二十八話『サーシャ先輩、少し抱えてもらえませんか?』
三日に一度は更新するつもりなんだけどな。
「アル、少しいいですか?」
始業式の日。俺はアルを決闘大会に誘うために、式の終了後にアルに声をかける。
「む、ユウリか。丁度良い余もお主らに話が合ったのだ、ルナとルークがどこに居るか知らぬか?」
俺達に話……というと、この間のダンジョンの件だろうか。ま、既に手は打ってあるし今更心配するような事はないか。
「それなら後で案内しますよ。その前に少しいいですか?」
「うむ、よいぞ」
「一緒にコレに参加しませんか?」
俺はそう言いながら、決闘大会の用紙をアルに渡す。
「む、これはティシュトルで行われる決闘大会ではないか!」
それを見たアルは目をひん剥いて驚く。
「父上がお主らと参加してこいと申されるのでな、余もお主らを誘おうと思っておったのだ」
「ほんとですか?」
そのセリフを聞いて、今度は俺が驚いた。アルを誘ってみるつもりではあったものの、首を縦に振らせるのは難しいだろうと思っていた。にもかかわらず、あろう事かアルの方から誘うつもりだったと言うのだから当然だ。
しかし、気がかりな点も一つある。アルの父上というと、次期国王。つまりは王太子にあたる人物だ。その人に言われてとなると、何かしら裏があるのだろう。
だが、大方検討はつく。力を見定めるには、実際に戦っている所を見るのが手っ取り早いからな。
俺も含めて指名してきたという事は、既にアルから情報は伝わっているのだろう。思ったよりも大胆な手を打って来たが、それなら寧ろこうなってくれた事は好都合だ。
俺も気兼ねなく戦えるし、なにより偽の情報の裏付けができるのだから。
「しかし、驚いたな。余から誘おうと思っていたのだが、まさかユーリの方から誘ってくるとは」
こんな偶然もあるのだなと、アルは感慨深そうに息をつく。
「そうですね、僕も同じです」
「では、あの二人も既に参加するようになっておるのか?」
期待に満ちた瞳で俺の方に視線を向けてくるアル。
「ええ、ルナとルークも参加します。それから、あと一人は高等部サーシャ・ブラウニーという方が力を貸してくれます」
「なんと、余が何かをする前に既に舞台は整っておったのか、まるでこうなる事を予測していたかのような手際の良さだな! ユウリのような友を持てた事を誇りに思うぞ」
まるで自分の事のように鼻高々とそう言うアル。
「いや、単なる偶然ですよ」
こうなる事をすべて予測出来るほど知恵は回らない。というか、そこまで行くと予測を通り越して予言の領域だ。
俺は苦笑を浮かべながらアルに謙遜だと言い、後の事は頼むというアルに快く頷いてその場を去る。
そうしてアルと別れた俺は寮に戻りながらこの先の事を考える。
一先ず、これで必要な要素はすべて揃った。後は選考戦さえ勝てれば、一先ずティシュトル行きの切符が手に入る。その点についてはなんら問題ない。問題は、限られた滞在日数で魔道具についての知識を得られるかどうかだ。
方法としては大量に本を買い込み独学でどうにかするか、職人に教えを乞うかの二択だが、なんの基礎知識もないまま独学でというのは難しい、せめて基礎だけでも教えてくれる教師が必要だ。となると、誰かに教えを乞うのが一番なのだが、そうやすやすと技術を他者に提供してくれるとは思えない。それが異国の者であるならなおさらだ。
やはり、俗物的な手段が効果的だろうか。知識を金で買い取る。手持ちの金は使わずに貯めて置いた小遣いを合わせて金貨二十枚。それだけあれば、独学で頑張るにせよ、人に教えを乞うにせよ報酬としては十分だろう。
しかし、ティシュトルとライラットでは通貨が同じとは限らない。金貨をそのまま持って行って、はいどうぞという訳にはいかない。両替も、交流がないティシュトルとライラットではできない可能性もある。
念のために、向こうで換金できるものを持っていきたいところだ。容易に換金でき、尚且つ小さくて高価なものが望ましい。
「やはり、宝石や貴金属でしょうか」
しかし、それでは足元を見られ安く買い叩かれる可能性が高い。そもそも、子供が宝石を売りに来たとしても、そんな怪しいものをホイホイと買い取ってくれるかどうかも微妙な所だ。
「そう考えると宝石類は避けた方が良いですよね」
宝石以外で価値のあるものと言えば……魔獣の素材だろうか。ティシュトルやその他を国に囲まれた国は魔獣の出現頻度は極めて低い。そういった所は魔獣の素材は中々手に入らないものだろう。特に、ライラットでも希少な魔獣の素材なんかは相場よりも高値が付きそうなものだ。
「問題は、魔獣の素材をどうやって手に入れるかですが」
手っ取り早そうなのは、冒険者ギルドへ出向いて直接買う事か。どうせ今日はもう暇だし、今からでも行ってみたいところではあるが、ギルドってどこにあるんだろ。まぁ場所は知らないが何とかなるだろう。
「ユウリ様、おひとりで何を呟かれていたのですか?」
適当に街に出て人伝いに聞いていけば行けるだろうと思い、さっそく街に向かおうとした時、丁度いいタイミングでサーシャが声をかけてくる。
「あ、サーシャ先輩……って、ここ男子寮なのですが、どうして居るのでしょうか?」
「お仕えする主の側に居るのは、騎士として当然の事ですので」
俺の疑問にさも当然であるかのように答えるサーシャ。
いや、うん。理由は分かったけれど、一体どうやって入って来たのだろうか。簡単に女子寮に入れた事といい、この寮の警備は少しザル過ぎないか?
要人の子息も暮らしているというのに。最も、生徒だからということで多少は多めに見られているのかもしれないが、だとしても貞操観念的にはダメじゃないだろうか。
「それよりもユウリ様、今日のご予定は?」
「今日はこれから冒険者ギルドに行こうと思っているのですけど、どこにあるか知りませんか?」
「冒険者ギルドに? 確かに、時折小遣い稼ぎにギルドで依頼を受ける事もあるので、場所はよく知っています。ですが、あそこはユウリ様のような可愛いお方が行くには些か刺激が強いかと」
冒険者ギルドと聞くや否や、渋い表情をしてそう言うサーシャ。
あまり、冒険者ギルドに対しては良い印象を持っていないらしい。基本的に王都の騎士団と同様に魔獣を狩る事を生業としているが、彼らは基本的には自由業。その日気が向かなければ仕事はせずに、昼間から酒を飲み遊び惚けていたりしていると聞いている。
俺も話を小耳にはさんだ程度しか知らないのだが、冒険者の多くは騎士団と比べると、軽薄で粗暴な連中だという印象を持っている。子供が行っていい場所ではないと思うのも当然だろう。
「そういうのは気になりませんから。それに魔獣の素材が欲しいので、どうしても行かないとならないのです」
でも、だからといって、俺の方も簡単に引き下がるつもりはない。
それに刺激が強いといっても、大方は喧嘩や博打といったような事が日常茶飯事なのだろうが、それくらいは別にどうという事はない。
「そうですか、では案内しましょう」
それでもサーシャは何か言いたげに口を開くが、少し迷ったようなぶりを見せた後、軽く頭を下げてそう答える。
その後サーシャに付いてきてもらい、学園を出て街に繰り出す。思えば学園に入学してからとうもの、こうして街で買い物という事をするのは初めてな気がする。ルナやルークはよくそうしていたようだが、俺は引きこもりがちだったな。この体ではすぐに疲れてしまうからか、なかなか外に出ようという気にならないのだ。
しかし、たまにはこうして街並みを眺めながら歩くというのも悪くはない。
改めて自分の足で歩きながら眺めるライラットの街並みは、日本の高層ビルが立ち並ぶ光景とは違い、どこか落ち着くというか、おかしな話だが実家のような安心感がある。
柱、梁などの骨組みを外にむき出しにし、その間に煉瓦、土、石を充填して壁とした木造建築の家が建ち並び、多くの人で通りが賑わう光景は日本とは似ても似つかないものなのだが、それを見てこんな気持ちになるとは……それだけ、俺もこの世界に馴染んでいるという事だろうか。
「ユウリ様、こちらです」
「あ、意外と学園から近いんですね」
徒歩で十数分と言った所だろうか、案外と学園と近い所に冒険者ギルドはあった。
他の建物よりも大きく、壁も分厚い。そして何より入り口である扉は鉄でできており、その構えも威厳あるものだ。————入って良いものかどうか、躊躇うほどに。
「行きましょう、ユウリ様」
「あ、はい。そうですね……」
ここに来て、中に入るのが少し怖くなってしまったが、サーシャに大丈夫だと言った手前ここで引き返すわけにもいかない。
意を決し、重たい鉄の扉を押す。かなり力を入れなければ開きそうもないほど重そうな扉だったが、予想に反して軽く押しただけで簡単に開いた。
「おぅ、これは予想以上」
そしてギルドの中を見た俺は、予想を超える凄まじさに思わずそう呟いた。
確かにサーシャは刺激が強いと言っていた。荒くれ者が多いから、喧嘩沙汰とかそういう荒事が日常茶飯事なのだろうと思っていたが、そういうのとはまた別の意味で刺激が強い。
まず、中に入る前に思った事は騒がしいという事。怒鳴り声や歓声、それにかき消されないようにただの雑談も声を大きくしなければならないので。ゲーセン並みに騒がしい。扉がやたらとしっかりしていたのは、この騒音をあまり外に漏らさないようにする為に違いない。
次にギルドの中に入って感じたのは酒の臭い。一滴も飲んでいないのに酔ってしまいそうな程に強烈なアルコールの匂いがギルド内に充満し、鼻の奥を突き刺してくる。流石にそれには耐え切れず、裾で鼻を抑える。まさか、これほど強烈なものだとは思わなかった。
誰もが楽しそうに酒を飲み、料理を食べて好き勝手に騒いでおり、場違いな子供一人が入って来たところで気にするような人間はほとんど居ない。精々、扉の近くに居る冒険者に一瞥されたくらいだが、彼らも特に何事もなかったかのように直ぐに顔を反らす。
ギルド内に居る冒険者は、皆一様に武器を携えており防具もしっかりとしたものを装備している。武具屋で売られている市販品の物を身に着けている冒険者も多く居るが、中には魔獣の素材から作られたであろう武具を身に着けている者も見受けられ、そういった者は冒険者の中でも名が知られているのか皆誇らしげにしている。
「ユウリ様、受付はこちらです」
サーシャは騒音にかき消されないように耳元でそう言い、受付まで案内してくれる。
そうしていざ受付まで来て用事を済ませようかと思い受付を見上げたのだが、ここで思わぬ壁に遭遇する。
受付の位置が高すぎるのだ。
冒険者は基本的に大人ばかりだから、受付の高さも作られている。九つの子供である俺には高すぎるのは当たり前なのだが、これでは俺の姿が隠れてしまい、受付嬢から見えないではないか。
「サーシャ先輩、抱えてもらえませんか?」
仕方がないので、恥をしのんでサーシャにそうお願いする。
「それはもう喜んで!」
やや食い気味にそう返事するサーシャに抱きかかえてもらう。背中に柔らかい感触を感じ心臓が大きく鼓動を打つが、邪念を隅に追いやって平静を保ちつつ受付嬢に声をかけた。
ここまで読んだそこのあなた。
感想書いてみませんか?




