51 ふっかつのじゅもん
ループするのも、世界が変なのも私だけが異常なのも全ては夢であればいいのに。
そう何度思った事か知れない。
夢の中で夢を見ているような感覚になりながら、もう二度と見ることはできないだろうと思っていた夢の世界が目の前に広がっていた。
夢の中で夢を見ていて、更にその中で夢を見ているのが今なのかもしれないと考えていると頭が混乱してくる。
「何で私が……」
「しょうがないじゃん。魔王様倒されちゃったもん」
紺色のローブについた汚れを払いながら、ため息混じりに呟いた。
勇者一行に倒されて朽ち果てたはずのだが、成仏する事も、不死者になる事もなくこうして生きている。
何故かと言えば隣にいるモモのお陰だ。
どう見ても場違いな格好で隣にいる彼女の蘇生術によって、私は復活する事ができた。
自分の事を、マジカル・モモと名乗っているモモの格好は正に魔法少女。
ファンタジーのようなこの世界でもその存在はある意味異質だ。
「本当にユウったらお疲れなのね。しょうがないなぁ」
「すいませんねぇ」
本名はクリスティーヌ・アミュグダルス・ペルシカと言うらしいが、そこからどうしてマジカル・モモになったのかは知らない。
目が覚めて思わず「誰?」と言ってしまったが、蘇生の際による記憶混濁と勝手に診断され、経過観察も兼ねて彼女と行動する事になった。
周囲に花を咲かせそうなフリルたっぷりの格好はまだしも、その魔女っ子ステッキはどうにかならなかったのか。
その事を口にすると、素材集めにどれほど苦労したかと頼んでもいない長話を聞かされた。
どうやらその素材集めとやらに私も相当苦労させられたらしいが、覚えが無い。
それも記憶が混濁しているせいだとモモは心配してくれた。
腰に手を当てて少し斜めに構えながら「もう、私がいないと駄目なんだから」と言われた瞬間に、思わず「お前は世話焼きの幼馴染ヒロインポジションか!」と突っ込みそうになったけど頑張って飲み込んだ。
これがせめて男だったら、ときめいていたかもしれないのに。
夢とは言え、非常に残念だ。
「でも最初から決まってたとは言え、今回はちょっと早かったかなー」
「え? 決まってたの?」
「やだ、ユウってば覚えてないの?」
知らない事ばかりで困っているんですけど、と呟けばモモは眉を寄せて溜息をついた。
どうやら記憶の混濁がここまで酷いとは思っていなかったらしい。
「そう言えば、何でモモはクリス呼びじゃないの? マジカル・クリスでいいじゃない」
「何言ってるの? 私の幼名がモモだったからずっとモモ呼びなんじゃない」
「え? そうだっけ?」
「もう、私の蘇生の術は完璧だったはずなのにこんなに酷いなんて。それだけ相手が驚異って事かな」
命の数も足りてたし、魔力も満たされていて、必要な条件は全て揃っていたから記憶に影響を与えるはずはないのにとぶつぶつ呟くモモが怖い。
見た目が愛と勇気の魔法少女にしか見えないから、怖い顔をするとハラハラしてしまう。
「ううん、でも相手がいくら勇者一行だからって私が劣るわけない」
彼女とは違って、私はどうやら見た目通りのようだ。
濃紺のローブを引きずりながら左手に抱えるようにして持つのはクリスタルでできたドクロ。
初期装備は短剣か杖だった。
しかし、このドクロは魔王様から下賜されたものなので使ってないと周囲からの目が怖い。
傷とかついたら怖いので大事にしまってるんですよ~なんて言って誤魔化した事もあったが、使わせる為にわざわざ与えたのにそれを使わないとはどういう事かと一部の方々からお怒りをもらった。
幹部になり給料も格段に上がっていたので、私としてはそのまま軍を追放されても何とかなったが何故か今もこうして魔族軍にいる。
それはきっと話を聞いた魔王様が手を回してくれたのと、私がいなければ辞めるとモモが言ったからだろう。
「魂の数が足りてなかった? それとも宝石が欠けてた? うーん、もっと多めにするべきだったかなぁ」
「……魂の数って?」
「え? あぁ、それも忘れてるか。魂っていうのはユウの部下の皆さんのだよ」
「は? 部下?」
私に部下なんていただろうか。
勇者と対峙した時も、他の敵を退けていた時も、私は一人で戦っていたような気がする。
死者を操り一軍としてはいるが、部下なんて素晴らしい響きは聞き覚えが無い。
カタカタと笑うように歯を鳴らし勝手に動くドクロの頭を撫でながら、私は眉を寄せた。
部下は確かにいたけれど、裏切られてばかりだったとかだろうか。それならありえる。
「何言ってんの。いっつも大活躍じゃん。死んでも尚働かすというユウの鬼畜っぷりと、奴隷根性の皆さんよ」
「は?」
「だから、不死者軍団の皆さん」
「え? 死んでるのに?」
「どのみちユウがいなくなったら、召喚されなくなって忘れ去られるんだから必死だったんじゃない?」
嫌だ、そんな不死者たちなんて見たくない。
そう思いながら私は小さく口を開けた。
死霊術師は死者の魂を握り、死者を意のままに操る。
つまり、死霊術師の元に魂がある限り成仏さえできない哀れな存在だ。
しかしそんな彼らの魂を利用して復活するとは、酷いにも程がある。
術師が死ねば彼らも解放されて成仏できたというのに。
「外道だった……私」
「何言ってんの。あんたの不死者は大体血に飢えた戦闘狂か狂人か変態じゃない」
「うわぁ、趣味悪い」
「私もそう思う。他の術師みたいに、強者は強制的に従わせれば周囲も黙るのに自由にさせてるんだもん」
溜息をついて「甘ちゃんなんだから」と呟くモモに、何故だか申し訳なくなった。
詳細な自分の設定を知らないせいで、驚く事が多い。
自分の事も周囲の親しい人物達の事も知らないのは夢だからしょうがない。そう思っていたのに、逆に知らない事が罪のように感じる。
これは本当に夢なのか?
寧ろ、こちらの世界が現実なのではないかと思ってしまう。
「そもそもなんでモモまでこっちにいんのよ」
「えー言ったじゃない。『人間の男にはもう飽きた』って」
「……モモも人間なのに、私ばっかりいつも酷い目に遭ってるんですけど。魅力値が足りないから女として酷いことはされないけど」
「やっだぁ、相手がそんな事するような気配見せた瞬間に不死者が集団で加勢してくれるわよ」
喜んでいいのか、悲しむべきなのか複雑だ。
それでも人間の世界と同じく魔族の世界もまた一筋縄ではいかない者達が多い。
私は権力闘争や、派閥争いに巻き込まれたくないので中立と言う名のフリーとして一人ぽつんと過ごしている。
寂しくなんて、ない。
高給と福利厚生の手厚さに釣られてやってきただけで、魔族の世界に骨を埋める気などないので異物扱いされて敬遠されてる方が気が楽だ。
手柄を横取りする輩や、私を陥れるために色々な邪魔はされるけど。
こういう事はどこにいてもある事だからあまり気にしないようにしている。
「とりあえず、石版手に入れたから帰ろうか。色々と報告しなきゃいけないし……って、魔王様死んで混乱してんのに誰に?」
「あ、そっか。ユウはあんなジメジメしたカビ生えそうな洞窟で勇者一行を待ってたから知らなかったんだ」
「説明的なセリフをどうもありがとう」
テレパシーでやり取りをすればいいのは知ってるが、集中するのを邪魔されたくなかったので通話を切っていた。
どうせ死ぬのは分かっていたし、悔いは残るけどやるべき事はその前に終わらせた。
それなりに良い終わり方だったはずなのに、モモに蘇生されたと思えば魔王様が倒されたので石版探しを手伝えと言われた。
例えここが夢の世界であっても勇者が人々に希望を与えるという話の流れは予想ができたので、魔王様が死んでも驚かない。
魔族軍は崩壊して、残りの魔族達は人の手により駆逐されるかもしれないけどそれも仕方がない。
平穏な世界が戻ってめでたしめでたしならば、いいではないかと思っていたのに私は何をやっているんだろう。
「魔王様は倒れはしたけど死んだわけじゃないからね。後継者指名してないし、後継者になるような人いないし。空座を狙って内輪モメしてるバカたちは放っておいて私たちはこのまま石版探しだよ?」
「無駄な事しないで、降伏して普通の人間に戻ればいいのに」
「もう、ユウったら! 倒れたと思っていた魔王様が再び蘇るから面白いんじゃないの」
「面白いって」
「油断して調子に乗っている人間どもに、鉄槌を下すのよ。鉄槌!」
それってまるで悪役のセリフじゃないですか、と敬語になってしまいながら楽しそうなモモを見つめた。
彼女は「うふふ」と楽しそうに笑いながら持っていた石版を私に突きつけてくる。
「私に持ってろって事?」
何か古代文字のようなものが書かれた石版を睨みつけながら尋ねる。
すると、モモは「か弱い私にそんな物は持てないわ」なんて可愛い私アピールをしてきた。
私の前でそれをやっても意味がないと思うけれど、仕方なく受け取る。
これをどう使って魔王様を蘇らせるつもりだろうかと考えていれば、抱えていたドクロがカタカタと歯を鳴らす。
カタカタ、カタカタカタ。
何かを訴えるように歯を鳴らすドクロを軽く撫でて、私は両手でドクロを地面に置く。
そしてその前に渡された石版を置けば、嬉しそうにドクロが歯を鳴らした。
「えっ……」
「わぁ、すごーい」
厚さは十センチほどと思われるその石版を、クリスタルのドクロは大きな口で噛み砕いて食べ始める。
どんな仕組みになっているのかは知らないけど食べたはずの石版がドクロから零れ落ちてくることは無い。
まるで豆腐のように貪り食う様をモモは隣で目を輝かせながら見つめていた。
「どこに収納されてるのかな? どうなってるのかな?」
「うわぁ」
モモがうっとりとして頬に手を当てて軽く体をくねらせる一方で、私は顔を引きつらせていた。
石版食べてるドクロが気持ち悪いのではなく、恍惚としているモモが怖いからだ。
それにしても、ドクロが何かを食べるなんて初めてだ。
これは本当に私が知っているモノなのか、と首を傾げていると食べ終わったドクロが息を吐いた。
「ふぅ。やっと声が出ました。礼を言います。ユーリア・ペリステラー」
「あ、魔王様の声だー!」
「っ!」
ユーリア・ペリステラー。
それがこの世界での名前だ。
姓は幹部に昇格した時に魔王様から直々につけてもらったらしく、大変名誉な事だという。
人間のくせに魔王様から姓を授かった事で、周囲の魔族達からは妬まれていたらしいが当然の反応だ。
「ユーリア?」
「すみません。フルネームで呼ばれると少し硬直してしまうので」
「おやおや、それは私がうっかりしていました。しかし、という事はあなた方には未だ私の力が効いているという事ですね」
魔族軍に入り、幹部に昇格した際に王である魔王様への忠誠が試される。ヒラの時は任意で忠誠を誓う(とは言ってもほとんどが狂信者じみてて誓わない者は稀)のだが、幹部となると魔王様の御前で一人ずつ忠誠を誓う儀式をしなければならない。
幹部に任命された者が誰しも通る道であり、憧れの魔王様と会える上に二人っきりでいられると言うだけあって狂信者たちは皆、我こそはと武勲を上げて取り上げてもらうのに必死である。
そんな彼らをドン引きしながら眺め、高給を頂きつつ気配を薄くして働いていた過去の記憶が蘇ってきた。
魔族軍のヒラと言えど、普通に就職してもらっていただろう給料よりも遥かに高い。
万が一幹部の話になったら、それとなく他を強く推して回避しようと思っていた。
ある日突然、魔王様から呼び出されて幹部になる気は無いかと聞かれた時には軽くパニックになったものだ。
美低音を響かせて優しげな声で言われたら、思わず二つ返事で了承しそうなものだったけれど、何とか引きつる笑顔で丁重にお断りした。
丁度、僻地への転勤者を募集していたのでその事かと思っていただけに、動揺した自分が情けない。
魔族軍に人間が所属してても別におかしくはないが、私のような大した信念も忠誠を捧げるような相手もいない奴が魔王様に気に入られるのは変だと思われるのは当然だ。
そんな輩が頑張ってるご褒美にとクリスタルドクロを与えられたと聞けば、殺気立つのも仕方ない。
人間というだけでも反感を買うというのに、女と大して使えそうもない奴というのがプラスされるんだから最悪だ。
そんな女を何故幹部に抜擢しようと思ったのか、今でもそれは分からなかった。
「ユーリア?」
「あ、申し訳ありません。ちょっと、過去を思い出していました」
「んー、魔王様に幹部にならないかって誘われた後、私のところに来て消息絶てるいい方法は無いかって飛び込んで来た時の事でも思い出してた? 私、あの必死な顔は今も覚えてるよ」
「お前はエスパーか!」
「えぇ~マジカル・モモだってば。可愛い魔法使いさんよ」
倒されたはずの魔王様の声が、クリスタルドクロから聞こえてくる。
何故なのか、どうしてなのか、と疑問は尽きないが魔王様だからという言葉で全て片付く気もした。
そして、そんな魔王様の前でバラされたくない過去を話してしまうモモが憎らしい。
ピンポイントで思い出していた事を当てるとは、恐ろしい魔女だ。
「ほほう、なるほど。では、忠誠の件を特例として免除して幹部に取り上げたのは間違いではなかったということかな」
「め、免除されてるのはモモも同じだと思います!」
「私は魔王様好きだよ? 尊敬もしてるし。だからこうやってわざわざ魔族側について戦ってんじゃん。戦ってるというか、戦争ごっこ?」
今まで繰り広げられていたあの戦乱を“戦争ごっこ”と言ってしまえるモモは本当に人間なんだろうか。
本当は魔族で、何らかの事情があって人間世界で暮らしていたのではないかと思ってしまう。
鼻歌を歌いながらドクロの頭を撫でる彼女と目が合うと、にこりと微笑まれた。
「ユーリア。君を強制的に幹部に引き上げたのは強引だったと反省している。しかし、君を幹部にしたのはその能力を買っての事だ。種族など関係ない」
「そうはおっしゃいますが……」
「給与の上乗せで今後も私の雑務に付き合ってくれないかな?」
「後で詳しく相談させていただきます」
守銭奴、とモモが揶揄したが気にしない。
別にそこまで金にがめついわけではないが、生きていく為に必要なのは結局金だ。
魔王様の声で喋るドクロに微笑んだ私は、それを軽く掲げて膝を折り頭を垂れた。




