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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
90/206

89 私会議

 テレビや雑誌で見るような高給旅館を思わせる造りに眉を寄せつつ、お茶を啜る。

 広い和室に、カッコンと獅子脅しの音が響き渡った。

 大きな窓から見える庭は手入れが行き届いた日本庭園で、写真や映像でしか見ることのできない美しさに溜息が漏れる。

 思わず、温泉に入りたいと言ってしまいそうなほどの雰囲気だ。


「三人目って意外と器用だよね」

「貴方が固いだけよ」

「しょうがないじゃん。記憶の管理専門なんだから」

「由宇が表の主人なら、裏の主人は貴方なんだからもっとしっかりしないと」


 唇を尖らせる番人に厳しい目を向ける三人目。

 頼りなくて心配だとの呟きに、私も頷いてしまった。

 私が三人いるような状況に慣れてしまったのか、イナバはのん気に欠伸をしている。


「ここは本当に【隔離領域】じゃないの?」

「違う違う。もしここが【隔離領域】だったら私は存在してないよ」

「記憶の番人たる貴方は由宇の中からどこへもいけないものね」

「行くつもりもないけどね」


 私が私として動き回れるのは由宇のお陰、と視線を向けられたが覚えが無いので困惑してしまう。

 大勢の私達がいた場所に行けたのは偶然だからだ。

 そう思っていると三人目が微かに笑みを浮かべたような気がした。

 彼女に視線を移すと呆れた目で番人を見つめていた彼女と目が合う。

 気のせいか?


「いや、あれだけ怖がってたイナバも随分慣れてるんだなって。もしかして、私より前にここに来たことある?」

「……」

「あるわよ」


 サッと目を逸らして黙り込むイナバを番人が心配そうに見つめる。

 お茶請けとして出ていた饅頭を頬張りながら三人目が代わりに答えると、イナバが慌てた様子で顔を上げた。

 ゆらゆら、と揺れる黄色の瞳と少し見つめ合って視線を外す。

 はぁ、と溜息をついてお茶を飲み仲間外れは私だけかと心の中で呟いた。


「ん? 三人目、あんたもしかして由宇によけいな事教えたんじゃ……」

「よけいな事って何? 自己防衛の一種よ」

「私に隠れてそうやってコソコソしてるのはいつもだもんね」

「ゆ、由宇お姉さん」


 私の事が心配で、本当に害がないか確認の為に番人と三人目の様子を探りに来た、と告げるイナバの声を聞きながらお茶のお代わりを求める。

 ハラハラした様子で私とイナバを交互に見る番人を無視し、三人目からお茶を注いでもらった。

 私のため、私のため。

 そう言えば何だって許されると思ったら大間違いだ。

 もしかしたら本当に私を心配しているのかもしれないけど、こうやってこっそり先に接触されるくらいなら事前に言うくらいしろと思う。

 けれど、結局そこまでの信頼関係は築けていないんだなと思い知らされた。


「怒るのは分かるけど、八つ当たりしてもしょうがないわよ。そんな事してる場合じゃないでしょ?」

「そ、そうそう」

「未来人だろうが何だか知らないけど、貴方には関係ないんだし無視してそのまま自分の生活楽しんでれば良かったじゃない」


 三人目に同意する番人も気に入らない。

 お前は私の記憶を管理する存在で、私と同じはずだろうと文句を言ってやりたくなった。

 最初に死んだからなんだ。

 偉いとでも言うならお前が何とかしろ、と心の中で愚痴る。

 三人目に教えてもらった通り心の壁を作っているせいで、私の心情は彼女たちに聞こえないようだ。


「関係なくないわよ」

「ないわ。だって、貴方の世界には神が存在しないんでしょ? 過去だか未来だか知らないけど胡散臭いわ」

「まぁ、それは確かに」


 鍛えられた演技力で笑顔を浮かべて震えることの無い声で言葉を紡いだ。

 我ながら気持ち悪いくらいの演技力だわ、と自画自賛しながら私は含むように笑った三人目の反応を待った。

 番人やイナバのように気圧されて動揺するかと思えば、逆に楽しそうな表情で私を見る。

 こちらを真っ直ぐに見つめる瞳は強い光を放っていてたじろいだ。

 

「いいわよね、貴方は。幸せで平穏な毎日を謳歌してるんだもの。私が味わってきた苦痛も憤りも貴方にとったら面白いドラマよね」

「……そうね、興味深いわね」


 穏やかな声色と、ゆったりとした口調で言葉を紡ぐ。

 内容と声が全く合っていないのでそのアンバランスさが肌を逆撫でするような不安を与える。

 自分でも不気味だと思うのに、三人目は動じることなくそう答えた。

 何を言われても動じないようなその態度に腹が立つ。

 その感情を一切表に出す事なく、私は気味の悪い笑顔を浮かべたまま彼女を見つめた。


「ほら、やっぱりね。だって結局、貴方は私だものね。私が考えそうな事よ。自分には関係ないから楽しんで見ていられる。いいわね、それだけ自分が安全だって余裕があるんだから」


 ぶち壊したくなるわ。


 ぼそり、と呟いた言葉に隣にいる番人とイナバが体を震わせたのが視界の隅に映ったが気にしていられない。

 目の前にいる私と同じ姿形をした何かは、とても気味が悪い。

 私の皮を被った化け物のようにしか見えなくて吐き気がする。

 それは、私がどれだけ傷つけるような事を言っても彼女が揺らがないせいだろう。

 

「私は言ったはずだけど? 私は私。貴方であり貴方ではなく私って」

「……羽藤由宇には違いないのに?」

「そう。違いないのに」


 過去や未来の私だからか、と思っていたが今になって違う可能性を思いつく。

 突拍子もない話だけれど彼女が私の過去や未来の存在じゃないとしたら。

 それでも羽藤由宇には違いないとしたら。


「ほらぁ、由宇も三人目も仲良くしようよー。ね?」

「番人。貴方は少し黙っていなさい」

「……はい」


 私はちょっと前にイナバに聞いたじゃないか。

 ここに来る前のイナバとの会話を思い出して私は目を見開いた。

 神が存在しないというのを過去か未来の出来事としか思っていなかった私が馬鹿だ。

 気づいているようで気づいていなかったなんて悔しすぎる。


「可能性はゼロじゃないわ」

「そうね」


 ギリギリと歯を食いしばりながら三人目を見れば、彼女は笑いながら私に饅頭をくれた。

 搾り出すように同意した言葉を飲み込むように、渡された饅頭を頬張るとお茶で流し込む。

 少しだけすっきりした気持ちになりながらゆっくりと息を吐いた。


「なになに? どういうこと?」

「うん、今は面倒」

「あはは。酷いわね、由宇」


 自分だけ置いてきぼりにされるのが嫌なのか、番人が私と三人目の会話に入ってきた。

 記憶の番人は私の記憶を収集、整理し管理しているが最初というだけあって経験値が足りない。

 レベル一なのに、ステータスの知識や精神力だけがやたら高いようなイメージだ。

 そして向こう側の私は主人公にもサブキャラクターにもなれないNPCというところだろうか。

 レベルを上げる必要は無く、暢気に日々を過ごしてそれなりに生きていけばいい。そんな感じか。

 だったら私は一体何なんだろうと疑問に思う。

 ループした回数をレベルに置き換えてしまうなら相当なものになりそうだし、各種パラメーターも変な事になっていそうだ。

 それは喜ぶべきなのかどうなのかと複雑な気持になったが、この世界(・・・・)を生きてゆく私には必要なんだから仕方ない。

 番人の進化系が今のところ私ということか。


「そうだったとしても、あんたがここにいる理由が分からない」

「理由? そんな大層な理由が必要ならいくらでも作るけど?」

「……あぁ、本当に私が言いそうな事だけに腹が立つ!」


 三人目の余裕綽々な雰囲気がイライラを増長させる。

 彼女もそれは充分分かっているはずなのに、態度を改めようとはしない。

 からかって、ムキになる私を見て楽しんでいるようにも見えた。


「あははは、ごめんごめん。あんまりにも由宇(わたし)が素直だからついね」

「自分自身で遊んで楽しい?」

「楽しいわね。私は貴方であって貴方ではないから」

「私は楽しくない」

「でしょうね」


 腹を手で押さえて大きな声で笑う三人目を睨みつける私の表情は不機嫌そのものだ。

 根本的なものは同じはずなのに、どうしたらこんな風になってしまうのか。

 ああはなりたくない、と思いながら茶柱の立ったお茶を一気に飲み干した。




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