二十二話『思ったよりも、きっついなぁ』
「こちらがルーキの森に発生したダンジョン、そしてダンジョンの創造主だと思われる魔族との戦闘における報告になります」
騎士団長から報告を聞いた国王、アルヴァラン・ライレイは鷹揚に頷き返す。
その手には報告内容をまとめた書類があり、アルヴァランはざっとそれに目を通していた。
書類の内容は、ルーキの森でライレイ学園の生徒がダンジョンを発見し、数名の生徒が不慮の事故によりダンジョン内に立ち入ってしまった。
そこで魔族との交戦の末、自力で脱出。
その後、冒険者と騎士団強力の元ダンジョン内再探索。学生が戦ったという魔族と交戦するも、騎士団、冒険者共に数名を残して壊滅というものであった。
剣も通さないほどに硬い皮膚を持っており、上級魔法も全く通用しない事から、魔法を無力化する事が可能であると推測される。
アルヴァランはにわかに信じられない気持ちだった。
騎士団や熟練の冒険者らがいとも簡単に壊滅したということもだが、それほどの相手に学生が逃げ切ったいう事にだ。
学生のリストには、自身の孫に当たるアルバンスの名もある。
贔屓目ではないが、アルバンスは同年代の子供と比べてもかなり優秀だ。
しかし、それはあくまでも子供レベルでの話だ。
国の騎士団や、危険な仕事で鍛えられた冒険者とは比べるまでもない。
うい孫が生きて戻ってきた事は嬉しいが、本来であれば魔族と戦って逃げ切るどころか、ダンジョンから脱出することさえ出来はしない筈だ。
アルヴァランの顔に浮かんでいるのは、何とも言えない微妙な表情であった。
報告では交戦した魔族は既にかなり消耗していたとある。
言い方は悪くなるが、たかが学生程度がそこまで魔族を追い詰めるとは思えない。この報告が本当であれば、彼らは学生の身でありながら、騎士団以上の実力を持っているということになる。
「この学生らについて、より詳細な報告はないのか? なんでもよい」
アルヴァランは報告に来た騎士にそう尋ねた。
騎士は少し迷うような素振りを見せたが、直ぐに報告を重ねる。
「中等部の二名は、学園内でも特に目立ったようなものはありません、強いていうなら両者共に座学に秀でているというくらいでして」
「ですが初等部の方……特にヴァンデルシア家のご兄妹は初等部の身でありながら、学園でもかなりの実力だそうです。魔法は既に上級を修め、剣術もかなりの腕だとか」
「上級とな?」
アルヴァランは眉を持ち上げてそう聞き返す。その表情には驚愕の色が浮かんでいた。
上級魔法は非常に高度な魔法だ。大量に魔力を消費する上に、魔力の制御も難しい。とても初等部の、それも入学して一年程度しか経っていない子供が使えるような代物ではないからだ。
だが、アルヴァランが驚いたのは一度だけではない。
騎士の口からは、次ら次へとあり得ないような話ばかりが飛び出てくる。あまりにもあり得ないものであったがため、アルヴァランは自身の正気を疑いたくなった。
「……その話は全て信実か?」
「はい、私もにわかには信じがたいのですが……全て裏付けが取れております」
「学園が益体の無い嘘などつかぬのは分かっておるが……上級魔法を使い、中級魔法を複数展開、身体強化を維持した状態で戦闘、これで齢が八というのだ、更に妹の方は特異体質に派生属性……もはや正気の沙汰ではないぞ」
技量だけで言えば、既に騎士の中でも優秀な者の部類に入る。妹の方はそれだけでなく、努力では決して得られない才能を二つも持っている。
「ですが……今回の状況から考えると、あながち嘘とも言いきれません」
「わかっておる」
アルヴァランは静かに眼を閉じ頭を悩ませる。
学園がこのような嘘をつく理由などない。それに彼らが魔族を追い詰め、逃げ切ったというのは疑いようがない事実。
束の間の思考の後、彼はポツリと呟いた。
「じゃが、まだ得心がいかぬ」
彼らの実力は凄まじい、まさに王国きっての天才と呼ぶに相応しい逸材だ。しかし、それは八歳という年齢だからこそだ。
騎士団には彼らと同じ事が出来る者も多く居る。
それに数では騎士団の方が多い。熟練の冒険者の力量も十分にある。彼らが、その兄妹らに劣っているとは思えない。
しかし、この兄妹が騎士団を壊滅させた魔族を追い詰めたというのは間違いない。
考えが延々と同じところを行き来し、いつまでたっても自身が納得できる理由が見つからない。
「なにか、何かあるはずじゃ」
報告を聞いても、いくら考えても、得心いかない理由が何かある。
何か見落としているような気がしてならなかった。
報告に上がってきていない事実があるに違いないと、アルヴァラン考えた。
「……詳しく調べてみるかのぉ」
◇◆◇◆
「ん……ここは馬車ですか?」
次に目覚めた時、馬車に揺らされていた。
まだ少し、体が思いように感じる。
「ユーーーーリーーーー! 良かったーーー!」
目が覚めるや否や、ルナが抱きついてくる。
かなりきつく抱きしめられたので痛い。
「痛い痛い、ホントに痛いですってば」
流石に病み上がりではキツいと、ルナを引き離して再び横になる。
「だって、三日も寝ちゃってたんだよ? 先生が回復魔法使ったけど、それでも目が覚めないし、もう起きないかと思ったんだから」
今にも泣き出しそうな顔でそう言うルナ。
随分と心配をかけさせてしまったようで、少し心苦しい気持ちになる。
「そうでしたか……すいません、心配をかけてしまって」
しかし、三日とは随分と長い間寝ていたものだ。本気を出した代償としては、随分と高くついた。
本気で戦えた時間もそう長くはない。
戦う事に集中していたので細かいところまではわからないが、正直に言って十分も戦えたかどうか怪しい。
これから全力で戦わないとならない程の敵に会ってしまった時、十分程度しか戦えないのに、その後三日も寝込んでしまっていては足手まといになる。回復魔法でも良くならないのなら、文字通りお荷物だ。
代償の方についてはどうしようもないので、もっと長時間戦えるように工夫しなければならない。それから、いざという時の離脱手段も必要だ。
まあ、帰ってからでもじっくりと考えるとしよう。
「おーいルナ、騒がしいぞ……っと、起きたのか」
「大丈夫か? 何か欲しいものはあるか?」
馬車の屋根から顔を覗かせ、そう聞いてくるアルとルーク。
どうして屋根にと思ったが、俺が席を占領してしまっているから、二人は屋根に行くしか無かったのだろう。
「すいません、長らく席を占領してしまったようで」
ルナに支えてもらいながら身体を起こし、二人の場所を開ける。
「無理すんな、まだキツいんだろ? 屋根も快適だから気にすんなよ」
「うむ、眺めは実に良いぞ……しかし、すまぬ、ダンジョンでは力に慣れなかった」
ダンジョンで足を引っ張ったと感じたアルは、申し訳なさそうにそう謝罪する。
「いいえ、そんな事ないです。アルは精神的な支えでしたよ、流石は王族ですね」
あの緊迫した状況で、アルの少し抜けた行動は程よく緊張を解してくれたし、最年少かつ戦闘力も一番低い筈のアルがビクビクしながらも常に落ち着いていたので、周囲も冷静さを保っていられた。
アルは十分に役立っていた。
「む、そうか、余は役に立っていたか! ならば良し!」
「ところでアル、少しいいでしょうか?」
フラフラと立ち上がり、アル側まで歩いていくと顔を近づけて耳打ちをする。
「む、なんだ?」
アルは馬車から落ちない程度に、屋根から身を乗り出して声を潜める。
「お願いなのですが……」
「む、ユウリが力を隠している事はルークから聞いたぞ、理由までは知らぬが友の秘密は絶対に漏らさぬ。我が名に誓おう」
っと、どうやらルークが先に教えてくれていたようだ。
「ありがとうございます。アルだけじゃなく、二人にもお礼を言わないといけませんね、助けに来てくれなければ、今頃どなっていたか……ありがとうございます」
三人に頭を下げる。
礼は言ったものの、ルークとルナの二人には、あまり無茶はしてほしくはないのが本音だ。ただ、俺が言えたような事ではないので、口には出せないが。
「ルナが勝手に飛び出しちまったからな」
「けど、皆をちゃんと外まで運んでから、ユーリを助けに行ったからね」
側に来たルナが、後ろから抱き上げながらそう言う。
いつもは下ろしてくれと言うところだが、今は立つのもしんどいので、そのまま抱えてもらう。
「ならなにも文句ないです……っと、そうだ、僕が倒れた後どうなったか、詳しく教えてくれませんか?」
三日も寝ていたとなると、ルーキの森の一件も落ちつく所に落ち着いたという頃合いだろう。
例の魔族がどうなったのか、結構気になる所だ。
俺がそう尋ねると、三人は一斉に口々に話し出した。
流石に、一度に何人もの会話を聞き分けるのは聖徳太子ではないので無理だ。
慌てて三人がてんでばらばらに話すのを止め、一人一人順番に話を聞いていった。
三人からの話をまとめると、ダンジョンが出現したという報告を受けた冒険者ギルドが、ダンジョンの調査を各冒険者に要請。
また、俺が交戦したであろう魔族の姿を見たという生徒の報告により、騎士団が派遣されたことで、ルーキの森は一時的に立ち入り禁止となり遠征は終了。
二人の行方不明者を残したまま、学園に帰宅というわけらしい。
後で遺品を渡しておかなければ、色んな人が心配したままだ。
ルークとルナは、ダンジョン内からアル達を連れ出したこと、魔族に襲われて一人取り残された所を、魔族を撃退して助け出したという事で更に評判が上がったそうだ。
魔族との戦いを見ていた者は居なかったおかげで、俺の実力が露呈することはなかった。
アルも無傷でダンジョンから生還したことで、評判は高くなった。本人は複雑な気持ちだと言っていたが、このまま行けば時期国王の座も狙い目が見えてくるかもしれないし、周囲からの評価が上がるのは良いことだ。
しかし三人の話を総合しても、肝心の所はさっぱりだ。ダンジョンがどうなったのか、魔族はどうなったのかはわからないようだ。
ずっと馬車で揺られていたのだから、情報が流れてこないのも仕方ない。
「学園に帰ってからゆっくりと調べますかね」
座席に腰を下ろし、馬車の窓から見える景色を眺めながらそう呟く。
行きと同様、激しい揺れで早々にダウンしたものの、三日間寝ている間にかなり距離を進んでいたらしく、ほどなくして学園に到着した。
直ぐに馬車から降り、亡くなった二人の遺品をメイコウに渡しに向かう。
目的の人物は直ぐに見つかった。俺は駆け寄って、懐から遺品を取りだした。
「これは二人がつけてたネックレスじゃないか……そうか、遺品か」
それを見たメイコウは、最初は驚いていたものの、すぐに何かを察したような表情になり、それを受けとる。
「渡すのが遅くなってしまい、申し訳ありません。ダンジョン内で見つけて拾っておいたんです」
「あの状況だったんだ、渡せなかったのは仕方ないよ……遺体の方は……?」
「……遺体は見つかりませんでした」
胸の奥をグッと掴まれるような感覚に陥る。これほどまでに激しい罪悪感は初めてだ。
「そうか……遺体がないって事は、もしかしたら生きているかもしれない」
「それは……」
遺体を処分したとは言えず、かといってきっと生きていますよなんて無責任な事も言えず、何と言えばいいのかわからずに開いた口を閉じる。
「わかってるよ、けどほんの僅かな可能性だとしても俺は信じたいんだ」
ただ、メイコウもバカではない。彼らが死んでいる事は、遺品をて受け取った時点で理解している筈だ。
それでも、僅かな可能性に懸けているのは、生きていて欲しいと強く思っているからに他ならない。
「……そうですか」
だが、その僅かな可能性すらも無い。いや、その僅かな可能性を作ってしまったのは俺だ。酷な事をしてしまった。
「これは俺が預かったよ、ちゃんと然るべき所に届けるようにする」
そう言ってネックレスを懐にしまい、そのまま立ち去って行くメイコウ。
「……思ったより、きっついなぁ」
小さくなっていくメイコウの背中を見ながらそう呟く。
良心の呵責などどうでもいいと吐き捨てたが、予想以上に苦しい。
どうにも、漫画みたいに冷徹になりきれる主人公のようにはいかないや。




