アル、起きていますか?」
アルの部屋をノックしようとして、ふとその手を止める。
なんと言ってやればいいのかわからない。まだ幼いというのに、親兄弟を殺され、国を継がねばならなくなってしまったアルに、一体なんと声をかければいい。
親兄弟を失った悲しみも、国を背負わなければならない責任も、その重圧感も、俺には何一つ理解してはあげられない。
「……いや、それでも」
それでも、今アルは苦しんでいる。一人では抱えきれないから、俺に助けを求めてきたのだ。それに応えないのは友人として失格だ。
ドアをノックして声を掛けてみるも、返事は帰ってこない。やっぱり寝てしまっているかと思った時、ゆっくりとドアが開く。
「……遅いではないか、ユウリ」
「すみません」
アルの部屋に入り、椅子に腰を降ろす。アルから話始めるのを待っていたが、アルは明後日の方を見ながら口を開こうとはしない。アル自身もまたなんと説明すればいいのか分からないのだろう。仕方なく、俺の方からアルに切り出す。
「さっき、セロさんと飛斑さんから話を聞きました……アル、本当にすみません。アルがどんな気持ちだったのか考えもせず、後回しにしてしまって」
「いや、いいんだ……話というのは、まさにその事だ。父上も兄上も皆死んでしまったと聞いて、余の胸に穴が開いたような、そんな感覚になった。それは今も変わらずだ」
無理もない、たった一日で身内の死を乗り越えろと言うのは無理がある。
「だが、ユウリに話したいのはこんなことではないのだ。セロは王位を継げるのは余しか残っていないと言っていた。それはつまり、余が次の王になるという事だ。民の上に立ち、全てを背負わねばならないという事だ。ライラットは余にとってかけがえのないものだが、余が背負うにはあまりにも大きいのではないか?」
驚いた。親兄弟を殺されて誰よりも深い悲しみの中に居る筈なのに、自分の事を後回しに、涙を堪えて真っ先に国の未来を案じている。
アルの事を過少評価していた。非力だと侮っていた。アルは誰よりも心が強い。
「答えはすでに出ているではないですか」
「え?」
俺がそう言うと、アルは頭に疑問符を浮かべて固まる。
「今、アルは自分で言ったでしょう、ライラットはかけがえのないものだと。それに、親兄弟を失った悲しみよりも、ライラットという国を案じている。それだけで、ライラットを治めるに値すると思います」
王位を継ぎたいという思いは既に固まっているものとみえる。しかし、民が王として認めてくれるか、上手く国を治める事ができるか。要するに自身がないのだろう。
「しかし……」
「アルがそれを重荷に感じているのは分かっています。ですがアル、全てを背負う必要はありません。すべて一人でこなす必要もありません。その為に臣下が居り、友が居るのですから。アルはただ、自分の為したい事をすればいいのです」
だが、王は全て一人でやる必要はない。アルが考えている程、王は完璧である必要はない。
完璧な王など、この世界には存在しない。王も人間である以上、完璧なんて事はあり得ない。だから、臣下が必要なのだ。
「……ありがとうユウリ、おかげで決心がついたぞ。余はライラットの王位を継ぐ。そして父上達の墓前で胸を張れる王になる」
ようやく、アルの表情にいつものような元気さが戻る。
あれだけ心配して頭を悩ませていたが、結局なんてことはない。初めから俺が心配するような事は何一つなく、アルの中で既に答えは出ていた。
「さて、話も終わりましたし、そろそろ眠くなてきました」
安心したからか、思い出したように急激に睡魔が襲ってくる。徹夜していたのもあってか、かつてない程の睡魔だ。
「む、そう言われると、余も急に眠たくなってきたな」
夜もかなり遅い。既に飲み屋街もその灯りを落とし始めている頃だ。アルも起きているのが限界なのだろう、大きな欠伸をしながらそう言う。
「部屋まで戻るのも面倒なので、ベッド借りますねー」
そう言いながら、俺はアルのベッドに倒れ込む。
「ええ、じゃあ余はどこで寝ればいいのだ」
「大きいんですから、一緒に寝ればいいでしょう? というか、明日起きれそうもないので起こしてください」
「むぅ、仕方ないなぁ」
三月二日は実質二月三十日だから、二月中にアップって約束は実質守られた。




