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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
88/206

87 憧れ

 嘘をついた後ろめたさと、それに関してすらすらと動く口に私は内心で溜息をつく。

 ユッコに言った事はあながち間違ってはいない。

 新井務も、鍋田さんも遠藤さんも知り合いだ。仲が良いかどうかは別として。

 目を覚まさないのは新井務だけだが、情報収集として見舞いに行った際に彼の父親から色々聞く事ができた。内容はほとんど親子の関係についての事だったけど。

 それにしても、見舞いに誰も訪れてなかった事に驚いたのを思い出す。

 顔はいいし、モモが関係してなかったら普通の性格だろうし、上辺だけの付き合いとはいえそれなりに友達はいたと思ったんだけど。

 上辺は、所詮上辺のみということか。


「あんまり役に立てなくてごめんね」

「ううん。それだけでも充分だよ」


 私の時は、私が大変だからという理由で母さんがお断りしてくれていたけれど。それも建前で、本音としては面倒だというどうしようもない理由だった。

 幼馴染と呼べるような付き合いの長い友達もいるにはいるが、頻繁に会ってないとやはり互いに纏う空気が変わってしまう。

 気が合わないわけじゃないから、それなりに楽しく遊べたり話したりはできるけれど何か違うと感じる。

 だからこそ必然的に近場にいる友達や、新しい環境でできた友達の方が気が合うし楽だ。

 多分、皆そんなものなんじゃないかなと思いながら見舞いに来てくれたモモの事を思い出す。

 彼女は本当に見た目からして可愛らしい子だが、性格は結構辛辣。狙ったような発言にイラッとする事もあるけれど、不思議と嫌いになれない。

 私の機嫌を取るような行動をしてくるでもなく、私が彼女に振り回されっぱなしだが出会った頃とは違い私もはっきりと嫌なものは嫌と断れるようになったお陰だろうか。

 初めてのタイプだったものだから、最初の頃は本当に苦労したものだ。


「ユッコ、気をつけてね?」

「うん、大丈夫だよ。私こう見えても結構しっかりしてるから」

「……うん」


 思わず目を逸らしながら頷いてしまった。

 考え過ぎて会話のテンポが遅いというのは分かったが、やっぱり彼女はぼんやりさんな気がする。そして天然で人を信じやすい。

 押しにも弱く、頑固で譲らない部分もある。

 それを思うと心配だったが、ユッコが大丈夫だと自信満々に頷くのだ。一度痛い目を見ているのだし、ご両親も今まで以上に目を光らせるから私が心配する事もないだろう。


「そう言えば、最近ずっと美智と遊んでるみたいだね」

「うん。美智ちゃん、自分のせいで私がこうなっちゃったって責任感じてるみたいで。違うよって何度も言ってるんだけど」

「あぁ」

「本人の気が収まらないみたいだから、色んなところに連れてってもらってるの」


 美智の意を汲んでユッコが甘えているなら彼女の方が大人ということだ。見た目からして、どう考えてもユッコの方が精神的にも幼いように見えてしまうのだが、違うのかもしれない。

 言葉にしなかったり、するのが遅いだけで私達の中では一番大人なのかもしれないなと私は苦笑した。

 私の場合は、ただ単にループを重ねているから人より経験値が増えているだけだ。

 尾本さんやユッコのお母さんに、歳の割には落ち着いていると指摘されたりもするがそれもループのせいだ。数え切れないくらいに繰り返して、これ(・・)なのかとも思うが仕方がない。

 そう思うと、こちらの世界に戻ってから連絡を取り合っていない神原君の姿が頭に浮かぶ。

 彼も高校生とは言え、大学生の私よりも随分と大人っぽい。同じようにループしてきたはずなのに、精神的にも落ち着いているのは性格の違いなんだろうかと考える。

 仲違いをして喧嘩しているというわけじゃないけど、何となく連絡が取りづらい。

 何度かさり気なく近況を尋ねるメールでも送ろうかと文章作成の途中で止めるというパターンを繰り返していた。

 今そうやって連絡を取っても、結局また同じことになる様な気がしたというのもある。

 主人公なんて羨ましいばかりじゃないかと思っている部分は未だどこかにあるので、上辺を繕ったところで見抜かれてしまいそうだという心配もあった。

 それに、無理して一緒に歩調を合わせる必要は無い。

 彼は彼なりに動き回り協力者を得て選びたい道を切り開いていけばいいんだし、私は私で自分が求める道を進めばいい。

 その道が必ずしも同じじゃないんだろうから、こうなるのは当然だったとも言える。

 いや、そういう事にして自分は悪くないと思いたいのかと視線を落とした私に見上げていたシュトーが慰めるように声を上げた。


「そっか。そうだったんだね、知らなかった」

「美智ちゃん未だに気を遣ってくれてるから、少しはこれで楽になればいいんだけど」

「気付かなかった私も駄目だね。最近、美智の食欲が落ちてる気はしてたんだけどね」

「いいんじゃないかな。由宇ちゃんたちにまで心配されたら、美智ちゃんもっと気を遣うだろうし。友達って難しいね」

「そうだね。何でも言い合えればそれでいいってわけじゃないからねぇ」


 眉を寄せて困ったように笑うユッコだが、その顔は少し嬉しそうにも見える。

 そう言えば友達を家に招いたのも私が初めてだとおば様が言ってたなと思い出したので、私は紅茶のお代わりをお願いしながらその事について尋ねてみた。

 ちょっと切り込みすぎた勘も否めないが、嫌そうだったらすぐに引くつもりでいたから大丈夫だと思う。


「そう言えば、ユッコって大学以前の友達は? 遊んだりしないの?」

「んー無いかな」


 言ってしまってからドキドキとしてしまったどうしようもない私だが、意外とあっさり答えが返ってきて拍子抜けする。

 空になったカップに紅茶を注いだユッコは「私、友達できたの大学に入ってからが初めてだし」と言って笑う。

 どう反応していいやらと、困りながら私は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「そう? ユッコなら友達結構いそうだと思うんだけど、やっぱり難しいものなのかな」

「うーん、そうだね。家柄が良かったり所謂お金持ちだったりする子がたくさんいる学校でも、そういった家の事情が絡む事は結構あるし、それが目当てで近づいてくる子も多いよ」

「え、そんなもの? そういう人たちばかりだからこそ、逆に気にしないというか付き合いやすいとばかり思ってた」


 そりゃ中にはちょっとと言いたくなるような人もいるかもしれないが、レベルが同等かそれ以上だろうから不快に思うようなことはまずないだろうと思っていたのに違うのか。

 そんな家柄の子供ばかりが集まるからこそ、逆にギスギスしてしまうものかと眉を寄せた私にユッコがくすくすと笑う。


「もちろん、いい人たちも多いよ。でも、足の引っ張り合いも多いんだよね。体裁も保たなきゃいけないし、大人の付き合いも絡んでくるから気を抜けないっていうのもあるかな」

「もっと、優雅でゆったりとしたイメージかと思ってた」

「あははは。そうだね、マンガとか小説とかドラマとかだとそういうのが多いかも。目に見えるような意地悪とかはないけど、それだけに余計に厄介だったり面倒だったりもするの。私はひっそりと生活していたかったけど、家が有名なだけに寄ってくる子も多くて……邪険にもできずに大変だったよ」

「えっと……ユッコって、そういう学校の中でもランク? みたいなのってどの程度なのかな? もちろん、そんなものがあると仮定しての場合だけど」


 お嬢様、お坊ちゃまたちの間でもその立場によってのランクというものは存在するだろう。

 一般的に容姿や頭脳、運動神経等が秀でていれば上位とされるようにそういう世界ではそんな事よりも家柄や両親祖父母等の権力がそのまま反映されるような気もする。

 私が言いたい意味を分かってくれたのか、ユッコは苦笑しながら「そうだなぁ」と考え始めた。

 悪いとは思うが好奇心が押さえられない。

 この場にモモや美智がいたら、また非難がましい目で見つめられるんだろうと想像した私は額に手を当ててやっぱり止めようかと迷った。

 自分で言い出して何だが、あまりにも失礼な様な気がする。


「そうだなぁ、良く分からないけどそれなりだったんじゃないかな。苛められたとか、意地悪されたとかそう言うのは多分ないと思うから。意地悪されても、可愛らしいものだし」

「そう、なんだ」

「うん。私があんまり気にしないっていうのもあるし、周りの子たちが代わりに凄く怒ってくれるせいかもしれないけど」


 大らかなのか、相手にしていないだけなのか分からないがどちらにしてもユッコが大物である器なのは確かだ。

 些細な事でも気にしてしまうような私とは大違いだなと思う。

 これも生まれ持ったものなのかと思いながら話を続けるユッコに相槌を打ち、片手でシュトーを撫でる。


「でも、由宇ちゃんたちみたいに気軽にお話したりできる子はいなかったから寂しかったな。私がいくら距離を詰めて仲良くなろうとしても、最後の壁は壊せないの。別に私なんて凄くも何ともないんだけど、周りの子たちはそう思ってなかったみたい」

「……それって、ユッコが結構上位にいるって事なんじゃないかな」

「そうなのかなぁ。大したこと無いと思うけどな。私より凄い子は他にいたよ?」


 うん、そうだったとしても五本の指の中に入る事は間違いないだろう。

 自分の立ち位置を良く把握していない事にも驚きだが、彼女にとってはそれすら些細なことなのかもしれない。

 校内での順位がそのまま世間での家柄の順番になるわけじゃないだろうが、それでも一種の目安にはなる。

 そこに食い込むために頑張る人だってきっといるはずだ。

 けれどきっと、それは努力や根性では何ともしがたい大きな壁。

 学校でのユッコの立ち位置が薄っすらと分かった様な気がして私は苦笑する。

 わざとらしい答えには聞こえないので、きっとユッコは本気で自分は大した事がないと思っているんだろう。

 まぁ、だからこそ付き合いやすいし私達みたいな一般人とも打ち解けられているんだけど。

 本当はそんな事すらできないような相手だったりして、と黙ってしまった私をユッコが心配そうに見つめる。


「由宇ちゃん?」

「あぁ、ごめんごめん。ユッコだけじゃなくて、ご両親もご寛大のようだからちょっと私調子に乗ってたのかなと思って自分の行動を反省していたところ」

「そんな事ないよ! 私、モモちゃんと由宇ちゃんと美智ちゃんと仲良くなれて本当に嬉しいんだから」

「そう……かな。それなら、いいんですけど」


 つい彼女の事を深く考え過ぎて変な敬語になってしまう。

 それが気に入らないのか小さく頬を膨らませたユッコは「もうっ」と呟いてご立腹だ。

 モモや美智はどうか知らないが、私はユッコを普通の友達として接してきた。モモほど親しくは無い友達としてだが、そんな間柄でもユッコにとっては夢にまで見る関係性だったのかと思うと心が痛くなってきた。

 今までの自分がしてきた雑な対応が蘇り、申し訳なくなって謝罪したくなる。


「普通でいいんだよ。普通で嬉しいの。パパとママを説得するにも骨が折れたけど、二人とも最終的にはちゃんと理解してくれたし喜んでくれてるよ」

「そっか。それなら良かった。私、本当に平凡な家庭で生まれ育ったから、マナーとか今までしてきた態度が失礼だったかもしれなくてヒヤヒヤしたよ」

「ふふふ。逆に由宇ちゃんは偶に容赦ないからそれが新鮮だよ。モモちゃんも美智ちゃんも突っ込み鋭い時あるし、私はそれが凄く嬉しいの」


 ツッコミを受けて嬉しいとはまた珍しい。

 けれどユッコの話を聞いていれば、彼女の周囲にそんな突っ込み役もいなかったんだろう。

 もし仮に私がユッコと同じようにお嬢様学校に通っていて、彼女にそんな突っ込みをしていたとしたらそれ相当の地位がなければ駄目な様な気がする。

 もちろん、個人の秀でた能力や容姿ではなく親の力としての地位だ。


「理解あるご両親だね」

「ふふふっ。反対ばかりして家柄や体裁を気にするような大人だと想像しちゃうよね?」

「え、いやその……そういうお家もあるかと思いますが」

「ママは見ての通りの、おっとりお嬢様だけど外見を気にするっていうよりは私の身の安全を心配してくれていたし、パパは寧ろ大賛成だったよ。危ないからって反対してたのはどっちかと言えばママかな」

「え、そうなの!?」

「うん。パパもね、中学生までは私が通ってた学校に行ってたんだけどつまらないって理由で高校は外部を受験したんだよ。一般の公立校。合格はしたんだけど実際に通うとなると混乱しちゃって大変になるからって辞退したんだって」


 そりゃそうだ。

 私は思わず呟いていた。

 普通の公立校に由緒正しい家柄の息子が通うとなれば、高校側としても色々な事に気を遣わなければいけない。一番の問題は他の生徒との関係性と、安全だろう。

 何かあっても対処できずに校長以下全て総入れ替えという事も有り得る。

 出願を受けた時点で何とかできなかったのかと聞けば「パパがごり押ししたお陰で、試験は受けさせてもらえたみたい」と言っていた。

 完全に権力に屈したパターンである。

 その時点でユッコのお父さんも気付こうよ、と心の中で突っ込みを入れつつ苦笑いをした。


「迷惑かけるから駄目だって、お祖母様に怒られちゃって結局そのまま中等部から高等部へ進学したんだけどね。大学ならいいだろうって私と同じで違うところを受けたの。私と違うのは、それが外国って事くらいかな」

「……ユッコは、お父様似なのかな?」

「あ、パパのお友達もそう言うんだけどそうなのかな。いつもは大抵、ママ似だって言われるんだけど」


 確かに私もそう思っていた。

 けれど、話を聞けば聞くほど父親に似ているようにしか思えない。

 父親の若い頃の話を聞いて影響を受けたのだろうかと思えば、外の大学を受けたいと言ってからその話をされたらしい。

 血は争えないと祖父母にも笑われたと恥ずかしそうに告げるユッコに、私は凄い人物と友達なんだなと感じさせられた。

 だからと言って接し方を変えてしまえばユッコはすぐ気付くので、今まで通りというのがいいんだろうがこれも結構難しかったりする。

 これからも、これまでのように付き合っていけるだろうかと心配しながら私は凄い家系だなと改めて思った。




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