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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
77/206

76 わたしたち

 進んでも進んでも、目に映る光景に変化が無いので進んでいるのか戻っているのか分からなくなる。

 最初は駆け足だった速度もゆっくりと落ちていき、今は呼吸を整えながら歩くのがやっとだ。

 重くないはずのイナバを降ろせばいいんだろうが降ろしたら降ろしたで、すぐに抱っこしろと足元に付きまとわれるから結局抱っこするしかなくなる。

 いいご身分ですね、と嫌味を言えば「いい乗り心地です」と目を輝かせて言われた。

 澄んだ黄色い瞳に映る私は一体どんな風に見えているんだろうか。

 

「イナバ、貴方って前のウサギとは別なの?」

「えっ?」

「名前と目の色違うみたいなのよね」


 魔王様が放ったウサギはイナバしかいないらしく、私の相棒になるのも一羽だけらしい。

 そうなると前二回の相棒と今の相棒は同じなはずだ。

 名前が違うのは、私に変化があったからだとしても目の色までは変えられない。

 出会った時から既にイナバは黄色い目をしていて、ウサギなのに赤い目じゃないんだと思ったのは覚えている。

 【隔離領域】で赤い目をしたウサギを平然と投げてしまえた私にも疑問はあった。

 あの時どうして私はあんな事をしたのか。

 振り返って考えてみると良く分からない。ただ、私の相棒じゃないから雑に扱ってもいいやと思った。

 でもそれはおかしい。

 前二回の相棒はどうやらあっち(・・・)だったらしいのだから。神原君から聞いた情報と、様子を見ていた少女たちから聞いたことを整理すると、前二回は“しろうさ”と名づけた相棒と一緒だったと言う。

 魔王様の力を分け与えられた末端というのも今と変わりは無いし、魔王様自体は特に変わった事は何も無かったと言っていた。

 繰り返される世界の中で、イナバにも影響が出てしまったのかと思って聞いてみたがその確率は低いと唸られその話は流されてしまった。

 害をなす存在なら他の二人も黙っていないはずだから、少なくとも危険じゃなかったという事か。


「うーん、そうは言われましても」

「……そもそも、前の二回で魔王様たちも異変に気づかなかったって事よね?」

「気づいていて無視したって事も考えられますけど……ねぇ」


 いつものように明るくて能天気とさえ言えるような口調で返してくるのかと思いきや、さっきから妙に焦っている。

 イナバ自身、自分の事が良く分からなくて困惑しているのだろうかと思えば親近感が湧いた。

 私も、本物の羽藤由宇だという自信がなくなってきた。

 これだけ多くの自分自身を目の前にすれば仕方のない事かもしれないけど。


「それで、イナバはどうしてここに?」

「わたしは由宇お姉さんと一部同調してますから、上手くこっちが波長合わせればこうやって夢の中にお邪魔できるんです」

「あーそう言えば魔王様がそんな事を言っていたような気がするわ」


 黙ってしまった私の眉が寄ったのに気付いたのか慌てた様子でイナバが耳を動かす。バタバタと体を動かすのでバランスを崩し落としてしまった。

 綺麗に着地したイナバは、近くにいる私の影に隠れるとじっとこちらの様子を見つめる。

 バツ印の上に立っている私は相変わらず正面を向いたままで、イナバが縋りつこうと足の上に乗ろうと微動だにしない。

 蝋人形だと言われてもおかしくないなぁと改めて思いながら白薔薇の髪飾りをつけて髪を緩く結わえている私を見つめた。

 薄っすらと化粧をした私がしている髪飾りは、まだ真っ白のままだ。

 神原君からもらった薔薇の髪飾りにも何らかの影響があるのかと考えていると、榎本兄から殺されたらしい私の影に隠れたイナバがぴょこぴょこと出てくる。


「由宇お姉さんの様子がおかしかったので、悪いとは思ったんですが強制介入しちゃいました」

「……プライバシーは?」

「ごめんなさい」


 今更とは思っても言わずにはいられない。

 しょんぼりとした様子で俯くイナバの頭を撫で、私は困ったように溜息をついた。


「イナバはあの後、帰れたの?」

「え? あぁ、はい。帰りましたよ」

「魔王様たちと顔合わせるの、嫌だったから?」

「そ、それもありますが……その」

「私に疑われて不信感もたれるの嫌だった?」


 だとしたらそれはイナバがあの場にいてもいなくても変わりない。

 イナバの正体は魔王様の口からはっきりと聞いているし、その役割についても教えてもらった。

 直接本人から聞かずとも関係に溝ができてもしょうがないだろう。


「由宇お姉さんも、神原君と同じで何を信じていいか分からない状態じゃないですか。それなのに、わたしは結局魔王様の差し金で監視してたなんて知ったら……」

「まぁね。記憶の欠落と、入念な自己検査(セルフチェック)も私を油断させるためとは考えなかったわ」

「いえ。実のところ、わたしもあの場に降りるまでは自分の事良く分かっていなかったんですけどね」


 イナバから聞かされる衝撃の事実。

 てっきり最初から分かって近づいてきていたと思っていたので、それすら演技ではないかと疑ってしまう。

 イナバは乾いた笑いを上げながら顎に手を当てる。


「えー、そんなのってアリ?」

「だってしょうがないじゃないですか。わたしだってパニックですよ! できる事なら魔王様に蹴り入れてありとあらゆる箇所を齧りたいくらいです」

「……へぇ」

「あ、疑ってますね。ええ、いいですよ。どうせ信じてもらえるなんて思ってませんし。わたしだってわたしが気持ち悪いですし」


 タンタン、と床を踏み鳴らしながらイナバは機嫌悪そうに低く唸った。

 逆切れかと呟くと、魔王様に対しての罵詈雑言が聞こえてきたので何も聞いていないフリをした。

 例え演技だったとしても、一応上司に当たる存在にそれだけ言えるのが凄い。


「もしそれが本当だとしたら“しろうさ”と“イナバ”の違いはそこなのかもしれないね」

「うーん。どうでしょうね」


 前の“しろうさ”がどういうものだったのか覚えていないのが悔しい。

 イナバにも聞いてみるが困ったような顔をして頭を左右に振るだけだ。


「偽美羽なら何か知ってるかもしれませんけどね」

「あ、それは嫌だわ。私すごく嫌われてるみたいだし」

「あーですね」

「美羽ちゃん好きだから、結構ショックなんだけど。中身が違うならしょうがないわ」


 気持ちが悪くて腹立たしい。

 最初はそう思っていたはずなのに、彼女に対して今は何も思わない。

 どうしてそんな事をするんだろうとか、中身が別なら本物はどこへ行ったんだろうかという疑問くらいだ。

 そもそも、神原君があれ程までに殺気立っていたら私の怒りなんて吹き飛んでしまうというものだ。


「あーあ。それにしてもこれだけの私がいるのに、どうして恋愛フラグは立たないのかなぁ。元から無かったりして?」

「……死亡フラグの数が遥かに多くてそれどころじゃないんでしょうね」

「淡々と言わないでくれる? 空しいだけだから」


 確かにここにいる私たちは、全て死亡エンドしてきたものしかいない。

 けれど、その過程に愛や恋は無かったのか。

 甘酸っぱいトキメキや胸キュンは本当に無かったのか。

 

「悪行してきたから、死亡エンドばっかりなのも頷けるけど」

「股がけですか? あの程度はしょうがないんじゃないですかね」

「……性悪女として歴史に名を刻みそうなものじゃない?」

「神経すり減らしてブッキングしないよう調節し、上手く立ち回ってたお姉さんですから。バレてなかったと思いますよ」


 わざと多角関係にした場合を除いて、と付け加えてくれるイナバの頭をグリグリと拳で撫でる。

 プライバシーは配慮すると言っておきながらちゃっかり見られたくない記憶まできちんと把握しているじゃないか。


「いたた、痛いです!」

「死亡フラグ、バッドエンド、その度にリセットされるなんて本当にゲームよね」

「イタッ! まぁ、そうですよね。死んで覚えて回避しろってところですか?」

「厳しいなぁ」


 死んで覚えても回避できなかったからこそ、こんなに大勢の私がこの場にいるんだろう。

 自分でも覚えてないくらいに死んできたのだ。三度目だけで百を越えるというのに、一度目と二度目を想像したら頭が痛くなった。

 本当に自分だけの為の国が樹立できるんじゃないかとさえ思いながら、イナバを抱え上げる。


「大体こういう時って、自由に動いてる私目掛けてこの場にいる私が襲い掛かってくるパターンなんだけどねぇ」

「無いですよ。さっきも言いましたけど、敵意無いですから」

「感情すらない、抜け殻、人形みたいなもんか」


 立ち止まって来た道を振り返れば遠くまで続く私の姿。

 同じようにこれから進む道を見れば、どこが果てなのか分からないくらいに続く私の姿。

 方向感覚狂いそうになるわ、と思ったそばから自分がどちらから来たのか分からなくなった。

 顔を上げて周囲を見回しきょろきょろとすれば、正面を向いたまま直立不動だった私達がゆっくりと同じ方向を指差し始める。

 どうも、と軽く頭を下げながら指された方向に歩き出すと、私たちが呆れたような顔をして私を見た気がした。

 思わず振り返って見回すが、手を下ろした彼女たちは正面を向いたまま皆同じ表情でじっとしている。


「ただの人形とも思えないけど」

「皆、お姉さんに繋がってますからね」

「深層心理というよりは、記憶の中か。こんな所に来たのは、記憶を整理しろってことなのかもなぁ」

「かもしれませんねぇ」


 それとも三度目の正直で新ルートを発見した影響なのか。

 少しでも進んでいると思っていいんだろうかとイナバを見つめると、イナバも同じように私を見つめていた。





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