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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
75/206

74 自分勝手

 世界を元に戻せば私や神原君は消えるかもしれない。

 ゲームに関係している人たちもだ。

 それを思うと、滅べと心の中で呟いてしまう自分に苦笑してパシパシと叩き合う神原君とギンを眺める。


「ま、どっちにしろ現状維持はもう無理なのかな? 結局、外の権限? を手に入れない限りはどうしようもないと」

「はい。その通りです。ループさせて世界を維持してますが、それも正直いつまでもつかは分かりません」


 難しい顔をしながらそう呟く少女は真っ直ぐに私を見る。

 透き通った綺麗な瞳は小さく揺らぎ、意識が吸い込まれそうなほど強い力を放っている。


「できるだけ、由宇さんたちの願いは叶えたいです」

「それはつまり、ゲームの中の登場人物が実際に世界に存在してしまったという事も?」

「はい。確約はできませんけど、できる限りの事はします」


 少女とのただの口約束。

 魔王様とギンの上位にいて、それだけの力を持っているだろう彼女の言葉に私は悩んでしまう。


「レディあまり無理はなさらず」

「いいの、ナナシ。これは私の責任だもの。巻き込んだ人たちは悪くない」

「そうだとしても、僕はやっぱり貴方達の言う事は信じられません。都合のいい夢物語だ」


 茶番を見せられる側にもなってほしい、と吐き捨てるように告げた神原君にギンが驚いた様子で彼を呼ぶ。

 空気が悪くなったので一旦お開きにしようと魔王様が告げ、少女が可愛らしくパチンと手を叩くと周囲の光景が変わった。


「便利なものよね」

「……」

「神原君?」


 軽い浮遊感に気持ち悪くなりながら深呼吸をする。

 意識を失い、変な空間で目覚める前の状況に戻ったのは喜ばしいがこれすら夢じゃないかと疑ってしまう悲しさ。

 大きく伸びをする横で神原君が微動だにしないので心配になった。


「由宇さんは、あんな人たちの言葉を信じるんですか?」

「うーん。元々の世界に戻れても、そこに存在するかも分からないからどうでもいいかなと思っちゃってるわ」

「そうですね。僕たちはゲームの中の存在で、実際には存在しないものですからね」

「神原君……」

「元々の世界にいた由宇さんには分かりませんよ……すみません、僕先に帰ります」


 逃げるように去っていってしまった神原君の姿を見つめて、私は溜息をついた。

 倒すべき敵がいたからこそ、自分が存在している。

 そんな皮肉な事実を目の当たりにして、冷静に受け止められるような人間はそうはいない。

 神原君が言う通り、私は元々の世界にも存在していたらしいからこんな余裕でいられるんだろう。

 そんな事は言っても覚えている前世が、元の世界のものだとは限らないけれど。


「あー、ややこしい」


 本来あるべき世界に私が存在していたとしても、ちっぽけな存在(もの)には変わりない。どこをどう足掻こうと凡人の域を出ない私が勇者になれるか? 主人公になれるか?

 私が簡単にそうなれてしまえば、世の中は主人公だらけだ。

 誰かは、主人公はみんな一人一人だと格好いい事を言っていたけど、主人公にだって目に見えないランクはある。

 能力ごとに振り分けられるのはきっとゲームの中だけの話じゃない。


「それにしても、神原君襲ったのも電子ドラッグ中毒者だったなんてね。敵が仕込んでるのは濃厚ですか」


 ベンチに座りながらペットボトルの水を飲む。冷たかったはずの水は温く、お腹を冷やさなくていいと私は小さく笑った。

 バッグの中からイヤホンを片方だけ取り出し、耳にはめる。

 私が触れたことに気付いたのか画面が一瞬だけ明るくなった。


「神原君、帰っちゃいましたがいいんですか?」

「追いかけたって役に立てないわよ私じゃ。演者と観客じゃあ、立ち位置がまるで違うでしょう」

「……でもでも、それはつまりなつみさんにも通用しちゃいますよ?」

「あの子はいいのよ。私の妹だもの。何かあったら無駄だろうが何だろうが動く」

「しすこん……」

「家族思いって言って」


 動いたところで何が変わるわけでも、抵抗したところで力が通じるなんて思えない。

 けれど、無駄な足掻きはする。

 情けなくても、みっともなくても構いはしない。

 皆が幸せになれるような世界なんて、例え存在しなかったとしても私は薄情者だから私の大切な人さえ幸せでいてくれればそれでいいと思う。

 あの三人がどういう決断をするのかは分からないけど、どうやら今のところは現状維持しつつループを止めても世界が崩壊しない方法を探るようだ。

 その為にも世界の管理権限を手中に収めなきゃいけないんだろう。


「外にあるらしい権限って、誰が持ってるの?」

「いないと思いますよ。宙ぶらりんで、早い者勝ちじゃないですか」


 そういうものなのか。

 てっきり誰かが手に入れていて時機を窺いながら潜んでいるのかとばかり思ってた。

 美羽もどきや三人の話から推察するに、彼らが持っていないという事は確かなんだろうけど。

 大体、神様とやらも回りくどいやり方をして私と神原君の体を狙うよりも、外の管理権限を手に入れて三人と対抗すればいいのに何故そうしないのか。


「頭のネジ、吹っ飛んでるからですよ。彼らが欲しいのは、自分を受け入れるだけの器ですから」

「……また人の心を。まぁいいわ。でもそれなら他にも適任はいるでしょ。いくつもループしてきたとは言っても、神原君はともかく私の代わりは他にいそうだし」

「無理でしょうね。精神体でもあの人たちが封じるのでやっとでしたから、器が頑丈じゃないとすぐに壊れて終わりです」

「……なにそれ、怖い」

「記憶を保持したままループをしているという事は、それだけ心身ともに強靭だという証拠ですからね。執着されるのも仕方ないです」


 強靭? 誰が? 私が?

 情けなくのたうち回って、ただ諦めて何も考えないようにして、逃げてるだけの私が?

 イナバの言葉はおかしい。それは違うと否定して私はそんなに大層な人間じゃないと呟けば溜息をつかれた。


「由宇お姉さんは凄いですよ。自分の事おざなりにしても、他人を助けるところとか、余計なお世話するところとか、馬鹿じゃないかって思いますけど凄いと思います」

「違うわよ。自分の事しか考えてないだけ」


 誰かのために走り回るのも、協力するのも。

 いい顔をして良く見られたいからというだけ。

 神原君のように真っ直ぐでどれだけ傷つけられても折れない、まるで子供の頃に憧れた正義の味方のような存在にはなれはしない。

 なりたいと願っても、できないと自覚してるからみっともなく足掻いて上辺だけを繕うだけ。

 それを言い続けると自虐で鬱陶しくなるから、呟くのは心の中だけだ。

 あぁ、でもイヤホンをつけてるからイナバにはその思考さえ読まれてるのかしら。

 どうでもいいことだけど。


「じゃあ、自分勝手にすればいいと思います」

「ん?」

「やりたいこと、やればいいじゃないですか」

「とは言っても、やってきたからね。これまでも随分と」


 色々なルートを試し、色々な結末を迎えてきた。

 どんなに死亡エンドを回避しても、結局美羽もどきがいるあの場所で死亡するのがいつものお決まりとなっていたようだけど。

 三度目は辛くも逃げ出すことができた。

 そして、世界を支える【観測領域】の主人たる少女に死ぬ前まで時間を巻き戻してもらった。

 そんな便利な事ができるなら神を滅ぼすのも元の世界に戻すのも簡単だろうと思ったけど、負担が激しく制御が難しいので短い時間でなければ無理だと言われる。


「恐らく、レディは暫くお休みかと」

「あーやっぱり大変なんだ。で、その間あそこは大丈夫なの?」

「他二名がいますし、眠っていても力の使用はできるでしょうから」


 運行には全く問題は無い。

 イナバの説明を聞きながら、私はこの子が魔王様の一部だという事を思い出した。

 魔王様の差し金で私を監視している存在。


「未だに良く分かってないんだけど……少女(あの子)って凄いの?」

「凄いです。本気出したら、魔王様とギンさんが二人がかりでも無理なくらいに」

「そっか……。とりあえずこれからの事考えなくちゃね」

「テスト終わったら夏休みですしね!」


 あぁ、そうか。まだテストが終わっていなかったんだ。

 随分と長い時間【観測領域】にいたような気がするけど、時計が無いからどのくらいの時間あそこで過ごしたのかが分からない。

 時間を操作できてしまう恐ろしい少女もいるくらいで、私が今こうしてここに存在してるのも単なる偶然なのかもしれなかった。

 あの三人が本当は何を考え、私たちをどうしたいのかは良く分からない。

 大人しく掌の上で踊っていろって事なんだろうけど、嫌だと子供じみた感情が湧き上がる反面、それ以外に道は無いと思う自分もいる。

 神だの世界だの、怪しげな領域に封印だのまるで夢物語だ。

 いや、今で充分夢なのかと私は笑う。


「由宇お姉さんは、どうしたいんですか?」

「え?」

「色々聞いて、色々思って。それで、どうしたいって思うんですか?」

「んー、やっぱり世界崩壊止めなきゃいけないから外の管理け……」

「それは、頼まれたからでしょう? 由宇お姉さんは何がしたいんですか?」


 何がって、何が?

 何をしたいって、そんな事急に言われても。

 望むなら、前からずっと言ってるようにループが止まって普通に暮らせること。

 部屋の散らかりようをなつみに怒られたり、ぼんやりしてるのを兄さんに心配されたり、母さんと一緒に料理をする。

 モモや美智、ユッコたちと他愛の無い話で盛り上がって、色んなところに遊びに行くのも楽しそうだ。

 榎本兄が声かけてくるのをさりげなく避けながら、松永さんをからかって遊ぶ。

 バイトも続けて叔父さんの新作メニュー考案に協力したり、高橋さんから色々な話を聞いたりする。常連でいつも優しくしてくれるスマート紳士な宇佐美さんやスーツ姿が素敵な戸田さんの声と姿を愛でたり、神原君と沢井君の甘味男子会を眺める。

 愛ちゃんとも、もっと仲良く慣れたら嬉しい。同い年だから多分なつみと気も合うはず。

 何の変哲も無い、ありふれた普通のことしか思い浮かばないけどそれが私が望むもの。


「だったら、そうしましょうよ!」

「は?」

「そうなるようにしましょう! 由宇お姉さんのやりたい事は、自分の日常を守ることです!」

「うん……でも結局、少女(あの子)に言われた通りにしなきゃいけないって事なんだけどね」


 やる事が変わりないんだから私が何を思っても、願っても無駄だろう。

 決定権は私には無いんだからと呟けば、画面の中のイナバが起こったように頬を膨らませた。

 ダンダンと苛ついた様子で床を踏み鳴らし黄色い瞳で私を見つめてくる。


「方法はどうであれ、大事なのは気持ちです! どんな時でも揺るがない気持ちっ!」

「熱いね、イナバ」

「熱くならなきゃ駄目ですよ! 投げやりなんて由宇お姉さんが望む日常が遠ざかるばっかりなんですからね!」

「うん。痛いほど分かってる……つもり」


 どうしてイナバはこんなにも怒ってるんだろう。

 魔王様の手下なら、つべこべ言わずに言われた通りにしろとでも言いそうなのに。

 これも、そんな策の内なのかなと考えてしまう時点でやっぱり私はイナバを信用してないという事になるけど。

 何もかもがあやふやで、情報が多過ぎて考えるのを放棄してる時点で私は逃げ出したんだと思う。

 言い訳をして、無理だと目を背けて神原君にまで軽蔑されてしまった。

 吹っ切っているというフリをしてるだけで、結局中身は何も変わっていない。

 対処療法ばかりで、受身。

 分かっているのにそれでいい、それが正しいと自己弁護する。


「私は由宇お姉さんの味方ですよ。由宇お姉さんの目指す平穏な日常を取り戻しましょう!」

「……悪魔の囁きにも聞えるんですけど」

「ひっどいなぁーもうっ。わたしが前の“しろうさ”とは違う事知ってるくせにぃ」

「……」


 家に帰ったらゆっくり聞こうかと思っていた事を、ここで言うのか。しかも自分から。

 じっと見つめる私にイナバは「フフン」と胸を張りながらのドヤ顔。

 前二回の相棒だったらしい“しろうさ”はどんな感じで、どんなやり取りをしていたんだろうか。

 神原君のように覚えていないのが悔しくて記憶を辿ろうとしても【隔離領域】でのやり取りくらいしか思い出せない。

 それも、ぼんやりとしたものだけど。


「みーんな自分勝手なんですから、わたしたちも自分勝手に行きましょうよ!」

「それって、どうなの?」

「終わり良ければ全部オッケーだと思います!」

「……ぷっ」

「あー笑った! わたしは真剣に言ってるんですからね!」


 スマホの画面を見ながらくすくすと笑う私の視界の隅で、白い鳩が飛び立っていったような気がする。

 つられるようにして空を見るが、そこに鳩の姿は無かった。

 あるのは憎らしい程の青空と白い雲。




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