表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
35/206

34 歯痒い

 私の車で尾本さんと一緒に署に向かう途中で、叔父さんの事を詫びる。

 気にしていないと告げた尾本さんは後部座席に座って、叔父さんの作ったスイーツが評判で今度は買って帰りたいと笑ってくれた。

 つられて笑いながらも私はちらりとバックミラーで尾本さんを確認する。

 彼は人の良さそうな笑顔を浮かべて窓の外を眺めていたが、その目は笑っていない。

 また観察されているんだろうかと思いながら署に着いた私は、指示された駐車場に車を停めて玄関へと向かった。


「君はやっぱり、普通とは違うね」

「え?」

「いや、気にしないでくれ。年寄りの独り言さ」

「モモの事ですか?」


 何が言いたいのか大体察しはつくとそう口にすれば、尾本さんは驚いた様子で軽く目を見開いた。

 それを気にせず私は独り言のように呟く。


「普通なら、突っ込んで行きますよね。無茶だって分かってるのに、大事だったら。でも私は自分の安全を優先させました。酷い女です」

「……しかし、それは私が言った手前という事もあるだろう?」

「いや、それはそうですけど。私が行った所で何の役にも立たないって自覚してました。けどじっとしてられなくて飛び出した」


 何も出来ないと分かっていたのに、飛び出した。

 直接現場に向かわなかったもののその寸前までいったので、見ようによっては自分の身が可愛くて臆したとも取れるだろう。

 私が主人公だったなら、主人公パワーで何とか押し切れたりしたのだろうか。

 現実的ではないのにこの世界ならそれもあり得ると思ってしまう。

 残念ながら私にそんな力は無いけれど。

 あるのは、自分の身を守るための危機回避能力くらいなものだ。

 それも最初から手にしていたものじゃない。何度も繰り返してやっと身についた。

 最近はそれですら平和ボケした日常のお陰で随分と鈍ってしまっている。


「馬鹿ですよ。飛び込む勇気も青さも無い。モモが危険なのを知って、行くのを躊躇った」


 飛び出していったのに、寸前で躊躇うという矛盾した行動は今考えても笑ってしまう。結局その場に向わなかったなら、最初から彼女の身を案じつつ店で待っていれば良いのだ。


「知っていながらただ待っていたなんてモモにがっかりされると思ったのかもしれません」

「由宇ちゃん」


 あの時、尾本さんに連絡をした時点で、戻れば良かった。

 心と体がちぐはぐで、まるで自分のものではないかのよう。


「しかしそのお陰で我々は別件で追っていた奴らを逮捕する事ができた」

「でも、気持ち悪いでしょう? 尾本さん」

「……そうだね」

「私もそう思います」


 私は自分で言うのもなんだが落ち着いている方だと思う。

 今までの私であればモモの危機で混乱し、叔父さん達に宥められながら尾本さんに連絡をしていただろう。

 けれど今回は途中まで自分で何とかしようとした。

 尾本さんに連絡を取ったのは、自分一人ではどうにもならないと分かっていたからだ。

 

「何というか、感情と思考が上手く噛み合っていないようなそんな感じで。中途半端でグズグズになるんですよね」

「大事な友達の危機だと知って、あそこまで行動できるだけ凄いと思うよ? 私にもしっかり連絡してくれたじゃないか」

「無理だと分かっていたからですよ。馬鹿みたいです。いい格好したくて、私は貴方の為にこんなに頑張りましたと見せたかっただけみたい」


 歳に似合わないような冷静な考えと先を読むような行動が、気持ち悪いと思う。

 それは些細な違和感かもしれない。

 変わっているだけ、と言われればそれで納得して流してしまえる事かもしれない。

 けれどきっと、尾本さんは私の中途半端な部分に引っかかりを感じているのだろう。


「でも、どうしようもないんです。このまま、生きていくしかないんです」

「由宇ちゃん……。前も言ったけど、何かあれば連絡してくれ。こんなオジサンだけど少しは頼りになるだろう」

「ありがとうございます」


 その時は是非、と言いながらも私にそのつもりはない。

 貼り付けられた笑顔を見て安心したように息を吐く尾本さんに胸が痛んだが、私はそれに気付かぬ振りをして彼の後を追った。





 情報通の長谷さんから何度も謝罪の着信が来ていたが、画面を見ていた私は鬱陶しくなって履歴を全て消した。

 迷惑電話として登録してしまおうかとも思ったが、彼女の情報がなければモモがいる場所を特定できなかったのも事実。

 迅速に駆けつけてもらえたのもそのお陰かと思えば複雑な感情に顔が歪んだ。

 結局署に行ったというのにモモには会えなかった。

 行けば会えると思っていただけに拍子抜けしてしまったが、無事なのは確認できたので良かった。

 合わせる顔が無いとモモからの言葉を私に伝えて「困った子よね。ごめんなさい」と言っていたモモのお母さんは、少し疲れたような顔をしていた。

 その目が少し潤んでいたように見えたのは気のせいだろうか。

 避けられてるのかな、と思いつつ明日になればまたモモの元気な姿が見られるのだろうと楽観視する。

 そうであって欲しいなと思いながら、遠目に確認できた彼女を見つめて息を吐いた。

 頬に貼られている真っ白なガーゼが痛々しい。

 髪は乱れ、服は汚れているのが離れた場所からでも確認できた。

 あの時躊躇せず、馬鹿みたいに飛び込んでいけばどうにかなったのかな、と思いながら私は廊下に置かれているソファーに座り叔父さんに電話をする。


「悪かったな。その、色々と」

「何の色々なのか良く分かりません」


 電話を終えたタイミングを見計らって許可もなく隣に座った人物に、私は俯いたままそう答えた。

 歯切れ悪く呟いている声を無視してメールを作成する。

 宛先はモモだ。

 事件の事は驚いたけど、悪いのは犯人で気にしていないこと。

 これでもし私を避けるような事があったら、逆に許さないと書いた文章は何度も書き直してこれでいいのかと見つめた。

 偉そうに受け取られて逆に避けてしまうかもしれないし、無視されるかもしれない。


「その、あんたの事件のこと。教授から聞いた。怒ってたって」

「怒ってはいませんよ。口が軽いとは思わなかったので、ちょっとショックでしたけど」

「だから、悪かった。その……こんなにあんたたちと仲良くなるとは思ってなくて……ってのは、そうじゃなかったらいいのかって話だよな。えーと。うん。あーもう!」


 目も合わせず素っ気無い態度で返事をする。会話が成り立っているだけマシかと自嘲しながら、作成したメール文を見つめる。

 念の為に私がモモのせいだと微塵も思っていないことは彼女のお母さんにも強く話しておいた。

 だから、私を避けるような事をするようだったら説得してくれないかと頭を下げてお願いもした。

 慌てたように屈んだおばさんは、声を詰まらせながら私を見て力強く抱きしめてくれたのを今でも覚えている。

 ありがとうって、あんなか細い声で言うおばさんを初めて見た。


「テレビの中でよくあるような場面に遭遇して、テンション上がって馬鹿みたいに興奮してたんだよ。まさか俺まで事情聴取されるとは思ってなかったし。悪かったとは思ってるが、逃げも隠れもしない。だから、好きにしろ」

「は?」

「殴って気が済むならそれでいい。あんたがすっきりするなら、俺は文句を言わずに受け入れる。恨んだり、後で何かふっかけたりもしねぇ。悪いけど俺、馬鹿だからどうしたら許してもらえるか分かんねーんだよ。今もこんな会話で苛々してると思うけど」


 体育会系なんだろうか。

 殴ったところで私の手が痛いだけだからそんな事はしない。

 それ以前に、彼にそんな事をした所で何もならないだろう。

 私が今感情のままにどうにかしたいと思うのは、モモを呼び出し痛めつけた犯人達だ。

 それに比べたら私がプラットホームから突き落とされた事を口外されたなんて可愛いものだろう。

 だからそこまで真剣に言われ、見つめられても困ってしまう。


「いいです。チャラです」

「は? チャラって、何が?」

「モモの事、守ってくれたでしょう? だから、チャラにしましょう」


 それでも彼がやった行為を考えればお釣りが来てしまうほどだ。

 西森さんが到着するより前に、松永さんがいてくれなかったらモモはもっと酷い事になっていたかもしれない。

 まぁ、それでも退かなかったらしいモモも、モモらしいと思う。


「いや、まぁ……でも、あれは本当に偶々で別に狙ってたわけじゃないからな」

「狙ってやってたら軽蔑します」

「違う! 違うって! 偶然なんだよ」


 そんなに慌てなくても分かっている。

 松永さんがモモ目当てで、ストーキングしていたというなら別だけれど彼にそんな気は無いと思う。

 派手なモモはどこでも目立つので、変な連中と一緒にいるのを見かけて不思議に思っただけだろう。そして心配してくれた。

 これがもし松永さんではなく、榎本君だったら胡散臭くて仕方ないだろうが。

 何が、とはっきり分からないけれど何となくあまりお近づきになりたくない人物だ。


「バイトに行く時通る道なんだよあそこ。ちょっと薄暗いけど近道でさ。そんな場所にお姫様の姿見かけたから気になっただけなんだ。ま、お陰でバイト先には怒られてもう来なくていいって言われたけどな」

「……なんか、すみません」


 彼がいてくれたお陰で助かったけれど、松永さんが失ったものを考えると申し訳なくなってくる。

 松永さんは困ったように手を振って「いいんだ」と答えた。

 彼の手の甲と口の横にはモモと同じようなガーゼが貼られている。

 傷は酷いのかと尋ねれば、大したことは無いと笑ってくれた。


「手、出さなかったんですね」

「そりゃあな。俺だってそこまで馬鹿じゃねーぞ。お姫様いるのにあんな人数に立ち回れる程強くもねーからな。ボコッて飽きればどっか行くって思ってたけど、あいつら見掛け倒しのヘナチョコで参ったもんだ」

「ヘナチョコ……」

「あぁ。まともに殴れねーから、蹴ったり獲物持つしかねぇとか情けない」


 そんなに親しくない相手の為に厄介事に首を突っ込んでいく彼は勇気があると思う。

 それは勇気ではなく無謀なのかもしれないけれど、松永さんがいたお陰でモモが助かった。

 彼がいなかったら一体どうなっていたかと想像するだけで恐ろしい。


「松永さんは……強いですね」


 一方的に殴られて、蹴られて。

 痛くて苦しくて腹が立つはずなのに、松永さんは何でもないとばかりに「あいつら喧嘩したことねーぞ」なんて笑っている。

 私がやれなかった事をやってのけた彼を尊敬すると同時に、羨ましく憎らしい。


「おいおい、変なこと考えんなよ。あんたが行ってもネギ背負ったカモが増えただけだ。余計に面倒な事になってただけだって」

「分かってます。今更鍛えても強くなれるなんて思ってませんし」

「そういう時は立ち向かわないで逃げんの。あの刑事だってそう言ってたろ? 隙を見て逃げるようにって」


 確かに今後そんな場面があった際は、とにかく隙をついて逃げろと言われた。

 恥ずかしい事じゃないとは言われたけれど、それでもやっぱり悔しいと思うのは私が幼いからなんだろうか。

 幼稚な正義感か、と心の中で呟いて私は息を吐く。


「薬やってた連中なら尚更だ。俺も何か変な奴らだとは思ったけど、まさかキメてたとはなぁ。一発殴って静かにさせとけば良かったか」

「最悪退学になるかもしれませんから、我慢して良かったですね」

「おう。まぁ、それだけじゃないんだけどな。一度殴ったら止められなくなるんだよ」


 頭に血が上りやすいからな、俺。

 そう言ってニカッと笑った松永さんはすぐに眉を寄せ「イテテテ」と顔を歪める。口の中が切れているらしく悲痛な顔をした私に彼は軽く肩を竦めた。


「そんな顔しなくても病院には行ってくるから心配すんな。警察のおっちゃんからもすげぇしつこく言われたからなぁ」

「あぁ、尾本さんと知り合いだったんですね」

「まぁ……昔、ちょっとな」


 深く聞くつもりはないけど、きっとヤンチャしてたんだろうなぁと思う。

 喧嘩慣れしていそうだとは思ったが、そうでなければ四人にボコられてこの程度で済むわけがない。

 鍛え方が違う、とキリッとした表情で彼は言っていたけれどそれは関係ないだろう。


「松永さん、お迎えは?」

「俺のとこは両親夜遅いからな。チャリもグチャグチャにされたし、適当に帰るわ」

「送ります」

「は?」

「私、車で来てるので。そろそろ帰ろうかと思ってたので丁度良かったです」


 お気に入りの相棒を見るも無残にされてしまった松永さんは、弁償してもらえるからまぁいいかと呟いて頭を掻いていた。

 そんな彼を見て私は立ち上がると、ポカンとした顔をする彼に首を傾げる。

 別に送り狼になるつもりはないからそんな顔をされても困る。 


「い、いやいやいや。いやいやいやいや」

「松永さん?」

「おま、俺、俺をあんたが送るって? あんたの車で?」

「はぁ。そう言いましたけど何か不都合でも?」


 歩いて帰ったりタクシーを呼ぶよりもいいと思う。

 こんな時間だからもうバスは走ってないだろう。

 近くの駅まで結構距離はあるからその方が楽だと思うが、女の車に乗るのは抵抗があるかもしれない。

 もし知り合いに目撃されてたら、どう言い訳していいか分からなくなるだろう。

 もしかして彼女さんに誤解されるかもしれないとか?

 そうか、それは非常にまずい。

 変に誤解されたら私も困ってしまう。


「大丈夫です。もし誤解されても、私ちゃんと説明しますから。最悪、頼み込んで尾本さんにも証言をお願いしますし」

「は?」

「心配いりません。対象外と思われる事には自信があります」

「何が?」

「何がって、松永さんの彼女さんに誤解された場合の対処法を……」


 だからご心配なく、と親指を立て営業スマイルを浮かべた私に松永さんは大きく目を見開いた。


「ふぁ、はぁあ!?」

「へ?」

「か、彼女って誰のだよ」

「松永さんの?」

「俺そんなやついねーし!」

「え?」

「えっ?」


 思わず見つめ合ってしまった私たち二人は、ニヤニヤとした顔で「うるさいぞ」と注意されてしまった。

 注意した隣で尾本さんが苦笑しているのを見て、私は「あははは」と笑って誤魔化す。

 そして、何故か照れたように顔を赤くした松永さんに引っ張られるようにしてその場を後にしたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ