66 魔王様は管理人
「つまり、【観測領域】は世界を監視する場所で、【隔離領域】は世界に悪影響を与える存在を閉じ込めている場所、【再生領域】はループを繰り返す上での必要不可欠な蘇りの場所……ですか」
「ナオトは理解が早いね。ユウ、君は大丈夫かい?」
「つまり、ループ脱却する為には【再生領域】を破壊すればいいのね」
「また乱暴だね」
どうやって壊せばいいのかは知らないけど、【再生領域】なんていう変な場所があるからいけないんだと思う。
繰り返されるこの状況から抜け出し、時間線を越えられる他の方法が思いつかなかった。
聞けばその【再生領域】とやらも、ここや【隔離領域】と同じように白で統一されており大体同じ造りだとか。もっとカラフルでもいいのにと呟く私に「混じり気が無いから異常があれば判りやすいんだよ」と魔王様は教えてくれた。
相変わらず美声で落ち着きのある声は幼子を諭すようにも受け取れる。
「僕も由宇さんの意見に賛成です。全ての歪みはそこにあるような気がしてなりません」
「そうよね」
「そう簡単に壊せたら誰も苦労しないさ」
「と、言う事はそこを破壊するのは難しいってことですか。でも、どうしてそんな領域が生まれたんですかね」
世界がループしているのは【再生領域】があるから。
だったら【再生領域】を壊してしまったら、世界は元に戻るだろう。
本当に?
自分で提案しておきながらどうしても最悪な結末しか想像できなくて、私は眉を寄せた。
私たちがその事に気付くくらいなら【観測領域】にいる監視者たちは当然知ってるはずだ。なのに何故そうしない?
【再生領域】が容易に破壊できないから? それとも他の理由で?
悩む私に気付いた魔王様が穏やかな深みのある声で笑う。
「それは“世界”がそれを望んだからだね。【再生領域】が無ければ世界に住まう人々は生きられない」
「……寿命は?」
「そんなものは関係ないんだよ。ヒトは世界を維持するために必要なだけだから」
「うわぁ、魔王様っぽいセリフ」
「そもそも、世界って何ですか?」
私たちは世界を動かす為だけに生まれ存在し続けている。
そんな言葉を聞いたとしてもループ前や初期の私だったら「そんなバカな」と笑って流してしまえただろう。
けれどもこんな状況になってしまえば本当にそうとしか思えず、その事実が衝撃的過ぎて心が受け入れるのを拒否している。
お前なんて、取るに足らないもの。
確かに自分が路傍の石の一つであることくらいの自覚はあるし、それが普通だと思っていた。
けれど、それにすら劣るような存在に思えて私は眉を寄せ歯噛みする。
人としての尊厳は? 権利は?
そんなもの、最初から無かったとしたら絶望以外の何があるんだろう。いや、絶望すらないのか。
ボサボサになってしまった髪を手で梳いてシュシュで結わえ直す。モモと美智とユッコの四人で買い物に行った時に色違いで買ったカラーストーンのシュシュ。
彼女たちは今何をしているだろうかと思うと同時に、彼女たちもまた世界を支える為の歯車でしかない事を思うとやりきれない気持ちになった。
「世界か。そもそもこの世界は誰が作ったと思う?」
「美羽もどきは『パパとママ』だそうですよ」
「ならば、そのパパとママは?」
「ちょっと待ってください。由宇さんにも言いましたけど、僕の両親は一般人ですよ? 世界を創るなんてそんな事できるわけがありません!」
「ふむ。君は少し勘違いをしているね。さっき会った少女は確かに神原美羽の姿形をしていたが、全くの別物だ」
「それは分かります」
魔王様の口から神原美羽の名前が出るという事は、ゲームの主要人物の事も恋愛シミュレーションゲームの世界観と似ていることも知っているんだろう。
知ってたからあの場に現れて助けてくれたんだろうか。だったらもっと早く来て加勢して欲しかった。
「……つまり、アレが言うパパとママはまた他にいるって事ですか。そして、そのパパとママが全ての元凶だと?」
「簡単に言うとそうだ」
「誰なんです? 貴方は知っているんでしょう?」
「誰と言われても君たちは知らないし、彼らが世界を作った理由も私は知らないな。ただ、自分たちの理想の為にこの世界を創り、私を再生の管理者として創造したのは事実だ」
魔王様は【再生領域】の管理者だった。
だったらあの夢で石版集めをしていたのも、それがイナバの記憶の回収に繋がるのも、全て最初から仕組まれていた事だったのだろうか。
私が夢を見るのも、高給につられて魔族軍に入るのも。
だったら何で私を選んだと言いたいが、上手く言葉が出なくて私は子供のようにドクロを叩く。
ふと心配そうに見つめている神原君に気付いて私は力なく笑った。
「笑えますよね。私たちは偽の記憶を植えつけられ、自由意志を与えられて普通に生活していると思ってる。それが全て世界を動かす物だとも知らずに、死ねばまた蘇って同じことの繰り返し。記憶のリセットは【再生領域】から私たちが住んでる場所へと移る過程で行われているんでしょうね」
「誰も知る事の無い世界の仕組みですね。で、僕たちはそこから外れた例外……異常者と」
全てが完璧に管理されていたら私たちのような存在は有りえない。
その完璧に管理されている世界の中で脚本通りに動いている存在が、もし本当の自由意志を持ってしまったら。
けれど、それすら予想されていたもので私たちを駒として使い敵を倒そうとした存在がいるのは事実。
考え過ぎかもしれないが、黒幕の奥には更に黒幕がいて、またその奥には……と考えずにいられなかった。
姿を見せないその誰かが自分でやればいいのにわざわざ私たちを何度もループさせているのは、データを取るためなんだろう。
イレギュラーによる影響でも調査して、何かの役に立てるつもりなのかと思いながらイライラする心を静める。
「世界が望む。人は世界を維持する為だけの存在なら、それを止めれば世界は消える?」
「そうだね。そう簡単にはいかないが」
「何なんでしょうね、僕たちの存在は。ループが終わったかと思えばこれだ」
もがき、足掻く私たちを監視して眺めている存在がいる。
それこそ、一瞬で私や神原君の存在を消せそうなものが。
【隔離領域】で目撃した、白い影を思い出して眩暈がした。
トラウマにも似た感覚に胸を押さえ呼吸を整えながら私は静かに笑う。
「【観測領域】にいらっしゃる管理者は、高みの見物? 家畜が知恵ついて這い蹲ってる様子を見て指差して笑ってるんでしょうね」
「ユウ」
「どうせ前世の記憶とかゲーム世界を反映とかも操作しやすいように作り変えたんでしょう? 世界を変えられないなら他を変えればいいものね。脳みそいじくって記憶操作とか簡単じゃない」
何故自分でやらない?
そんな事をするのは下々の役目だから?
落ち着いて話そうと思うのに段々と怒りが込み上がってきて、声に表れてしまう。
止められもせず不機嫌なままで告げた私の言葉に魔王様は困ったような声で名前を呼んだ。
この低い美声も私が好むのを分かって調整されたものかもしれない。
物腰柔らかで頼りになる年上のダンディなおじさま像を上手く利用され、私は見事それに引っかかったバカということか。
あぁ、成功だ。大成功だよ。
「もしかして僕が主人公だからですか? いや、ゲーム世界に似ているって思い込まされてたならその役をあてられたからですか? どうして? どんな基準で?」
「それは私にもなぁ……」
「無駄に引っ張らないで吐いてくださいよ。自分の生まれた意味を知っての衝撃を上回るようなものなんてないでしょう」
少なくとも最初から管理者として生まれただろう魔王様と私たちは違う。
両親が出会って愛し合って生まれ、愛されて育ってきたのだと何も疑う事無く信じてきたのだから。
それが最初から否定されてはもう笑うしかない。
試験管の中で育ったと言われないだけまだマシかもしれないが、世界の真実を知っているのが私と神原君だけだというのがまた辛い。
他の人たちはループと同様、何も知らずに普通に生きていくんだから。
全て投げ出したくなって、どうでもいいやと思う私の気持ちだって当然だ。
素直で真面目に「じゃあしょうがありませんね」と受け入れ理解する態勢なんてちっとも整ってないしそこまでイイコちゃんじゃない。
どうせならこれも夢オチで終わればいいのに、目覚める気配は一向になかった。
「いや、本当にそれは知らないんだ。私は【再生領域】の管理者であり他の領域に立ち入る権限は無かったからね。イナバを通じてある程度の情報は得ていたがそれ以上は……」
「じゃあどうして【隔離領域】に現われた上に、こうして【観測領域】にいるんです?」
「そうですよ。矛盾してます」
「あーそれはなぁ……」
ドクロに何度もチョップをしていると、手が痛くなったが少し憂さ晴らしをする事ができた。
神原君は少し落ち着いたのか、冷静な眼差しを魔王様に向けながらそう尋ねる。
すぐバレるような嘘をついても無駄だ、と私が睨みつければドクロは困ったように息を吐いた。
「ユウ、君は石版を食べたのかな?」
「ええ、それが何か」
「私が石版を食べて何か変わった事は?」
「イナバの欠落した記憶が戻ったらしいですよ。そのわりに何の変化も無くボヤボヤしてますけど」
「イナバの事も察している通り、私の差し金だ。とは言ってもまさか今回も無事に合流するとは思っていなかったが」
今回も、とは言ってくれる。
イナバについては相棒志願をしてきた時点で半信半疑だったのでそう驚くことも無い。
ただ、神原君が小さく目を見開いたのはきっと自分の相棒の事を思い出したんだろう。
投げやりな返事をしつつ頬杖をつく私に、魔王様は困ったような声を出した。
「ユウがイナバと名づけたあのウサギは、私の失った能力を回収する為に作ったものだ。記憶の欠落とはまさにそれ」
「記憶が全部戻ったらイナバも消える予定でした? それに、食べていいと言われたから食べたのにどうしてそれがあの矛盾に繋がるんですか?」
「石版を全て集め終われば君の言う通り、イナバは君の元から消える予定だった。しかし、そうもいかなくてね。予定を変更せざるを得なかったんだよ」
鍋田さんの手紙に従って私が石版を食べなければ、イナバとの相棒関係も解消されていた。
そして戻ったイナバは魔王様に吸収され統合されていたのだろう。
それに魔王様の為に石版集めをしていたのは夢の中の話だけだと思っていたけれど、まさか本当に魔王様の為だったとは思わなかった。
失った能力を回収する為とはまた物騒で、嫌な予感がするので深入りしたくない。
「イナバさんだけじゃ、回収できなかったんですか?」
「場所が場所だからね。いくら私より自由に動き回れるイナバと言えど、【隔離領域】に侵入することは難しいというより無理だ。もっと上位権限を持ってれば別だが残念なことに私はその権限を持っていない」
「で、どうして私に?」
「世界の中で、珍しく記憶を保持しながらループを繰り返していた存在だからだろうね」
何度もループしていた。ただそれだけで、白羽の矢が立ったのか。
私自身は自分の頭に白羽の矢が立ったとも知らず行動していたというわけだ。笑ってしまう。
偶々、通常から外れて記憶を持ったままループしたというだけでここまでの大事に巻き込まれてしまうなんて、想像つくはずがない。
それに魔王様の言葉は変だ。自分で狙いを定めてイナバを送り込んだ者の言い方じゃない。
とすれば、魔王様に私にイナバを接触させるようにと進言した存在がいると考えた方がいいのかもしれない。
誰が?
「第一【隔離領域】なんて超危険な場所を探索させるなんて、最低すぎません? 代わりはいくらでもいるからいいとでも?」
「もちろん、危険なのは承知の上だ。だからこそ、君の能力を引き上げてなるべく危険がないようサポートしていたつもりだよ」
ド派手な魔法も、通常より人外じみた能力も夢の中だからと思えば納得してしまう。
つまり、それを上手く利用し掌の上で転がされていたというわけだろう。
確かに楽しくて充実した夢を見させてもらったが、今は空しさしかない。
「そもそも何で、面倒なやり方をしてまで由宇さんと夢の中で石版集めなんてしてたんですか? 回収しようと思えば上に掛け合って自分でしたらいいじゃないですか。というか、寧ろ一人ですべきなんじゃないんですかね」
「万能に見えて結構これでも制限かかってるから大変なんだよ、私も」
「その尻拭いで利用されているのが私なわけですけど」
神原君と二人で魔王様を責める。
慌てた様子の魔王様の声も、今は耳に響かない。
世界の為に人が存在して、魔王様の能力を回収する為にイレギュラーの一つである私が利用される。
この後、魔王様に殺されるエンドだったとしても冥土の土産に全部説明してくれてもいいだろう。
「私の能力が【隔離領域】に無かったら、ユウにも辛い思いをさせずにすんだ。それについては謝罪しよう」
「だいたい、どうしてそんなところに散らばるはめになったんです? 聞きたくないですけど」
「悪者退治した時に負傷してしまってね。年甲斐も無く張り切ったばっかりに、この有様さ」
魔王様の口から悪者という単語が似合わなくてしょうがない。一般的に悪者とされてるのはどう考えても魔王様の側なんだから不思議だ。
この事についてもっと詳しく聞くべきかとちらりと神原君を見れば、彼は苦笑して首を傾げる。彼はノートに疑問を箇条書きにしているので、後で聞けばいいかと私は頷いて返した。
そんなやり取りを見て「ずるいなぁ」と呟く魔王様の頭に一撃入れる。
「しかし、ユウが石版を食べるとはなぁ」
「良いって言ってたクセに何言ってるんだか」
「……ふむ」
冷静に考えると、石版を食べたという事は魔王様の能力を私がもらってしまったという事か。
申し訳ないなと思いつつ、ざまあみろと鼻で笑ってから咳払いをして誤魔化す。
「でも今回でそれも三度目ですよね。前の二回の記憶は無いんですか?」
「二回とも失敗したからね。いや、正確に言えば一回目で大成功だ。けれど最終的にさっきの場所で君たちが死んでしまってリセットされてしまった」
「貴方の能力は保持できないんですか?」
「いやぁ、私も参ったよ。全て回収できたからこれで安心だと思っていたら、君たちのループと共に元に戻ってるんだからね」
そんなに明るく言うようなセリフではないと思う。
危機感が足りないんじゃないかと指摘すれば「私はヒトではないからね」とあっさりした答えが返ってくる。
しかし【再生領域】の管理者をしているのにその程度の力でよくやっていけるものだと感心した。
私も神原君と同じように、全て回収したら私たちが死亡エンドでループしても問題ないと思っていたので。
「何故?」
「私の権限が低いからだろうね。それに、能力が欠けていても【再生領域】は正常に運行しているから問題なしと見なされたんじゃないかな」
「それは、誰にですか? その人に私に石版を探させるようにって命令されたんですか?」
「いいねユウ。その底冷えするような目つき、たまらんよ」
「由宇さん、これ後でサックリやっちゃいましょうよ」
【再生領域】の主でもある魔王様よりも上の存在がいる。
そのせいで魔王様は失った能力を回収できても保持し続ける事ができない。
私たちが死亡すれば同じように集めた力も再び元のように散らばってしまうのだから、面倒だ。
それでも焦った様子が見られないのは彼が言うように、運行に問題がなく本人の生死に関わるような問題じゃないからだろう。
だからって、その度に何度も利用されるこっちの身にもなれと思いながら私は次があったら違う道を選ぶように心に決めた。
もちろん、目覚めた時に覚えていたらの話だけど。
「わたしです」
溜息をついた私と不思議そうに首を傾げた神原君の質問に答えたのは魔王様ではなかった。
この場の空気にそぐわない、幼く甘さを滲ませた舌ったらずな声。
白いワンピースを着た少女はにっこりと笑みを浮かべて少し離れた場所に立っていた。




