三十話「ユウリ・ライトロードです」
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。
ギルドに寄ってから一か月近く経った。ようやく始まる選考戦のため、ルナ、ルーク、アル、サーシャと共に選考戦が行われる会場に来た。
選考戦の会場は剣闘士が死闘を繰り広げるようなコロシアムであった。数十年以上前までは、実際にここで剣闘士による決闘が行われ、観客も大勢見に来ていたそうだが現国王が即位してからは廃止され、剣闘士による決闘が行われることはなくなり、彼らの多くは冒険者になったらしい。
それ以来ほとんど使われることのなくなった闘技場だが、今でもこまめな整備や改修繕が行われ過去の姿を保ったままとなっている。
「王都にこんなものがあったんですね」
「知らなかったのですか? 今でこそ昔のように頻繁に使われる事はなくなりましたが、それでもこういった大きな行事が行われる際はここが会場となります」
サーシャの説明を聞きながら、勇壮と構える楕円形の闘技場を見上げる。
確かにこれだけ大きく立派な建造物を壊してしまうのは勿体ないし、文化的に見てもその価値は高い。人も大勢入ることが出来るし、祭り事の会場としては打ってつけだろう。
「早く入ろうぜ」
「さー、行こー」
いまから戦うのが楽しみだと言った様子で、足早に闘技場に向かっていくルナとルーク。
流石は戦闘好き兄妹だと思いながら、二人の後を着いて会場の中に入る。
「あれ?」
会場内には俺達のような学生の姿は殆ど——というか全く見当たらず、会場内に居るのはギルドの冒険者や、ライラットの国の紋章が刻まれた鎧を着用した騎士ばかりだ。
「サーシャ先輩、会場はここで合っていますよね?」
「ええ、間違いない筈ですが……」
ひょっとして会場を間違えたのかと思い、サーシャに確認を取るものの会場はここで合っているらしい。サーシャも去年は多くの学生がいたのですがと、首を傾げる。選考会の会場は此処のみなので、学生も参加しているのであればこの会場に居るはずなのだが……もしかすると、今年は参加チームが少ないのかもしれない。だとしたらラッキーだ。
「まあ、時間はまだ少しありますが、一先ず受付を済ませてしまいましょうか。参加者を見れば、どれくらい参加しているのかわかるでしょう」
そう言い、参加の手続きを行う為に受付へと向かう。
「ん、あれは……」
その途中、人混みの中に一人見知った顔を見つける。
他の四人に知り合いを見つけたので挨拶してくると言い、受付はサーシャに任せてその人の所へと駆け寄る。
「こんにちは、飛斑さんも出られるのですね」
壁に体重を預け、腕を組んでいる目を瞑っている飛斑に声をかける。
飛斑は片目だけをあけてこちらを見ると、意外そうな顔をして答える。
「お、なんや白坊主か。まあ冒険者にとっちゃ年に数回の祭りやさかい、参加せんと冒険者の名折れってもんや……白坊主の方こそ、こない大会に出るとはな」
「あはは、僕の方も色々と事情がありまして……そういえば、依頼の進捗状況はどんな感じですか?」
先月依頼した件について、今どんな具合なのかと尋ねる。
「とりあえず一本」
「早いですね」
珍しい魔獣だと聞いて居たので、あまり期待はしていなかったのだが、流石と言うべきか、足だけではなく仕事も速いらしい。
「いや、たまたま見つけただけやさかい。追加分はこれが終わった後やな」
「無理はしなくていいですからね」
「気にしなや。他の依頼のついでやさかい……とまあ、話は変わるねんけど、今年参加とは白坊主も運が悪いな」
「へ? どうしてです?」
唐突にそんな事を言われ、どういう意味だろうかと首を傾げる。
「なんや知らんのか? 今年は国王さんの命で、一組だけライラット中の学園から、腕利きを集めて大会に出してきとるんやて」
ああ、だから他の学生の姿が見当たらなかったわけか。皆腰を引かして出場を辞退した訳だ。俺からすれば、戦う数が減って寧ろ好都合だ。
しかし、国王の命令か……アルを使ってきたと思ったら、各学園から一番強い面子を集めてきて、向こうも向こうで色々とやってくるが、生憎と狙いが見え見えだ。馬鹿正直にも程があるだろう。
「まぁ、精一杯頑張ります」
アルといい、この国の王族は正直者しか居ないのだろうか……などと思いながらそう答える。
「学生が居らんのはもうすぐ試合が始まるからやろ。自分もそろそろ行った方がええんとちゃう?」
「今何時ですか?」
まだ少し時間があると思っていたのだが、意外と話してしまっていたらしい。せめて試合時間に間に合うようには行かなければならないと思い、飛斑に今の時間を尋ねる。
「ん、いかん、もう始まっとるがな」
懐から懐中時計を取り出し、時間を確認した飛斑は慌てた様子でそう言う。
「それは大変です! じゃあ、僕はここで失礼しますね」
俺はそう言って飛斑に頭を下げると、走って試合が行われている決闘場に向かう。
しかし、初めての場所なので道がよくわからず、どこに行けばいいのか分からず通路の分かれ道で足踏みする。
「えーっと……多分こっちな気がする」
右か左、どっちに行けば良いのか迷った挙句、当てずっぽうで右の通路を選んで走っていくが薄暗い通路が続くばかり。道を間違えたかと思い始めた頃、通路の先に警備兵を見つける。
「あの、すいません」
もう道を聞いて案内してもらおうと思い、その警備兵の元に駆け寄り声をかける。
「僕、この先は立ち入り禁止だよ」
俺に気付いた衛生兵は、しゃがんで俺に目線を合わせながらそう言う。
「すいません、道に迷ってしまいまして……ユウリ・ライトロードというのですが、決闘場はどちらに?」
「ライト……これは、公爵様のご子息だとは知らずに大変失礼をいたしました。直ちに案内いたしましょう」
そう言って決闘場まで案内してくれる警備兵。試合は大分進んでしまっているだろうが、これなら試合が終わるまでには間に合うだろう。
「こちらに席をご用意させていただきました」
そう言う警備兵に案内されたのは、決闘場ではなく観覧席だ。それも見るからに重要人物が使っていそうなVIP仕様。
かなり広い闘技場にもかかわらず、一般の客席は満員だったが、此処には俺と斜め後ろにある豪華なつくりの椅子に老いた男性が一人腰を降ろしているだけで、随分とがらんとしている。
試合が行われている決闘場も、ここからならよく見える。
既に始まっており、サーシャが対戦相手の一人目と剣を交えている所だった。サーシャが戦っている所は初めて見るが、相手の懐に潜り込み、終始攻め続けるボクシングで言うインファイトのような戦い方だ。
細身の身体からは想像もつかないほどに、一撃一撃がとても力強く、そして速い。余りの猛攻に、相手も対応しきれて居らず推されている。どうやら俺が行かずとも問題はなさそうだ。
しかし、決闘場の場所を聞いた筈なのに、それがどうしてここに案内されたのだろうか。それに、後ろに座っている老人って国王陛下だよな?
周囲に人は居らず国王と二人きりの状況……これは、ひょっとして好機なんじゃないか? 上手く行けば、国王が俺達をどう思っているのか聞き出すことが出来るかもしれない。
「のう童よ、お主ユウリ・ライトロードであろう?」
こちらから話しかけようとして後ろを振り返った時、先に国王の方から話しかけてきた。
「はい、ユウリ・ライトロードです」
向こうから話しかけてきてくれてラッキーと思いながら、俺はそう答えた。
「何故、ここに居る? お主が居るべき場所はあそこではないか?」
「それが、道に迷ってしまいまして、警備兵の方を見つけましたので、その方に案内をお願いしたのですが何故かここに連れてこられまして」
「なるほど、勘違いされてしまったか。それは災難であったな、後で人に案内させよう……が、その前に少し話をせんか?」
「国王陛下と一対一で話をできるなんて光栄です」
いやはや、願ったり叶ったりだ。
試合の方も、サーシャが三人目の相手を倒した所だ。やや疲れが見えるが、仮に負けてしまっても、ルークやルナが後ろに控えているのだし問題はないように見える。
「そう硬くならずともよい。さて、話であるが……単刀直入に尋ねるとしよう、お主何を隠しておる?」
「な……」
あまりに唐突で、あまりに単刀直入に聞いてきた為、思わず動揺してしまった。内心しまったと思ったが時既に遅し。その瞬間を見られてしまった為、いまさら取り繕う事はできない。
「やはりそうか、わざわざこの場を用意して正解であった」
したり顔でそう言う国王。
なるほど。俺がここに案内されたのは国王の差し金というわけか、最初の会話も偶然を装う為のもの。この爺さんとんだ狸だ。見え透いた策略はすべて油断させる為のブラフだという事か。
情報を聞き出すつもりでいたが、これは気を引き締めてかからなければこちらの情報を抜かれてしまう。
「驚きました。僕の秘密は仲の良い人にしか教えていなかったのですが、アルから聞いたのですか?」
隠し事をしていると知られただけで、何を隠しているかまでは知られていない。情報操作の為に流した事だって一応は隠している事なのだから、それを初対面の相手に知られていて驚くというのは不自然ではない。
「お主の事はせがれを通して孫から聞いて居る、しかしお主が隠しているのはそれではなかろう?」
「えっと……申し訳ありません、なんのことかわかりかねます」
そう簡単には騙されないかと内心で舌打ちしつつ、そう言ってしらを切る。
「お主らが戦った魔族、あれは魔法も剣も効かぬ。上級魔法を受けても無傷であったと報告が上がっている。おそらく、魔法を無効化する術を持っているのだろう」
魔法を無力化するという言葉に、どこか引っかかりを覚えた。確かに生半可な魔法は通用しなかった。だから、そう推測するのはおかしな事ではない筈だ。
「ええ、魔法も剣も効きませんでした。ですので、僕たちも必死に逃げるのが精一杯でして」
どうして気になったのか分からないが、あまり深く考えるような事でもないし、単なる気のせいだろうと考え、国王の話に合わせるようにそう答える。
「ただ逃げただけではあるまい。調査に向かった騎士団が鉢合わせた際には、すでにかなり消耗していたという……この情報はお主の手元にはないのではないか?」
「……ええ、その話は初耳です」
その情報の見落としは致命的だ。魔法も剣も効かない相手を前に逃げ出し、逃げきれるだけの力は持っている。と、そんな化け物をたった数人で討伐寸前まで追い詰めたでは全く違う。
再生能力を有していたとしても、しっかりとダメージは蓄積されていたのか……あの時は俺もギリギリの所だったから、相手の様子を視る余裕がなかったからそこまで分からなかった。てっきりダメージはないものだとばかり思っていた。
そうなってくると、なにか力を隠していると思うのも当然。これでは何も隠していないとしらを切るのは無理だ。
「ですが、僕達は本当に逃げ出しただけです。魔族を追い詰めたのは僕達ではなく、他の誰か……存在の見えない第三者ではないでしょうか?」
残された策は一つ。居やしない架空の人物をでっち上げ、その人物にすべて擦すり付ける。ただ、そうなれば国王はその人物を探そうと躍起になるだろう。無駄な事に国民の税金と労力を使わせてしまう事になるのは忍びないが、背に腹は代えられない。
それに、今国王の持っている情報から見ても、年端もいかない子供が化け物じみた力を隠しているというよりも、こちらのほうが可能性としてはずっと高い。
「可能性としては、最も高いだろう。ワシ以外の人間は皆そう考えておる」
第三者の存在を視野に入れながらも、俺を見る国王の瞳は懐疑的なままだ。
その目に迷いは感じられない。第三者など存在せず、ただ俺が怪しいと思っている目だ。
「なぜ、国王陛下はそうお考えにならないのですか?」
なぜそこまで頑なに俺を疑うのだろうかと疑問に思い、国王に尋ねる。
「経験から来る勘じゃ。今のやり取りでも思うた事だが、お主は子供ながら大層知恵が回る。ヴァンデルシアの兄妹らは少し調べればどこからでも情報が出てきた。そのどれも同じようなものばかりではあったが、裏を返せば情報は正確なものだということ……しかし、お主の情報はなかなか得られない、出所もお主の周りだけと偏っておった。それはつまり、お主自身が周囲にバレぬよう、巧みに力を隠しているという証明にほかならぬ」
一度そこで言葉を区切り、少し間をおいてから再び口を開く。
「すべて儂の手が伸びる前に先回りして手を打ってある。そのような者が、儂の耳に届く可能性が高いアルヴァンスにそうやすやすと真実を伝えるとは思えぬ。あれは嘘の情報なのであろう? 皆、見事に騙されて居ったぞ」
半ば呆れ気味にそう言って苦笑を浮かべる国王。
「お主は実に聡明で有能じゃ、とても年端も行かぬ子供とは思えぬ。それは隠しても隠しきれるものではない。そして子供だからこそが故にその有能さは一層目を引くものじゃ」
説明する国王の表情にはにこやかな笑みが浮かんでいる。しかし、それはどう見ても人の悪そうな笑顔だ。完全にしてやったりとでも言いたげな表情だ。
なるほど、つまりは上手くやり過ぎたが故に不審に思われたという事か。すべて先回りして手を打ったつもりだったが、やり過ぎるというのもそれはそれで問題らしい。
「完璧と見せかけてボロも出るようにしていたのですが……完璧に隠蔽してしまったほうがよかったですね。しかし、そこに目をつけるとは国王陛下も随分と聡明なお方です」
いやはや、これはどうも俺の負けだ。しかし、敗因が年齢というのはなんとも言えないな。
とはいえ、聡明な王だ。別に明かしてしまっても案外と問題はないかもしれない。だといいのだが。
「そうじゃな。そしてこの場でアルヴァンスに伝えた嘘の情報を明かしておれば、儂も第三者の介入を信じておっただろう。儂も随分と楽しかったぞ、このように手強い相手は久しく会うておらん。お主とは一度盤上で語らいたいものだ」
まるで仕事終わりに同僚を飲みに誘うかのような口調で、笑いながらそう言う国王。
「それは光栄です……陛下の予想通り、魔族に深手を負わせたのは僕で間違いないでしょう。とはいえ、僕も相手の様子を観る余裕はありませんでしたので断言はできませんが」
知られてしまったものは仕方がない。むしろ、聡明な国王になら明かしておいた方がいいかもしれない。となれば、次に考えるべきは俺の扱いについてだ。
「恐れながら、こちらからも質問なのですが、陛下は僕をどうなさいますか?」
「そうじゃなぁ、お主はどうしてほしい?」
国王もどうするべきか考えあぐねているらしく、簡潔にそう聞いてくる。
「そっとしておいてもらいたいです」
「しかし、そういう訳にはいかぬというのは分かっておろう?」
「はい、いくらか妥協はするつもりです。僕も、国を捨てて逃げる事はしたくありませんから」
裏を返せば、いざとなれば国を捨てて亡命するという事であるが、無論そんな事をするつもりはない。そっちがその気ならこっちはすぐに逃げるぞという、あくまでも交渉を有利に進めるための先手だ。
「なるほど……では、取引と行こう」
国王は少しの間、目を瞑り顎に手を当てて考える。やがて眼を開きそう持ち掛けてきた。
スマホが壊れたので、代用機を借りていたのですが、その代用機を落としてしまい画面がバキバキに割れました。修理費が三倍に膨れ上がりました。皆さんも、代用機を扱う際はお気をつけください。
自分のスマホが壊れた時の十倍はショックを受けます。




