57 信者
鍋田安江の目覚めを中断させますか?
→YES.
鍋田安江の記憶を書き換えますか?
→YES.
鍋田安江の目覚めを中断させ、記憶を書き換えます。
……進行中です。
……進行中です。
……ERROR.
鍋田安江の記憶を書き換えられませんでした。
「どういう事だ?」
「うーん。なんでだろ」
鍋田安江の記憶を書き換えられなかった理由を検索しています。過去の記録を検索中です。
……検索中。
……結果が出ました。【隔離領域A】にて鍋田安江の痕跡を発見。他に同場所で遠藤信恵の痕跡も微量ですが検出しました。
「だって」
「だって、じゃあないだろ。はぁ? 【隔離領域A】って何でそんなとこに嬢ちゃん達がいるんだよ」
「わたしがききたい」
「じゃあ、聞いてみろよ」
「ということです!」
「オイ」
【隔離領域A】のデータに接続します……ERROR.
再度接続します……ERROR.
【隔離領域A】のデータは閲覧できません。
「ま、そりゃそうだよな。隔離してんだから。下手に繋ぐとこっちがやばいってか」
「うーん。じゃあ、ふたりのきおくをけんさく!」
「うわぁ」
人間の記憶に接続することは禁じられています。それでも実行しますか?
「ぷろてくとげんじゅうにして、ふたりにいじょうがあったらすぐにやめることをじょうけんにやさしくせつぞくして」
「また難しい事を」
「ふたりがねてなかったら、またあとで」
了解しました。鍋田安江、遠藤信恵の記憶に接続します。
鍋田安江は熟睡中です。障害を与えないように細心の注意を払いながら、記憶を検索します。
モニターに表示させますか?
「いえーす!」
「記憶の再現とは……プライバシー皆無で申し訳ないなぁ」
「そんなことはいってられません」
「バレなきゃ平気ってやつなのは分かってるけどよ」
同時に遠藤信恵を……。
目の前に映る誰かの白い影。それが遠藤なのだろうかと首を傾げて見つめる少女と鳩は、空間に響いていた声が止まったのに気付いていない。
鍋田の視点でどんなやり取りをしていたのか食い入るように見ている二人だが、記憶に霞がかかっているようになっており音声も映像もはっきりしなかった。
「えんどうさんのは?」
「あ? 白い人影の他に何か這いつくばって移動してんのがあんぞ? なんてホラー?」
遠藤信恵は存在しません。
「え?」
遠藤信恵は存在しません。
遠藤信恵の中身は既に【再生領域】へと移動済みです。
「なかみ……」
「うわ、すげぇ。マジでホラーじゃねーか。って、白い影に向かってんのか?」
遠藤信恵は病室でテレビを見ていた時に突然奇声を上げ、倒れた模様です。その後、「ごめんなさい」と繰り返しながら突然息絶えたと病院のデータには記録されています。
その時の監視カメラの映像を表示させますか?
「ううん。いいや」
「おい、もう一回巻き戻してもらってもいいか? 振り向いて、襲い掛かる何かにタイミングを合わせての右足蹴り。あたりもいいし、あの吹っ飛び具合が爽快だよなぁ。やるぅ、白い影」
「えんどうさんは、しんじゃったって」
「ほー。脱落したって彼女はループできないのになぁ。まぁ、あそこからまともになる頃にはもう全部終わってるか、また最初からかのどっちかだろうけど」
「えんぎわるいぞ!」
「とは言っても、再生領域で護られるならそっちの方が幸せだろ」
少女はどこから取り出したのか豆の袋に手を突っ込むと、掴んだ豆を鳩にぶつける。
飛びながら逃げていた鳩だが、意思を持っているかのような豆の追尾を振り切れなかった。
落ちた豆を自棄食いしている彼の頭上で、リクエストした通り映像が巻き戻る。
「ぱーかーは、なべたさん。しろいかげは……ちがう。ぞんびーは、えんどうさん?」
「おい、白い影の解析頼む」
了解しました。鍋田安江の記憶から白い影を特定します。
……解析中です。
……解析中です。
……解析の結果、強固なプロテクトがかかっており解析できませんでした。強制的にプロテクトを破壊して解析することもできますが、実行しますか?
「いいえ」
「流石にそれはやばいよな。最悪、永遠の眠りになるかもしれないし」
「そのほうがいいっておもってるひともいるけどね」
「そりゃあな。でも、考えがあるから強引にはしないんだろ?」
「ちがうよ。わたしはこころやさしいおんなのこだから、そんならんぼうなまねはしないの!」
鳩は咥えていた豆を少女に向かって投げつけると「ケッ」と呟く。
ぶつけられた少女は両頬を膨らませると腰に手を当てて人差し指を立てた。
「うさちゃん、うそだめよ。ぷろてくとかけてるのは、あなたでしょ?」
「はっ!?」
意味が判りません。私は嘘は言っていません。
そこまでお疑いになるなら、権限を行使して私の記録を閲覧すればよろしいかと思います。
「あ、ちがうの。くろうさちゃんじゃないの。しろうさちゃんなの」
「イナバかよ! ん? イナバ……?」
理解しました。
イナバの記録を強制的に開示させますか?
「のー。ゆうちゃんおやすみだったら、きおくさぐれるかしらべて」
「おい!」
「しろうさちゃんと、ゆうちゃんは繋がってるからねー。ちょくせつ、いなばちゃんにあくせすするとけいかいされるだろうし」
「だからってなぁ」
了解しました。
検索しています。
……検索終了しました。
羽藤由宇は現在熟睡中です。夢を見ている模様ですが、そちらに介入しますか?
「あ、そっか。そのゆめはじゃましちゃだめです」
「あぁ、あのゲーム形式にしたやつな。しっかし、そんなんで続けてしまうあの子にも驚きだ」
「ゆうちゃんはげーむすきだから、あれがいちばんあいしょうがいいのです。ふふふふ」
了解しました。
現在見ている夢に影響を与えないようにイナバを介して彼女の記憶に接続します。
「うん。じゃましないように、しんちょうにおねがい」
羽藤由宇に接続する場合、あまりにも記録が膨大なので範囲を絞り込みます。
日時指定は鍋田安江の記憶を元に検索します。
検索しています。
……検索終了しました。
羽藤由宇に鍋田安江、遠藤信恵のキーワードで検索しましたが、それらしいものは見つかりませんでした。
「あっれー?」
「やっぱりイナバを強制的に探るしかないんじゃないか?」
「それはあぶないからだめ。ゆうちゃんとせつぞくきれてたら、ちょっとごういんなこともできるんだけど」
「お前の勘も外れてるんじゃねーの?」
「ちがいますー。あのしろいかげは、ゆうちゃんだよ。ふんいきがそうだから、まちがいない」
「……雰囲気だけで言い切れるお前もお前だよ」
つまり、白い影を由宇だと断定できる理由は雰囲気としろうさことイナバの気配。
どちらも確証に欠けるというのに少女は胸を張って自信満々だ。
間違いないと大きく頷くその自信は一体どこから来るんだろうかと思いながら鳩は首を傾げた。
「くろうさちゃん、ほかになにかあった?」
同日同時刻、鍋田安江が夢を見ていたとされる時間の羽藤由宇の記憶に当てはまるものはありませんでした。
ただし、同日同時刻、その時間帯にイナバが常駐しているスマホが稼動していたもようです。
「れべるをあげて。ゆうちゃんのゆめをさまさないように、きおくをけんさくして。ひつようなじょうほうは、なべたさんとおなじゆめ」
「おいおい、大丈夫か?」
「だいじょうぶ。なにかあればゆめでばくはつおこしてごまかす」
「力技だな!」
了解しました。
……接続中です。
接続完了しました。必要な情報だけを検索します。
「ほかのきおくにふれると、ゆうちゃんおきちゃうからねぇ。むずかしい」
「しかし、何でそこまでその夢の記憶にこだわるんだ?」
「あのさんにんがいちどうにかいしたなんて、いままでいちどもなかった。そして、これからもありえないはずのこうけいだから」
「は? 夢なんだから別にあってもおかしくないだろ」
「ふつうのゆめとはちがう」
「あ、【隔離領域A】か! いや、でもだったらどうして由宇までそんなとこに?」
「それがわからないからしらべるの。おばかさん」
とりあたま、とまで言われた鳩は「うぐっ」と言葉に詰まり、食べていた豆も喉に詰まらせそうになりながら行ったり来たりを繰り返す。
通常ならすぐに結果が出るはずなのだが、十分経っても終了したとの声は響かず彼は苛々し始めていた。
「おーい。まだなのかー?」
「あせりはきんもつ」
「しかしなぁ。あの三人が偶然に会うなんて……しかも、まだ由宇だって決まったわけじゃないんだぞ」
白、鍋田安江、夢、遠藤信恵で検索しています。
同日同時刻、鍋田安江が夢を見ていたとされる時間帯はやはり空白です。
範囲を広げ検索した結果『教室の夢』がヒットしました。これは開示されています。
そこから関連するものを検索します。
……検索終了しました。
隠しフォルダが見つかりました。パスワードを探しています。
パスワードは『妖精』です。開示しますか。
「いえーす。これをいどうさせたことによるえいきょうは?」
無意識下での物事の繋がりが途絶えてしまう可能性があります。
羽藤由宇個人には特に影響は無いと思われます。
再生される『教室の夢』と隠しフォルダの中身を見ながら、鳩は大きく溜息をついた。
少女は表情を変えることなく再生される映像を見つめている。
「あー、こりゃ駄目だわ。イナバが見なかった事にして隠す気持ちも分かる」
「うーん」
短時間で決断をお願いします。
夢の中での彼女が何か違う存在に気付き始めました。体感している夢の中で不審に思っています。
「えいきょうのないてきとーなゆめにさしかえて。ふぉるだはこっちでうけとる」
「中身としては特に何も問題ないように見えるんだけどな」
「かかわってるひととばしょがもんだい」
「そういう事だな」
了解しました。
隠しフォルダを移動中です。それと同時に適当な夢を作成中。
「いなばちゃんは?」
熟睡中です。目立った動きは見られません。
「適当な夢って言っても、どうせ覚えてないんだからいいんじゃないのか?」
「だめ。てきとうでもちゃんとあなはうめないと、かんたんにくずれる」
「それが“人”ってか」
「そう」
隠しフォルダの保存に成功しました。夢の差し替えも成功しました。
これにより、鍋田安江の目覚めは自動的に中断されました。
続けて鍋田安江の記憶を書き換えますか?
「いえーす」
「適性ないからって書き換えちまうお前も本当に怖いなぁ」
「ゆうちゃんのそばにいないじてんであうと。ちゅうとはんぱにめざめてりようされたら、えんどうさんみたいになるよ?」
「そりゃ勘弁だ。しかし、これを乗り越えられたら逞しくなると思ったんだけどなぁ」
「くろうさ、ちゅうだん」
残念そうに呟く鳩の言葉に、進行状況を見つめていた少女はパチンと手を叩いて声を上げる。
八十八%で停止した画面から聞えてきた声が少しだけ面倒くさそうだったのは、気のせいだろう。
「えーと……」
【隔離領域A】を【観測領域α】へ書き換えます。
貴方の意図は理解しました。鍋田安江を《信者》ではなく《伝者》としての目覚めを促します。
強制的に目覚めさせますか?
「のーん」
「由宇と接触した時点で、そっちの道に入ったってことか?」
「たぶんねー。だから、じぶんでもちゃんとたてるとはおもうよ」
了解しました。
鍋田安江に《伝者》の種を植えます。適性が高ければすぐに目覚めますが、芽生えない場合はどうしますか?
「ほうち。なかったことでいいよ」
「使えれば使うってか。ははは。可愛い顔してよくやるよ」
「どっちにしろ、せんてをとられてたからむしろこうき。かれらがきづいても、もうおそい」
「成る程。唾つけとけば、まぁひとまずは安心か」
「きったなーい」
報告します。
鍋田安江に《伝者》の種を植えたところ、すぐに発芽しました。明朝には花が咲いている事でしょう。
原因は恐らく【隔離領域A】にて羽藤由宇と接触した事と思われます。
「はえーな」
「やった。こまげっとー!」
「駒とか言うな。感じ悪いぞ」
窘める鳩に無邪気に喜ぶ少女。
少女の気持ちに合わせるように、周囲に花が咲く。
くるくるとその場で回転しながら鼻歌を歌い始める彼女に、鳩は溜息をついて散らばった画用紙を見つめた。




