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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
63/206

62 違います

 何も見当たらない場所を二人で歩く。

 特に行くあてもないので、話しながらだらだらと。

 どうしてループしないのかなとか、ここはどこでこれからどうなるのかなとか。

 テレパシーが使える彼の相棒だが、何度呼びかけても応答しないらしい。

 こんな変な場所にいるなら仕方ないけど。


「本当に何だろうね、ここ」

「ですね」


 何もない。何も見当たらない。

 何でここにいるのか、どうしたらこここから出られるのかさっぱり分からない。

 唯一の救いと言えば一人じゃない事くらいだ。

 こんな場所に一人閉じ込められたらどうしていいのか分からない。

 どこまでも続いている果ての無い向こう側に、空の青さすら映らぬ天井。

 そんな中での異物は、私と神原君だけ。

 お互いに意識が途絶える前の格好のままで、神原君の左脇腹には固まった赤黒いシミがついている。それをじっと見つめていると、気付いた彼が慌てたようにその箇所を手で隠した。


「大丈夫ですよ? もう傷とか無いですし。服が汚れて切れちゃってるだけで。見ますか?」

「ううん、いい。痛くないなら、それでいいわ」

「心配させてすみません」

「いいのいいの。自分が傷つくのは平気と言ってもいいくらいになっちゃったけど、他人のを見ると痛々しいなぁって」


 立場が変わるだけでこうも変化するものだろうか。

 証拠です、と着ていたシャツの裾を捲って素肌を晒した神原君に思わず顔を背けそうになったが、確かに彼の言う通りそこに傷は無い。

 私より綺麗なんじゃないかと思うくらいの肌だ。

 触って確かめてみたいけど、目視して傷が無いんだから大丈夫なんだろう。

 下手に触ったりしたらセクハラになるので対応に困ってしまう。

 もしこれが誰かに目撃されてたとしたら、私はこの場でショタコンの烙印を押されてしまうかもしれない。

 年上好きな私にとって彼は弟のようなものだ。なつみと同い年の頼れる可愛い弟。

 いや、可愛いというよりも頼もしくて年下に見えない時もあるけれど。


「……」


 いやいやいや、それにしても無いわ。うん、私が年下とか、無いわ。

 

「由宇さん?」

「違うっ! 私は違うからっ!」

「え……あ、はい」


 歌舞伎役者のように手を交差させながら大きく身を引いた私に、神原君は戸惑いながらも頷いてくれた。

 危ないところだった。ロリコン糾弾して毛嫌いしてる私がショタコンのレッテル貼られたら自殺ものだろう。

 ロリコンにしたって、ノータッチなら別に個人の趣味だし関係ないんけれど。

 なつみの幼少時が大変だったせいか、どうしても典型的な二次元好きなキモオタタイプとか真性のロリコンとか見ると未だに拒絶反応を起こす。

 兄さんと二人で守ってた経験が濃かったせいか、敵として認識してしまう癖は消えなかった。

 なつみも神原君と同じ高校生になったとは言え、女子高生に鼻息荒くする輩も多いので気は抜けない。

 モモに協力してもらって撃退したストーカーはあの後さっぱり姿を現さなくなったので良かった。

 兄さんとしては私の事も心配なんだろうけど、小さな頃から路傍の石の如く眼中に無い私なんて誰も対象として見ないので心配いらないのに。

 昔の思い出は何かって聞かれるとなつみを魔の手から必死に守ってることくらいしか思い浮かばない。

 確かになつみは可愛い。可愛くて可愛くて仕方ないのは分かるけど、いい年した大人が欲情するのは情けないと思う。

 そういう趣味なんだからってキレられても知るか、だ。

 だったら死ぬまで紳士的でいろと、一生ノータッチを貫けと怒鳴った事を思い出して苦笑した。 


「あの、由宇さんって年下は嫌いですか?」

「へ?」

「いや、あのその……恋愛対象とかそういう意味じゃなくて、全体的な意味としてえーとなんと言うか」

「あぁ。なつみが小さい頃から色んな意味でモテモテだったから、反面教師で避けてるとこはあるけど別に嫌いじゃないよ」


 人間としては普通だ。

 ただ、上手く距離感を測れないからなるべく近づかないようにしてるだけで。

 表に出さないように気をつけていたが、気付かれてたとは不覚だ。


「それって、反対に年上が駄目になりませんか?」

「うーん。年上で駄目な人は分かるから大丈夫。でも、本当なら年上に拒絶感抱くはずなのにねぇ」

「羽藤さんがそういうところがないのは、お兄さんや由宇さんに守られてたからなんですね」

「あーそれもあるけど、あの子の理想は兄さんだからな。あ、ブラコンじゃないからね」

「ゲームの中だと従兄になってますけどね」

「あぁ、そう言えばそうだったね。ゲームの中だと兄さんの存在はまずないから」


 けれどもゲーム中で言われているだろう従兄弟はちゃんと存在しているんだから不思議だ。

 海外に行ってしまった従兄弟は元気だろうかと、彼らの事をすっかり忘れていたことに気がつく。

 そんなに頻繁に行き来していたわけでもなく、海外ということもあって個人的に連絡を取ることはない。母さんや連絡を取ってる兄さんから偶に聞く程度だ。


「そうですよね。お兄さん、本当はいませんよね」

「あ、そうだ! それで思い出したけど、神原君本当は妹いたよね? 美羽(みう)ちゃん」

「……はい」

「あ……なんか、ごめん」


 驚いたような顔をするかと思ったら、神原君は一瞬目を見開いて視線を落としてしまった。言い辛そうな表情に聞いてはいけない事だったかと察して、私はすぐに謝った。

 もしかしたら幼少時に亡くなっていたりするのかもしれない。

 他にいい言葉が見つからず謝ることしかできない自分にもどかしさを感じながら、私は何となく幼い頃にいなくなった父親の事を思い浮かべた。


「いえ、違うんです。僕も、何で一人っ子なんだろうってずっと不思議に思ってたので。でも、ループしてもいつも僕は一人っ子だから気のせいだったのかなぁって」

「そっか。忠実に再現してるわけじゃないのは分かってたけど、何だか中途半端よね」

「そうですね。やるなら忠実にやってほしいです」

「そうそう。だと、神原君は『俺』って言わなきゃ駄目よね」

「あー、そうですね」


 私と会話してる神原君は出会った時から『僕』だけど、ゲーム中の神原君は『俺』だ。

 些細なことなのかもしれないけど、それだけでも随分と印象が違うんだから不思議なものだ。

 今隣にいる神原君の方が、ゲームの神原君より優しい印象を受ける。芯が強くていい男っぷりを見せるところは二人とも共通してるけど。

 

「今のところ、ループしてるのって僕と由宇さんくらいなんですよね。お互いの相棒を除いたら」

「そうみたいね。鍋田さんも怪しかったけど、私たちほど回数ないし」

「そうですね。色々、大変なことになっちゃいましたけど」

「……相棒って、何なんだろうね」


 ぽつりと呟いた言葉に視線を上げた神原君はゆっくりと首を傾げて前方を見る。

 どれだけ歩いても何も見えてこない変わらない景色は、延々と同じ場所をぐるぐる回っているだけのように思えてしまう。

 ここでもループかと口にすればその意味に気付いたらしい神原君が苦笑した。

 進む道に足跡は残っていない。けれど、時間が経てば消える仕組みになっていたらと考えて、馬鹿馬鹿しいと笑う。


「イナバさんは、記憶欠損なんですよね。順調に戻れば何か判るかもしれないじゃないですか」

「それがね……最初の頃より能力落ちてるような気がして。本人は住まいにしてる器が小さいせいだとか言ってたけど」

「記憶が埋まってゆくのに、能力低下っていうのも変な話ですね」

「ま、元々そんなに力なかったのかもしれないし」


 死亡回避で助けてもらったり、メール作成代行や、今の状況に関しての数少ない理解者兼話し相手だというのに扱いがぞんざいだなと我ながら思う。

 イナバのお陰で死亡を回避できたのには心から感謝しているが、やっぱりグレー部分が多いせいで完全には信じ切れない。

 適度な距離でのお付き合いを、と思いつつ最悪な事態も想定する。イナバが裏切った場合の事だ。

 もし仮に裏切られたとしても何ができるわけじゃない。ぼんやりとその光景を眺めているしかできないんだろうなと思えば自分が情けなかった。


「最近イナバ、回避予測できないみたいなのよね」

「えぇ!?」

「私はあれからまだ命の危険に晒されてないからいいけど、神原君何度か大変だったでしょう?」

「言われてみれば……」

「今回だってそうじゃない。頼りすぎるのはいけないだろうけど、回避予告さえしてくれればこんな場所にはいなかったかもしれない」


 仕事をサボって、とイナバばかり責められない。

 接触してきて勝手に押しかけ相棒になり、回避予告をしてくれたイナバだけどそれはイナバの好意からだ。

 隠し事も多いらしいイナバが何を企んでいるのかは知らないが、イナバだけを責めるのも間違っている。

 イナバが私の傍にいる理由はループからの脱却。それには死亡フラグを折って時間線を越えるという方法を取った。

 それなのにこんな有様だ。

 怒りはないが、意味が無いと思う。

 そもそもまたループしたらどうせ縁が切れてる。もしイナバに前回の記憶があったら、もっと早くに接触してくるかもしれないけど。


「もしかして、僕の相棒に力を分けたとか言ってたのでそのせいかもしれませんよ。能力低下は」

「力を分けたって本気で信じてるの? そんな、夢みたいな事」

「でも、事実僕と由宇さんは同じゲームの記憶がありますし、その世界観の中で生きてます。意味不明なループだって体感してるし、僕たちの事を監視してたイナバさんは今は由宇さんの相棒に。僕の相棒なんて鳩なのに喋るんですよ? そんなおかしい事だらけなのに、何だか今更です」

「あー……そう言われてみると、そうよね」


 ついつい私たちが一番の異常かもしれないのを忘れてしまう。

 神原君が言うように、そう考えたら今更何が起こっても「へー」で済まされるような事だ。

 常識だとか、非現実的だとか「お前が言うな!」状態になってしまう。


「そっか。神原君の相棒さんは鳩なのか。鳩とウサギか」

「どっちも真っ白ですね」

「会ってみたいな。神原君の相棒さん。話は聞くけど、姿見たこと一度も無いのよね」

「すみません。極度の人見知りなんですよね。僕以外はどうしても嫌がるんです」

「そっかぁ」


 それはそれで何となく怪しいけど、実際に会わないとよく分からない。人見知りというよりも、人嫌いに思えるけど。

 神原君とは苦労してるループ仲間なんだから、姿を見せてくれてもいいのにと思ってしまう。

 声は何度か漏れ聞いた事はあるけどその声から白い鳩なんて想像できなかった。

 白い鳩なんて、儀式の一つとして放たれるかシルクハットから出てくるかだろう。

 イナバは白ウサギとは言っても実体は無く、データに近い状態? でネットワークを駆け巡ってるから実体があるというだけで興味がそそられる。

 まぁ、本物のウサギが「由宇お姉さん! 今日から相棒ですね」なんて人語喋っても怖いけれど。

 それに移動に困るだろう。

 しかし、イナバが本物のウサギだったら神原君たちみたいにテレパシーとか使えたのかもしれない。


「何度も神原君と会ってて、それなりに親しいって勝手に思っちゃってるけど、私は相棒さんに嫌われてるわけじゃないよね?」

「そんな事無いですよ。僕だって由宇さんの事話したりしますから。嫌悪感は無いみたいでしたよ『あいつも大変だなぁ』って言ってました」

「そっか。テンション馬鹿高かったりするうちの相棒と比べて落ち着いてそうで羨ましい」

「うちのは普通の鳩ですよ。青菜大好きで、水浴びするとちょっと興奮するし、日光浴させろってうるさいし」


 見てみたい。ぴしゃぴしゃと水浴びする鳩を見てみたい。

 いいな、いいな、と私が言えば神原君が「今度、動画録ってきますね」と言ってくれたので、次回があれば是非とお願いした。

 後片付けが大変なんだと彼は言うが、もう手馴れているのだろう。今度機会があれば神原君の家にもお邪魔してその様子を見てみたいが、あまりにもハードルが高過ぎる。

 自分の部屋には平気で入れたくせに、相手の部屋となるとまた別だ。

 神原君は気にしないかもしれないけど、動画だけで満足しておこう。


「ゲームしてると、違うって口煩いし……」

「あー分かる。早く帰りたいね」

「はい。いつまでもこんな場所にはいられません」


 鬱陶しいと思いつつもいなくなると寂しい。きっと、私も神原君も相棒に対して抱いている気持ちは同じ。

 今頃何をしてるのかなと思いながら、私は天を仰いだ。




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