70 数え歌
何が悲しくて私が世界の基準にならなくちゃいけないんだろう。
神原君は分かる。
例え仮初のものだったとしても、主役という役を貰ってる立場なんだから。
でも何で私も?
「何故、毎回最終的に【隔離領域】に辿り着くと思ってる?」
「そこがゴールだからってギンが言ってたけど」
「あれは、俺じゃねーっての。お前も分かってるくせに嫌味だな」
「はい。そう仕向けられてるからです」
「おお、由宇。大正解さっすがー」
神原君とギンは相変わらず仲がいい。その間に割って入るのはちょっと忍びなかったけど、右手を上げて答えれば機嫌の良いギンから花丸をもらった。
何だかちょっと、気分がいい。
「はい、じゃあ誰に仕向けられてるんでしょう」
「この状況で君たちって言うことは無いだろうから、だとすれば敵。【隔離領域】に封じられた神様とやら?」
「ピンポンピンポン大正解」
「では私からも問題だ。封じられたその神は一体何をしようとしているんだろうね?」
「ええと、そりゃ封じられてるから解放してもらって世界を再び自分の手に取り戻す……?」
「見事だユウ」
そこまで褒められることじゃないけれど、魔王様にまで花丸をもらった私はいい気分になってしまう。
油断すると落とし穴が待っているから気を抜かない。
母さんから言われている言葉を呪文のように繰り返して心を落ち着かせた私は、ふぅと息を吐いた。
少女は私たちのやり取りを興味深そうに見つめ、目が合うとにっこり微笑んでくれる。可愛い。
「そこで必要になってくるのが、器だ」
「うつわ?」
「あいつ等は精神体みたいな存在だから、世界に直接干渉できないんだよ」
「ええ。世界を手中に収める為には、内だけではなく外からも確実に権限を手に入れなければいけないからね」
世界征服をするにも随分と面倒そうだ。
よく話に聞くような、力で押し切って皆私に従え! では駄目なのか。
内と外の権限とは一体どんなものなんだろうと考え始めれば、その事について神原君が質問してくれた。
予期していた事だったのか、魔王様がにっこりと笑ったような幻覚が見えて私は軽く頭を横に振る。
「二重ロックになっていると思えばいい。内がここ、で外はどこか」
「え? ど、どこか? って分からないんですか?」
「は? 馬鹿にしてるんですか? 魔王と言いギンと言い」
「ほらほら、やっぱりそうなるって。だよなぁ?」
「むずかしくてめんどうだからね」
私と神原君の反応を見たギンが溜息をつきながら同情的な視線を向けてくる。淡々と告げる魔王様の言葉に少女は眉を寄せて小さく頬を膨らませた。
内がここ、【観測領域】だと言うのは分かったが外はどこか分からないってどういう事だ。
そのままの意味だと言われればそれまでだけど、高能力の三人が集まってそれならば打つ手無しじゃないかとも思う。
神原君と同時に首を傾げて思わず笑いそうになったが、穏やかに名前を呼んでくる魔王様に私は慌てて返事をした。
「両方を征服し、権限を手に入れて始めて世界を手に入れる事になる。ね? 簡単でしょう?」
「はぁ。どこがどう簡単なのか分からないです。外がどこなのか分からないなら対処のしようもない」
「ユウ、手厳しいね」
「ねぇドクロ壊したら拠り所なくして中身も消えるのかな?」
「直人……落ち着けー、落ち着けー、どうどう。【再生領域】消滅したら世界崩壊だぞ?」
テーブルの上で組み合わせられた神原君の手に力がこもったのが分かる。
私はと言えば疲れた感情を表に出しながらペチペチと魔王様を叩く。つるりとして触り心地が良く、傷一つないクリスタルスカル。
現実に持っていけたら趣味を疑われそうだが、夢の中の世界でとは言え相棒だ。愛着だってある。
似たようなものを探してみようかなと思いながら神原君を必死に宥めるギンの声に苦笑した。
「リトルレディとギンが神に戦いを挑んだ際に、神の力を削ぐため世界を内と外に分けたからね」
「誰が分けたんです?」
「はーい。がんばりましたー」
「神消滅後、レディが世界を掌握する時に統合する予定だったのですが、想像以上にレディの消耗が激しく分割されたままなんだ」
【観測領域】と【再生領域】で世界を繋ぐのがやっとだったから、と話す魔王様に私は小さく口を開けながら必死に頭を動かす。
想像するにもスケールが大きすぎてどう想像していいのかも分からなかった。
とにかく大変なことには違いない。
「いっそのこと、そのまま消滅してしまった方が良かったのかもね」
「由宇さん……」
私たちは何の為に生きているの?
世界のため。
世界はどうして存在するの? そこにあるから?
存続を望む人たちが継ぎ接ぎにしてまで生き長らえさせようとしているから。
どうして?
そう、どうしてなんだろう。
生きたいから?
「ヒトは世界を維持する為に存在してると言ってましたよね魔王様」
「そうだね」
「あぁ、そっか。人がいなければ、継ぎ接ぎの世界は勝手に崩壊するのか。ループしなければ、人はただ死んでゆくだけで記憶は【再生領域】で事前にリセットされてるから不思議にも思わない」
ただ自分の死期が来たとそう思うだけだ。
誰も世界を動かす為の歯車として存在してるなんて考えもつかないだろう。
歯車が無くなれば、世界は動かない。
停滞した世界はエネルギーを消費して、そのまま死に絶え消滅するのかもしれない。もしかしたらループするのを止めた時点で消えるのかもしれない。
世界が死ぬというのが良く分からないけどそうなるんじゃないかなという私の想像だ。
「だとしたら、やっぱり【再生領域】を破壊すれば【隔離領域】の神も消滅するんじゃないんですか?」
「消滅するって言うか、縛る者が無くなって解放されんだろうな。で、あいつ等の事だろうからまた同じ事を繰り返すだろうよ」
「同じこと?」
「自分たちの望む世界を作って、維持管理する。理想の箱庭を作り、眺め、気に入らなければ自由に壊す。そんな世界だ」
それは私たちが生きていた世界の事を指しているんだろうか。
そのわりにはギンの目がやけに遠い場所を見つめているような気がして私は不思議に思う。
もしかしたら、彼らが神と戦う前の普通の世界というものでも思い出しているのかもしれない。
「うーん。統一管理されて、不具合が出なければそれでもいいんじゃない?」
「はははは。次そんな事があったら、僕も異常が出ないようにしてもらいたいです。残酷な真実を知って打ちのめされ、無力さを痛感しながら生きていることを恨むよりは、マシですから」
世界を作った神を否定してるわけじゃない。
最初は無駄にループする苦しさが嫌だった。腹が立って、どうにかして逃れられないかと足掻いてきた。
足掻いた先で目にした三度目の光景は、虫の息で親を呼ぶ娘に優しく降りてゆく白い影の姿。
神が愛する我が子の為に作り上げた世界。
その世界に生きている私はただの大学生だ。
ただの女で、特技らしいものは何も無い。
胸を張って誇れることは、愛する家族と友人に恵まれてることくらい。
どんな敵が来ても打ち払えるぞという強気な気持ちは少しずつ薄れ、どうして自分がここにいるんだろうかと思うようになっていた。
神原君も頬杖をつきながらギンを指で撫でて私の言葉に頷く。
知らない方が幸せな事だってある。
「世界が歪であってもか?」
「私にとっては世界が歪なのは元からだもの。記憶リセットさえ上手く働いてくれてたら、死亡エンドを何度繰り返そうが平気だと思うし」
「そうですね。僕も同じです。記憶のリセットが上手くいってくれれば何も知らず馬鹿みたいに暮らしていけます」
あれだけ何が来ても怯まないぞとばかりに啖呵を切っていたのが懐かしいとさえ思えてしまう。
話をすればする程落ち着いていくのは何でだろうか。
私は神原君と「ね?」と言い合って頷いた。
ギンはクルックーと鳴き、魔王様も少女も何も言いはしない。
「みんな、しんじゃうのに? いなくなっちゃうのに?」
「それは悲しいけど、私だけ取り残されるわけじゃないからね。酷い言い方かもしれないけど、私も死ぬなら一緒かなって」
私のせいで家族が傷つくのも、友人を巻き込むのも本意じゃない。
自分の死亡エンドを回避しようとすれば仲が良い周囲にその皺寄せがきてしまうのも苦痛だ。
だから、そうならないように全ての矢印を自分に集めるように馬鹿みたいに踊ってきた。
その中でもやっと見出した、自分にも周囲にも矢印が向かない回避方法。
完璧とは言えないけれど、漸く落ち着いてきたと思って安心していたのが昨日の事のように思える。
「苦しんだ先に、何も無いんですよね。僕が望むような世界が確実に手に入るよ、そういう結果になるよって分かっていたら頑張りますけど。このままじゃ、きっと何も変わらない」
「うん。例えこっちが外の権限を握って内外共に世界を手中に収めても、元通りになる保証なんてどこにも無いのよね。まぁ、元通りって何? っていう状況だけど」
普通って何だっけ。
元の世界って何だっけ。
真面目に考えれば考えるほど分からなくなってゆく。
「三度目の今回も失敗したんですよ? 何の為にあと何度繰り返させるんです? そもそも、それなら別に僕たちじゃなくてもいいでしょう」
「それは無理だ。前二回でお前らは確実にあいつ等に狙われてるからな」
「え、じゃあ消せばいいのにね」
「それは不都合だからしないのさ。だから、あいつ等はわざわざ回りくどいやり方をして、自分の内に招くような危険なやり方をしてる。まぁ、それは自分の力に自信があるからなんだろうが」
あぁ、そっか。そこで器という言葉が出てくるわけか。
敵と思われる元神が世界を取り戻す為に何を必要としているか、その為に何をしてきたかを思い出す。
きっと私と神原君の体が欲しいんだろう。
神原君はともかくとして、私の体なんて乗っ取ったところで何もいい事は無いと思うんだけど。
「乗っ取られたら、私は消えるの? 私、というか私の魂? 精神?」
「おねえちゃんのそんざいが、なくなるよ」
「……僕たちの存在自体がなくなってしまうという事ですか。そうですか、乗っ取られたら僕はつまり僕の知らないところで神になるんですね」
「私と神原君の二人が必要なのは、神が二人なの? 神原君一人じゃ足りないのかな」
美羽もどきが白い影に手を伸ばし、パパママと呼んだこと。
ギンが忌々しそうに、あいつ等と言ったこと。
そして私と神原君の二人を、元神は必要としているらしいこと。
「それは非常にデリケートな問題だね。一人でもあり、二人でもある。二人でもあり、一人でもある」
「謎かけですか……」
「ともかく、二人って思っとけば問題ない。で、消えて得体の知れない奴に体乗っ取られてもいいって言うのか?」
ギンの声が鋭く怖い。
味方として使える手駒ではなくなりそうだからか。
そんな事を思っていれば、魔王様の目が怪しく光り、悲しそうに少女の瞳が伏せられた。
そう言えばこの子は何も言わない。
やめて、とか。世界を救ってとか。
私と神原君の意思を尊重しているのか、出方を窺っているのか。少女という外見に騙されてはいけないと自分に言い聞かせながら、私はピリッとした空気に苦笑した。
あれだけ和やかだった雰囲気が一瞬で消え去ったのは、ちょっと寂しい。
「いい、と言ったら? 君たちは僕と由宇さんを消すのかい?」
「そういう考えもある。身勝手な上に協力してくれって言われても腹が立つってのは分かる。だが、敵にとって有利となりそうなお前らをみすみす見逃すわけにはいかない。必要とあらば、消すしかないな」
「相棒なのに?」
「……相棒だからだよ」
シン、とした中でやり取りされる神原君とギンの会話。
場にそぐわぬような笑い声を上げて神原君は手に乗せた相棒と言葉を交わす。
柔らかな雰囲気の神原君とは逆に、ギンは少し殺気立っているようだった。
イナバがここにいたら、彼と同じように私を消すと何の躊躇いもなく言ってしまうんだろうか。
魔王様の配下だから素直に命令に従うだろうし、あっちの味方をするに決まっている。
それはイナバが悪いんじゃない。私があの子の立場でもきっと同じような行動を取っただろうし。
半信半疑で信じきれていない私が消されるようなことがあっても、きっとイナバは何とも思わないだろう。
悲しんだようなふりをして、私を見送ってくれるのかな。
私はやっぱり協力なんてできない。
協力するよ。それしかないんでしょう?
そんなの……わかんないよ。
頭にふと浮かんだ選択肢は三種類。
その内のどれが正解なのかと一人ゲームのように考えながら、私は目を瞑った。
三つのカードの上を、ぴょこぴょこと白いウサギが跳ねる。
どーれーにーしーよーうーかーな~。
数え歌を心の中で歌いながら三枚のカードの上と、ウサギが行ったり来たり。
伏せられたカードはシャッフルされており、捲られるまでどの選択なのかは分からない。
神様は封じられてるというのに、神様の言う通りなんて笑えてしまう。
そして、悩みぬいてでも自分で選ぶべき選択を数え歌に託してしまう私の無責任さにも笑ってしまった。




