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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
66/206

65 はざま

 私は神原君と向かい合いながら茶を啜る。

 白と黒に彩られたテーブルに、細い脚をした椅子。

 目覚めた時と同じような白い空間に落ちた私たちは、ここで一服しながら今までのことを話し合っていた。

 

「え、ウサギ投げたら戻ってこれたんですか?」

「うん。ほら、あの時お出迎えした自称相棒いたじゃない。あれが目の前にいたからつい。まぁ、最初に見た時点で偽者だとは分かってたけど、何で分かりやすく偽者してんのかなって不思議に思ってて」


 動物ほにゃらら団体から苦情が来るかもしれないけど、誰も見てなかったから平気だろう。

 それに、あんな凶悪なウサギはウサギとは認めません。

 あれはどこからどう見てもウサギの形をした魔物だ。

 可愛い姿形で相手を油断させ、近づいたところで本性を現すんだろう。


「そんなあからさまに違ったんですか」

「うん。目の色が全然違うわ。アレは赤目だったけど、イナバは黄色だもの。黄色なのか金なのかは良く分からないけど」


 私がそう言えば神原君は手にしていたカップを置いて記憶を辿るように目を瞑ってしまう。

 ぶつぶつと呟いている彼を横目に、私は周囲を見回して相変わらず何も見当たらないことに溜息をついた。

 どこもかしこも似たような光景だけに、美羽もどきがいた場所とここが違うのかどうかさえ分からない。

 けれど、もし仮に彼女たちが同じ場所のどこかにいたなら私たちを放っておくわけがないだろう。

 こんな暢気にお茶してる私たちを。


「由宇さんは前回と前々回の結末というか、美羽もどきとのやり取りを詳しく覚えてないんですよね」

「うん、ごめんね。断片的なのよね。神原君は覚えてるの?」

「そんな詳しくはないですけど、ギンがあの場所で僕たちを罠にかけた一回目も、拒否しようとして違う方法を選ぼうとして結局同じように対峙した二回目もそれなりに覚えてます」

「あぁ、だから選択させられても結局答えは同じだから選んでも意味が無いって言ったのね」


 貴方に委ねますよと提示されておきながら答えは一本。詐欺だと叫んだところで助けてくれる人なんて誰もいない。

 それに二度目は私の中にチップがあった。それで行動を監視されていたりしたんだとしたら、敵にしたら非常にやりやすく滑稽なことだったろう。


美羽(アレ)を殺しても不死身なんで意味無いんですよね。だからその奥にいるだろう存在を引きずり出そうと思ったんですけど、ドクロさんに落とされちゃいましたし」

「……冷静に考えて勝機はあった?」

「いえ、全く。今考えてみると頭に血が上った挙句の行動なんで、恐らくあっさり返り討ちにあって三度目になっていたかと」


 あっけらかんと言う神原君は自嘲気味に笑いながら出現させたクッキーを口に運んでいる。

 この場所と前の場所の違いは、想像したものが具現化するということだろうか。

 五感もあちらの世界と何も変わりが無いので、ちょっと気持ち悪いくらいだ。

 夢にしては鮮明過ぎて、恐ろしい。


「僕はまだはっきりと思い出せてないですけど、もし由宇さんの言う通り僕たちが生きていた世界が何者かによって作られた世界だったら、その目的は何なんでしょうね」

「うーん。単純に考えれば、神様になりたかったとか。好き勝手できる世界が欲しかったとか?」

「荒唐無稽……とは言っても、僕たちの存在自体がそれですからね」

「ね」


 荒唐無稽な事だらけでどこから突っ込んでいいのか分からなくなるほどだ。

 世界も、そこに住む人も、当然私たちも。

 ループする事すらそれに組み込まれたことなら、一体何がしたいんだろう。


「美羽もどきが、自慢してたの覚えてない? 一度目だったかな」

「あ……『この世界はパパとママが作った』って」

「お、思い出したの?」

「今言われて急に頭に過ぎったというか、思い出してきたって言うか」


 便利でいいな。

 私は相変わらず断片的なもので、色褪せた上にノイズが酷いから推測しながらでしか言えないんだけど。

 神原君の方がそういう影響は受けてないのかな。

 そもそも、チップの影響とは何だろう。

 恐らく私のコントロール及びデータ収集だと思うけれど、まさか美羽(アレ)に聞くわけにもいかない。

 埋め込んだチップの影響であそこに行くように無意識下で誘導されてたとしたら見事成功している。

 チップがある限り、こちらの行動は筒抜けだろうから簡単だろう。


「でも、それって一体どういうことですか? パパとママって、僕の両親は普通のサラリーマンと主婦ですよ? それにどうして僕たちは三度もあの場に行ってアレと対峙してるんです?」

「ま、まぁ落ち着いて神原君」

「そもそも、あの存在を親と錯覚してるアレがどうにかしてる。それにどうして美羽の姿なんだ? 他にも人はいっぱいいるじゃないか」


 宥めようとしても神原君は独り言を続ける。これは落ち着くまで放っておいた方が吉かと思った私は空になったカップにお茶を注ぎながら彼の言葉に耳を傾けた。

 どうやら彼が相棒と出会ったのは一度目かららしい。その時にもイナバはいたが私はウサギをそうは呼んでいなかったと言っていた。

 彼が会ったウサギはどれも赤目で、言われて見れば黄色い目をしたウサギは今回が初めてらしい。

 どうしてだろうと言う顔をされて私を見つめられても困る。

 私には前二回のイナバとの思い出はないから。


「あのさ、神原君。私ね、前二回のそのループ? の時の記憶らしいものはさっぱりないんだけど」

「いや、でも断片的にって……」

「うん。覚えてるのは、美羽もどきと対峙したりこの場所に来たことくらい。それを断片的に覚えてる……気がする」


 断定できないのが申し訳ないけど、前二回の結末を迎える前の私が一体どんな日常生活を送っていたのかさっぱり思い出せない。

 それは思い出す必要がないからかもしれないけど、どうにも前二回の私と今の私がイコールで結びつかなくて気持ち悪かった。


「神原君は……えーと、美羽もどきと対峙するのが最終結末として、ゲーム的な結末? ヒロイン死亡とかそれが確定してからループに気付いたって言ってたわよね」

「はい。それでも最終結末なんて全く思い出しもしませんでした。いつも後手に回って、悔しかったのは前二回も同じだったと思います」

「という事は、最終結末に辿り着くに誰かの助けがあった?」

「ギンとは最初から相棒だった気がしますけど、もしギンが裏切ってたとしたら理由は何なのか冷静に問い詰めることから始めます」

「うん。落ち着こうね」


 冷静にと言ってるわりに、神原君の目が据わっているのが気になる。

 ちょっと暴力的になっちゃうのかなと想像して、あまりの似合わなさが逆に怖かった。

 白い影を見据えてる時の神原君も、見たこと無い顔していたので私が動揺してしまう。


「でも、相棒が裏切ってたとして無駄に繰り返させる理由が分からないわよね」

「そうなんですよね……。あの場所に行くのには何か段階とか手順みたいなものがあったんでしょうか。一回目は由宇さんにチップはありませんし、第一僕たちを消したかったらその前に消せそうですし」

「それなのよね。手を下そうと思えば容易にできそうなのに、まどろっこしい事ばかり。何なんだろう」


 主人公格の神原君はもしかしたら難しいかもしれないけど、私なんて簡単に殺せるはずだ。それなのにそうせず泳がせているには意味があるのか。

 それすら暇人の脚本(シナリオ)通りなのかと考えながら私も唸る。


「ねぇ、前二回の私ってどんなんだった?」

「どんな……ですか。うーん。はっきり覚えてないですけど、赤目の白ウサギと一緒にいて……あ、しろうさとかって呼んでた気がします」

「イナバじゃないのか」

「あとそれと、確かお兄さんはいませんでした」

「え!?」

「それは間違いないと思います。お兄さんに全く見覚えが無かったので」


 兄さん、いなかったのか。

 神原君の記憶を信用するとして、兄さんがいなかった前二回と、今回ではまた何が変わったのか。

 確かに、私もゲームクリアして知らないうちにぶっ倒れて病院で目覚めた時に、兄の存在は衝撃的だった。

 何でいないはずの存在がいるのかと、混乱しまくってたような気がする。

 今はせっかく心配して見舞いに来てくれた兄さんに悪いことしたと思ってる。


「私も、兄さんがいて驚いたのは覚えてる」

「何がどうなってるんですかね」

「ねぇ。進んでるのか後退してるのかも分かんないわ」

「それは、ユウが三度目でやっと目覚めたからだろうね」


 私の声じゃない。勿論、神原君の声でもない。

 私たちは顔を見合わせて警戒したが、近づいてくる気配に息を吐いた私を見て神原君は不思議そうに首を傾げた。

 カタカタ、と歯を鳴らしながら近づいてくるクリスタルスカル。

 床の上を滑るように移動するそれは、ふわりと浮いてテーブルの上に飛び乗った。


「魔王様……無事だったんですね」

「消滅しても代えはきく。心配してくれたのかな? ユウ」

「いえ。魔王様なら平気だろうと」

「投げやりだな随分」

「……何だか、父と娘の会話みたいですね」


 神原君の言葉も気になるけれど、魔王様も気になる。

 いつも夢の中で会っている魔王様とはまた別人のような気がするが、同じような気もする。

 口調が変、という程度では違うともいえない。

 魔王様はカタカタと笑いながら、空いた皿にフルーツタルトを出現させる。新鮮なフルーツにごくりと唾を飲み、身を乗り出す神原君は沢井君に付き合ってると言いながらやっぱり甘いものが好きなんだろう。


「失礼な。せめて、夫婦と言ってくれたまえ」

「うるさいです魔王様。モモに言いつけますよ。あ、神原君気にしないでね。それで私が三度目でって、何ですか? そもそも、夢の中の存在なはずなのになんでこっち側まで出てきてるんですか?」

「さて、それでは問題だ。ここはどこでしょう」

「え?」

「えーと、現実じゃないので夢ですか?」


 突然何を言い出すのかと思いながらも神原君の言葉に頷く。

 夢か現か。

 現じゃないんだから夢でしかない。

 でも、それだと変だ。


「でも、私たち死んだはずだから夢っていうのもおかしいわよね」

「あ、そうでしたね。じゃあ、死後の世界ってやつですか」

「うーん」


 いつもならもうとっくに病院で目覚めてまた繰り返してるはずなのに、今回はまだそれがない。

 とうとうループすらしなくなったのかと思っていれば「ループが無くなった?」と呟く神原君の声が聞こえる。

 どうやら彼も同じ事を考えていたらしい。

 私は新しい皿に切り分けたタルトを乗せて魔王様の目の前に置く。

 

「死後の世界、か。中々神秘的だね」


 神秘的で済まされる問題じゃない。

 思わず突っ込みを入れると魔王様に「ナイス!」と褒められてしまった。

 ドクロのままだからできることだが、これが本物だったらそんな真似できるわけがない。例え、私の夢の中にいる登場人物だっとしてもだ。

 魔王様の威圧感は本当に半端無い。


「違うんですか? その位しか思いつかないんですけど」

「狭間、かな」

「はざま?」

「そう。夢と現、虚と実の間」


 何だそれは。

 私と神原君は顔を見合わせて同じように首を傾げた。

 そんな様子を見ながらタルトを平らげた魔王様は楽しそうに笑う。


「まぁ、その狭間とやらがあるとして、どうして私たちや魔王様がここにいるんでしょうね」

「ユウ。世界は不思議で満ち溢れている。そういう事だ」

「不思議で誤魔化さないでください」


 溜めに溜めて何を言うのかと思えばそれだけか。

 具体的な説明を期待していただけに、私の落胆と怒りは大きい。

 せっかく答えをくれる存在かと思っていたのに、ただかき回すだけとは勘弁して欲しいと強く思った。

 そんな私と魔王様のやり取りを見ていた神原君が、静かに手を上げる。


「……すみません。夢や虚が死者の世界だとして、現と実が生者の世界だとします」

「ふむ」

「とすれば、ループする上で誰しもが通っている道のようなものですか? この場所は」

「ん?」


 魔王様の言葉を引用して確かめるように言葉を紡ぐ神原君に、魔王様は感心したような声を出した。

 私はと言えば神原君の言葉を理解するのに少々時間がかかっている。

 つまり、この場所は死者が再び生者として蘇る為の通り道ってこと?

 世界がループしているとしたら、当然そこに住む人もループしてるわけだ。それは前にも話してた。

 でもループに気付いているのは私と神原君ぐらいで、あとは互いの相棒程度だ。前世の記憶があると言っても私たちほど回数を経てるわけじゃない。

 いや、多いからって凄いとか偉いとかそういうのはないけど。


「ループする為の通り道。え、でも人によって死亡時期なんてバラバラだし、何度も通ってれば流石にどこかで思い出すような気もするんだけど」

「ですよね……。実際、まだそんなものは見てませんし」

「ここは【観測領域】だ。さっきまでいた場所は【隔離領域】で君の言うような場所は【再生領域】だな」


 観測、隔離、再生。

 一体何だそれは。

 ループ脱却する為だけに頑張ってるはずなのに、規模が大きくなってきたような気がする。

 分からない単語が次から次へと増えてきて、私の頭は混乱し始めた。

 こんな時にイナバがいてくれれば、と思っているとどこから出したのか神原君が真っ白なノートに魔王様が告げた事をメモしている。

 想像したものが具現化できるなら、と試しにイナバを呼んでみても反応は無い。

 生ものは駄目なのかとちょっとがっかりしながら、私は気休めにドクロの頭をペチペチと撫でた。





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