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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
64/206

63 美羽

 白い床に溶けるように驚きの白さを持つ、鳩とウサギ。

 見覚えがあるのか神原君が驚いた顔をしたところを見ると、きっとあれが彼の相棒なんだろう。

 私としては、白いウサギを見てもピンと来ないんだけど。


「ギン!」


 嬉しそうに頬を緩ませて駆け出そうとした神原君のシャツを咄嗟に掴んで止める。驚いたように私を振り返った神原君を無視して、私は前方で待っている二体の動物を見つめた。

 鳩もウサギもその場から微動だにしない。


「お前の相棒は失礼なやつだな」

「由宇お姉さんは警戒してるだけなのですー」


 イナバらしいウサギが言う警戒という単語にハッとした神原君は、小さく息を吐きながら私の手を優しく払った。「大丈夫です」と言っていたので多分大丈夫なんだろう。

 イナバを実体化するとこうなるのか、と思いつつも「それじゃない」と頭の中で誰かが囁く。

 分かっている、とその声に答えながら私は二つの動物を見つめた。


「何だよ警戒って。直人、もうループで悩まなくていいんだぞ。ゴールはすぐそこだ」

「そうですよ由宇お姉さん!」


 何て分かりやすい罠だろう。

 もし彼らが本物だとしても、私たちの想像の産物だとしても、はたまた違う何かだったとしてもお粗末過ぎる。

 こんな状況下でそんなセリフを吐かれたら「フラグですよ」と言われてるようなものだ。

 それに気付いたのか、神原君も苦笑しながら「フラグですか」と肩を落とした。

 思ったより落ち込んでいない神原君は、引っかかりそうになった自分が恥ずかしいのか頭を掻いて悔しそうに眉を寄せている。


「ギン、ゴールって何だ? ループで悩まなくていいって説明してくれ」

「あ? そのまんまの意味だよ。ゴールっていうのはループ脱却の事だ。だから、もう悩む必要はなくなる」

「そうですよ! やっと自由になれるんです」


 嬉しそうに話すイナバに溜息をついて、私は自由って何だろうと考えた。

 いくら自分が生まれ育ち生活していたあの世界が、前世で遊んでいたゲームの世界観に似ていたとしても。攻略対象である妹を持つ姉の立場だったとしても。特に不自由など感じていなかった。

 ただ、突然殺されて人生儚く終わったなぁと思っていたらループしていたという悪夢。

 それも、初めてじゃなかったという事実。

 長らく一人でもがいている中で、やっと出会えた仲間と地道に歩いていたら再びこんな感じになった。

 殺されたのは神原君なのにどうして私の意識まで途絶えて気付けばこんな場所にいたかと言えば、恐らく神原君が死んでしまったからだろう。

 ブツ切りのようなノイズ音と、病院で繰り返されたループからそれはほぼ間違いないだろうと思っている。

 あそこで再会できたのは何かの偶然だったとしても、確証には足りた。証明することは難しいのと、神原君の心情を考えて口に出さないだけだけど。

 自分が死ねば他人も強制的に道連れにしている。それは偶然かもしれないが、偶然とは思えないくらいの回数だと知ればきっと彼は罪悪感に押しつぶされてしまうだろう。

 辛い顔をせず、一生懸命明るく前向きに頑張ってる彼には重い事実だ。


「そっか。この先にいる美羽に会って、あの子の指示に従えば無事に僕たちは解放ってわけか」

「おお、何だ直人。分かってんじゃねーか」

「ははは。そっか、そうか」


 美羽ちゃんはゲーム上での神原直人の妹だ。

 さっきも話してたけど、前世持ちで神原直人に転生した今の彼は一人っ子だって自分でも言いたはず。

 嘘をつく必要なんて無いだろうから本当だろうし、神原君が敵って事もないだろうけど。

 まぁ、万が一敵なら敵でその時どうするか決めるしかない。

 嫌だ嫌だ、この場所で目覚めた時点でもう諦観してる。

 ううん。きっと、それは現実でも変わらないか。

 中途半端なのは状況だけじゃなくて、私も同じよね。相変わらず。

 小さく笑いながら白い鳩と会話をしている神原君はどこか虚ろな瞳をして肩を震わせる。その表情は病院で再会した“あの時”を思い起こさせた。

 場の空気が変わっていると気付いたのはどうやら私だけで、鳩と自称イナバは気付いてないらしい。

 自分の前方、鳩とウサギを通り過ぎて先へと続いている足跡は白に近い灰色。薄っすらとしたその色に私は「あぁ」と呟いた。

 その声と何に気付いたのか分かったらしい神原君は苦笑して息を吐く。


「分かったよ。ありがとう、ギン。行こう、由宇さん」

「え……でも」

「気をつけてなー」

「ああ」


 神原君に腕を取られた私は驚きながら彼を見る。薄い足跡をなぞるように歩いてゆくので、彼の意図が分からない。

 私たちの自称相棒は、その場から一切動かずに明るい声を上げて応援してきた。

 暫く無言で歩いていた神原君が私の腕を離して「ごめんなさい」と小さな声で謝る。

 驚いたけど気にしてないと告げれば、勢いよく顔を上げた神原君が一瞬泣きそうな顔をして笑った。


「良かったの? それに、美羽ちゃんて?」

「いいんですこれで。あの場での選択肢はどのみちこれしかないんですから」

「え?」

「他に行く道は無いんですよ。断るなら延々と彼らの話を聞かなきゃいけない。他の道を探すにしても結局あいつらの前に出る」


 言ってる事が良く分からない。

 けれど、神原君が話す内容はまるで前にそうなった事があるようだ。

 だとしたらこれもループの一つなんだろうか。


『本人は選択したつもりでも、それすら既に前の回での行動を忠実にトレースしているだけに過ぎませんよ』

『この世界では“全ての事象は既に決定されている”ってことです』


 自分の意思で悩みに悩んだ末での選択肢でも、前回の自分をなぞってるだけ。

 ふと、頭の中にイナバと会話した時の事が浮かんで私は神原君に言ってみた。決定されてる世界だからあれしか選択肢はないのかと。


「いいえ。選択肢なんて幾つも自由に作れますよ。ただ、そこに繋がる答えが、道が、どれを選んでも同じ一本道しかないって事です」

「選択の意味ないじゃないの」

「そうですよ。大事なのは選択する側がそれに気付かなければいいってことですからね。例え選んだ言動がどれ程かけ離れてようと、修正すればいいだけの話です」

「結局……それしか選びようがなくなる、みたいに」

「そうですね」


 あるある。嫌だって言ってるのに、相手がまた同じ言葉を繰り返して再度聞いてくるパターン。

 嫌だけどゲームの内容として正当な選択肢選ばない限り、ストーリーが先に進まない。

 正に、詰んだ状態。

 自由意志を持って生活してるようで、全てコントロールされてるような事実に気付いてないならその方が幸せなのかもしれないけど。

 そうだとしたら私や神原君のような存在も、記憶を持ちながらループを繰り返す事も、それに抗おうとしている今までの事も全部脚本(シナリオ)通りって事なんだろうか。

 どこからどこまで、本当の私の意志で動いているのか分からなくなってくる。

 無様な死亡エンドの数々も、それによって騙されて仮初の想いを抱いたであろう相手も、誰かの掌の上での出来事だったって事か。

 そう考えると、もう怒りすら湧かなくてさっさと終わらせてくれとしか思えないんですけど。


「で、美羽ちゃんて?」

「神原美羽の姿をした“ナニカ”ですよ。アレを殺します」

「……へ?」

「心配しなくて大丈夫です。アレは、美羽じゃありませんから」


 聞き間違いかと思った私が間抜けな声を出して神原君を見つめると、彼はゆっくりと息を吐いてからにこっと笑った。

 覚悟を決めて、揺るがない意志を目に宿した彼に「そんなの駄目だよ!」とか「ゲーム上とは言え妹だよ!?」という言葉は不思議と出てこなかった。

 何故だろう。寧ろ、神原君が言ってる事はとても正しいような気がする。そして、そうしなきゃいけないような気がした。

 だからと言って私に何ができるのかは判らないけど。


「ひどいなぁ、お兄ちゃんてば」

「……」

「そんな怖い顔して睨まないでよね。もうっ」

「あ、無理だ」


 思っていた言葉がポロリと口から出る。

 現われた少女を鋭い目つきで見ていた神原君の腕を引っ張り、殺気を漲らせている彼に私は静かに首を振った。

 私の言葉に目を見開いて、楽しそうに笑うのは神原美羽の姿をした何か。


「へー。前のようにはいかないってか。おかしいなぁ」

「前のように?」

「えー? 覚えてないの? だって、由宇さんお兄ちゃんのことここで……」

「やめろ!!」


 ニタニタと笑う美羽は、私の知らない彼女だ。

 そんな事を言っても私が知ってる神原美羽はゲームの中、画面越しでしかやり取りしたことはないけど。

 にこにこした笑顔が可愛くて、天使のような女の子だった。兄の事を心配していて、彼氏持ちだった様な気がする。

 そんな彼女とは全く違う雰囲気のモノからの言葉に嫌な汗が浮かんで、頭が痛くなってきた。

 そう、彼女の言う通りこの光景はどこかで見たことがある。それはきっと、何度も繰り返した中での記憶。

 大きな声で叫んだ神原君に、しん、と静まり返った空気が美羽の声によって再び騒がしくなった。

 ケタケタと腹を抱えて仰け反るようにして笑う彼女は、ニィと口の両端を上げて私を見つめる。

 伸ばされた指先は傷口を抉るように私へ向けられ、美羽と神原君が言い合いをしている声が次第に遠くなる。

 目の前が真っ白に染まっていき、酷い眩暈と頭痛がした。


 ???回目。――で――る――せた――巻き込み死亡エンド。


 割れるような頭の痛みと苦しみに、気付けばへたり込んでいた私は床一面に転がる自分の死体を思い出す。

 フラッシュバックする今までの死亡エンドが、頭の中で勝手に巻き戻ってゆく。

 一回目だと思っていた死亡エンドの先に、厳重に封じ込められるようにしてあった記憶。

 嫌だ嫌だ、と泣き喚く自分の声を聞きながらそれを無理やりこじ開けた私は、床に倒れた衝撃をどこか遠くで感じながら目を閉じた。





 白い空間。どこまでも続く白い景色。

 何も見当たらない空間を白いウサギが飛び跳ねていく。

 さっき会ったウサギと似ているが、これは私の知っている本物のイナバだ。

 どうして、と問われたような気がしたので目の色が違うと答えれば鼻をヒクヒクさせたウサギが嬉しそうにキュと鳴いた。

 歩く私の足音は響かない。

 体もいつもより軽いような気がして、私は目の前で次々に変わってゆく光景を眺めていた。


 神原美羽と良く似た少女。

 対峙する、神原直人と、私。

 何を話しているのかは分からないけど、交渉が決裂した事くらい見ていれば分かる。

 これから戦闘でも始まるのかと見ていれば、それはすぐに終わった。


「ああ、そっか」


 パチン、と指を鳴らした美羽に頭を抱えた私は天を仰いで咆哮するように大きく口を開けると、そのまますぐ傍にいた神原君に襲い掛かる。

 抵抗する間もなく、いや、動揺した彼はその気になれば反撃する事も可能だったのにそうはしなかった。

 仲間割れして殺し合う二人の様子を眺めながら、美羽は楽しそうに笑う。


『これはこれで、面白いかもね』

『どうせだったら、組み込めばいいのに』


 無音声なのに口の動きから彼女の言葉が勝手に脳内で再生されてしまう。聞くだけで嫌悪感を示す、そんな声は何かに似ていた。

 神原君を殺した私が我に返り、発狂する。

 お前が殺したと美羽に言われた私は絶叫しながら美羽を殺し、自殺した。

 凶器はポケットの中に入っていた果物ナイフだ。

 そんな物いつ入れた、と暢気に突っ込みを入れながら私はただ眺める。

 事切れた三人はその場で微動だにしない。

 最悪なバッドエンドじゃないかと顔を顰めていると、殺されたはずの美羽がむくりと起き上がった。そして彼女は死んでる私を見つけると悪態をつきながら私の体を蹴り始める。


「わぁ」


 美羽ちゃんが闇落ちすると、こんな感じになるんですかねと危機感も無くそんな事を考えながら私は溜息をついた。

 一部のファンが大喜びしそうだが、私としては天使とも称されるような美羽ちゃんはそのままでいて欲しい。

 ふと、美羽が顔を上げて動きを止めた。

 何があったのかとつられて上を見るけど何も無い。

 そうしていると、彼女の手にどこからか見覚えのあるようなものが現われて美羽はそれを息絶えてる私の口に放り込むと最後の仕上げとばかりに腹部を思い切り蹴ってくれた。

 ごめん、ありがとうございますとか言うタイプじゃないんだ私。


 放り込まれたのは楕円形の何か。

 そう、目覚めた時に吐き出した肉塊の中から見つけ出したものとそっくりだ。

 やっぱりあれはチップのようなものだったのかと思いながら、壊してしまったことを悔いる。しかし、手に取れば内部に潜り込もうとする性格の悪いものだ。速度は遅いとは言えあのままだとまた寄生されてしまうんだろう。

 とてもイイモノには思えないので結局壊すしか手は無かったが、本当に壊れてくれたんだろうかと私は腹部を擦る。


「ん? あのチップは発狂エンド後につけられたの? あれ?」


 時系列がおかしいような気がして私は首を傾げる。

 チップに寄生された後に、美羽の指パッチンで発狂した私が神原君を襲ったはずだ。

 そう思って正面を見つめると、目の前の光景に大きなノイズが走る。

 ビリビリとした肌を刺すような感覚に眉を寄せ、足を肩幅に開いて踏ん張った私は巻き戻しされる光景を見つめた。

 

「あ、そっか。巻き戻しが正しいんだ」


 順番が逆になっていた光景の意味は判らないが、ああやって美羽と対峙したのは二回。

 一度目は全滅エンドでループ。

 二度目は発狂エンドでループ。

 チップを入れられたのは全滅エンド後。神原君じゃなくて何で私だけなのかも気になる。

 二度目の発狂エンド後は、と思えばそれに合わせて目の前の光景も変化してゆく。

 相変わらずノイズが酷いけれど気にしない。


「何だ。あの子、どっちにしろ不死身なんじゃない。殺しても無駄っていつまで経ってもクリアできないじゃない」


 彼女がラスボスだと思って相打ち覚悟で挑んだ結末が全滅エンド。

 結局ループしてたどり着いた二度目の結末が発狂エンド。

 そして、今回が三度目という事か。

 



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