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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
84/206

83 ヒマワリ

 私にとって花屋は昔から憧れの存在だ。

 色とりどり、豊富な種類の花に囲まれながら客の要望に答えてイメージ通りの花を選んだり、組み合わせたりする店員さんも尊敬している。

 

「こんな感じでリボンは……お友達ピンクが好きなんだっけ?」

「はい。夢見る少女のふわふわとした可愛らしい感じでお願いします」

「うん……中々難しいよね、それ」


 手際よくラッピングされる花をうきうきしながら見つめる。

 松永さんに紹介してもらった彼の友達の花屋は、なんと喫茶店近くの商店街にある店で私は花屋のおばさんの顔を見て驚いてしまった。

 いつも店に飾る花を買ってくるのは大体叔父さんなので気づかなかったが、ここの女主人は喫茶店によく来てくれるお客さんだったのだ。

 確かに世間話の一つで花屋をしているとか言っていたが、まさかご近所さんだったとは。


「それにしても、マツヒデの知り合いだったなんてなぁ」

「マツヒデ?」

「あぁ、あいつの名前だよ。え、知らないの?」

「松永さん、ですよね」


 そう言われてみれば下の名前を聞いたことがない。

 分からなくても困らないから、と告げると彼は驚いたような顔をした後に苦笑した。


「あいつ、下の名前が英雄ひでおって言うんだよ。完全名前負けだろ?」

「英雄。いえ、似合ってると思いますよ」


 英雄えいゆうって書くんだと教えてくれる花屋の息子は東風要(こちかなめ)という。キュンシュガに出てくる花屋がこの場所だと気づいて動揺してしまったが、おかしな印象はもたれていないようだ。

 東風さんも攻略対象じゃないのに人懐っこい笑顔のいい男だと思う。

 番外編や追加版で登場すれば人気が出ただろうに、と現実の人物を前に変な事を考える。

 

「あ、そう」

「はい」

「……動じないねぇ」

「え?」

「いや、何でもない」


 つまらなそうな顔をして私を見つめてきた東風さんに、私は笑顔を浮かべたまま小さく首を傾げる。

 手を止めた彼はまじまじと私を見つめ、困ったように笑った。

 意味が分からず眉を寄せた私に軽く首を左右に振る。

 もしかして、笑う場面だったか。


「値段も無理言ってもらってすみません」

「いーえ。可愛い女の子の為なら、そりゃお安くしますよ。今後ともご贔屓にって、お店には世話になってるか」

「あはは、みたいですね。それに、友達もきっと喜びます。東風さんが可愛いって言ってた事伝えておきますね」

「え、そっち?」

「は?」

「いや、何でもない」


 さっきから、上手く話がかみ合っていない気がする。

 言葉の意味を読み間違えたかと考えながら視線を落とすと、可愛らしいミニブーケが作られてゆく。

 ユッコのイメージを伝えて、そこから組み合わせてもらった花を見て私は頬が緩むのを止められなかった。

 これならきっと、ユッコも喜んでくれるはず。

 それに看板息子(イケメン)の可愛い発言も加えれば尚良しだろう。エア彼氏がいるから、無理と言われそうな気もするけれど。


「綺麗に染めてますね、金髪」

「あー、一回染めるとね。中々元に戻せなくて」

「マメで羨ましいです。いいと思いますよ、ヒマワリみたいで」

「え?」

「あ、ごめんなさい。失礼しました」

「いやいや、気にしてないよ。そっか、ヒマワリかぁ」


 本当に、ヒマワリみたいだ。

 にこにことした笑顔が人懐っこくて、警戒心を抱かせないような雰囲気を持っている。松永さんがちょっと体育会系の頼りになる兄貴で、榎本君が優等生で穏やかな兄だとするなら、東風さんは一緒になって騒いだりしてくれるお兄ちゃんというところだろうか。

 もう一人兄が増えると言われたら、東風さんがいいなと思いながら口うるさい心配性の実兄を思い浮かべた。


「じゃあ、太陽……ですかね」

「へっ? あだっ!」

「こーら、ボケッとしてないで手ぇ動かしなさい。ごめんねぇ、由宇ちゃん」

「いえいえ」

「この子に太陽なんて勿体無さ過ぎるからダメダメ」


 ヒマワリと言えば太陽と頭に浮かんだのでそう言ったけれど、おばさんに却下されてしまった。

 母親に頭を叩かれて軽く涙目の東風さんは不機嫌そうに唇を尖らせている。そんな息子を見てハサミとカラー画用紙を持ったおばさんが深い溜息をついた。


「マスターみたいに落ち着いた人になってくれるのが理想なんだけどねぇ」

「えっ」


 それはやめておいた方がいいと思う。

 叔父さんを目標にすると、仕事はできるが女運に恵まれない男になるかもしれない。

 叔父さん、兄さんは女運がなく私は男運がない。

 これもループ脱却すれば変わるんだろうか。


「なんだよー。自分の息子が褒められてんだから、誇りに思えよなー」

「ハッ、いい格好してばっかりで何の役にも立たないあんたがよく言うわ」

「あ、今日はすみません。あの、今度お店にいらした時に、サービスさせていただきますね」

「えぇ、そんなぁいいのよ。コーヒー一杯でマスター眺めていられるなら安いもんだって」

「母さん、声変わりすぎ」


 頬に手を当てて首を横に振るおばさんは、うっとりとした目で遠くを見つめる。きっと、その先にはコーヒーを入れている叔父さんの姿でも見えているんだろうなと思っていると東風さんに声をかけられた。

 彼の手元には綺麗に飾り付けられたミニブーケが完成していた。

 アンティークローズのピンクと、シャンパンピンクを中心にホワイトローズやピンクのアジサイでまとめられたブーケ。これはモモが見ても「欲しい!」と言いそうなものだ。

 これを、良心価格でというのだから本当に頭が下がる。


「こんな感じで、どうかな?」

「凄いです。想像以上で、申し訳ないくらいです」

「いいのよ~。女の子相手だとこの子も張り切るんだから。あ、お金はマスターから貰ってるから気にしないでね」

「えっ!?」


 叔父さんにはお菓子をお願いしただけで、花屋に寄るって事は知らせてない。

 カバンの中にあるスマホに視線を移し、もしかしたらイナバが私を騙って教えたのだろうかとも思ったが理由がない。

 私を困らせて驚かせるためなら大成功だが、そんな事をイナバがするとも考えられなかった。


「ええっ!」

「由宇ちゃんが来た時にちょうどマスターから電話があってね。あ、店内に飾る花についての相談だったんだけど」

「はぁ」

「その時に、由宇ちゃん来てるのよ~って言ったら、御代は払うって」


 それは非常にありがたいけれど、少しムッとしてしまう。

 そんなに支払い能力がないように見えるのか。

 予算内で相談して作ってもらったブーケが、ほんの少し色褪せて見える。


「別に大した意味はないと思うのよ? マスター貴方の事は娘のように可愛がってるから、甘やかしたくなっちゃうのよね」

「え……」

「いいんじゃないの? ウチはお代貰ってるし、君は友達に喜んでもらえる。それでもって、マスターは君に喜んでもらえる……ね?」


 東風さんが私の心を読むかのように、笑顔でそう尋ねてくる。

 助けを求めるように女主人へと視線を移すと、彼女も笑顔を浮かべて「その通り。たまには甘えるのもいいと思うわよ」なんて言われてしまった。


「ありがとうございましたー」

「由宇ちゃんまた寄ってね」

「はーい、ぜひ」


 時間が無いのでお礼を言ってミニブーケの入った紙袋を受け取る。

 店の外まで出て見送ってくれた東風さんに何度も頭を下げながら、私は喫茶店へと急いだ。


「全く、叔父さんてば」


 腕時計を見るとまだ混まない時間だ。

 それはそうか、平日の昼下がりだ。夕飯にはまだ遠いし、夕食処として喫茶店(ウチ)を選ぶ人は常連さんくらいしかいない。

 テイクアウトの客が少しはけたか、完売したかと思いながら店に入る。

 心地の良い「いらっしゃいませ」という声と共に、笑顔を浮かべた高橋さんが少し驚いた様子で目を細めたが振り返って叔父さんを呼んだ。

 ちょうど調理が終わったんだろう叔父さんは、出来上がったパフェをトレイに乗せると高橋さんに笑顔を向ける。

 それから私に気付いて、表情を変えた。


「はぁ。お前、急に無理言うなよなぁ」

「だから駄目なら駄目でいいって、言ったじゃん」


 声を潜めながらカウンターに近づき、仕事の邪魔にならないようにヒソヒソと会話する。

 出来上がったパフェを運んでいった高橋さんを目で追いながら、店内の様子を確認。

 表の黒板に今日の分のテイクアウト品は完売したと書いてあったので、いつもより早く売り切れてしまったのかもしれない。

 

「で、何時に行くんだ?」

「十八時。迎えに行くから家で待っててねとメールが来たので」

「へー。そんでお前服装とか大丈夫なのか? それに手土産も俺の菓子だけか?」

「……東風さんから聞きました」


 白々しい、と呟いて目の前に置かれたカップを見る。頼んでいないけど、と困ったように叔父さんを見上げれば軽く肩を竦められた。

 好意に甘えてカップに口を付けると、ココアの甘さが口に広がってホッとする。


「何だ、バレたのか」

「後で請求してね。そういうの、あんま好きじゃないから」

「いいんだよ。それよりユッコちゃんとこに行くんだから失礼の無いようにな」

「分かってます」

「ふふふ。まるで親子の会話ね」


 私と叔父さんのやり取りを見ていた高橋さんが、目を細めて笑う。

 艶っぽさの中にある母親のような温かさを感じて、あぁこの人も母親なんだったと思い出した。

 お子さんは成人してしまっているらしいが、実家を離れて暮らしているので旦那さんと二人寂しいのだろうか。前にそれを聞いた時には「やっと自分のやりたい事ができて、楽しいわよ」と言われた。

 それでもやっぱり、毎日必ず一回は電話をかけて今日の出来事を話すのだと嬉しそうに言っていた。


「それで、頼んでたものは出来上がったでしょうか?」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。素敵にラッピングもしてやったから、ありがたく思えよ」

「うん。で、給料から引いてくれて構いませんので」

「はいはい。覚えてたら引いとくよ」

「……ありがとう」

「何だ? そんなしょぼくれた顔して。これから楽しい食事会だろ? あ、ナイフとフォークの使い方か?」


 確かにユッコの家でご飯となると緊張するのは確かだ。

 テーブルマナーをスマホで検索して頭に入れたはいいものの、それが実際役に立つかどうかは分からない。いざ、その場になると頭が真っ白になってしまうかもしれないからだ。

 スープは啜らないようにとか、気をつけることが多い。思わず眉を寄せていた私は、芦村家では演技力を活用して上手く乗り切ろうと力強く頷いた。


「いや、まぁそれもあるけど。叔父さん、私の事甘やかし過ぎだと思う。なつみはともかく、もっと厳しくしてもいいんだけど」

「……は?」

「うふふふふ。由宇ちゃんらしいわね」


 叔父さんが甘やかしてくれるのは正直言えば嬉しいし、楽だ。

 気を遣ってくれてるのも分かるし、家族だから当然だと言われるだろう。

 母子家庭だからこそ、より心配させているというのも分かる。叔父さんの気持ちだって、分かってはいる。

 けれど、私だっていつまでも子供じゃない。

 確かに急な出費だが、これは思いついたまま今日行くと言ってしまった私が悪い。どうして週末とかにできなかったんだろうかと電話をしていた時の事を思い出して、私は溜息をついた。

 困ったような雰囲気で注文のコーヒーとカフェラテを作る叔父さんは、穏やかな営業スマイルを浮かべている。

 高橋さんは私の頭を軽く撫でるとカップを乗せたトレイを手にその場から離れた。


「厳しくしてるだろ」

「そうかな」

「姉さんが厳しくしてる。お前も自分の事厳しくしてると思うけどな、俺は」

「そうでもないけど」

「成人したとは言え、子供は子供だ。俺から見れば、お前はいつまで経ってもお子様なんだよ」

「ちょ、痛い、痛いってば」


 髪がぐしゃぐしゃになるくらいに強く押さえつけられるように頭を撫でられる。

 楽しそうに笑う叔父さんにしかめっ面で睨みつければ「あーあ、コワイコワイ」とわざとらしい口調で言われた。

 温くなってしまったココアを一気に飲み干す。

 ニヤニヤとして見つめてくる叔父さんに、ニコッと笑うと嬉しそうに目を細めた叔父さんが今度は優しい手つきで頭を撫でてくれた。




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