72 仲良し
世界が望んだからゲームの情報が混ざりこんだ世界へと変化した。
相性が良かったのだろう。
「馬鹿にされてるのか、馬鹿みたいだけど本当なのか」
そんな事がありえるわけがない、と笑い飛ばせないのが悔しい。
それが笑えるんだったら私や神原君の存在も、ループしている状況も全て馬鹿みたいな事になるからだ。
「だってしょうがないじゃん。私は思ってたよりも力使っちゃった上に力分散されちゃって本調子じゃなかったし、分割して支えるにしたって不安定でいつ崩壊してもおかしくない状態だったじゃん!」
「それは分かる。それは分かるけど、そんなのこいつらに話しても信じられるわけが……」
「だからさ、油断しちゃ駄目だって私言ったじゃん! それなのに相手の力が弱まってるから大丈夫だとか楽観的なことばっかり言ったのギンでしょ?」
「おい、俺のせいにすんのかよ」
仲間割れなのか、ギンと少女が何やら言い合いをしている。
魔王様が困ったように宥めるも二人はヒートアップしたままで、止まる気配が見られない。
これは止めたほうがいいのかと思えば視線が合った神原君に軽く首を横に振られた。
「そうじゃなかったら、私一人で世界を支えて運行できるかもしれなかったじゃん!」
「お前な、仮にそうだったとしてもお前の意識を閉じ込めなきゃムリだったんだぞ? こんな風にお茶して馬鹿みたいに話なんてできなかった事を思えば幸せだろうが」
「あー、馬鹿って言った。馬鹿って言った方が馬鹿なんですー。大体ギンがいけないと思う」
「何だよ」
「こらこら、二人とも落ち着きなさい」
これは芝居なんだろうか。私の目にはギンと少女が本気で言い合ってるようにしか見えないけど。
でも、ここまで自分の感情をぶつけ合えるって事はそれだけ気を許してるって事なんだろうな。
ギンの相棒たる神原君としては複雑かな?
いや、もう相棒だと思ってないから別にどうでもいいのかな。
「世界を安定させる為にバランスを見ながらどうすればいいか真面目に考えてたのに『適当に入れて当たればいいんじゃね?』とか言って、自分の持ってたゲームのデータなんて入れたりするから悪いんだよ!」
「何だよ、現にこうして恐ろしいくらい安定したじゃねーか。お前らのやり方してたら、何年経っても安定なんかしねーよ。俺死ぬのヤだし」
「私は長期的に見て安定できるように計算してるの! ギンのせいでそのゲームの内容が微妙に反映された世界になったじゃん! 元々そんなの無かったのに! それに生じる不都合を修正してくのにどれだけ苦労したと思ってんの!?」
「はぁ? 苦労したのはナナシであって、お前じゃねーだろ」
「私もだもん! ふみんふきゅうで頑張ったもん!」
「別にお前、寝なくても死なねーし」
私の頭には、大きな練金釜に適当に物を放り込むギンの姿が浮かんだ。
爆発するどころか逆に大成功。しかし、理想としていた姿とは違っており、そこからまた歪みが生じる。
歪みを修正しながら安定を保ち、釜の中で生成された世界はゆっくりと時を繰り返す。
新発見というのは失敗から生まれることも多いと言う。今回もそんな感じだろうかと思っていれば、神原君は一人静かにペンを走らせていた。
何を書いているのかと軽く覗き込めばそこには時系列が簡単に書かれている。
元々あった世界(普通)
↓
神出現? 世界がループするようになる
↓
ギンと少女がそれに気付いて協力して神を倒す
神倒す=世界崩壊?
神→少女へ世界の管理権が移る
神との戦いで少女が消耗、力はバラバラになる→世界崩壊の危機
(魔王も力のほとんどを失う)
苦肉の策でギンとナナシと三人で世界を支えることに成功
その中でも権限は少女が一番
ギンとナナシは使い魔的存在。パシリ
支えることに成功したけど、安定しない世界は常に崩壊の危機?
↓
ギンが適当に自分が持ってる情報を組み込んでみる→成功
(ギンは元人間でしかも【TWILIGHT】の社員だったという。嘘臭い)
ゲームの世界観が反映されたおかしな世界になる。
↓
世界が安定してループは消えた?
多分存在してたはず(完全に消滅させられなかった神が原因?)
ゲーム中の登場人物たちはどこから来た?
突然発生?
↓
僕と由宇さんループに気付いて一度目の対峙で全滅エンドしてループ
↓
僕と由宇さんループに気付いて、二度目の血みどろエンドしてループ
↓
数え切れないくらいにループしての三度目チャレンジ!
美羽もどきほぼ真っ二つ。黒幕、神? 薄っすらと登場?
意外な展開、新しい道?
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|《越えられない壁》の予感
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↓
幸せな結末……?
どうしてだろう。
越えられない壁と書かれてある部分がやけに強調されているような気がする。
いや、でもあくまで予感であってもしかしたらあっさりと乗り越えられるか、壊せるかするかもしれない。
それに神原君が書いてるように意外な展開になってるのは間違いなさそうだから、もしかしてという事もある。
無い、場合もあるけど。
世界を管理運行? しているのがここにいる三人。
少女を筆頭に、ギンと魔王様が並ぶのかな。ギンと魔王様って、どっちが強いんだろう。
ギンは元人間……彼の言い分を信じるなら【TWILIGHT】の社員らしく、魔王様は少女のお守り役だと言っていた。
となれば、少女のお守り役をしていた魔王様の方が力が強いんだろう。
でも、ギンはああやってリトルレディと平気で言い合いするくらいだからな。魔王様があんな風に言い合いしたり、盾突く姿を見たことが無い。
夢の中でだってそうだ。魔王様はいつでもカリスマオーラを漂わせて、落ち着いた美低音で配下を従わせるのだ。
ギンの声も耳に心地は良くて安心する不思議な気持ちになるけど、その姿はただの鳩だ。
私の相棒の方が凄いなと思っていたら、見透かしたかのように「鳥の情報網舐めんなよ」と言われたことを思い出す。
あれは何回目の時だっけ? まぁ、いいか。
少女、ギン、ナナシ
全て嘘くさい
僕と由宇さん、被害者
美羽もどき、消す
次会ったら確実に消す→その為にはあの剣が必要→ナナシが関係してる?
僕と由宇さんが神の器になる→二人で新世界を創造? ちょっと見てみたいかも(でも中身が消えるなら無理か)
カリカリ、と無言でペンを動かす神原君は私が見つめている事も気にせずに、白いノートを埋めてゆく。
二重丸で大きく囲んだ箇所や、矢印、疑問符が並んだノートはまるで学校を思い起こさせて笑ってしまった。
こんな状況だというのに、懐かしいと思ってしまう私はやっぱりどこか壊れてるんだと思う。
そもそも、ループを数えるのも嫌になるほど繰り返してきたんだからおかしくなって当然だ。
最初の私と今の私は中身が全くの別人なのかもしれないし、羽藤由宇という肩書きを与えられた何人目かの誰かさんなのかもしれない。
全てが疑わしく、全てが真実に見える。
判断基準は常に曖昧で、信じていたものが次の瞬間には崩れ落ちるようなそんな世界。
こんな場所で暢気にお茶をしながら説明を聞いたりしているけど、それですら夢物語に思えてしまう。
未だにギンと少女は言い合いをしてるみたいだけど。
「大体、私はいたいけな少女なのに優しくない! 全然優しくない!」
「優しくして世界の管理運営が務まりますかぁ? 優しくして欲しいなら、イエスマンのナナシに甘えりゃいいだろうが」
「やだもん。それは何か負けた気がする」
「第一、俺選んだ時点で間違いだったんだろうがよ。もっと別の役に立つような奴を選べば良かったのにな」
「違うもん。私の選定は間違ってなかったもん!」
「あーそうですか。じゃ、文句言ってんなよ。ゲームのデータだろうが何だろうが使えるモノは使うってお前が言ったんだろうが」
親子喧嘩のようなやり取りにも見えるが、少女と鳩が言い争いをしている姿というのは中々シュールだ。
溜息をついたギンが頬を膨らませた少女にそう告げると、円らな瞳が大きく見開いて少女は俯いてしまう。
痛いところを突かれてしまったか、と私は魔王様の頭をペチペチ叩きながらその様子を見つめていた。
「ギン、レディも少し落ち着いてください」
「ナナシ。お前もだぞ。こいつの事甘やかしてばっかだから、このザマだ」
「ギン」
「あー分かってるよ、分かってます。『それが私の役目ですから』とか言うんだろ? 由宇、もっと乱暴に叩いてやれ。俺が許す」
「手が痛くなるから遠慮します。ギンも言いすぎじゃない?」
少女と魔王様は家族と言ってもいいような間柄にしても、ギンと少女はそれに当てはまらないだろう。
こうやって見ていれば微笑ましい親子喧嘩に見えるが、友人であったとしてもそこまで深入りするものなんだろうかと私は思った。
心配だからこそ言ってしまう気持ちも分かるが、少女には少女の考えがあるのかもしれない。
そういう事はギンより近くにいる魔王様に任せるのが一番だと思うが、肝心の魔王様は積極的に二人を止めようとするわけでもなくその様子を眺めている。
変な図だ。
少女のお守りと言うなら、彼女の味方になってギンを責め立てることもできるのに。
「そう……か。そうだな。赤の他人だしな。駄目だな、つい首突っ込んで余計なお世話すんのは」
「治らない癖なら、仕方ないと思うけど」
「ははは。だからこんな事になってんだけどな。鳩だぜ鳩、クルッポー鳴いて豆食べてんだぜ? 情けないよなぁ」
「機動性は良さそうだけど。愛想振りまいとけば何とかなりそうだし」
神原君がボソリと「普通に僕と同じようなご飯食べるくせに」と呟いた。
慌てたギンが「お、おま、だって豆ばっかり食ってたら飽きるだろ!」と反論する。
ヒヤリ、とした視線を向けた神原君はノートに走らせていたペンを止めて暫く無言でギンを見つめると、小さく首を傾げた。
心なしか目が笑っていない様な気がするのは私の気のせいだろうか。
「覗きとか、やってたよね。女子高生とか、ラッキースケベの回数とか多いのはギンだったんじゃないのかな」
「は!? いやちょっと待て! それは不可抗力だから! 狙ってやってるわけじゃ……おい、由宇! お前ドン引きするな! 俺をそんな目で見るな!」
「ギンの変態ー」
「ガキにゃあ、興味ねーよ」
きゃあ、と叫んで少女が私の腕を掴み影に隠れる。その姿を見たギンは「ケッ」と吐き捨てるように呟くと、にこにこと笑っている神原君に向き直った。
羽を広げて彼の手を叩くギンだが、神原君は気にしてない様子で再びノートにペンを走らせる。
少女とギンの仲が良くて、構ってもらえず拗ねていたのかなと私が勝手に思っていれば、ぷっと噴き出したような笑い声が下から聞える。
もっと早く止めれば良かったのにと頭を叩きながら呟けば「スキンシップのようなものだからね」と告げられた。
それを聞いた少女は頬を膨らませて「そんなんじゃないもん」と顔を逸らす。
ぷりぷり、と怒った姿は可愛らしいとしか言えず、私は呆れたように溜息をつきながらギンと神原君の様子を見つめた。




