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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
50/206

49 まじかる

 

 システムのチェックを行います。

 ……異常ありません。


 対象の検索を実行。

 ……検索中です。

 ……検索中です。

 ……検索終了しました。


 該当者、疲労度は通常値より上ですが脳波に異常はありません。

 揺らぎに対する抵抗値も通常、拒絶反応は極めて低いと思われます。


「そうか。では、降りようか」


 了解しました。

 異常があれば即切断し、対象のケアを行います。

 

 ……領域固定しました。

 同調開始します。





「なんで……?」


 呟かれた言葉は派手な爆発音にかき消された。

 魔力の塊がぶつかって、この場には似つかわしくない綺麗な火花を散らす。

 血の匂いも味も、慣れてしまって何も感じなくなっている時点で終わりが近いんだろう。

 目の前の青年が信じられないものを見るような目で私を見る。

 驚いたその表情に私は小さく微笑んで首を横に振った。

 どうして、何故、なんて意味が無い。

 相対しているから私と貴方はそこにいる。

 周囲には仲間や部下の死体がゴロゴロと転がり、可愛がっていた魔獣も首を切られ静かに横たわっていた。

 少年のような幼さを残した彼は眉を寄せながらも必死に何かあるはずだ、と叫んだ。

 敵である私を必死に助けようとしている理由が分からない。

 私の役目は、持てる力の全てを使って彼らを足止めするという事。

 どうせ突破されるのは分かっていたので、少しでも長く時間稼ぎができればいいと思っていた。

 それなのに、現実は予想を遥かに越えていて足止めすらろくにできない。

 死霊を扱う身だというのに情けないと自嘲しながら、回復魔法をかけてくる青年を他人事のように眺めていた。

 彼の仲間が後方で何かを言っている。

 敵なのに救おうとしている彼の行動が分からないのだろう。それは私も同じだと笑いたかったのに、大きく咳き込んで血を吐くだけ。

 注がれる魔力はそのまま外へ流れ、無駄にしかならない。

 それでも助けようとしてくれている青年を見ながら、こんな形でも一応足止めにはなっているのかと思うと少しだけ楽になれた。 

 これから死ぬというのに、心を満たすのは充足感。恐怖も不安も無い、とても穏やかな凪。





「村人から死霊術師(ネクロマンサー)への転職大成功じゃないですか」

「その後無事に死亡しましたけどね」


 白い空間で鍋田さんと会った後から、おかしな夢ばかり見るようになっていた。

 きっかけがあのおかしな場所だとは断定できないので、偶然なのかもしれない。

 イナバに鍋田さんと会った話をすればいいのに、中々言い出せなかった。

 本当なら今頃大学に行って講義を受けている時間だが、体調が悪そうだからと言われ大事をとって今日も休む事にした。

 昨日に比べれば体も楽なので、ただ横になって寝ているというのも暇でしょうがない。

 かと言ってゲームをする気にもなれなかった。


「体調悪い時は、変な夢を見やすいかもしれないですよ?」

「中々面白かったんだけどね。ファンタジーな夢」


 イナバは今日も、卓上ホルダーにセットされているスマホの中で私の相手をしてくれている。


「死霊の皆さんは従順だし、結構いい待遇だったから続き見れるといいんだけど」

「また難しい事を」

「あー、でも私倒されたんだっけ」


 剣と魔法の世界。

 物語やゲームの中でしか見たことの無いような光景が広がり、幼い頃ワクワクした気持ちが蘇った。

 夢の内容は、高給福利厚生、完全週休二日につられて就職した先が魔族軍だったというものだ。

 夢というのは都合よくできているもので、気づけば人間でありながら魔族軍の中でも魔王様の覚えめでたい幹部にまで昇格していた。

 幹部とは言っても末席で、出自からやっかみを受けたり誹謗中傷は人間と何ら変わりが無く、今思えば変なところでリアルだったと思う。

 魔族と対する存在は天の加護を受けた人間であり、勇者だ。

 天命を受け勇者として各地で人々を救い、悪しき魔族軍を蹴散らしていたのは神原君。

 流石、主人公属性は強いなと納得してしまった。

 もし、あの夢の続きが見れるんだとしたら今度は私が使役される側として蘇るんだろうか。ちょっと興味がある。


「それにしてもイナバはちゃんと仕事してたのね」

「お仕事ですか?」

「神原君のフラグ回避」

「……フラグ回避?」

「またまたとぼけちゃって。優秀なのはいいけど、私の幻影使うのやめてくれない?」


 ドッペルさんなのかと思ってびっくりしたと神原君が言っていたが、あれはイナバが私の姿を使ってフラグ回避をさせたんだろう。

 当のイナバは目を逸らして、首を傾げている。

 何でもできそうなイナバの事だ。私の幻影を見せて神原君を誘導させるのも容易いだろう。

 

「大体、知人に目撃されたら何て言えばいいのよ」

「……その心配はないと思います。あれは、彼にしか見えないと思いますから」

「は? 自分でやっておきながら何なのそのあやふやな答え。それに、どういう意味?」

「え、あ……えーと。まじかるです!」

「へー。マジ狩る?」

「うっわぁ、由宇お姉さんさっむーい」


 何故この期に及んでしらを切ろうとするのか。

 バレているのだから素直に話してしまえば良いのに、イナバはそわそわして落ち着かない。

 神原君のフラグ回避を手伝っただけで私が怒るとでも思っているんだろうか。

 


「大体、接触してくるの遅くない? イナバさん」

「そ、それは色々と事情ってもんがあるんですっ」

「事情ねぇ」

「わたしだって、頑張って接触を何度も試みましたよ! でも、弾かれるんですもんっ!」


 キレ気味に言われても困る。

 しつこく粘ってつきまとって、やっと接触できたのが先日らしい。

 こっちは恐ろしいくらい何度も同じ日々を繰り返しているんだぞ、と愚痴を呟けばイナバは偉そうに胸を張った。


「わたしもです! 同じループ仲間ですからね! 由宇お姉さん達を見つけたときは小躍りしましたよ」

「ループ仲間ねぇ」


 ほとんどの人が何も気づかぬまま暮らしているのに私や神原君だけがループを知っている。

 そんな都合のいい話があるんだろうか。

 最初は確かにそう思ったりもしたが、何度も繰り返す内に自分がおかしいだけじゃないかと思うようになってきた。

 神原君には悪いがどう見ても異常なのは私達の方だ。

 何度繰り返したか分からない日常を送り、最後に殺されまた時が戻る。


「初期に接触してくれたら、まだ傷は浅かったのになぁ」

「す、すみません」

「冗談よ。ごめんね」

「お姉さん……」 


 私達の目的は一つ。

 立ち塞がり襲い掛かる死亡フラグを回避して、ループする世界からの脱却。

 ループしている事に気付いてるのは今のところ私たち三人と、神原君の相棒さんぐらいだ。

 解決の糸口が見つからない現状では、どんな情報でも縋りたくなってしまうのは仕方ない。

 鍋田さんも前世の記憶が、と言っていたけれど仲間に引き入れるかと言われればノーだろう。

 これは全員一致の意見だ。

 まず、どうして世界がループしているのかその原因を突き止めなければいけない。原因が判らなければ止める方法も分からないだろうと神原君の相棒は言っていた。

 私たちに死亡フラグが近づいてくるのは“世界の意思”のようなものだろうとイナバは言う。


「それにしても、世界の意思なんてまた酷い事になったわね」

「あ、推測ですからね! 決定じゃないですからね!」

「……ほぼ決定でしょう?」


 素早く両耳を交互に動かしている時のイナバは嘘をついていたり、何か隠し事をしている事に気がついた。

 澄んだ瞳で見つめながら耳を高速で動かしている様子は、わざとかとも思える。

 事情があるだろうから深くは聞かないと告げると、イナバは少ししょんぼりと頭を下げた。


「何が楽しくて世界はループを望んでいるんでしょうね」

「望んでいるのか、望まずともそうさせられているのか。それによっても対処が違ってきますね」

「何で?」

「世界が望んでいる場合、ループを止めればこの世界が崩壊する確率は高くなります。望まぬ場合は、強制的にそうさせている何かがあるわけですから、下手をすれば崩壊しそうですね」


 どっちにしろ崩壊か、と心の中でツッコミを入れながら急に真剣に話し出したイナバを見つめる。

 このうさぎの性格が未だに分からない。

 甘え媚びたような態度をとって擦り寄ってくるかと思えば、こうして真面目にもなる。

 こちらが本当のイナバなのかもしれない。


「ループ止めたら元通りにはならないの?」

「分かりません」

「分からないって……」

「元通りになる保証はどこにもありませんからね」

「うわぁ。元通りになるかどうかも分からず、かと言って崩壊するかどうかも分からない。冷静に考えると相当ヤバイ状況じゃない」


 毎回誰かに殺されたり死んだりするのが嫌だからループしたくない。

 ループが避けられないならせめて記憶を消して欲しい。

 そんな事ばかり考えていた自分が情けなくなる。

 世界規模で危ないのか、と想像すればするほど気分が悪くなってきた。

 流石にそれだけの規模になればループに気づいているのが私達だけではないはず。

 今もどこかでその誰かが、同じように苦悩して発狂し続けているんだろうか。

 その中の誰かが英雄にでもなってループを止め、元の世界に戻してくれないだろうかと思ってしまった。


「まぁ、世界がループしてると仮定するなら、どこで(・・・)ループしてるのかしらね」


 世界の終わりと始まりの日。


「そうですね。データが少ないので難しいですねぇ。わたしもループしてるとは言え、それ程鮮明に前の記憶は覚えていませんから」

「豊富なデータを蓄積してそうな感じなのにね」

「むむぅ。色々複雑なのです」


 色々と複雑な事情があって、私には話せないことが多いらしい。

 記憶の欠落が多過ぎて分からないと告げられた事を思い出して、眉を寄せた。

 嘘か本当かは判らないが、欠落した穴は何で塞げばいいのか分からず空いたままだそうだ。

 人じゃない謎の存在には変わりないので何でもありね、と言えばイナバは不機嫌そうに頬を膨らませたのだった。


「知ってる限りループしてるのは、私と神原君と相棒、そしてイナバ。鍋田さんは……」

「由宇お姉さんが越えられない来年の五月五日。神原君は卒業式の日、鍋田さんも違いますから困るんですよねぇ」

「ちゃっかり鍋田さんの情報持ってるし!」

「ふふん。有能ですから」


 状況によっては予定日よりも早くなったりはするが、頑張って迫り来るフラグを追っていったとしても越えられない時間線が神原君にも存在した。

 それが、高校の卒業式である。

 ゲームで言えばエンディングを迎えるメインイベントだが、彼の場合は友情エンドになっただけで翌日目を覚ますとまた高校の入学前に戻っていたと言っていた。

 おまけ的な感じで告白を成功しても、どのエンディングになっても主人公のその後というのが表示される。

 それすら無く、また高校入学からやり直されるのも今では慣れたと彼はどこか遠い目をしながら言っていたのを思い出す。


「イナバはどの時点でループしたか、本当に分からないの?」

「ごめんなさい。欠落していて分からないんです」

「……」

「都合の良いように言ってるわけじゃないんですよ! 本当に判らないんですよ! 穴ぼこだらけで!」

「あちこち穴ばっかり掘るから……」

「ウサギだけにね、って違いますよ! わたしは掘って満足したらちゃんと埋めますし」


 都合良く言ってるわけじゃないと言われても、またまた嘘ばっかりとしか思えない。

 イナバに対してはあまりにもグレーの部分が多過ぎる。

 それでもこうして行動を共にしているのはイナバがもたらす情報に助けられているからだ。

 悔しいがイナバの情報は的確で、何度も助けられている。

 それに神原君の相棒がオーケーを出したなら、嫌でも一緒にいるのを認めるしかないだろう。

 彼の相棒が許可したという事は、何かしらイナバについて知っているのかもしれない。

 今度、その人見知りらしい彼の相棒と一度じっくり話をしたいものだ。


「えー……考える事が多過ぎて、頭の中がぐっちゃぐちゃになってきて疲れた」

「あ、まだ病み上がりでしたね」

「うん。明日から学校行くから本当、大人しく休んでないと。怒られる」

「それだけ心配してるってことですよ。羨ましいです」


 当たり前過ぎて考えたこともなかったが、父親がいない家庭にしてはとても幸せなのだと思う。

 パートで働く母さんがいて、大黒柱の兄さんがいる。家事を手伝ったり気の利くなつみがいて、ゲーム中毒者見習いの私がいる。

 今までずっと何とも思ってこなかったその日常。

 感謝しなきゃなぁ、と呟いて私は目を閉じた。


「おやすみなさい。よい夢を」

「んー、おやすみ」



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