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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
27/206

26 通り名

 松永さんが告げた言葉に思わず変な声を出した私と、可愛らしく首を傾げるモモ。

 彼は私を指差して「クール」と言ったような気がするが聞き間違いだろうか。

 何がどうクールなのか、それともこれはスルーした方がいいのかと思いつつモモを見た。

 彼女はきょとんとした表情で可愛らしく首を傾げる。


「そんなに……有名ですか?」

「まぁな。お姫様に振られても諦めきれない奴らはまだいるみたいだからなぁ」

「わぁ、そうなんですか」


 他人事のように驚いているモモへ、貴方の事でしょうと心の中で突っ込みを入れた。

 両手で頬を挟み、つぶらな瞳を軽く見開いている様は何とも可愛らしいが、嬉しがってる場合ではないと思う。

 それにしても、モモはともかく私達にまで変な通り名が付いているとは思わなかった。

 クールと言われて格好いいとは思うけど、素直に喜べないのは何故だろう。


「私はいいですけど、まさか友達にまでそんなあだ名付けられてるとは思いませんでした」

「悪い。気分悪いよな。でも悪気は無いんだ。あんた達は、意外な組み合わせで仲が良いからアイツらも興味あるんだと思う」

「……それ、フォローになってな」

「へー。そうだったんですか。でもあんまり有名になるのも困るかな」


 私の言葉を遮るようにモモが被せる。私は顔を逸らして小さく息を吐くと、入学して間もないというのに早速目立ってしまったと額に手を当てた。

 モモと一緒にいる時点でそうなるのは避けられないと分かっていたはずなのに、どこで油断したんだろう。

 一緒にいるのに慣れて麻痺しているのか。

 高校時代を思い返していた私は、あまり害は無かったものの「よく友達してられるよね」とクラスメイトに感心されたことを思い出した。

 彼女達曰く、できるなら仲良くなって遊んだりしたいらしいがどうも近づき難いと言うのだ。

 確かに、黙っていればお人形のように可愛らしく完成された美少女のモモは入学当時から有名だった。

 その髪色が黒かろうと、地味な制服を着ていようと可愛らしさが損なわれる事はない。

 出会った時はもっとお淑やかで、こんな感じではなかった。勝手に期待しすぎた私も悪いけれど、と心の中で呟きながら溜息をつく。


「それは無理だろ。未だに告白されてるんじゃねーのか?」

「でも、私は興味ありませんし」

「……これだもんな。大学デビューを華々しく飾ろうとしたアイツらも何で現実見ないんだよ」

「私は普通だと思いますよ? だって考えてもみてください。見ず知らずの人からいきなり告白されるんですよ?」

「あ、あぁそうだな」

「意味が判りませんよ。『好きです』って言われても『ありがとうございます』ってしか返せないじゃないですか」


 

 幾ら対応に慣れてるからと言っても、不満をぶつける相手が違う。

 松永さんが明らかに困った表情をしているが、突き放さない辺り人が良いんだろう。

 モモの肩を軽く叩いて落ち着かせながら、フンと鼻息荒い彼女に驚く松永さんに軽く謝った。

 驚きはしたが、大して気にしていないと告げた彼は「色々大変なんだな」と同情してくれる。


「見ず知らずの相手にいきなり告白されて『私もです!』なんて言う方がホラーだと思いません?」

「それは……確かにな。お前が俺を知ってるからって、こっちもお前を知ってると思うなよっていうのはあるな」

「ですよね!」


 そう言えばモモが異性とこれだけ盛り上がっている光景は初めて見るような気がする。

 飽きる程繰り返された日常は既に染み付いているはずなのに、少しずつ何かが変わっている。

 そう期待せずにはいられない。

 しかし、神原君と接触してから少しずつ日常に変化が訪れているのは勘違いではないはずだ。

 私が線路に落とされるなんて事は今まで無かった。殺害方法にしても、電車というパターンは今まで無かったはずだと考えながら眉を寄せる。

 殺害方法なんて、女子大生が真剣に考えるような事ではない。

 普通の大学生をして友達と馬鹿やったり、遊びながら楽しく卒業できたらなぁなんて想像していた高校の頃が懐かしい。

 勿論、勉強も大事なのは判っているけど私としてはもっと華やかなキャンパスライフを送るはずだったのに現実はこれだ。

 前世の事を思い出さなければ普通に楽しめてたのだろうかと思うと複雑な気持ちになる。


「由宇、電車とホームの間に落ちないでね」

「やめて! フラグ立てるのやめて」


 いつも普通に降りているのに、そんな事を言われると余計に気になって落ちてしまいそうだ。

 冗談だというのは分かっているが、何も人が電車から降りようとする瞬間に言わなくてもいいだろう。

 それにわざわざこんな隙間に落ちるわけが無いと怒る私に、松永さんは「そういう事故あったなぁ」と呟いた。


「えっ!?」

「あぁ、ありましたね」

「前ニュースでやってたな」

 

 まさか、と思ったが実際にあったならそれ以上は何も言えない。

 馬鹿にするような発言をすれば、それがそのまま自分に返ってきそうな気がした。

 モモが降りて、私が周囲を確認しながらゆっくり降りた後に松永さんが続く。

 他の降車客の邪魔にならないように気をつけていると、ある事に気が付いた。

 勘違いだったら恥ずかしいが、もしかして松永さんは私の事を気にしてくれているんだろうか。


「どうかしたか?」

「いえ、何でもないです」


 自意識過剰かもしれない、と首を傾げながら私は階段を下りてゆくモモを追った。


「モモ、そんな靴で走ると転ぶよ?」

「慣れてるから大丈夫!」

「まるで親子だな」


 ヒールの高い靴を履いているモモは足早に階段を下りてゆく。

 白タイツの細い足と可愛い桃色の靴。底が厚くヒールも高い靴にバランスを崩して転んでしまいそうなだと見ているだけでヒヤヒヤする。

 私とモモのやり取りを見ながら背後で松永さんが何か言ったような気がするが、気にしない事にした。


「怪我、大丈夫か?」

「まあまあですね。暫くは通院ですけど」

「そうか。時間には余裕があるから、ゆっくり降りろよ? お姫様心配してアンタまで急いで降りたりするんじゃねーぞ?」

「はぁ、そうですね」


 モモを追いかける気など最初からない私は、間の抜けた返事をしてしまう。

 ぶっきらぼうだが、優しさを感じられるその言葉を聞いて松永さんはいい人だなぁと思った。

 モモと大して照れずに会話をする異性は珍しく、彼女の上目遣い攻撃にも然程動揺した素振りを見せなかったのも意外だ。

 照れたり、恥ずかしそうに顔を逸らしたりはしていたが、突き放すでもなくこうして私たちの登校に付き合ってくれている。

 それは目的地が同じだからかもしれないけれど、こうやって私の後ろにいるのは体を気遣ってくれてるからだろう。

 自意識過剰だと呆れられるのも嫌なので口には出さない。


「……松永さんは先に行ってて下さっていいですよ? モモは改札付近で待ってるでしょうし。私はゆっくり行きますから」

「別に俺も急いでるわけじゃねーからいいよ。競争してるわけでもないからな」

「そうですか」


 気を遣わないで先に行ってくれていい、と本心から告げたつもりなのに上手く伝わらなかったのかどうなのか。

 それでも松永さんがそう言うならそれでいいかな、と私は階段を降りきった。

 もしかして、の階段転落死フラグも松永さんのお陰で防げたんだとしたらこれは感謝しないといけない。


「俺と一緒にいると迷惑とか、その……変に思われるから嫌だとかあれば言えよ? 俺は別にそんな事言われても気にしないからな」

「松永さんて……」

「ん?」

「本当にいい人なんですね。転落した時もですけど、その後も、今も。ありがとうございます」


 素直にいい人で感動してしまいそうになった。

 こんな好青年がこの世界にはまだいるのだと、それだけで何故か胸が締め付けられて泣きそうになる。

 殺伐として、荒んだ心にその優しさは効果抜群だ。

 見た目と中身のギャップもいい。

 

「ばっ、ち……ちげぇよ。別に俺は……その、そんな気分だったからだ。アンタがどうとか関係ないんだよ!」

「……松永さん」

「ヤメロ。そんな目で見んな。ほら、止まってないでさっさと行くぞ。お姫様が待ちくたびれてご立腹だろ」


 私が知ってるゲームキャラでもないというのに、そうじゃないかと疑う程の存在感。

 もしかしたら私が知らないだけで、何かのゲームに登場しているのかもしれない。

 自然とゲームに絡めて考えてしまう自分に反省しながら私は松永さんを見つめた。

 私が今にも拝みそうな雰囲気を察したのか、松永さんは私から離れて先に行ってしまう。

 シャイですねと言ったら、また怒りそうだからやめておいて正解だった。


「先、行ってていいですよ?」

「うっせー。いいからわざと速度落として距離測んな」


 振り向きもしないのに何故分かったのだろう。

 足音だろうかと考えながら、松永さんは意外に鋭いので注意しておこうと思った。

 もしかしたら彼が次の加害者になるかもしれないのだから。



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