75 いつかの私
対処療法、受身。
どう頑張っても抗えない何か。
変わらない結末。
自分勝手、開き直り。
懲りずに繰り返す死亡エンド。
変えてやる結末。
利用されようが、掌の上で転がされようが、私は私のやりたいことを。
自分勝手に突き進んで自己満足に浸る?
「由宇お姉さんはいっつも曖昧ですから、偶にはちゃんと信念持ったほうがいいと思いますよぉ?」
「信念ねぇ」
「そうそう」
「隠しキャラのスチルとエンディングを今日中に全て回収する」
「そうじゃなくて」
コントローラを握りながら前髪を軽く結わえてテレビ画面を見つめる私に、イナバのツッコミが入る。
あの後私は何かに取り憑かれたかのように恋愛ゲームをプレイしていた。
偶に恋愛中毒になりそうになるので、気分転換として兄さんが持ってる格闘ゲームで頭をすっきりさせる。
何も考えたくない。
情報の整理はイナバに丸投げして、私はただ画面を見つめていた。
一心不乱に指を動かしボタンを叩く。
兄さんから教えられたコマンド技の出し方を思い出しながらの割には案外上手く行く。アケコンを使ってる兄さんはさっきもゲーセンに出かけて行った。何やら今日は、大会があるらしい。
テスト中だって言うのに何やってるのかなと思いながら私は溜息をついた。
「すっきりしない……」
最初はイヤホンを通じて何かしら話していたイナバだったが、ストーリーモードをクリアする頃にはもう何も言わなくなっていた。
エンディングのスタッフロールを横目にスマホを見ればスリープモードになっている。
つけていても意味が無いと耳からイヤホンを取った私は、ディスクを取り出して次のゲームを選び始める。
「……」
気分じゃない、とRPGと恋愛ゲームを避けて手にしたのは兄さんが貸してくれたAVGだ。
主人公は男女それぞれ選べ、それぞれの視点で物語が始まる。
何度もバッドエンドを迎え周回を重ねながら真実の道へと辿り着く様子は、正に今自分が置かれている状況のようだと苦笑した。
このゲームが出てからもう十年が経つのか、と思ってそれが本当の時間なんだろうかと疑問に思う。
カレンダー、日記、スマホに表示されている日時は、ケースに書かれている販売年より十年経過している。
目に映るもの、耳に入るものが全て偽りではなければという前提で。
ケースからディスクを取り出してゲーム機にセットする。
理解したつもりでいながら、未だ夢見心地の私はそれこそゲームと現実の境が分からなくなったんじゃないかと偶に思った。
イナバの存在も、神原君も夢想に過ぎず最悪私を取り巻く全てなど最初からなかったんじゃないか、と。
何度も死を繰り返して少しは豪胆になったかと思えば、小心者の私は未だに心の奥底で膝を抱えて震えてる。
分不相応だとこの立場を恐れ、怯え、誰かに押し付けて回避してしまいたいと思いながらも、どういう結果になったのかと中途半端に関わりたがる。
一番嫌なタイプだわ、と思いながらOPムービーを眺めていた私は、絵柄を見て懐かしいなぁと時代を感じた。
真っ暗闇の中、私は必死に走っていた。
何で?
何かに追われてるから。
何かって?
良く分からないけど、良くないもの。
捕まったら終わりだと何となくそう思うから、だから必死に走る。
目の前に見える光へ飛び込めば助かると勝手に思いながら伸びてくる影の手から逃れた。
最後の最後でお約束のように転んでしまって顔面を強かに打ちつけたのは情けなかったけど。無事に逃げ切れたようだからいい事にする。
「いててて」
夢の中。摩訶不思議で落ち着かない感覚を受けながら、自由に動かせないもどかしさに憤りを感じる。
私の夢なのに、上手く行かないというのはこれが初めてじゃないけれど。
でも夢だと分かっているんだから、やっぱり自由自在に制御したいものだ。
ぶつけた鼻や額を擦りながら、歯が欠けてないか舌で確かめる。よし、欠けてない。
痛みを堪えながら上体を起こした私の目の前には、多くの人が立っている。
一瞬マネキンかとも思ったけれど、同じ背格好のどこかで見た服を着ているそれらを見て背筋がヒヤリとした。
あぁ、これは私じゃない。
髪も結っていたり、纏め上げていたり、そのままおろしていたりとバラバラだけど肌が泡立つこの感覚と自分がこの場にいる意味が急に恐ろしくなって私は深呼吸をする。
目の前に等間隔で立っているらしい“私”は私に背中を見せたまま直立不動だ。
誰かが私を模したマネキンを趣味悪く配置していると考えた方がマシだと思えるのは、そうじゃないと分かっているからなのか。
「あなた、誰? 私?」
「私は羽藤由宇。ユキさんに刺されて死亡エンドを迎えた私」
まさか返事がくるとは思っていなかっただけに私はびくっと震えた。声をかけたのは近くにいた私。後ろから見た限りでは血みどろにもなっていなかったので安心していたら、違う意味で驚かされた。
私と同じ声のはずなのに、違う声のようにも聞こえる。
自分の声を録音したやつを聞くと違うものに聞えるというやつだろうかと思っていれば、私に声をかけられた“私”がゆっくりと振り向いた。
ピンタックシャツの上にボーダーのカーディガンを羽織り、白のクロップドパンツを穿いている。ネイビーのパンプスはこの時に初めて履いたはずだ。
彼女の足元には大きく赤色でバツ印が書かれている。
良く見れば他の私の足元にも同じようにバツ印が書かれていた。その記号の上に直立不動で何をやっているんだろうと思っていれば、振り返ってくれた私が元の体勢に戻る。
「私は終わりの見えない状況に嫌気が差して自殺した私」
最初に聞いた私とは違う私に声をかけて同じような質問をする。
死に方は違うがやはりそういう事らしい。
無表情で淡々としており、瞳にも何の感情も感じられない。質問されたから答えるという機械じみた動作に薄気味悪くも思ったが、それらが全て自分だと思うと何故か笑えた。
無数に並ぶ“私達”の一番後ろで、私が座り込んで彼女たちを見上げている。
私が座っている床には何も書かれていない。ただ真っ白でツルツルとした磨きぬかれた床がここにあるだけ。
「またどっかの領域?」
【観測領域】ならば少女や魔王様を呼べば終わるだろう。【隔離領域】なら美羽もどきがどこかで見てるか、出るタイミングを見計らっている頃だ。
前回のように、惨たらしく倒れていないだけマシかと呟いて周囲を見回した。
「うーん」
似ているようで似ていない、そんな場所に溜息をつきながらクローンがいたらこんな感じなのかと思う。
番号でもふってもらわないと全部私だから呼ぶ時に困る。
時間があれば番号じゃなくて名前をちゃんとつければいいんだろうけど、どうせ夢幻の存在なんだろうし。美羽もどきが私の反応見るために仕掛けた舞台なら意味がない。
何故だか知らないが、あの神原美羽の外見をした何かは私の事を非常に嫌っている気がした。
存在してるだけで忌々しいとでも言わんばかりの表情をされるくらい、私は何をしたんだろうか。
今度会った時に聞いたとしても素直に答えてくれるかどうか。
「一体何人いるんだろう」
「由宇お姉さんが今まで死んできた分だけ、ですよ」
「うわっ! イナバ、いつの間に!」
そして何故ここにいる。
これも私の妄想の産物なのか、それとも誰かが見せている幻なのかと思いながら恐る恐るウサギに触れた。
ふわり、としていて柔らかい。抱っこをすると大人しく腕に収まってくれる。
ヒクヒクと鼻を動かしながら黄色い目で私を見つめたイナバに、私は盛大な溜息をついて頭を左右に振った。
やめよう。
分からないなら分からないでしょうがない。
「しかし、随分死んだわね。スプラッタじゃないだけいいけど」
私の私による私のための世界でも構築しようって言うなら、この怪しげな集団もわかる。
例え私が大量生産されたとしても使い物にならず終わりそうだが。
はぁ、と溜息をついた私にイナバが心配そうな声を出す。頭を耳を撫でて少しだけ力を入れて抱きしめたイナバは、柔らかく簡単に壊れてしまいそうで怖かった。
「でもどうしてここに、死んだはずの私が勢ぞろいなのよ」
「貴方は生きているから」
「貴方はまだ死んでいないから」
「貴方は生きようとしているから」
「貴方はフラグを立てていないから」
「貴方はフラグを立てても折ってしまうから」
「貴方はフラグを立てても回避してしまうから」
真っ直ぐ前を向いたまま直立不動の私が次々に喋り始める。
歌うように、重なり合う声が周囲に響き渡って私は変な高揚感を覚えた。
胸に抱いたイナバを潰さぬよう気をつけながら、私は“私達”の間を縫うように彼女たちが見つめる先へと歩を進める。
その先に何があるのかは分からないけれど、じっとしているよりはいい。
通り過ぎるたびに、自分はどういう死亡エンドなのかを説明してくれるのにも慣れて記憶の中の思い出に浸りながら半笑いで肩を震わせた。
悪夢、と称するにぴったりな光景だ。
「由宇お姉さんの内なる世界じゃないんですかね」
「深層心理って事? それにしては趣味悪いわ……」
でも、そう言うと私の趣味が悪いのを肯定する事になるわけで。
【隔離領域】で目覚めた時に、周囲に散らばる無数の死体を見たばかりだというのに今度はこれなのか。
前のように血みどろじゃないところだけは評価する。
見覚えのある病院服を着ていたり、パジャマを着ていたりする私の目は虚ろで生気は感じられなかった。
懐かしい久しぶりなんて声をかけたら食われそうなのですぐに視線を逸らす。
自分自身に殺される、そんな事もあるかもしれない。
例えばここにいる大勢の“私達”が過去の私なら、今こうして生きている私が憎いと思うかもしれない。
立ち位置に赤いバツも書かれておらず、赤い目のウサギとも一緒にいない。
「生きたいのかな。いや、死にたくはないけど」
「大丈夫ですよ由宇お姉さん。ここにいるたくさんのお姉さんから敵意は感じません」
私の肩に頭を置いて、通り過ぎてゆく私達の姿を見つめていたイナバの声がとても優しかった。どうしてか涙が出そうになって私は笑って誤魔化す。
敵意を感じてたら、私はここに来る前に死んでいただろう。
それにしても先が見えない。私の数も多過ぎる。
邪魔をせず、直立不動だからと言っても不気味さが薄れることは無かった。




