58 自称凄い
都合が良すぎて恐ろしいと思うべきか、全て繋がって楽だと思うべきか。
情報が多過ぎて処理に間に合わない。
それはただ単に私がおバカさんなだけなんだろう。
むーん、と唸る私を心配してくれたイナバは「わかりやすくしますね!」と張り切ってお手製の図を作ってくれた。
二時間ドラマとかでよく見るホワイトボードと関係者の顔写真だ。
鍋田さんと遠藤さんの関係が、友達(仮)となっているのが何とも物悲しい。
遠藤さんと新井の関係性を聞いてみるがイナバは不明だと告げた。
通り魔的な犯行って事なんだろうか。
偶然、新井が私と神原君のいたカラオケボックスにいて、そこから出たら錯乱状態の遠藤さんとばったり出会って刺された。そういうことか。
「ははは、偶然てこわいなー」
こう見てると、私というよりモモが中心となって事件が起きているようにも感じられる。
私はモモを狙う上でついでに被害に遭ったようなそんなポジションだ。
「尾本さんが捜査情報流してくれるわけもないしなぁ」
「探ってみますか?」
「バレたら嫌だって言ってるでしょ」
「やだなぁ、わたしが痕跡残すような素人みたいなことするわけないですって!」
「自信満々に言わないでよ」
犯罪の片棒を担いでいるようなものなんだから、と呟けばイナバが「バレなきゃへーきですって」と言ってくる。
それにしても、イナバの事だから私に言わないで勝手に調べているものだと思っていたがまだだったとは。
イナバはイナバで色々と考えているんだろうか。
もしかしたら、私の事とか。
「ちょっと、警察のサーバーにお邪魔してきますね」
「なっ、おぉい……うわぁ、早い」
少しイナバに対しての好感度が上がったというのに、すぐにまた下がるような発言をしてくる。イナバはいつものように明るい口調で話しながらスマホの画面の中で透明なモニターのようなものを出現させた。
本来ならそんな事をせずとも実行できるらしいが、遊び心と見た目は大事なのだそうだ。
「ふっふーん。プロテクトかかっててもちょちょいのちょい……っと。はいはい。閲覧ですね。パスワードは」
「……はぁ」
私はイヤホンを装着したまま座椅子に座ってクッションを抱える。
本当ならイヤホンも取ってしまいたいがここまできて逃げるわけにもいかないだろう。取ったところでイナバが不正侵入をやめるはずがないんだから。
テレビを見ながら窓の外、部屋の外、隣の部屋の様子を何となく確認する。
兄さんには「最近楽しそうに会話してるけど、ボイチャか?」と聞かれたのでそうだと答えておいた。
怪しい出会いじゃないだろうなと訝しむのでゲームを通しての知り合いだと言っておいた。
例え怪しい出会いだったとしても、私がそんな相手とボイチャをするとでも思うんだろうかあの兄は。
それとも、自分がそんな出会いをして痛い目にあったとか?
「まさか……ね」
なつみはみあちゃんと出かけてしまった。
モモと美智は珍しく二人でショッピングだと言っていたはず。
ユッコは風邪が長引いて最近休んでるが大丈夫だろうか。
メールを送ったら風邪が重症化したから大変だと言っていたので心配だ。
モモや美智にも似たようなメールが来たらしいけど、また休んでたらメールしてお見舞いに行こうかな。
ちょっと、気になる事もあるし。
「あ、由宇お姉さん。今日も懲りずに榎本兄からメール来てますよー。表示しますね」
「懲りずにとか、兄とか酷い言い様ね」
間違ってはいないけど。
私はイナバからの呼びかけにテーブルの上に置かれているスマホに目を向けた。
購入時の箱の中で大人しく眠っている卓上ホルダがこんなに活躍するのはイナバがいるからだろう。
必要ないから邪魔なだけなのにな、なんて思っていたのが懐かしい。
「榎本君って、本当に女の子みたいなメール書くわよね。絵文字とかラインとかデコってるのが凄いなぁ。こりゃ、モモと盛り上がるわけだわ」
「恋愛の方はさっぱり、ですけどね」
「美男美女なのに、二人とも気がないみたいだからね。まぁ、モモの好みではないから無理だろうなぁ」
そうなったらなったで驚きだけど。
たぶん、いいオトモダチ止まりでそれ以上はないだろう。
それが残念なような、良かったような複雑な心境だ。
「判明しましたよ。遠藤信恵と新井務はどうやら顔見知りのようですね。何度か二人でいるところを複数の人物に目撃されています」
「やっぱり、偶然なワケがないか。で、どんな関係?」
「遠藤信恵の周辺にいた男の知り合いが新井だったようですが……それほど親しいとは思えませんね」
「イナバの情報には?」
「え?」
「監視カメラとかネットワークで入手し放題なんだから簡単に分かるかと思って」
自分でとんでもない事を言ってるのは分かっている。
でも、あれだけ豪語していたくらいだ。痕跡も無く膨大な情報量の中から遠藤信恵と新井務をキーワードに関連性の高いものをピックアップできるんじゃないかと思うのは当然だろう。
私の問いに、イナバは困ったように目をきょろきょろさせながら「あー」と唸った。
ぺたん、と耳が伏せられてちらりと上目遣いで見つめられる。
「流石のわたしでも、それはちょっと時間がかかり過ぎます。それに、今ちょっと検査中なので余計に遅くなるというか」
「検査? イナバ自身を?」
「ええ……まぁ」
歯切れが悪い。
何かウイルスに感染でもしたのか、と聞けば「わたしのプロテクトは超一流です!」と怒られてしまった。
日課としてやっているのだと説明してくれるのはいいが、やはり様子が変だ。
明らかに「何か隠してますよ」と言ってるような演技の下手さに、逆にそれが罠じゃないかと疑ってしまうほど。
「ちょっと、大丈夫でしょうね。今回は本物の檻の中エンドとかやめてよね」
「大丈夫です! ちょっと、気になっただけですし由宇お姉さんがいつも夢の中で石版ゲットしてくれるお陰でわたしの性能も日々向上してるんですよ!」
「あ、そうなの。こっちは夢の中なのに、泥かぶったり、底なし沼を枯らしたり、意味不明な爆発に巻き込まれたり大変なのに」
「……夢の中なのに、ハードですね」
「本当だわ。ベリーイージーモードでお願いしたいわ。この世界もね!」
カッと目を見開いて声を強めて言う私にイナバは「ひゃん!」と変な鳴き声を上げて体を震わせる。そんなに怯えさせるような事をした覚えはないのに失礼だ。
「なんかさ、こうパパパーっと関連性と今までの事柄から推測して、今後こんな事が起こりますーとか導き出せないの?」
「また無茶な。いくら私でもそこまで万能じゃないですよ。それにそれだけの事をするにはそれに対応できる器が必要ですし」
「器?」
「ええ。やれないわけじゃないですけど、やったら由宇お姉さんのスマホが爆発しますよ」
「爆発はもう勘弁してほしいです」
パソコンの方がいいのかと聞いても「プロ仕様ではないので意味がありません。カスタマイズしたところでたかがしてれます」と言われてしまった。
それならば、どの程度ならイナバの誇れる能力とやらが充分に活用できるのだろう。
「スパコンとか?」
「うーん。現在のスパコンで、まあまあってとこですかね」
それは凄い、とここは素直に頷くところなんだろうけど相手がイナバだと「ふーん」で終わってしまう。
確かにイナバは凄いだろうが、どうしてかその凄さが感じられないのだ。
凄いんだ凄いんだ、と日頃から自称しているせいなのかもしれない。
自称凄い白ウサギ、イナバ。
胡散臭さしか感じないのは気のせいだろうか。
「胡散臭くなんてないです!」
「ねぇ、イナバあなたやっぱり……」
「でも仕方が無いですもんね。由宇お姉さんの信頼に答える為にもわたし、皮剥がされても、塩塗りこまれても我慢しますからっ」
「だから、私の思考読んでるわよね。脳内まで覗き見とかどういう手段使ったのかな?」
「違います! そんな事してませんが……ごにょごにょ」
そんな言葉で騙されるとでも思うのか。
それとも、墓穴掘った振りをして騙すパターンなのか。
その内イナバに乗っ取られて嫌なエンディングを迎える事になるのか、私という存在自体イナバに抹消されてしまうのか。
ループ打破を目的にしてます、お役に立ちます、と言って取り入れば私なんてチョロイもんだろう。
「やめて、由宇お姉さんその目やめて。後でちゃんと説明しますから、やめてやめて」
「……」
鍋田安江の適性化に失敗しました。
先に植え付けられていた欠片が阻害した模様です。
《信者》が暴走し《伝者》を取り込もうとしていましたが、失敗したと思われます。
「いまは?」
安定して眠っています。
《信者》は消失しました。
《伝者》が微かながらに残っている状態ですが、発芽には足りません。
「そう。じゃあ、ようすみね」
了解しました。
本人の肉体、精神共に異常はありません。
引き続き鍋田安江の観察を続けます。
「……普通なら、どうだ?」
「かんせんそくどと、はんいがひどすぎてておくれ」
「何か気になる様子だな?」
「ほんとうなら、かのじょはたいじょうよていだったのかも?」
おっしゃる通りです。
記録を見た限りでは汚染が異常なまでに速く広範囲に進んでいましたので回復は不可能だったと考えます。
既に自我は崩壊し【再生領域】へと移動していた事でしょう。
「先手を打たれて保険までかけてたのに、返り討ちにあった?」
「うーん」
恐らく、遠藤信恵が予定通りにいかない時点でそうなる予定だったと思われます。
「でも失敗した。まるで、こうなる事が分かっていたかのような対処だな?」
「うん」
「お前が気づいた時には遅かったのか?」
異変に気づいた時には既に終わった後でした。
「ま、まぁ、しょうがねぇよ」
「ほかになにかある?」
恐らく遠藤、鍋田の両名は羽藤由宇または神原直人を呼ぶための役目だったのかと推測されます。
現に羽藤由宇は【隔離領域A】への侵入に成功しています。
「強固なプロテクトが施されてるっつーのに、懲りねぇなぁ」
「しんにゅうというより、よばれた」
「由宇には本当に影響ないんだろうな? あいつが寝返ったら酷いぞ」
仮にそうなった場合は羽藤由宇ごと削除、または鍋田安江と同じように凍結するのが最善かと思います。
ただし、現在の羽藤由宇はイレギュラーな部分が多いためどちらにしても難しいかと。
「だから、そのひつようもないかもしれない」
その通りです。
【隔離領域A】に侵入後、イナバが早急にその夢の記憶を封じました。
汚染されていたとしても程度は低く、進行は遅いと推測されます。
ちなみに現在の羽藤由宇に異常は見られません。
「ゆうちゃんのちぇっく、できる?」
無理です。
羽藤由宇はイナバによってプロテクトされています。直接続すれば、イナバが瞬時にこちらの存在に気付いてしまうでしょう。
面倒な事になると推測されますが、それでも実行しますか?
「わお。いなばのしろうさちゃんたら、やるぅ」
「夢に落ちた頃合を見計らって接触するしかないか?」
「しろうさちゃんにきづかれずにじっこうできる?」
イナバに気付かれずに羽藤由宇へ接続できる方法を検索しています。
……検索中です。
……検索中です。
……検索結果が出ました。
貴方が言ったように夢の中で接触するか、イナバの隙を狙って行うしか方法はないかと。
イナバを介して接続する方法は、プロテクト解除と騙しに時間がかかりますが不可能ではありません。
「優秀だな、あの白ウサギ」
「ふっふーん。ようせいさんだもーん」
「自慢してる場合じゃねーだろうが」
「そのための、こまだったのになぁ」
「退場しなかっただけマシだろ。イレギュラー万歳って、喜べよ」
せっかくの計画が途中で折られて潰されてしまったことに少女は腹を立てているらしい。
使えないで終わってしまった鍋田にではなく、先手を読んで幾重にも罠を仕掛けていた相手にだ。
自分たちより行動範囲は狭く、直接動けもしないというのに隙間に入り込み掌握する上手さは思わず感心してしまうほどである。
しかし、予想外の出来事も起きた。
少女は白いワンピースの裾を軽く持ち上げてクルクルとその場で回りながら、良い案はないかと考え始めた。




