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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
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77 待ち人

 走っていたのが早歩きになり、普通の速度にまで落ちる。

 行けども行けども自分の姿ばかりが並ぶ光景に、ここは私の見本市かとボケたが聞いているはずのイナバは珍しく突っ込まない。

 それを少し残念に思いながら私は溜息をついた。


「神様の目的は、私たちを器にする事。魔王様たちの目的は、神を消滅させて世界を元に戻すこと」

「ですね」

「どちらにしても、内外の管理権限とやらが必要で魔王様たちはそれを私と神原君に探させようとしてる」

「みたいです」


 私というよりは主人公という強運を持っている神原君に期待しているんだろう。

 けれど、その神原君は魔王様や少女、そして自分の相棒であるギンにさえ信じられない状態だ。

 投げやりな私の態度が彼の感情を逆撫でさせてしまったのか、同じループ仲間である私も彼の中では魔王様と同じようなものか。

 私はゲームの登場人物じゃないから分からない、と言った彼の言葉を思い出す。

 軽蔑するような眼差しの中に、落胆したような色が見えた気がして心が痛んだ。

 そうなるような状況を作ったのは他でもない私だけど。

 今更謝ったところで溝が埋まるわけでもなく、もしかしたら元々辿り着こうとしている先が違ったのかもしれない。

 ただ、ループ脱却という点が一緒なだけで。

 操られていたとは言え、発狂した私が彼を殺して台無しにしてしまった二度目の終わり。

 楽しそうに美羽もどきが笑い声を上げていたことを思い出し、結局また彼女に会わなくちゃいけないのかと思えば眉が寄ってしまった。

 感情の起伏が激しくて、頭のネジが数本飛んじゃってるあの子と会うのは二度とごめんだと思っているのに。

 世界がおかしくなった元凶である神に会おうとするなら、美羽もどきとの接触は避けられない。

 殺しても殺しても蘇る彼女をどう対処すればいいのやらと考えていた私は、そこまで辿り着く気でいる自分に思わず笑ってしまった。

 もう関わらないで、ぬるま湯の世界に浸りながら真実から目を背けようと思っていた私はどこへ行ったのだろう。

 調子がいいのか、私も人の事言えず精神的に不安定なのか。


「正直、由宇お姉さんが素直に手伝おうとするなんて思いませんでした」

「自分勝手にしろって言ったくせに」

「だから、ですよ。自分勝手にするなら、放置一択じゃないですか」


 今までの私らしくないとイナバに言われ思わず唸ってしまうが、そんな事言われても困る。

 元の世界に戻って自分の存在が消えるにしても、神に負けて消えるにしても結果が変わらないからどうでもいいという気持ちだ。

 神原君は私に前世の記憶があるから、ゲームの登場人物として役割を与えられていてもその存在は残ると思っているようだがそれも変だ。

 その前世の記憶だって植えつけられた偽のものだったとしたら。

 結局消える事には変わりない。


レディ(あの子)が言ったから、かなぁ。できる限りの事はするって」

「それを馬鹿正直に信じてるわけですか。わたしが言うのもなんですけど、お人よし過ぎてただの馬鹿ですよ」

「イナバが言いたい事は分かるけど……レディのあの言葉と気持ちが嘘だとは思えないんだよね」

「だから騙されるんです」


 何が本当で何が嘘なのか。

 信じられない事ばかり起きすぎて、どうでもいいやという感情になってしまっていた。

 例えイナバの言うようにレディの言葉と態度が嘘だとしても、信じたいと思う自分がここにいる。

 彼女が本来の力を取り戻せば私や神原君が望むような世界にしてくれるんじゃないかと淡い希望も抱いている。


「全てが嘘でも、いいかなーって。全て誰かの掌の上でもさ」

「ヤケになってません?」

「うーん、ちょっと違うかな。まぁ、騙されてるの分かってたし! って事にしてダメージを抑えようとしてるのはあるかもしれないけど」


 今まで神原君に頼りきっていた罪滅ぼしとでも言うんだろうか。

 私以上に神経すり減らしてループしてきただろう彼が、少しでも楽になればいいと思う。

 けれど、私が選んだ道が彼の負担を軽減しているかどうかまでは分からないけど。

 逆に重荷になっていたとしたら、それこそ本当に顔も合わせられない。


「由宇お姉さんに自分勝手とは、また難しかったですかねぇ。ふあぁ」

「……ここで寝るのか」


 人が色々と頭を悩ませているというのに白くてふわふわの小さな生き物は、間抜けな顔をして心地よい眠りについてしまった。

 時折ぴくぴくと前足が動き、口元が動いて言葉のような変な声を出している。

 その能天気さに溜息をついて私は床に降ろして置き去りにしようかと思った。

 ちょっとした悪戯心だが、イナバの場合ずっと目覚めずそのまま寝ていそうだったのでやめておく。


「どこまでも続くなぁ、私の見本市」


 誰が買い付けにくるのやらと笑いながら呟くも、先がまだ見えない。

 しかし、進めば進むほど記憶を遡っているような感覚がして私は時々立ち止まっては周囲の私に話しかけるのだ。

 何回目で誰にどう殺されたのか。

【隔離領域】までたどり着いたのか否か。

 聞けば聞くほど私の中に何かが増えてゆく。

 忘れていた記憶を思い出すというのはこんな感じなんだろうかと思えば、腕の中のイナバが動いた。


「【再生領域】でリセットされちゃいますからねぇ」

「……本当に寝てるの?」


 狸寝入りのようにしか思えないが頭を強めに撫でても、耳を触っても起きたりしない。くすぐったそうに前足を動かして振り払うような動作はするが、目は瞑ったままだ。

 そんな私とイナバを視界に入れることもなく、私たちは直立不動のまま前を見据えている。

 足元にはみんなお揃いの赤いバツ印。

 恐らくこれは、バッドエンドという事なんだろう。

 最初は死亡エンドだけなのかと思ったが、私にとってのバッドエンド=死亡エンドだという事を思い出した。

 

「神原君だけじゃなくて、私が死んでも世界にリセットかかるっていうのはプレッシャーだわ」


 という事は、ここに並ぶ私の数だけもしくはそれ以上世界はループしてきたという事になる。

 神原君を初めとする世界中の人たちを巻き込んで。

 スケールの大きさに吐き気がしながら、私だって好きで死んでるわけじゃないとやり場の無い怒りに眉を寄せた。


 「夢の中の魔王様とあの魔王様の違和感も気になる。それに、イナバがゲームの事を知っているのに魔王様が知らないのは……嘘ついてたのかな」


 世界を安定させる為にゲームのデータを入れたという事実は知っているようだが、それがどんなゲームでどんな内容なのか魔王様は知らないらしい。

 興味が無かったにしても疑問は残る。

 イナバはゲームの内容も知っているような素振りを見せていた。イナバは魔王様の一部なのに魔王様は知らないなんて事はあるのか。

 私とイナバが同調できる事を知っている魔王様だ。

 イナバの得た情報を知らないわけがない。いくら、イナバが強固な防御壁(プロテクト)を張っていたとしても破るのは容易いはず。

 一番胡散臭いのは魔王様かな、と思いながら歩いていると視界の隅で何かが動いたような気がした。


「確かに、魔王様は胡散臭さの極みよ。でもそのしろうさも異常。だって私のしろうさはゲームの情報は何も知らなかった」

「うおっ!」


 一人でぶつぶつ呟いていて、別に返事は期待していなかったのでいきなり声がかかると驚いてしまう。

 驚いたあまり、抱えていたイナバを落としそうになった私は等間隔で並び正面を見据える私達の中でじっとこちらを見つめている存在に気がついた。

 姿形はやはり私そのもの。

 髪型や身に着けているものの違いはあれど、同じ顔と同じ声だ。

 顔を見て話しかければ質問に答えてくれたが、答えるのは死亡に関する情報だけだった。しかも、聞けば答えるが向こうから話しかけてくるような事はなかった。

 大勢の私の中に異物が紛れ込んでいたんだろうかと身構えつつ、異物は私かと苦笑する。

 自由に動き回れ、足元には赤いバツ印もない。

 相棒であるイナバを腕に抱きながら、ゆっくりと自分の記憶を遡ってゆく。

 おかしな光景だと思う。


「私のしろうさだけじゃない。他の私達のしろうさはそうだった。あ、でも一番後ろの方にいる私達はもうその子が相棒になった後かな」

「は? えっと……何やってんの」

「暇だから紛れてみた」


 なんだそれは。

 てへっ、という言動をする自分を見て私はゾッとした。

 我ながら気持ち悪いと小さく震えながら首を左右に振っていれば、その私は立ち並ぶ私達の間を縫うようにしてこちらに近づいてくる。

 逃げるべきか、でもどこに?

 先に逃げるにしても、退くにしてもしつこく追ってきそうな気がする。

 私だらけの中で追いかけっこをするのはごめんだ。


「よいしょっと。おまたせ、じゃあ行こうか?」

「は?」


 考えている内に気付いたら目の前に立っていた私は、にこっと笑うと進行方向に向けて歩き出す。私がどこへ行こうとしていたのか分かっていたのか、それとも何となくなのか。

 彼女は鼻歌を歌いながら立ち止まったままの私に気付いて「早く早く」と手招きをした。


 動く私の足元にぴったりとくっついて離れない赤いバツ印。

 イナバはまだ目覚めない。





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