79 記憶の番人
仕事にしか興味が無いと言っていた魔王様。
仕えている少女の命令にのみ忠実に従うと自分でも言っていたが、そうなると少女も敵なのか。
元人間のギンに協力してもらって、やっと神を倒したのに?
「それだと、彼らが言っていた事は全て嘘って事になるけど」
「そうだねぇ」
「のんきよね」
「楽しくて。今までにない情報を得られるんだもん」
キラキラと目を輝かせて私を見るもう一人の私。
楽しんでる場合じゃないだろうと睨めば不満そうな顔をされた。
「敵か味方か分からない。相変わらずのグレーか」
「そうだね。でも私はあの子たちに協力するのが一番だって思ってる」
「……そうですけど」
分かる分かる、と大きく頷くもう一人の私は自分でも同じように選ぶだろうと告げた。
彼女も私も同一人物なのだから同じ道を歩くのは当然ではないのか。
「味方という確証は何もないけど、心証なら彼女達に傾くわよね」
「まぁね」
「いいんじゃないの? 失敗しても、またループするんだし」
「世界を巻き込むのに?」
「今更なんですけど。なに怖気づいてるの? どうせただ怯えて待ってても死亡エンドは変わらないでしょ」
私の気持ちが良く分かるもう一人の私だからこそ、優しい言葉で慰めて欲しかったのに彼女は辛辣だ。
両手を軽く挙げて首を左右に振り、呆れたように溜息をつく。
「そりゃそうだけど、やっぱり……嫌じゃない」
「平気平気。どうせ失敗した貴方はここに並ぶんだし。そんな気持ちも次の時には忘れてるって」
「能天気」
「辛気臭いよりマシ」
一番目の私のテンションについていけない。
最初に死んだからといってどうしてこんなに偉そうなのか。
私の気持ちなんか分からないくせに、と心の中で呟けば「またそれ?」と言われてしまった。
「分かりやすいと思わない?」
「何が」
「最初が私、今のところ最後が貴方」
「それが何なのよ」
「ビフォーアフターよね」
だから何だと言うんだ、と声を荒げかけた私はイナバを見つめていた顔をバッと上げてもう一人の自分を見つめた。
私は彼女。彼女は私。
最初は彼女で私が最後。
ああ、そうか。
「そっか、そっかー。そうだね。暗い顔してたってどうしようもないか」
「そういう事」
「ん? でもよく考えると一回目でよくそこまで明るくいられるわね」
「まー、ここに居るの長いですから。さっきのあんたみたいに、ジメジメしたところで何も変わらないし。私は見てるだけしかできないからねぇ」
開き直ったのか吹っ切れたのか。
それが良いのか悪いのかは分からないが、今の自分よりはずっといいと思った。
私も彼女のように、あっけらかんと笑える日が来るだろうか。
「イナバや魔王様たち三人が例え敵だったとしても、新たな情報を得るための道と考えればいいよね」
「そうそう。どうせ私の記憶は完璧にリセットできないんだから」
「でも、強制削除とかされそうだけど」
「そうかな。その子がしろうさだったら可能性はあっただろうけど、強制削除はしないと思うな」
彼女はやけにその箇所に拘る。
私が抱いてるウサギがしろうさではないから、と言われても困る。
しろうさか、イナバかの違いなんて目の色くらいだ。
「バグった?」
「あーバグね。だとしたら魔王様もバグってるのか、それとも気づかぬ程の些細なバグなのか」
魔王様と会った事がないらしいもう一人の私は難しい顔をして腕を組んだ。
私の腕の中で眠っているイナバは、相変わらずのん気な顔をして眠っている。
「イナバは敵じゃない気がする。願望だろうけど、この子は味方だと思う」
「はっきり断定するのは難しいけど。でも、そのしろうさが異常なのには変わりないから何とかなるかもね」
「本人でさえ分からないってキレられたわ」
「あははは、可愛いじゃない」
イナバが突然目覚めて、血の色を思わせるような真っ赤な目で私を攻撃する可能性だってある。
けれど、そんな事はしないと心のどこかで確信していて私は困ってしまった。
自分でも意味が分からない。
「しろうさの目的は? 私を殺す事だったの?」
「そう。しろうさと接触があった私は必ず死んでるから」
「別にしろうさ関係ないと思うけど。しろうさいなくても死亡エンドからは逃げられないじゃない」
「ちょっと違うんだよね」
しろうさと接触できた場合は【隔離領域】までのルートが確定するともう一人の私は言った。
つまり【隔離領域】まで連れてゆく役目を担っているんだろうと。
そう言われて私は先刻の事を思い出す。
魔王様たちに会う前、神原君と不思議な世界で合流した後の事を。
「美羽の元に連れて行く、役目?」
「そうかなーって推測。今までしろうさを相棒にした私は必ず【隔離領域】で神原美羽に会った後に死んでるからね」
「そんなバグがあったとしたら、魔王様が気づかないわけないのに」
「そのあたりはその魔王様に聞いてみないとね。私は会ったこと無いけど」
夢の中での石版探しにすら辿り着けなかったから、と呟くもう一人の私を見つめて私はイナバをぎゅっと抱きしめた。
腕の中に居る白い存在は不快と感じない。
寧ろ、安心できる存在だと思えてつい笑ってしまった。
「分かった。それについては次に魔王様に会ったら問いつめてみる」
「ま、期待はしない方がいいよ。何が本当なのか、分からないからね」
「その時は反省しながら次回かな」
「世界巻き込むのに?」
「私や神原君と違ってリセットかかるから、大目に見てもらうわ。神原君には申し訳ないけど」
暫く無言で見つめ合って、どちらからともなく笑い出す。
バシバシ、ともう一人の私に強く叩かれながら私は大声で笑った。
「そうそう。それでこそ私。調子戻ってきたじゃない」
「お陰さまで」
少しだけ心が落ち着いて、体が軽くなった。
呼吸をするのが楽になり視界が広くなった気がする。
ふふふ、と眠っているイナバが笑い声を上げたのを聞いてもう一人の私が頬を緩ませた。
「リトルレディ、ギン、魔王様、そしてイナバちゃん。胡散臭い神と神原美羽。ふふふ、楽しくなってきた」
「楽しくないんですけど」
本当に彼女は退屈しているんだなと苦笑してしまう。
ここにいる大勢の私達の情報を収集し整理している彼女は、私の記憶の番人とでも言うべき存在だろうか。
「おお、いいね! 記憶の番人。じゃ、これから私の事はそう呼んで? 何かと不便でしょ?」
「いや別に……」
もう一人の私、貴方。
そんなむず痒くなるような名前にしなくともいいじゃないか、と渋る私に彼女は「記憶の番人です」とキメ顔で告げる。
好きにすればいい、と投げやりな気持ちで思っていると彼女は満足そうに大きく頷いた。
「魔王様に問い詰めても、美羽ちゃんもどきに遭わないと先に進めないのかな」
「今回ほど進んだのは他に無いから何とも言えないわ。何度繰り返してもあの場では邪魔が入ったかもしれないし」
「あー、気が重い」
やり直せばいいやという軽い気持ちで当たって砕けようと思ったものの、考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
魔王様を問いつめてもはぐらかされそうで、美羽もどきと再戦しても勝てるとは限らない。
今回は神原君のお陰で勝てたので、次回会う時に私一人だったらと思うと胃が痛くなる。
私にも彼のような武器があったら勝てたのだろうか。
ならば、その時に最強武器を想像して実体化させれば何とかなるかもしれない。
「バイオレンスよね、あの子。駄々っ子がそのまま成長しちゃったパターンというか。気に入らないとすぐ態度に出て分かりやすいけど」
「とてもお見せできるような顔じゃなかったのには、ショックだったな。可愛い子なのにね」
「プレイヤーからは天使とか、癒しとか言われてたからね」
あまり思い出したくもない美羽もどき。
神原君が本物ではないと言っていた彼女はどうしてああなってしまったのか。
神の影響か、それとも中身が全く違うのか。
恐らく後者だろうなと思いながら私はもう一人の私に問いかける。
「で、美羽の中身についての情報は何かあった?」
「ううん。全く」
「あーもう、面倒だけど今度会ったら、それ指摘してみようかな。パパママ大好きっ子みたいだから発狂するか、そんな事知ってると鼻で笑うか」
「キレると思うなぁ。単純だから」
金切り声を上げるのも、喚かれるのも慣れてきたのは三度目だからか。
四度目に彼女と再会するのを少しだけ楽しみにしながら、私達は笑った。




