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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
60/206

59 手紙

 点検チェックを開始


 範囲を指定。実行。


「……ん?」


 頭の中が覗かれていた。

 イナバがそれを知ったのは、覗いていた誰かがいなくなってからだ。

 いつものように自己点検(セルフチェック)をしていた時に違和感を覚えたが、誰かが侵入した痕跡はどこにもない。

 それなのに内側を勝手に弄られたような、生理的嫌悪を抱くようなそんな感覚が消えなかった。

 何かが侵入したとしか思えないのに、痕跡一つ見つけられない。

 プロテクトは完璧で今まで誰にも破られたことがないだけにイナバはショックを受けていた。


「わたしが、負けた?」


 勿論、絶対なんて言葉は存在しないのだから全くないとは言えない。

 けれど、自分が何も気づかずに“何か”の侵入を許してしまったという事実がイナバのプライドを深く傷つけた。

 由宇には適当に誤魔化していたが、勘のいい彼女の事だ。いつまでも隠しておくわけにもいかないだろう。

 穴だらけの記憶は由宇の石版捜索のお陰なのか少しずつ埋まっていっている。

 けれど、情報量が全く増えないというのはどういう事なのだろうか。

 そもそも、埋まった記憶とは何だ?


「うーん」


 考えても考えてもその記憶が分からない。

 どこかへ情報がそのまま流れていくような感じもするが、その事について詳しく考えようとしたりその先を徹底的に探ろうとすると頭が痛くなってしまう。

 人ではなのに、痛みは身を砕くような程の苦痛をイナバに与えた。

 無理をして検索をすればするほど強制終了して記憶が途絶えてしまう。


「はぁ。可愛いわたしの何を知りたいんでしょうねぇ」


 立ち入ってはいけない領域がある、と気付いたのは三度目の強制終了時から復帰した時だった。

 その時は既にイヤホンを通じて由宇の精神とこっそり同調していた為、由宇がイヤホンをしていれば彼女の思考は手に取るように分かるようになっていた。

 こんな事を素直に由宇に話せば烈火のごとく怒りだすだろう。

 勘の良い彼女は薄々その事に気付いているようだが、はぐらかすイナバをそれ以上問い詰めはしない。


「ふぅ」


 今回の検査は日課の自己点検(セルフチェック)ではなく、詳細点検だ。イナバが保有している情報の全てを検査するためにとても時間がかかってしまっている。

 必要な時に引き出せるのはありがたいが、ループした記憶もそのまま情報としてしまわれているのでその量は膨大だ。

 よくもまぁ壊れてしまわないものだ、と自分の凄さに胸を張りながらイナバは「ふふん」と一人笑う。

 そんな素晴らしいイナバでも検査中は他の処理能力が落ちてしまう。

 由宇にも最近回避予測を怠っているんじゃないかと冗談交じりで言われたが、事実なのでイナバは何も言い返せなかった。

 何事もないから平和でいいことだけど、と呟いた彼女の言葉を聞きながらイナバは謝る。

 俯瞰するように彼女たちの様子を、黄昏市の様子を見ていた時には感じなかった窮屈さ。そして、能力の縮小。

 これは由宇と神原の二人と接触してしまったからだろうかと考える。

 万能であるような、さながら神にでもなったような感覚で自由に飛びまわっていた頃が懐かしい。

 




 最近、イナバが大人しい。

 そして自分の周辺も落ち着いている。

 これが嵐の前の静けさでなければいいけど、と心の中で呟きながら私は音楽を聞きつつ勉強をしていた。

 もうすぐテストなので仕方なく勉強をしているわけだが、これが中々進まない。

 憂鬱なテストが終われば夏休みだ。

 バイトか、恐ろしいほどデートの約束を入れていた今までの(ループ)を思い出して小さく笑った。


「今思えば、随分と恐ろしい事してたわ」


 ゲーム内で夏休みと言えばイベント盛りだくさんだが、神原君が言うにはゲーム内であったイベントは起こっていないらしい。

 例えイベントが発生しても対象の好感度は上がらないと言っていた。

 せっかく好きだったゲームの主人公になっているのに残念すぎると同情したが「無事に生き延びる方が大事ですよ」と言われてしまった。

 年下だというのにあの落ち着きようが素晴らしい。

 それに比べて、と今までの自分のしてきた事を振り返り苦笑する。


「今年の夏は、今までとは違う夏になる気がする……って何かのキャッチコピーでありそう」


 神原君と出会ってから初めての夏。

 主人公さえいればトントン拍子に事が進むだろう、なんて安易に考えていたあの頃の自分を軽く引っ叩きたい。


「……はぁ」


 ちらり、と横目でスマホを見る。

 イナバは呼べば反応するが詳細点検とやらに時間がかかるらしいので、そちらに集中したいと珍しくスリープ状態だ。

 時折来るメールも知らせてくれることはないので、私は久々に自分の手でメールを返信していたりしていた。


「夏休みか。海か、山か。うん、バイトだろうな」

 

 テスト期間中はテストに集中しろと叔父さんが言うのでバイトが無い。高橋さんと二人で充分だとあっさり言われ、高橋さんにも「テストに集中していい点取ってね」とプレッシャーをかけられた。

 テストが終わり、補講がなければそのまま夏休みに入るので今年はバイト中心の生活になるに違いない。


「テスト近いのに、どうして違う事ばかりやりたくなるんだろう」


 そう一人呟きながら私は携帯機のゲームを取り出そうとして近くにあった箱に手を伸ばす。その中から白い封筒を取り出すと中に入っていた手紙を取り出した。

 戸田さんから受け取ったこの手紙の差出人は鍋田さんだ。

 鍋田さんに中身を読んでいいから私に渡してくれと頼まれ、非常に困惑していたのを思い出す。

 嫌がらせかもしれないから受け取らなくていいと言ってくれた戸田さんに、手紙を読んだ私は大した内容じゃないからと手紙を受け取った。


「あぁ、忘れてた」


 恐らく鍋田さんは私に何かを伝えたいんだろう。

 詩のような文章を読んでも意味が分からない。

 謎解きのようなものだろうと呟いたイナバの言葉を思い出しながら、私は手紙を眺める。


『けん者は何でも知っている。知ってるけど、手が出せない。だからささやく。囁きは天使のような甘い声で、女神のように優しく包み込み、恍こつを与えてくれる。輪はあなたたちにはこわせない。こわせるのは、いん者だけ。いん者に会え』


 一枚目の便箋には震えて読み取りづらい字でそう書かれていた。利き手じゃない方で書いたのかとも思ったがわざわざそんな事をする意味がないだろう。

 もしこれが嫌がらせだったとしても、痛くも痒くもないので平気だ。


『石はもう集めたらだめ。ちがう、集めて。全部集めて。でもあなたが食べて。あぁ、だめだ頭が割れるみたい。頭の中で二つの声がする。私をころして、遠藤さんもころして。あなたが敵だと思ったらころして。いん者は消して。けん者を探して。勇者は助けて。勇者が倒れたら全ておわる。勇者は希望。私のあなたのみんなの希望』


 二枚目の便箋には一枚目のものより更に訳の分からない文章が書かれていた。

 通常ならば眉を顰めてどういった暗号になっていて、どう解けばいいのかと悩むが悲しいかな私にはピンと来てしまった。

 綴られている文章の内容が自分が今見ている冒険活劇の夢とそっくりだったからだ。

 非常に稀な偶然の一致と片付けてしまうにもタイミングが良過ぎる。

 鍋田さんと夢の中で会った事があるだけに、無視もできない。

 

『白いウサギはうそをつく。平気でうそばかりつく。自分が助かるために』


 三枚目の便箋に書かれていたのはそれだけ。

 鍋田さんはイナバの存在を知らない。けれど、この文章はイナバの事を指しているとしか思えなかった。

 あの白ウサギが怪しいのもおかしいのも、何か隠しているのも最初からなので何とも思わないが嫌な感じはする。


「鍋田さんと直接対話できたらいいんだけど、戸田さんには会うなって言われてるしなぁ」


 一枚目の便箋と、二枚目の便箋を読み返しながら仮名と漢字交じりの文章をレポートに書き写してゆく。

 けん者というのは賢者で、いん者というのは隠者の事だろう。

 天使、女神、輪。輪というのは恐らくループを意味しているのかと思ったが、それを壊せるのは隠者だけらしい。

 夢の中でやっている石版集めをするなと言ったり、しろと言ったり。

 勇者が希望なのは言わずもがな。どこのお話だって、やっぱり勇者は皆の希望を背負った存在だ。

 そして、その勇者をしていたのが神原君とは適役じゃないか。

 私が作り出した夢の中の存在だとは言え、泣きながら私を倒していた彼を思い出す。

 不思議がる彼の仲間たちの問いかけを無視して、私を説得し続けることも無く彼はちゃんと私を倒し先に進んで行った。

 

「んー」


 天使、女神、隠者、賢者。

 それぞれが何を指しているのかと頭を捻ってもピンとこない。

 天使のように愛らしい人?

 女神のように慈悲深い人?

 隠者とは、コソコソ引きこもってる人の事だろうか

 賢者なら頭が良くて賢い人の事なのか?

 天使と女神で思い浮かぶのは教会だから教会に行けば何かあるんだろうか?


「市内にある教会全て回るのも大変そうだな……」


 鍋田さんから貰った手紙は暇潰しとして楽しむなら興味深い内容だ。ただ、これをどうするかは流石に一人では判断できないので神原君あたりと相談しようと思う。

 そうなるとイナバにも知られるわけだが、その時はその時でしょうがない。

 三枚目の手紙を思うと隠しておきたいと思うがそうもいかないだろう。

 

「ん?」


 スマホを手にして神原君に相談すべくメールを作成しようとすると、ホーム画面のどこにもイナバの姿は無かった。

 ぽつんとイナバの道具箱が寂しげに置かれているだけ。

 点検中なのでどこかに遊びに行ったというのは考えにくい。

 姿を消すほど点検は大変なのかと思いながら私は神原君に予定を聞くメールを打った。


「え、何よこれ。やだなぁ、イナバまた何かしてるの?」


 変換候補に覚えのない単語が並ぶ。

 天使、女神、隠者、賢者。

 イヤホンをしていなくても、考えている事は筒抜けなんだろうかと不安になりながら私は溜息をついた。

 送信前のプレビュー画面が何度やっても文字化けしてしまうので、一旦内容を保存してから一度電源を切ろうとホーム画面に戻る。

 ジリ、とちらつく画面と横切る黒い影に、思わず私の指はその影をタッチアンドホールドしていた。

 ぶらぶら、と揺れる影は軽く後ろ足を動かして抵抗していたが観念したかのように大人しくなる。


「イナバ、イメチェンでもした?」


 黒い毛並みのウサギは何も言わず私を見つめていたが、ブツンとスマホの電源が突然切れた。

 イメチェンしたかって聞いただけでスマホの電源強制的に落とすとは何事だ。

 結構高いスマホなんですけど壊れたらどうしてくれるのよ、と愚痴りながら電源を入れる。

 表示されたホーム画面には確かに捕まえていたはずの黒いウサギの姿はどこにもなくて、私は小さく舌打ちをした。




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