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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
65/206

64 三度目は?

 ぴょこぴょこ。

 ぴょこぴょこ。

 私の目の前を二羽のうさぎが飛び跳ねる。

 赤い目をしたウサギと、黄色い目をしたウサギを見つめていた私は赤い目をしたウサギを持ち上げて大きく振りかぶって投げた。


「おぉ、割れる割れる」


 カシャン、と割れて崩れてゆく目の前の光景に安堵しながら、ウサギとは思えぬ凶悪な顔つきと獰猛な声を出すソレを見つめる。

 可愛らしさの欠片もないと思いながら崩れてゆくものに巻き込まれ消えてゆくウサギ。

 もう一羽のウサギは何故か私の肩に乗って満足気に鼻を鳴らしていた。


「帰るよ、イナバ」

「先に戻ってますから、お気をつけて」

「何であんたがここまでいるのかは、後でね」

「お、お手柔らかに」


 まぁ、でもそのお陰で助かったなら責めることなんてできない。

 割れて崩れた先は暗闇だが臆す事も無く進んでゆくイナバの後に続いて私は鼻歌を歌う。

 これすらも予定調和なのか、それとも例外なのか。

 何がどうなのかさっぱり分からないが、ここまで来れば突き進むしかない。

 例え、また全滅エンドのようになっても繰り返される限りチャンスはあるだろう。


「知らなかったの? お兄ちゃん」

「うるさい!」

「お兄ちゃんが死ぬと、皆死ぬんだよ。そこで死んでるその女も、華さんも、みんなみんなお兄ちゃんのせいで死んじゃうんだよ?」


 もう少しで出口だという所で落とし穴に落ちてしまった私が目を開けると、そんなやり取りがされていた。

 私は倒れたままらしく、神原君の影に隠れているので美羽からは様子が分からないらしい。

 なるほど、だから私はもう死亡認定されてるのか。

 そう頷きながら、これも脚本(シナリオ)通りなのかと笑えてしまう。

 だとしたら今回は先に私が死んでるから、神原君の発狂自殺エンドなんだろうか。


「違う、違う違う違う!」

「やだなぁ、ガキみたいにごねないでよ。主人公格になったからって、調子乗られるとマジウザいんだよね」


 うん、やっぱり違う。美羽ちゃんはこんなこと言わない。ゲームの中でのキャラクター像を押し付けるなと言われればそれまでだけど、あの神原君の妹だ。あんな最悪でどうしようもない性格になるわけがない。

 それに神原君もあれは美羽じゃないって言っていた。彼もまたキュンシュガには相当思い入れがあったから、ファンとしても許せないんだろう。

 

「違うよ。神原君のせいじゃない。だって、そういう世界(・・・・・・)を作ったのはそっちだもんねぇ」

「っ、由宇さん!?」


 あー、よっこいしょっと。

 はぁ。体が重くてしんどい。汗でびしょびしょだし、帰ったらお風呂入ろう。

 驚いた顔をして振り返る神原君に私はジーンズを穿いてる足を叩いてお化けじゃない事を教える。実体はちゃんとありますよーと暢気に言えば、美羽もどきが顔を歪めた。

 けれど彼女はすぐに楽しそうに笑い、パチンと指を鳴らす。


「っ!?」

「残念だったよね。そのまま寝てれば良かったのに」


 自分を抱きしめるように腕を交差し、苦しげに呻きながら前屈みになる私を見て美羽もどきは笑う。

 戸惑ったように近づく神原君を鋭い声で制止して、私は俯いたまま動きを止めた。

 何だ、もどきさんは自分で入れておきながら私の中にチップが無いのが分からないのか。すぐに気付くと思っていただけにちょっと残念。

 こんな場面で残念とか非常に緊張感が無い自分に思わず笑ってしまった。


「ごめん。そのエンドには行かないと思うよ」

「なっ!」

「あのチップ? あれ、ここに来る前に壊しちゃった。メンゴ」


 イラッとするような言い方をしながら美羽もどきの反応を見ると、彼女の天使のような可愛らしい顔が般若みたいになっている。

 これはなんてホラーだろう。

 場の空気を読まないのんびりとした私の口調に神原君は緊張が解けたのか、声を上げて笑っていた。

 張り詰めた空気が崩れ、自分の目論見が外れた美羽もどきは烈火の如く怒っておりゲームに出てくるようなボス状態になってるが残念ながら今のところ変身する様子はない。


「神原君、戦える?」

「え、ちょっとアレは見たこと無いパターンなんで何とも……」

「主人公パワーで何とかならない?」

「無理なこと言いますね!」


 見た目は怖く、ボス状態の美羽もどきを前に私たち二人が持つ武器は何も無い。

 ん? と思い出して私は着ていたカーディガンのポケットに手を突っ込んだ。自分で入れた覚えはないが、前回二回ともポケットに果物ナイフが入っていたのでもしかしたら今回もと思ったのだ。

 だがポケットには何も入っていない。

 素手でアレと戦えというのか、とちょっと絶望感を抱きながら同じように丸腰の神原君が私を庇うように前に出る姿を見つめた。

 こんな状況でそんな事ができる神原君は、本当に男らしい。

 痺れて惚れてしまいそうだ。


「あ、なんだ。神原君いい武器持ってるじゃない。それで何とか頑張って!」

「え? ええっ!?」


 神原君の手に握られた獲物を見て私が拳を握ると、それに気付いた彼が驚いたように自分の両手を見る。

 不可思議な空間、おかしな登場人物、神原美羽に良く似た何か。

 もう何が起こっても不思議なんかじゃない。

 半ば自棄になりながら、戸惑う神原君と話し合ってるとその背後にはゆっくりと近づいていた美羽もどきがニタァと笑いながら大きく手を上げていた。

 庇うにも攻撃するにも遅い。神原君に声をかけて回避してる間もない、これはまた次回に持ち越しかとのんびりしていた自分に舌打ちをする。

 これだから油断すると駄目なのだ。


「あれ?」

「あれ?」


 この世のものとは思えない金切り声を上げて鋭い爪を神原君に突き立てようとしていた美羽もどきが、あっけなく吹っ飛ばされる。

 何が起こったのか分からずに声を出した私と、驚いたように声を上げた神原君の声が重なった。

 彼は手にしている剣と勢い良く飛んでいった美羽もどきを見比べている。


「え、僕はただこう軽く振っただけで」


 白い床を染める赤い色は結構な範囲に飛び散っており、元の顔に戻った美羽もどきは声も出ないのか小さく動くばかりで先程までの勢いは感じられない。

 恐怖って、何だっけ? と首を傾げながら私は体を横に真っ二つにされた彼女を眺める。

 いや、正確に言えばまだ辛うじて繋がってるみたいなので真っ二つではないけれど。

 それにしても、強すぎる。


「お、おにぃちゃん……」


 今にも消えそうな声で口にする言葉は自分の兄を呼ぶ声。肌を逆撫でするようなゾワリとした感覚に、哀れになりながら近づこうとすれば神原君に制された。

 ぐっと腕を掴まれて彼の背後に戻った私は、険しい表情をしている彼に片眉を上げる。

 何を警戒しているんだろうか。まだ、何かいるんだろうか。

 そんな気配はしないけど、神原君にはするのかもしれない。


「神原君」

「僕は大丈夫です。でも、動かないで下さい」

「う、うん」


 文字通り皮一枚で繋がっているような状況なんだろう。大量出血してる割にはショック死には至らず、血を吐きながらも虚ろな目をこちらに向けている美羽もどきの生命力は強い。

 私だったらあんな状態になった時点で死亡エンドだわ、と思いながら神原君が心配になった。

 ゲームの中で、彼自身は違うとは言え仮にも彼女は神原直人の妹と瓜二つなのだ。自分の妹を手にかけて見殺しにしていると言ってもいいような状況で、彼は私よりも冷静に助けを求める妹に似た何かを見据えている。


「たすけぇて、おかーさん、おとーさん」


 泣きながら助けを求める彼女に何の反応も無い。

 彼女を倒してそれで終了ならば話は早いが、二度繰り返したエンディングのどちらでも殺したはずの彼女がけろりとして蘇っていたのを思い出す。

 それを考えると、やっぱりこの彼女もまた再生でもするんだろう。

 繰り返される日常、積み重なってゆく死亡回数。

 重複する死亡エンドに、終わらない戦いが追加。

 そもそも、終わりなんてものが最初から存在するんだろうかと考えながら軽く剣を振るって血を払う神原君に夢を重ねた。

 重そうな装備をして、私が両手で持って振るうのもやっとだろう剣を軽々と扱い、馬鹿がつくほど優しくて眩しい存在がここにいる。

 夢でも現実でも、彼が希望なのには変わりが無いのを納得するように頷けば、ドンと大きな音がした。


『可哀想な娘。私たちの娘。哀れで救いのない、娘』


「何これ? 何この声」

「……来い。もっと出て来い」


 目に見えない何かが圧し掛かるような、そんな圧迫感と共に耳を震わせるのは男のような女のような不思議な声。

 それは歌うようでもあり、地の底から聞えるような冷たい響きでもあり、私は混乱した。

 相反する声が混ざり合いながら聞こえてくるので、気持ちが悪い。

 そして変な圧迫感に息苦しくなり足が震える。

 私だけなのかと神原君を見れば、彼は目を細めて何かを見つめていた。

 視線の先には無残な姿で倒れている美羽もどきと、そんな彼女に降り注ぐ何か。白いモヤモヤとしたものは人影の様でもあり、私は胸を押さえながら必死に呼吸を整える。


「ユウ、退きなさい」

「は? はっ!?」


 どこからともなく聞えてきた声に視線をやれば、カタカタと動く透明なドクロ。見覚えがあるそれは、聞き覚えのある声で私に鋭くそう告げた。

 退く、と言われてもどこへ逃げればいいのか分からない。

 神原君の目は据わっていて飛び掛るチャンスを狙っている様で、白い人影はゆっくりと美羽もどきに近づいていく。

 軽く混乱する私に、ドクロは床に人が一人入れるくらいの穴を出現させてそこに飛び込めと言ってきた。


「え、でも神原く……」

「私が連れて行く。いいから、飛び込め」

「イエッサー」


 真っ暗な穴を前にして躊躇しない方が変だが、ここでぐずぐずしていると三度目のエンドがやってくるんだろう。良く分からないがあの白い影は無理だと直感したので、私は追い立てる声に答えて飛び込んだ。

 暗い穴の中はやっぱり真っ暗で、いつまで経っても地面に落ちない。

 ドクロの姿も、神原君の姿もない事に気付いた私はやっぱり騙されたのかと渋面になった。


「由宇さん!? 大丈夫ですか?」

「え、神原君?」

「何か、透明なドクロに引きずられて落とされたんですけど!」


 降ってきた声に驚いて上を見るが、彼の姿は見えない。暗闇だから仕方ないかと思っていると神原君の声が段々と近づいてきて何かが体に触れたと思った瞬間、彼の体が発光した。

 ぼんやりとした光に浮かび上がる姿は神原君そのもので、彼は困ったように全身を見ながら私に笑いかける。

 頬に手を伸ばして軽く抓った私が「本物?」と問えば「恐らく」と返された。

 不快感も嫌悪感もないから、多分本物なんだろう。


「あ、そう言えばドクロは?」

「僕が入る間際に、アレが気付いたらしくて強制的に穴を閉じられたので多分あの場所に残ったのかと」

「……そっか」


 夢の中でのクラーは私の武器であり相棒だった。そして、現在は上司である魔王様が宿っている。

 あのドクロがそれと同じだと仮定すれば、魔王様があっさりやられるわけがないだろう。


「あの……お知り合いですか?」

「うん。魔王様」

「え?」

「ちなみに、神原君は勇者で、私が死霊術師(ネクロマンサー)

「あ、夢で石版集めしてそれがイナバさんの記憶の欠片埋めに繋がってるみたいだとか言ってたアレですか」


 話が早くて助かります。

 神原君は「勇者かぁ」と呟いて自分の両手を見つめている。


「面白いですね。夢なのに、それが現実化するなんて。まぁ、あの場所も夢なのか現実なのか訳分からない場所でしたけど」

「どっちかと言えば、夢寄りのような気がするのよね。勇者の剣にしろ、魔王様にしろ、私の夢の中に登場してきたものだもの」

「死んだはずなのに、二人で同じ夢でも見てるんですかね」

「三度も?」

「そうなんですよね……それも、問題なんですよね」


 わけが分らない。

 現実と空想がごちゃまぜになっていて、その境界がどこにあるのか分からない。

 病院で意識を失った事も夢なのか、ループしている事自体が夢なのかと考えれば考えるほどこんがらがって分からなくなってゆく。

 そして、この暗闇の中ただひたすらに落下してるけどちゃんと底はあるのかどうかも分からない。


「神原君はいつ気付いた? 私は、美羽もどきに会って気を失った時に思い出したんだけど」

「僕はヒロインたちの死体が転がってる所で、ですね。由宇さんに……その」

「あ、ごめん。謝っても許されないと思うけど謝罪しかできなくてごめんなさい」

「いえ、そんな僕だって。僕が死んだらまさか由宇さんたちまで巻き込むなんて全然知らなくて」


 お互いに謝罪し合いながらちょっと微妙な空気になってしまう。

 私が電子ドラッグに過剰なまでの拒絶反応を示すのは、二度目の結末が原因だろうと分かっただけ良かったんだけど。

 美羽が合図をすれば私の中のチップが私を凶暴化させる仕組みになってるなんて、気付くはずもない。トランス状態に陥った時に頭に鳴り響く音楽が電子ドラッグと非常に似通ってたのでそれを思い出せただけマシか。

 電子ドラッグとは言っても音楽自体は多種多様だからプログラムされてるものが悪さをしているだけだ。どうやって聞き分けるんだと言われても上手く答えられないけど。

 拒絶反応が酷いのは、恐らく神原君を殺めてしまった事がトラウマになって深く刻まれてしまってるせいなのかもしれない。

 そのわりに前二回の結末も忘れてて、暢気にループ繰り返してたけれど。


「由宇さん、アレに『そういう世界(・・・・・・)を作ったのはそっち』って言ってましたけど、あれってどういう意味ですか?」

「んー? そのままよ。美羽もどきと……いや、彼女には無理か。だったら、黒幕? 本星? みたいな存在がそうなるように世界を作ってるのよ」

「どうして?」

「うーん。一度目と二度目の結末であの場所にいたって事は、恐らく何かに気づいたせいだと思うわ。詳細に思い出せはしないんだけど、彼らが作った世界で私たちはいいように弄ばれてるって事実だけは強く覚えてるの」


 覚えてるというか、今回やっと思い出せたというか。

 神原君は私の言葉を聞きながら考え込むように小さく唸った。

 証拠も何も無い、私の空想だと一笑に付してしまえるような事なのに彼は真剣に考えてくれている。

 もしかしたら、それすら植えつけられた偽の記憶かもしれないけれどと付け足せば困ったように笑った。


「それを言ったら、全部ですよね」

「そうね、全部だわ」


 私たちの存在すら、彼らによって生み出された夢の産物なのか。ただ体よく動くだけの人形にしか過ぎないのか。

 落下しているというのに私と神原君は顔を見合わせて小さく笑った。




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