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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
85/206

84 食事会

 仲のいい友達の家に遊びに来たようなものなのに、緊張する。

 こういう場面には慣れていないから、今までのループの経験もあんまり役に立たない。

 辛うじて役に立ちそうなのは高級レストランに連れて行ってもらった時の記憶か。

 しかし、それも随分と前の事なのではっきり思い出すことはできなかった。


「由宇ちゃん、遠慮しないで食べてね?」

「うん。美味しく頂いてるよ、大丈夫」

「まぁ、それなら私も嬉しいわ」

「ママ張り切りすぎて作り過ぎだってば」

「だって、由宇ちゃんが来てくれるならって思ったらついつい頑張っちゃったんだもの」


 ダイニングのテーブルに並べられた料理は、お手伝いさんではなくユッコのお母さんの力作だ。

 もちろん、お手伝いさんも手伝っているらしくキッチンでは慌しそうにしていた。

 私と、ユッコと、ユッコのお母さんの三人しか今はいないのに、こんな大量の料理絶対に食べきれない。

 せめて私に美智並の胃袋があればと思いながら、私は取り分けてもらったラザニアを口に運んだ。

 うん、凄く美味しい。

 お店で食べるような味で、普通の家庭ではあまり作らない料理ばかりがテーブルに並ぶので見ているだけでも楽しかった。

 本当にこの場に美智がいないのが悔やまれる。

 モモと美智もいたら楽しかっただろうねとユッコに話しかければ、彼女は何度も頷いてから目を輝かせた。


「そうだ、じゃあそのうち皆でご飯食べようよ」

「まぁ、いいわね! 私もまた、モモちゃんと美智ちゃんに会いたいわ」


 娘の提案に同じように顔を輝かせて「うふふ」と笑うユッコのお母さんを見ていたら、流石にこの空気を壊すような発言はできなかった。

 そうだね、迷惑じゃなかったら皆でご飯食べたいね、と笑顔を浮かべて頷く。

 本心では次回が本当にあった時にはまた服装を考えなくちゃいけないと、気が急いてしまったけれど。

 正式な日時が決まったわけではなく、完全に確定したわけでもないから気を揉んでも仕方がない。

 まぁ、それは分かっているのだが“もしも”の時に備えて考えを巡らせてしまうのは性分なんだろう。


「由宇ちゃんごめんね、逆に気を遣わせちゃって」

「え? あぁ、お菓子の事ね」

「うん。でもありがとう。マスターのお菓子私もママも大好きなんだ。あとね、あのミニブーケ凄く可愛いね!」

「喜んでもらえて良かった。快気祝いみたいなものだから、気にしないで」


 本当はモモと美智も誘った方が良かったのかもしれないけれど、と少し困ったように呟けばユッコは口元についたソースをナプキンで拭い、ゆっくりを首を横に振った。

 パールのバレッタで髪を留めているユッコの服装は、いつも学校に着てくるような洋服ではない。それこそ、私と同じようなよそ行きの格好に見えた。

 値段と質は圧倒的に向こうが上だろうが、やはり普段着で来なくて良かったと安心する。

 幾ら気を遣わなくていい、普段着でいい、と言われても額面どおり受け取ると恐ろしい目に遭うのはこっちだ。

 恥をかかない為にも、ユッコに恥ずかしい思いをさせない為にもある程度外見を繕う事は必要である。

 中身がどうであれ、清潔感を心がければ失敗はしないだろう。


「いいの。今回は由宇ちゃんがメインだから。他の二人にはナイショね」

「ふふふ。何だか悪いことしてるみたいね」

「後で二人も家に招待すれば大丈夫だよ。美智ちゃん凄く食べるだろうなぁ」

「流石に……セーブするんじゃないかな」

「そうかなぁ。じゃあ、その時は気にしないでたくさん食べてねってしつこいくらいに言っておくね」


 そんな事を言ってしまっていいのか。

 大食いチャレンジ成功したら無料を次々に成功させて、一部の店からはチャレンジ権無しとされている美智の本気。

 見てみたいような、見たくないような複雑な気持ちだ。

 食い意地張っててみっともないと自覚している美智も、花も恥らう乙女なので周囲の目は気になるらしい。

 そんなもの関係なく店荒らしをしていた中学高校時代を葬り去りたい、と真剣な表情で語っていたのを思い出す。

 彼女の場合は食欲を我慢するとストレスがたまり、調子が悪くなってしまうらしいので結局食べてしまうと言っていた。

 大学での昼食はアレでもセーブしてるみたいだけど、遠慮なしで食べていいと言われたらどのくらい食べるんだろう。

 前に食べ放題に行った時は、一定のペースで綺麗に食べていたので大食いという感じはしなかったけど。

 

「流石の美智も遠慮すると思うよ」

「うーん。そっか。残念だなぁ」

「そ、そうだね。私なんて今日の夕食でさえ豪勢すぎて、雰囲気でもお腹いっぱいだよ」

「そうなの? あ、良かったらお持ち帰りする?」

「え、いいの?」


 これはお土産として持って帰ったらうちの家族が大喜びだ。

 こんな夜遅くに帰ってきてお土産だなんて、と愚痴を言いながら母さんは結局食べるに違いない。そして「ダイエットしてるのに、由宇が持って帰ってくるから!」と私のせいにするに決まってる。


「うん。私とママとお手伝いさんの三人しかいないから、余っても捨てちゃうかもしれないし」

「それはもったいない! よろしければ是非」

「ごめんね。ママが予想以上に張り切っちゃって」

「ううん。ご飯本当にとっても美味しいしありがたいよ」


 少なくとも家では食べられそうもないものばかりで感動している。

 食材からして一流なら美味しいのは当然だと、どこからか母さんの声が聞こえてきたような気がしたが無視した。

 最近は心身ともに疲れることばかりだったので少し癒される。

 笑顔の応酬に、腹の探り合い。

 決着のつかない腹の探り合いにはもう疲れたと、真意の読めない三人……いや、二人と一羽……一人と一羽と一個を思い出して溜息をついた。

 それを見ていたユッコが心配そうに私を見つめてきていたので、慌てて笑顔を浮かべる。


「何かあったの? あ、色々迷惑かけちゃったからかな? 警察の人にも聞かれたりしたんでしょう?」

「ううん、それは大丈夫。他の事でちょっとね」

「そっか。それならいいんだけど。でも、由宇ちゃんて凄いね。刑事さんの知り合いがいたなんて」

「あぁ、それはアレよ。ホーム転落の時のね」


 あまり騒がれたくはないので、席を外しているユッコのお母さんや台所にいるお手伝いさんたちの耳に入らないように私は声を抑える。

 軽く身を乗り出してヒソヒソと告げる私に、合点がいったユッコは静かに頷いた。


「そっか。あの時も大変だったよね、由宇ちゃん」

「もう終わったことよ。知り合いの人たちが協力してくれたお陰で、驚くくらいスムーズに終わったもの」

「由宇ちゃんが困ってたら力になろうと思ってたんだけど、そんな必要なかったね」

「え?」

「私も心配だったから、腕のいい弁護士さんとか紹介しようと思ってたの」


 でも、解決しちゃったしと苦笑しながら告げるユッコは少し寂しそうだった。

 自分の立場が分かっているから深入りしないでくれたのだろうか。

 携帯ゲームに重課金をして、いきなりとんでもない高価な買い物をするのにそんな事を思っていたとは知らず私は言葉を探した。

 今回は宇佐美さんが紹介してくれた戸田さんと出会えたから良かったものの、もしそうじゃなかったらきっと母さんや兄さんが独自に探し出してくれたんだろう。あ、叔父さんもか。それを思ったら、祖父母も黙っていないだろうなと考える。

 そう言えば、今回は祖父母の耳にも入っていただろうにあんまり介入してこなかったな。

 多分、母さんが抑えたんだろうけど。


「ありがとう、ユッコ。心配してくれて」

「ううん。私も、モモちゃんみたいに力になれれば良かったんだけど、何もできなくてごめんね? 今回は今回で心配かけちゃうし」

「いいのいいの、今回の件は私が勝手にお節介しただけだから。寧ろごめんね」

「どうして謝るの? 由宇ちゃんのお陰で助かったのに。もうっ」


 唇を尖らせて眉を寄せるユッコに笑う。

 何度も私は大した事をしていないと言うのに、ユッコもユッコで引いてくれない。

 半ば意地のようなやり取りを繰り返しながら私はおかしくなって噴出してしまった。プッと笑った私に頬を膨らませていたユッコも笑い出す。


「楽しいね」

「そうだね」

「あらあら、何の話? ママも混ぜて欲しいな~」

「えーママは駄目だよ」

「あら酷い。そうだ悠子、パパから電話よ」

「んーもうっ、来るって言ったのに」


 再び頬を膨らませながら席を立ったユッコを見送り、ユッコのお母さんと二人きりになる。

 室内には落ち着いたクラシックの音楽がかけられているので圧迫感はさほど感じない。

 しかし、こうしてあまり会話をしたことの無いユッコのお母さんと二人きりになったところで何を話したらいいのか分からず、私は黙々と食べ続けた。

 私の様子を見ながら料理の感想や飲み物をすすめてくれるおば様とぎこちないやり取りを繰り返す。

 早くユッコが戻ってこないかなと思いながら、ユッコのお父さんの事を口にしてみた。


「ユッコのお父さんは、忙しそうですね」

「そうなのよ。ちょっと今立て込んじゃってて、今日だって予定空けて家族全員で貴方の事をもてなそうって言ってたんだけど」

「はは、お気持ちだけで充分です」

「そう言ってくれると私も気が楽だわ。でも、一番乗り気なのはあの人だったのよ」

「え、そうなんですか?」

「ええ。可愛い一人娘の恩人だもの」


 そこまで言われると非常に申し訳ない気持になる。

 私はユッコにも言ったように「大したことはしてませんし、結果的に良くなったのは本人の意思の強さでしょうから」と告げた。

 頬に片手を当てて私をじっと見つめていたおば様は、ふわりとした笑顔を浮かべると目を細める。


「不思議ね。悠子と同じ歳なのに、ここまで違うなんて」

「え?」

「あぁ、悪い意味じゃないのよ。中身というか、精神的にとでも言うのかしら。貴方は随分と大人びてるような気がして」

「そうですかね? 私は昔からこんな感じなので、年寄りだとか落ち着き過ぎだとか言われてましたよ」


 という事にしておく。

 まさか、何度もループして色々な事をしてきたので面の顔も厚くなり心も鍛えられましたなんて言えない。

 こういう時こそ演技力が試されると気合を入れた私は不思議な顔をしながら首を傾げる。

 おば様はそんな私にふんわりと笑った。

 ユッコが歳を取ったらきっとこんな女性になるんだろうなと思える。


「あの子……学校での様子はどうかしら?」

「どう、とは?」

「その……上手くやれている? 見ての通り私達はその、他とはちょっと違うから」

「あぁ、大丈夫ですよ。他の学生とも楽しそうに話しているのは見ますし、ユッコの名前と家柄目的で近づくような人物は私達が許しませんから」


 とは言ってもきっとそうなった場合、芦村家が迅速に対処しそうなので私達の出番は無いだろうが。

 それでも、人目を惹いて辛辣な事を口にするモモが大抵一緒にいるのだ。下手な輩が近づけば、笑顔で猛毒の餌食になるだけだろう。

 それに、ユッコもぼんやりとしておっとり天然さんな部分はあるが、自分に害をなすような相手くらい見極められると思う。

 そう思ってから私は眉を寄せそうになって堪えた。

 忘れていた。ユッコが駄目男ばかりに引っかかってしまう事を。

 今はエア彼氏のシゲルがいるから安定しているが、彼から心が離れてしまった後にどうなるのかは分からない。

 あぁ、そう言えば美智がいい考えがあると言っていたけどまだその事について聞いてなかった。


「そう、ありがとう。あの子が、普通の大学に行きたいって言った時には驚いたし、反対もしたんだけれど今のあの子の顔を見てるとそうして良かったわ」

「そうなんですか?」

「ええ。本当はね、小学校から同じ系列の大学に入れたかったの。所謂、そういう家柄の子供が集まるような場所ね」

「あぁ、確かに。私も正直不思議でした」

「やっぱり。そうよね、普通の子たちの中に場違いな子が入るんだもの」


 名高い公立大学ならまだしも、通ってる大学はそれほど有名なものでは無い。

 遠方から遥々と、と言えるほどでもないそんな大学にユッコが何故いるんだろうとは思っていたが彼女なりの事情があるんだろうと誰もその事については聞かなかった。

 私なんて高校も大学も家から近いからっていう理由が本当のところだ。

 志望動機としてはそれなりの事は書いたが、実家から近いというのは魅力的だ。

 一人暮らしなんて選択肢は無かったな、とそうなっていたかもしれないもう一つの未来を思い浮かべた。

 しかし、実家を離れると悲惨な事ばかり起こる事になるんだった事を思い出す。

 どこまで逃げても常につきまとう死亡フラグの影。


「まだ入学してそんなに経ってないですけど、違和感無く溶け込んでると思いますよ。あ、それはそれで駄目なのか……」

「ううん。あの子が充実した大学生活送ってくれてるだけで充分だわ。お友達もできたもの。私はそれが何よりも嬉しいの」

「え?」

「悠子には内緒にしていてね。あの子の耳に入ったら絶対に怒られてしまうから」

「はい」


 おば様が言うには、それなりに仲の良い友達はいたけれどそれも家同士の付き合いや、ユッコのお父さんの仕事関係での繋がりばかりらしい。

 ユッコも自分の生まれと立場を理解していて何も言わなかったらしいが、やっぱり親としては心配になるわけで。

 そんなユッコが大学は普通の学校に進学したいと言い出した時に、とても驚いたと言っていた。

 今までそんな強い自己主張はせず、言われるがまま、敷かれる道に従うままだった彼女の申し出。一度は断ったらしいが、何度もめげずに頼んでくるので結局折れて通わせる事にしたとのことだ。

 確かに、セキュリティ面でもしっかりしているそれなりの大学に比べ、私達が通っている大学はオープンだ。

 一般人も自由に出入りできるので危険極まりない。

 危惧する点は多々あるが、それ以上にユッコのあんな顔は初めて見たとおば様は嬉しそうに目を細めていた。


「貴方たちの話をする時の悠子は、本当に楽しそうで楽しそうで。今の大学じゃなかったらあんな風にならなかったんだなと思うと、良かったと思うの」

「そうですか」

「ええ。友達を家に呼んだのも貴方が初めてなのよ?」

 

 それは意外だった。

 こういうお金持ちで名が知れているような家ならば、休日となればどこかで必ず食事会やパーティに顔を出しているようなイメージがあったからだ。

 思い返してみると、休日となればユッコは美智やモモと一緒に買い物に行ったりしていたような気がする。

 バイトが忙しいというのと、ホーム転落の事を言い訳にして違う事で忙しかった私はあまり友達の付き合いというものに参加していないことに気付いた。

 断ったから酷い目に遭うという事は無いが、もう少し友達との仲を深めてもいいのかもしれない。

 瞳を潤ませたおば様が「ありがとう」と言うので、私は申し訳なく思いながら頭を下げ「いえ、こちらこそ」と返した。




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