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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
82/206

81 三角?

 青い空、白い雲。

 ミンミンと鳴くセミたちの合唱を聞きながら私はアイスの捧を咥えて上下に動かす。

 隣に座ってる人物に「行儀悪いぞ」と言われたので大人しくゴミへと捨てた。

 最近、上の空だと指摘される事が多くなったから少し気を引き締めなくては。

 

「すみません」


 今日もなんとか無事に試験が終わった。

 残りの試験は明日のみで後は夏休みをお迎えするばかりだ。

 補講も無かったので喜んでいたら、時間があれば手伝って欲しいと考古学の教授に声をかけられてしまった。  

 お断りする理由がなかったので夏休みの予定に入れたが失敗だっただろうか。

 どうして私なのかと思えば、頼みやすかったかららしい。

 理事長が趣味で招いたこの教授の授業は受ける生徒も結構少ない上に、サボリも多い。

 考古学というロマン溢れる文字から人が殺到するに違いないと思っていたのは私だけのようだ。

 必修や専門関連の授業を受けるように組むと真っ先に消える、とモモに言われた事を思い出して眉が寄る。

 まるで考古学を選んだ私が変じゃないか、と同じ授業を取っていた松永さんをちらりと見る。

 彼が食堂でどうして私達と同じテーブルにいるのかと言えば、モモに発見され捕まったからだ。

 女三人に男一人とは居心地が悪いだろうに、彼は平然とした様子で食事をしていた。


「ごめんなさい、本当に。迷惑だったらそう言ってくださいよ」

「いや、はっきり断らなかった俺も悪い。気にすんな」


 授業のあるモモと美智を見送って、私と松永さんが残る。

 同情するように彼を見れば苦笑して返された。

 可愛らしいモモに名前を呼ばれ、笑顔で手まで振られてはいくら松永さんとは言え無視できなかったんだろう。

 彼の周囲にいた友人と思わしき人たちは、恨めしそうに松永さんを見つめていたのを思い出す。


「お友達とか、大丈夫ですか?」

「平気だろ」


 後で何か言われるかもしれない、されるかもしれないと不安にならないあたり松永さんらしいと思ってしまう。

 それとも、モモに振り回されるのに慣れてきたんだろうか。

 だとしたら見ていて楽しいので私も嬉しい。

 そんな事を思っていれば、松永さんが操作していたスマホを無言で私の前へと差し出してくる。

 見てもいいのかとちらりと彼を窺えば、無言で頷かれた。


『お姫様とどういう関係だよ! (# ゜Д゜)』

『お前ばっかり仲良くしてんじゃねーぞ! ヽ(`Д´#)ノ』

『つまるところ、僕たちを騙してたってことですかねぇ? (#^ω^)ビキビキ』

『今日の姫のメニューがカツ丼だったので、俺もそうしました。明日は何を食べるのか聞いてくれませんか? (*´Д`)ハァハァ』

『姐御に蹴られたい(*´Д`)/ヽァ/ヽァ罵倒されたい(´∀`*)』


 チャットのやり取りを眺めて私は思わず笑ってしまった。

 どうやら相変わらずモモは人気のようだ。

 流石だなモモ、と思いながら私はニヤニヤとしてしまう。

 彼の友達の中で本当にモモと松永さんの間に何かあると疑っている人はどのくらいいるんだろうか。

 モモが危なかったところを偶然通りかかった彼が乱入して庇ったのがきっかけで恋に落ちるという事があるかもしれない。

 もしそうなれば、これもまた新しい展開になる。

 粗暴そうに見える松永さんだが、顔は結構整っており美形の部類に入るだろう。もっとも、そんな事を言った日には顔を歪めて「やめろ」と言われるだろうが。

 モモにも「有り得ないんだけど」と鼻で笑われそうな気がする。


「最後のは、美智のことか。へぇ、美智もか」

「突っ込むのそこかよ」

「そこ以外にどこがあるのか寧ろ教えてくれません?」

「いや、まぁ……確かに」


 モテる男も大変ですねと茶化しながら言えば、本当に迷惑そうな顔をされた。

 そんな反応するからモモが面白がってからかう事を彼は知らないんだろう。

 その様子を見て楽しませてもらっている私としては、わざわざ教えたりはしない。

 

「えーと、冗談抜きで嬉しくないんですか?」

「ん? あぁ……そうだなぁ」


 私が松永さんだったら可愛い女の子と仲良くできるだけで嬉しいと思う。

 モモほど目を惹く存在なら、中学高校が一緒じゃなかったとしても噂でその人となりを耳にする機会は多いだろう。

 でも、自分に害がなく愛くるしい笑顔で会話をしてくれるなら幸せだ。

 同性からのやっかみは酷いかもしれないが、興奮して何日か眠れなくなりそうな気がする。

 そのくらいモモの与える影響というのは凄いものだ。 


「確かに、あんだけの美人っつーか可愛い子と話せて嬉しいは嬉しいけどよ。あれってどう考えても俺が遊ばれてるだけだろ?」

「その通りだと思います」

「だろ? それで、嬉しいかって聞かれてもなぁ。恋愛に発展しないって分かってるからこっちも気楽に話せるけどな」


 え、発展しないの?

 私はちょっと驚きながら「女ってホント分かんねぇからなぁ」と呟く松永さんを見つめた。

 遠い目をしながら、ガシガシと頭を掻く様子を見るとどうやら昔に異性関係で何かしらあったと思われる。

 聞ける範囲で、と思いながら私は様子を窺いつつ「昔に修羅場でもあったんですか?」と笑いながら聞いてみた。

 すると、ピタリと動きを止めた彼がゆっくりと私を見つめてくる。


「あ?」


 ちょっと、顔が近いような気がするんですけど。

 私はモモほどそういう事に慣れていないんで、こういう事は画面越しでお願いしたいんですが。

 内心冷や汗を掻きながらも表情は崩さず、あはははと乾いた笑いを上げた。

 こういう時に本当は照れて顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いたり、顔を逸らしたりするのが一番なんだろうけど私にはそれができない。


「あ、悪い」

「いえ」


 ハッとして距離が近い事に気付いた松永さんが顔を赤らめて顔を逸らしてしまった。ちらちら、と私を窺いながら口をもごもごさせている。

 視線を彷徨わせ、落ち着かない素振りの彼の耳は真っ赤に染まっていた。

 この場にモモがいたら目をキラキラさせて彼の反応で遊ぶに違いない。


「あはは、松永さんはシャイですね」

「うるさい! あんたも気付いてたならそうと言えよ!」

「いや、何かついてるのかなーと思って」

「あああああ、ホント女って訳分かんねぇっ!」


 いきなりそう言われても困る。

 モモのようにからかって遊んでいるわけじゃないので、同類だなと呟くのはやめて欲しい。

 

「こんにちは。随分と仲がいいんだね。ここ、座ってもいいかな?」

「あ? いや俺はいいけど……」

「他にも席、空いてるんですけど」

「はははは。顔見知りがいたからここにきたんだけどな」


 優しい声とにっこりとした笑顔で現われたのは榎本稔。

 爽やかな笑みを浮かべて問いかけられた松永さんは、困惑したように私へ視線を寄越す。

 私はそれを横目で見るとにっこりと笑顔を浮かべて淡々と告げた。

 引く気配の無い榎本君はそのまま持っていたトレイをテーブルに置くと、了承してもいないのに向かいの席に座る。

 私と松永さんが横並びに座っているので、彼は私達を一人で眺める形になった。

 空いてるのに何でわざわざここに来るのかなと言外に含めて告げた私に、その真意を知っていながら榎本君はさらりと返す。

 これだからこの男は厄介で嫌だ。

 恐らく楽しそうな匂いでも嗅ぎつけてやってきたんだろう。

 少し離れた所で座っている女子たちがこちらを見ながら、きゃあきゃあと騒いでいるのに気付いて頭が痛くなる。

 こういう場面でモモがいたらな、とついつい口の立つ友人を頼ってしまって私は溜息をついた。


「それで、何か?」

「そう警戒しなくてもいいんじゃないのかな?」

「用件があるならどうぞ」

「他愛のないお喋りは駄目なのかなぁ」


 笑顔を浮かべた二人が会話している様子は誰が見ても羨ましいと思えるようなものだろう。

 そう、誰か私に「そこ代わって!」と言ってくれないだろうか。

 私と榎本君の笑顔の応酬を見ていた松永さんは、何らかの異変を察知したのかちらちらと私を見ている。

 

「お喋りなら楽しい相手とするのが一番かと」

「うん。だからここに来たんだけどな」


 水面下でバチバチと散らされる火花。

 しかし、それは多分私が一方的に榎本君に向けているだけだろう。

 彼は私のそんな口撃を受けても動じた様子もなく、皿に乗ったデザートを食べている。

 ワッフルの上にアイスが乗っていて、オレンジソースとオレンジ、イチゴが添えられたその一皿は何となく彼が好みそうなお洒落なものだ。

 ちらり、と松永さんを見れば私の視線に気づいた彼が困ったように私を見返してきた。

 どうしたらいいか分からないと言わんばかりの表情だ。


「あぁ、そうだ。こちら、松永さん。で、こっちは榎本君」

「僕の扱い、雑じゃない?」

「気のせいよ」

「初めまして。松永です」

「こちらこそ初めまして、榎本です」


 困惑した表情のまま自己紹介をする松永さんに対して、榎本君は慣れた様子で手を差し伸べてくる。

 戸惑いながらも握手をした二人を目を細めながら見ていた私は、溜息をついて榎本君を見た。

 相変わらず爽やかな笑顔で本心を上手いこと隠してるような油断できない男。

 イナバは害は無いからそのままにしといても大丈夫だと言うが、 私としてはこれ以上接近されるのは迷惑だ。

 酷い言い方だというのは分かっている。

 けれど、彼はもっと自分の立場を自覚すべきだと思う。

 学部、学年関係なく注目を浴び、大学一のイケメンの呼び名も高い彼と一緒にいることがどういう事になるのか分からないような人じゃないだろう。

 はっきり言ってしまえば、周囲に迷惑がかかる。

 それとも全て承知の上で迷惑をかけにきてるんだったら、いい根性だ。 


「へぇ、松永君は凄いんだね。僕なんてそんな体力ないから羨ましいよ」

「そうか? 俺にはその位しか無いからなぁ」


 私が暫し考え事をしている内に男二人の会話は意外と弾んだ様子で松永さんは笑顔で榎本君と話していた。

 こうなってしまうと、邪魔なのは私だ。

 自然に立ち去るなら今がチャンスかと二人のやり取りを眺めながらスマホを操作する。

 メールが来て呼び出された事にしてこの場を去るのがいいかと思っていると、イナバが楽しそうに吹き出しの中で話していた。

 

『三角関係ってやつですか? ドキドキ』

『残念ながら見当ハズレです』


 私が冷たくそう返すと、イナバはつまらなそうな顔文字を表示させてその場にごろんと横になる。

 そんなイナバを横目に操作していると、着信があった事に気がついた。

 履歴を見れば三十分ほど前。

 

「ごめんなさい。ちょっと電話してきます。荷物見てもらってていいですか?」

「ああ。俺もまだここにいるからいいぜ」

「僕も時間があるから構わないよ」


 榎本兄、申し訳ないですが貴方に言ったわけじゃない。

 私は頷いた松永さんに軽く頭を下げて、スマホを手にその場から離れた。



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