表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選択肢が拗ねました  作者: esora
【完全ネタバレ!!】オジジの本棚から※本編終了後がよろしいかと。
206/206

初詣ルート5 かはたれ(隠しキャラ)

 参詣を終えてトイレに行っただけだというのに、近くで待っていたはずの人影が無い。

 あれだけの人数で来たというのに一人もいないので、何かあったのではと心配になる。

 メールでも来ていないかと手提げバッグの中からスマホを取り出しても、着信は無かった。


「一応兄さんにメール送っておこう」

「由宇、この神社を見て回りたいのぅ」

「ちょっとオジジ。しっ」


 バッグから出てこようとするオジジを押し込めると、人の少ない場所へと移動してバッグを開けた。

 移動用のミニサイズになったオジジはぶつけたらしい頭部を擦りながら私を見上げる。

 年寄りに乱暴するとは、と眉を寄せたオジジだが周囲を見回すとその目を輝かせた。

 薄明市にある私の中では有名な神社に初詣に行くというのは私が決めた事だ。

 違うゲームの舞台になったこの場所には、いつか訪れてみたいと思っていた。

 けれど、時間が無かったのと何か起こるかもしれないという不安から中々来られなかった。


「心配するでない。ワシの姿はそう簡単には見えんよ」

「オジジと話してる私が変人に見られるの」

「ふむ。それは仕方がない。それよりも、ここは神社の裏手かの?」

「人の話を聞きなさいよ」


 一緒に行きたいと言ったオジジを無視して出かけたはずだったのに、気づけば人のバッグに潜んでいる始末。

 どうやら魔王様は最初から気づいていて言わなかったらしい。

 あの人が親切に教えてくれるはずも無いか、と肩を落とすと柔らかな風が頬を撫でた。


「ほお。人の子よ、随分と面白いものを連れているのだな」

「え?」


 目の前に人が立っていたのに全く気配に気づかなかった私は、慌てて警戒態勢に入る。

 周囲に軽く目をやって立ち上がろうとした私を片手で制し、声の人物はにっこりと微笑んだ。

 危害を加えるような雰囲気は無いが、得体が知れないのは確かだった。

 警戒するに越した事は無いと思っていると、くつくつと楽しそうな笑い声が聞える。


「そう緊張するな。私はお主に害を加える気など毛頭ない。面白そうだから声をかけただけだ」

「はぁ、そうですか」

「そこの……は、滅びの書か」

「ほろびのしょ?」


 オジジを指差すその人物は楽しそうに口元を歪めながら、細く綺麗な指でオジジを突く。されるがままのオジジはバッグの縁に手をかけて難しい顔をしていた。


「あぁ。滅びを呼ぶ本棚。ありとあらゆる書を保管し、記録し続けるというはた迷惑な存在だ」

偉大なる賢者(マスタービブリオン)ではなくて……?」

「それは敬意と畏怖をこめた呼び方だな。皆、口に出さずとも災厄の元だと思っているぞ」

「ぬぬぬ、ワシはそんな事はせん! ただ、人よりもちょっとばかし好奇心旺盛な年寄りなだけじゃ!」


 レディがオジジをそう呼んでいた時の事を思い出す。

 目を丸くさせて驚いていた少女とは違い、目の前の人物はフンと鼻を鳴らすとオジジから指を離した。

 白くほっそりとした手は、自分のものと大違いで少し恥ずかしくなる。

 若い男の声をしているが見た目通りの年齢ではないんだろうと私は彼を見つめた。


黎明(れいめい)……さん?」

「ほぉ。我が名を知るとは、驚いた。流石は人の子にして人ならずもの、と言ったところか」


 記憶を手繰って情報を探し出し呟いた名前に反応した彼は、口元を歪めたまま目を鋭く細めた。

 イナバよりも艶やかな白髪は、陽の光に照らされて眩く輝いている。

 後光が見えた様な気がしながら私は目を細め、溜息をついた。


「歪んだ世界で足掻き、下賤な身にしてはよう折れぬものだと思っていたが。まさか、私の名まで知っているとはな」


 どこから説明しようかと考えていた私は、彼の言葉に動きを止める。

 ゆっくりと顔を上げて探るように彼を見つめると、私の反応が楽しくて仕方がないと言わんばかりに目を細め笑い出す。

 風が吹けば折れてしまいそうな体躯は柳のように揺れ、澄んだ笑い声が耳に刺さった。


「お主は知っておったのか。この世界が歪められた事に」

「当然であろう。私は神だ」


 オジジの溜息混じりの言葉に、黎明は笑いを止めて腕を組むと得意気な表情でそう告げる。

 身長は彼の方が高いので見下されている形になるが、あらゆる事で見下されているような気がした。

 イラッとした私に気づいたオジジが慌てた様子で言葉を紡ぐ。


「知っておったのに、何故協力しなかったのじゃ?」

「管理者、と言ったか? アレが気に入らなくてな。神である私の領域内で好き勝手暴れた挙句、この有様だ。それに何故私がわざわざ手を貸さねばならない? 寧ろ、手伝わせて欲しいと頼みに来るのが筋ではないか」


 下唇を噛んで、拳を握り締める。

 腹式呼吸を繰り返しながら落ち着くようにと何度も言い聞かせる。

 目の前では相変わらず黎明が、人を馬鹿にした表情で見下しているけれど。


「それに、私は乱暴な事は好かぬ。野蛮で粗暴、卑しく汚いそなた達は私の手足となって喜んで働かせてもらうのが役目ではないか?」

「ごめん、オジジ」

「由宇、深呼吸じゃ」

「神域に穢れたものを多く連れてきおって。年の始まりだというのに、こんなに不快な日は他にはないだろう」


 頑張って耐えろ、とオジジが私を見つめてくる。

 私もこんな所で暴れても何もならないのは知っている。

 けれど、目の前のこの男は私より力があるくせに、何もしようとしなかった。

 歪んでいる世界を知っていながら、傍観し続けた。

 私だけではなく、この神社を慕う人達がどうなっても構わないと思っているんだろう。

 彼にとっての人は自分の力の元、ただの餌でしかないのか。


「……ら……くせに」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ」

「そもそも、お主のような“穢れ”に立ち入る事を許可した私を敬う心が足りないのではないか? 人ですらなくなったお主に同情した私がいけないのだろうな」


 そんな事、赤の他人に言われずとも分かっている。

 静かに息を吐いた私は、妙に周囲が澄み切っている事に気がついた。

 信仰心が無かったら存在できないくせに、と心の中でさっき呟いた言葉を再び呟く。


「それで、神様は私に何をおっしゃりたいのでしょうか? 出て行けと言うのであれば、すぐにそういたしますが」

「この場で死んでみせよ」

「は?」

「その器は一度消滅したであろう? ならば、死んでも再び蘇るに違いない。下らないが、その程度の余興でこの度の非礼は許してやろう」


 ループは消えた。

 死んだら【再生領域】へと向って新たな命として再び世界に落ちる。

 私の場合は管理者に回収されて今と変わらずあちこちを飛び回っているに違いない。

 それはきっと、神原君も同じだろう。もしかしたら、榎本君までついてくるかもしれないけれど。


「由宇、分かる。オジジは痛いほど分かるぞ。だから、我慢するんじゃ」

「あははは。無理かなっ」


 大声で笑った私はにっこりと笑みを浮かべてそう言った。

 言い終わる前に左手はしっかりと相手の襟首を掴まえている。私の力でも軽く持ち上げられる程度の優男は苦しそうに呻きながら、ぶらぶらと足を動かした。


「卑しく下賤の身でも、必死に生きているのよ? 神様には分からないでしょうけどねぇ」


 右掌を黎明の胸部に当てて術を紡ぐ。

 抵抗しようと必死にもがいている彼だが、動きは先に封じているので無理だ。

 長引けば解かれてしまう恐れがあるのでこういう事はスマートさが大事。

 一つ、二つ、と術を重ねて彼の胸に刻み左手を離す。


「神様なのに、抵抗しないんですか? 下賤の輩が調子に乗ってしまいますよ?」

「……封じの矢でも突き立てるか?」

「貴様ら、調子に乗るなよ……」


 後方へ派手に吹き飛ばされた黎明は忌々しいとばかりに私を睨んで起き上がる。

 よろり、とその体が揺れたと同時に間合いを詰められたが、このくらいなら余裕で回避ができた。

 着物と草履だというのに普段と何ら変わりない身のこなしができる自分に思わず苦笑してしまう。


「負荷、か」

「っ! 何故動ける! ここは私の神域だ! 私の領域であり、誰も私には逆らえぬはず!」

「管理者はお主の上位存在じゃからの。由宇は言わばそれに準ずる位置におる。ならば、お主より上位なのは明白であろう?」


 相手の領域内に入ったと分かるこの感覚は嫌いでは無い。

 ずっしりと圧し掛かる重さは目に見えないが、空気が変わる瞬間が私の中の何かを呼び覚ました。

 あぁ、これは戦いだ。

 魔族軍の一幹部として戦場に立った時と、歪みから湧いて出る化け物と戦う時と同じような興奮。

 ゴッさんやモモの事ばかり馬鹿にしてられないなと苦笑していると、目の前に白い影が躍り出た。


「由宇お姉ーさーん」

「イナバっ!?」

「はっはー。やっぱりでしたねぇ。全く、駄目ですよ境内で暴れたりしたら」

「売られた喧嘩は買っておかないとなって思ったから」


 頬を膨らませ片手を腰に当てて私を怒るイナバは、首を傾げて倒れている黎明を見つめた。

 イナバが私に飛びついた勢いで、攻撃を仕掛けてこようとしていた彼が倒れてしまったのだ。

 自分が神様を突き飛ばしたと分かっていないイナバは「神様ー?」と呼びながらその体を触る。

 うつ伏せに倒れたまま動く気配の無い黎明に私はオジジを顔を見合わせ軽く肩を竦めた。





 可愛らしい着物に身を包んだイナバは上機嫌でクルクルと回る。

 オジジと手を繋いではしゃぐ様子を眺めていた私は、俯いたまま鼻を啜る黎明に何度目か分からない溜息をついた。


「私は、神様なのに……神様なのに」

「あーはいはい。カミサマカミサマ」

「お主がただの人間であったら、一瞬で消し炭になっておったのだからなっ!」

「あ、それ経験済みなので結構です」


 片手を軽く上げてお断りすると、端整な顔立ちが歪んでいく。

 口をすぼめて眉を寄せているがその目からボロボロと涙が零れた。

 幼子が必死に泣くのを堪えているような姿に似ているな、と思っていれば「人でなし、人でなし!」と言われる。

 人じゃないですから、と言って視線を逸らすとまたさめざめと泣き出した。

 黎明の知っている情報を聞きながら、この世界で何が起こったのかを簡単に説明した途端性格が変わったかのように彼は大人しくなってしまった。

 出会った時のような高圧的な態度の方が良かったと言えば、無理を連呼される。

 ゲーム内の彼もこんな性格だったような気がする。

 神様らしく威厳ある高貴な雰囲気を出すために、言葉遣いから仕草まで研究し尽くして頑張ってみた結果が先程の様子だ。

 本来の彼は気弱で優し過ぎるが故に、厄介事ばかりを引き込んでしまう損な性格だった。

 ヒロインとの出会いでそれを打破する方向へと向うはずだが、どうやらこのゲームのヒロインは彼のルートには入っていないらしい。

 心配になってイナバに聞けば、別ルートに入って順調にやってますとの答えが返ってきた。


「なるほど。お主が恐ろしいくらいに私の情報を知っているのは、そのげぇむとやらのせいか」

「まぁね。でも、気分が乗って心地よいのは分かるけど、あれはやり過ぎだと思うわ」

「すまぬ。誰も止める者がおらぬ上に、その……つい、興が乗ってしまって」

「うん。そのままでいいんじゃない? 無理して作る必要は無いと思うけど」


 ある程度の威厳と高貴さは必要だと思うが、それは参拝者相手でいいと思う。

 ヒロインは確か、作らずとも神様らしくなれるように頑張ろうとか言っていたかもしれない。

 大丈夫だ。フラグは立てていない。


「そう……か?」

「うん。オジジがいなかったら、消す一歩手前まで行ってた気がする」

「お、お主もやり過ぎだと思うぞ」

「うん。だから、反省してます。ごめんなさい」

「いや、そう素直に謝られると私も困る。元はと言えば、私が悪かったのだからな」


 面白いものがいるから、少しからかって遊んでみよう。

 彼が私を外界から遮断された神域へと誘ったのはそういう理由からだと言う。

 子供か、と思わず突っ込んだ私の言葉に恥ずかしそうに頬を赤らめる意味が分からない。褒めていないと言えばすぐに項垂れてしまったけれど。


「由宇は、強いのだな」

「そう? まぁ、弱いままだったらここにいないわね」

「それに比べて私は。薄暮県の護神だというのに、情けない」

「うーん、大体管理者のせいだからね。あと、元神達」

「それにしても、だ。私は異常な様子に気づきながらも、内に篭って嵐が過ぎ去るのを待つ事しか出来なかった」


 普通の人に黎明を見る事はできないので、彼の心はとても不安定なものだっただろう。

 相談できる相手もおらず、時折誰かを神域に招いては寂しさを紛らわす日々。

 世界の異常に気づいても太刀打ちできるほどの力が自分には無い。それを痛感した時は、どんな気分だったんだろうかと想像して私は眉を寄せた。


「ま、仕方がないじゃない。それに今はその大嵐は過ぎたわけだし。貴方は今までと同じようにこれからも護神として薄暮県を見守っていればいいのよ」

「そう言われても……」

「異常があればすぐにかけつけるから、心配ないわよ」


 こう見えても結構強いのよ、と軽く腕を撒くって二の腕をパンパンと叩いてみせる。

 はしたない、と黎明に窘められて着物を直された私は大人しくしながら彼をじっと見つめた。

 正直、女の私よりも繊細で色気がある。

 彼にお祈りしたら少しは女らしさが見につくだろうか、と思っていると首を傾げられた。

 さらり、と揺れる艶やかな白髪はイナバよりも長く触り心地が良い。


「そうか。ならば、頼りにしよう」

「了解」


 何かあればイナバに連絡すれば私に繋がると説明し、イナバが黎明と連絡手段について話し合っている。

 白髪二人を見ていると、兄妹というよりは親子に見えて私は思わず笑ってしまった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ