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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
44/206

43 兄貴分

 食堂からぼんやりと外を眺めていたら、声をかけられた。

 座ってもいいかと聞かれたので頷く。

 今日も外は気持ちがいい天気で、緑豊かな庭園をカップルたちが歩いている姿をよく見かけた。

 ベンチに座って笑い合いながら手を絡ませてイチャイチャしている様子をガン見する。

 別に、寂しいとか悔しいとか思ってるわけじゃない。

 中学や高校で謳歌できなかった青春を大学で味わえたらいいな、と思っているだけだ。

 成人越えてプラトニックとか笑える、との声が聞こえそうだがそれでもやっぱり憧れるのは甘酸っぱい恋愛である。

 甘酸っぱくない、己の為の恋愛もどきならいくつも経験があった。

 相手に申し訳ないと思いながら結ばれて、何度も越えようとした時間線。

 今のこの状況では、まともな恋愛さえできないかと自嘲した。


「具合、悪いのか?」

「いいえ。別に」

「仲直り……したのか?」


 窓の外を眺めながら相手の質問に答えていた私は、少し躊躇うように問いかけられた言葉に思わず彼を見た。

 缶コーヒー片手に驚いたような顔をする松永さんは無言で見つめる私に耐えられなかったのか、視線を窓の外へと向ける。

 私とモモの事は、気づいたとしても美智やユッコの二人だけだろうと思っていた。

 あの二人だって私たちの間に何かあったんだろうなと勘付いてはいただろうが、聞いてはこない。

 モモがショックを受けて沈み込んでるとは説明したが、それ以上の追求は受け付けない雰囲気を出していた。

 休養という形で学校を休んでいたモモがやっと出てきたのは、私との関係が前よりも強固なものになってからだ。

 彼女は今、遅れを取り戻すべく勉強に励んでいる。

 

「仲直り?」

「え? 違うのか?」

「仲悪そうに見えました……?」


 確かに松永さんはモモが巻き込まれた事件の現場にいた。

 私と尾本さんが署に行った際にモモから会うのを拒絶されたのも、遠くから見ていて何となく察していたらしい。

 彼にまで余計な心配をかけているのか、と顔色を変えた私に松永さんは首を横に振った。


「いや、違うならいいんだ。あの時、お姫さんがしきりにあんたの事気にしてたからな」

「え?」

「いやいやいや、聞いてないならいいんだ」

「いえ、寧ろ聞かせてください」

「いや……本人の許可無しにそれはまずいだろ」


 本当に松永さんは短気そうな見た目とは裏腹に、真面目だ。

 そう思わず言ってしまいそうになった私は、先日に榎本君とも互角に渡り合った笑顔を武器に迫る。

 隣に座っていたら接近戦でなんとかできたものの、テーブルを挟んだ向こう側というのは不利だ。

 回りこんで隣に座ってしまおうかとも思ったが、私は無言で松永さんを見つめ続ける。


「な、なんだよ」

「モモには後で私が謝っておきます。多分大丈夫ですから、どうぞ」

「はぁ!?」


 暫く照れたように横を向く松永さんを見つめたけれど、意外と口が堅い彼は何も話そうとはしなかった。

 まぁ、彼の言いたいことは大体予想が付くので松永さんで遊ぶのはこのくらいにしよう。

 あまりからかったりしていると、怒られてしまいそうだ。


「……襲われた時に、私を巻き込むなーとか何とか言ってたんですか?」

「何だ、知ってたのか」

「いいえ」

「はっ!?」


 溜息をついて肩を落とした松永さんが、軽く目を見開いて私を見つめる。

 そして私は逃げずに見つめ返した。

 ピリピリと緊張した空気が漂ったのも束の間、松永さんの溜息と共に緩む。


「まぁ、色々あったのでそこから推測して何となく。モモからも似たような事は聞いていましたから」

「なんだそうか。あんたらは仲が良いから、どうしたのかと思ってハラハラしてたんだ」

「仲が良いって言ってもいつも一緒とは限りませんよ。というか、気持ち悪い」

「そりゃ、四六時中ベタベタ引っ付いてろなんて誰も言ってないけどな」


 ははは、可愛いなぁ松永さんは。

 思わず口から出てしまった言葉にまずいと思ったが、気にしないふりをして笑って誤魔化す。

 表情を変え「かわっ!?」と動揺する松永さんから視線を外し、庭園で寄り添っているカップルへと移した。

 今が一番楽しい時期なんだろうな、と失礼な事を思いつつ遠い目をする。


「あ、松永さんのお友達も心配してたんですか?」

「そうだな。玉砕したとは言え、姫さんが可愛い存在には変わりないからな。姿見てないってしょげてる奴らが多かったぜ」

「ほうほう。松永さんもその中の一人、と」

「ばっ、違ぇよ! 俺は純粋にあんたたちの仲を心配してだな……ほら、女って男と違って繊細だろ? 傷つきやすいって言うし」

「はぁ」

「姫さんだって気が強そうだけどよ、やっぱりこう無理してるところもありそうだったしな。現場に居たモンとしてはちょっと気にかかったというか」


 これは松永さんも、モモに恋しているとみていいんだろうか。

 モモが聞いたら嫌な顔をして松永さんを避けてしまうかな、と少し寂しく思いながら私は微かに眉を寄せた。

 ユッコとエア彼氏話をして盛り上がっているより、現実に恋人を作れば暴走気味の性格も少しは収まるかもしれない。

 しかし、モモは自分に近づいてくる現実の男を軽く嫌悪している部分もあるから難しい。

 興味がないというよりも小、中学時代のトラウマのようなものだろうか。

 けれど真面目でお人よしな松永さんならもしかして、ということもあるかもしれない。

 危険な所を身を挺して守ってくれたというつり橋効果が未だに効いていれば、の話だが。

 

「松永さん」

「あ?」

「モモは手強いです。でも、本気だというのなら、私もできるだけのお手伝いはします。正々堂々と、卑怯な真似は無しで」

「は?」

「回りくどいのは好まないと思うので、ストレートに告白してください。大丈夫です、例えフラれてもフォローしておきますから」

「……はぁ?」


 間の抜けた声を出して動揺する松永さんが持っていたスチール缶が、軽くへこむ。

 スチール缶を素手でへこませる人は初めて見たと手元に注目していれば、松永さんは罰が悪そうに缶を両手で隠してしまった。


「ちょっと待て。ちょっと待てよ。あんた、勘違いしてるだろ?」

「え?」

「俺は別に姫さんに告白したいとか思ってるわけじゃない。ただ、あんたたちの仲を心配してただけだ」

「えー」

「残念そうな顔すんな。というか、何でそうなる。そう見えるか?」

「まぁ」


 何だ、違うのか。

 そう落胆したように呟いてしまった私に、松永さんはピクピクと頬を引き攣らせた。

 言動から察するにそうだと思っていた私の勘が鈍ったということだろう。


「大体分かるんですよ、モモに気があるなって人の事」

「……だから、俺は純粋にあんたたちの友情を心配してたんだよ」

「そうですか。それはどうも。ご心配には及びませんので、大丈夫です」

「そうか。それならいいんだ」

「あぁ、学部違うから中々様子が分からなかったんですね」


 見れば前と変わらず一緒に行動しているのが分かるじゃないか、と思ったけれど学生数が多い敷地内で見つけ出すのは困難というものだ。

 学部近くに来れば見つかるというものでもない。

 まぁ、モモは良くも悪くも目立つから見つけやすい方に入るのかもしれないけど。

 でもいつも私がその隣にいるってわけではない。

 松永さんのお友達は私とモモが一緒にいるところは目撃してくれなかったんだろうか。


「お友達の方も、分からなかったんですか?」

「あいつらは訳分かんねーからアテにはしてねーよ。変に詳しく聞くと『気があるんですか?』ってバカ面して聞かれるのも嫌だからな」

「訳分からないってそんな」

「だってよ、あいつらは姫さんの事しか話さないからな。『今日の服装も似合ってた』だの『髪の巻き方がちょっと変わった』だのストーカーかよって突っ込みたくなるレベルだぞ?」


 見てるだけならまだ可愛いものだと思います。

 鬱陶しいくらいにアピールして行く先々に現われる人たちも少なくなかった高校の時を思い出す。

 校内一の美男子を名乗る男子生徒も、自信満々でモモに告白して無事玉砕していた。

 高嶺の花、雲の上の存在、奇跡の美少女と周囲に持て囃されるのが嫌いなモモは、とても苛々していた。

 それも最初の頃だけで、それからは周囲の事など気にせず我が道を突っ走っていったけれど。


「へぇ、大学でもやっぱりモモは人気なんですね」

「ファンクラブとかできてんぞ」

「えっ! お友達いるならやめさせた方がいいですよ。モモそういうの嫌いなので」

「……ああ、言っとく。助かった」


 忠告する私に溜息をついて松永さんはポケットからスマホを取り出した。

 あ、最新機種だと思いながら見ていると松永さんは黒いスマホを片手で器用に操作していく。

 何となくそういう物が苦手そうなイメージがあったので、素早く操作を終えた彼に私は思わず眉を下げた。


「何だよ」

「いえ、何でもないです」


 松永さんとは連絡先を交換しているが、ホーム転落事件の時にお礼をしたいというメールのやり取りをしたきりだ。

 せっかく知っているのに勿体無いと思うが、わざわざ彼にメールをするようなネタも無い。

 知り合いではあるが、友達と呼べるにはまだ遠い距離感に私は小さく唸って眉を寄せた。

 仲良くなりたいのかと自問して、むず痒くなる。

 今のこの距離が一番いいのかもしれないな、と思いながら頬杖をついた。



「あ、そうだ。そんなに心配してくださったなら、メールで聞いてくれれば良かったじゃないですか。わざわざこうして探し出して聞く手間も省けるし」

「あ……あぁ」

「あ、メールは嫌でした? それなら別に電話でも構いませんけど」

「うん……」

「着信拒否とかしないので、大丈夫ですよ?」


 震えるスマホの画面を見つめていた松永さんは、困ったように溜息をついて「助かった」と呟いた。

 不思議な顔をする私に彼はその画面を見せる。

 画面には彼の友達らしい人からのメールの本文が映っており『マジでか! うっわぁ、サンキュ。即行やめるわ。でも他の奴らは放置しとくw』と書かれていた。

 どうやら彼のお友達も中々良い性格をしている様だ。


「その、恥ずかしいだろ」

「中学生でもあるまいし。心配してるだけなら変な意味にとらないから大丈夫ですって」

「お前な、お、男である俺が女にメールするんだぞ? 何て書いたらいいか分かんねーじゃねーか」

「いや、『仲直りしたか』とか『その後大丈夫か?』とか単純でいいと思いますけど。メールが面倒なら電話でもいいですし」

「電話だってどうやって聞けばいいんだよ。『最近、元気でやってるか?』なんていきなり聞かれても『はぁ?』って思うだろ?」


 それは人によると思う。

 少なくとも色々世話になっている松永さんに対してそういう対応はしない。

 そんなに酷い事を言う性格に見えるんだろうかと私は不安になった。


「でも電話でそれなら、実際会ってもそのままじゃないですか?」

「なっ!?」


 挨拶をして、世間話をしつつ本題を切り出すという段階を経れば変でも何でもないと思う。

 あぁ、だから色々考え過ぎていきなり直球だったのかと私は額に手を当てた。

 彼が私に座ってもいいかと尋ねた後の言葉を思いだす。

 松永さんは松永さんなりに色々と考えて出た言葉があれだったのだろうが、私にはいきなり過ぎて何のことかさっぱり分からなかった。

 それだけ心配してくれていたということなのかもしれないが。


「だから、いきなりあんな事聞いてきたんですね」

「う……やっぱり、あの言い方はまずかったか?」

「せめて、軽い世間話くらいは必要かと」

「そうか……悪かった。悪かったから、その哀れむような顔はやめてくれ」


 はは、可愛いなぁ松永さんは。 

 困ったように頭を掻く松永さんを見ながら、私は購買で買ってきたお菓子をそっと彼に差し出した。




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