初詣ルート2 恋愛運が悪い三人(兄と叔父)
深い溜息をついて申し訳無さそうに俯く兄さんへと目をやった。
私が大丈夫だと告げれば、その顔にやっと笑顔が戻る。
「あぁ、どうしようかと思ったぁ」
「私がトイレ行ってる間に何で皆はぐれるのよ」
「それぞれ見たいものがあったりして大変だったんだぞ! 俺の心労も考えてくれ」
「仕事だと思えば?」
「正月からかっ!?」
つまり、私が席を外してしまってから兄さん一人ではどうにもならなかったという事か。
魔王様からはゴッさんとミシェルの二人と一緒なので大丈夫だと言われ、榎本君と神原君は一緒に行動しているらしい。
それぞれで参拝した後、集合場所を決めて集まる事になったからいいものの、まさかバラバラになってしまうとは思っていなかった。
自分勝手な行動をするような人物ばかりではないはずなのに。
「兄さんって、もっと上手くやれると思ってた」
「新年早々妹からの辛辣な駄目出しに、兄さんは心が折れそうだよ」
「そうは言ってもゴッさんはもう慣れたでしょ? 魔王様だって怖い人じゃないから心配するほどの事は無いし、榎本君と神原君は年下で二人とも丁寧だから大丈夫だと思ったんだけど」
「……あの面子を束ねられるお前が異常だよ」
「えっ?」
「何でもないです」
お年玉をくれるって? と首を傾げ兄さんを覗き込むようにすれば調子に乗るなとデコピンされてしまった。
深呼吸をしてやっといつもの調子に戻った兄さんは、参拝者の列を見て顔を引き攣らせる。
私はその隣で背伸びをしながら、見つけやすいゴッさんやミシェルの姿を探していた。
「並び直すか?」
「まさか。ここに並び直すなんて気が遠くなるよ」
「だな。お参りはまた後日にして熊手や御守買ってくるか」
「そうだね。場所を変えるにしても、どこも混んでるだろうし」
早く出てきた意味が無かったと呟く私に、兄さんは美味しいものを奢ってやるからと言って近くで配布されいた甘酒を持ってきてくれる。
神社の近くにあるお寺は空いていたのでそこでお参りをして、毎年恒例のおみくじを引いた。
「あ、中吉だ」
「凶……」
「お払いしてく?」
「いや、いい。ギチギチに結んでやる」
戒めの為に持っていたら、と私が言うと鼻息荒く歩いていた兄さんの動きが止まる。
そして握り締めていたおみくじをもう一度じっくり読むと、私を見て「そうするか」と呟いた。
女難の相があるから今年も気をつけなければとの声を聞いて、切なくなる。
やはりお払いをしていった方がいいんじゃないかと思っていると、背後から優しい声が聞こえた。
「落ち着いたと思ったら、持っておいで」
「そうそう。戒めを心に刻み込んだらまた神社に持ってくるといいよ」
「そうだな……って、お前誰と話してるんだ?」
「ん?」
落ち着いたら持ってくるようにと誰かが言ったから、その通りだなと思って頷いた。
誰かが言った……誰が言った?
慌てて周囲を見回すが私と兄さんの他は、離れた所に参拝客が何人かいるだけで声の主らしい姿はない。
すぐ傍にいるような感じだったのにと首を傾げる私を兄さんは嫌そうな顔をして見つめた。
「お前、正月からそう言うのはやめてくれよ?」
「そんな事言われても……」
「あ! もしかしたら父さんだったのかもしれないな。そうか、それなら分かる」
「え?」
「そっか。父さんが俺たちを見守っててくれているんだな。よし、気を引き締めて過ごすぞ!」
聞えた声は父さんの声ではない。
はっきりとそう言えるのに、理由を尋ねられた場合にどう説明すればいいのか困る。
上手く誤魔化せそうもないので微妙な顔をして私は黙り込んだ。
聞き慣れてしまった父さんの声を他と間違うはずもない。
それにギンは神原君と一緒に行動しているので近くにいれば、私の肩にでも止まってくるだろう。
自分で言っておいて寒気がするが、やはりそういう事なのか?
「焼きそばに、お! お好み焼きにもつ煮込みもあるぞー。由宇、どれがいい?」
「お好み焼きと煮込みをネギ多めで」
「分かった。じゃ、ここで待ってろよ?」
「よろしくお願いします」
ピシッと兄さんに向って敬礼した私は、先ほど聞こえた声の主を考えていた。
透き通るような声を持つ若い男だというのは分る。
年齢は、二十代前半から三十台後半にかけてあたりか。
考えれば考えるほど、聞いたばかりの声が頭の中から段々と薄れてきて思わず眉を寄せてしまった。
思い出そうとしても靄がかかったかのようにはっきりしない。
「おい、由宇。お前一人で何してんだ?」
「あ、叔父さん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あぁ。明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。よし、これはお年玉だ……って違う。そうだけど、違う」
大学生になったのに未だお年玉をくれる叔父さんに、私は素直に喜んだ。わぁい、と嬉しそうにはしゃぐ私に叔父さんは一人ノリツッコミを始めた。
叔父さんもここの神社に初詣に来たらしい。
参拝終わりにブラブラしていたらポツンと一人でいる私を発見したので心配になったようだ。
ナンパなんてする奇特な輩はいないから大丈夫だと笑えば、そういう問題ではないと怒られる。
大人数で初詣に来ている事を知っている叔父さんは、きょろきょろと周囲を見回して首を傾げた。
「皆とはぐれてしまって。私は兄さんと一緒なんだけど」
「は? で、時雄は?」
「出店に食べ物買いに行った」
「……あのバカ。なつみじゃないからって、油断し過ぎだろう」
叔父さんがさりげなく酷い事を言ったような気がするが、スルーする。
なつみは友達と他の神社へ初詣に行っている事も母さんから聞いて知っているらしい叔父さんは、大きな溜息をついて私をじっと見つめた。
顎に手を当てて、ふむふむと呟きながら見つめる叔父さんは一体何を考えているんだろう。
「何?」
「いや。こうして見ると、お前も大人になったんだなぁと思ってな。何だよ、その顔は」
「ううん。馬子にも衣装って言われるかと思ったら、分かり辛い褒め方されてびっくりした」
「うるさい。しょうがないだろ、お前だって俺の可愛い姪っ子なんだから」
「しょうがないもんね」
「……由宇、前はこんなにキツイ子じゃなかったよな?」
叔父さんが言う“前”がどのくらい前なのかが分からない。
何度もループばかりしていたせいで、荒んでしまった姪の変化に悲しんでいるんだろうか。
私の両肩を優しく掴んで、今にも泣きそうな顔で「な?」と言われると反応に困ってしまう。
前の私を思い出して演技した方がいいのか悩みながら、とりあえず謝った。
「ごめんなさい」
「いや、うん。俺も悪かった。そうだよなぁ、もう成人してるんだもんな。色々あるよなぁ」
「ん?」
「で、誰なんだ? 時雄や姉さんには黙っておくから、叔父さんだけには教えなさい」
綺麗に整えてもらった髪を、崩さないように気をつけて撫でてくれる叔父さんの手がくすぐったい。
慈しむような優しい表情と目で見つめられた私は、質問の意味が分からず首を傾げた。
母さんや兄さんに内緒にしておくような事を叔父さんだけに教えろと言われても。
管理者の手足となって歪みを修正しているなんていくら叔父さんでも話せるわけが無い。
「……何か、勘違いしてない?」
「ん? いいから、誰なんだ? ほとんどが年上だけど、お前は年上がいいって言ってたからなぁ」
「いや、だから……」
「仲が良いのはゴッさんか。あの金髪の白い青年……ミシェル君とも仲が良さそうだったな。それとも大穴で妖しい雰囲気の名無さんか? 俺は歳も近い榎本君あたりかなと思ってるんだけどな」
叔父さんが何を知りたいのか理解した私は、大きな溜息をついて肩を落とす。
不機嫌な表情で叔父さんの腕を払えば、驚いた顔をした叔父さんが首を傾げた。
腕を組んでトントンと指で二の腕を叩く私の様子に、機嫌が悪いと気づいた叔父さんが慌てて謝るが遅い。
「いや、俺としては酒屋で働いてる松永君か、花屋の東風君を推したいんだよ。でも榎本君はお前と同じ歳なのに、落ち着きようが年齢以上だろう?」
「……」
近くの商店街で働いて良く知っているだけに、松永さんと東風さんを推したい気持ちは分かる。けれど、いくら男ばかりの中に女が私一人だからといってそんな風に考えてしまうのか。
私に立つフラグは死亡か厄介事しかないんだよ、と声を荒げて言いたい。
何とか回避できたはずの死亡フラグだが、恋愛よりも立つ確率は高いと感じている。平穏な暮らしに戻ったとは言え、やっている仕事が危険なものだから尚更だ。
次に死んだらループする事は無く、そのまま【再生領域】に回収され新しい命として生まれ変わるんだろう。
私がいなくなってしまったら家族や友達が悲しむだろうし、何より仕事の負担を神原君に押し付けてしまう事になる。
榎本君も状況を知っているから手伝ってくれているが、私や神原君に比べたら能力は劣る。
「ねぇ、叔父さん。私、そんな雰囲気に見える?」
「……由宇?」
「恋愛できるのは、心にも環境にも余裕がある証拠。私は自分の事で手一杯で、他の事なんて考えられない」
「うーん。何があったのかは知らないが、言って楽になるならいつでも聞くぞ?」
家族の事、友達の事。
それから自分の事を考えて、その他という優先順位はこれからも変わりそうにない。
イナバが言うにはその他と私の順位が入れ替わる場合が多々あるらしいが。
眉に力を入れて俯き加減でそう呟いた私に、何か思うところがあったのだろう。饒舌だった叔父さんは声のトーンを下げてポンポンと私の頭を叩いてきた。
安らぎがあって、頼れる自慢の叔父さんがやっと戻ってきたかと思っていると食べ物をたくさん買ってきた兄さんの明るい声が聞こえてくる。
「由宇、買ってきたぞー。あ、叔父さん」
「おう時雄。明けましておめでとう。可愛い妹を一人残すとは、お前も油断してるな」
「はは。明けましておめでとうございます。いやぁ、由宇ならナンパも目で殺せる気がして……」
「俺も思った」
ヒソヒソと内緒話をされても、それが本人に聞えていたら意味が無いと思う。
なんならご期待に添いましょうか? と私はこちらを窺ってくる二人に自慢の笑顔を向けた。
ヒッ、と引き攣ったような声が聞こえた様な気がしたのは気のせいだろう。
「何だ。結局家族で初詣になったなぁ」
「代わり映えしないけど、変わらないのもいいんじゃない?」
「そうだな。この後の事を考えると胃が痛いけど」
「大丈夫だってば」
はぁ、と溜息をついて項垂れる兄さんから煮込みの入った器を受け取る。叔父さんからは着物を汚さないように気をつけろとハラハラされてしまった。
正月からもつの煮込みを食べて満足した私は、そろそろ集合場所に移動しようと言う兄さんに頷く。
「のん気なもんだなぁ。来年は恋人と初詣くらい行けよ?」
「そうだぞ。浮いた話の一つも無いお前が、兄としては心配だ」
「あはははは。そっくりそのままお二人にお返しするわ。お嫁さんになる人、紹介してくれてもいいんだけどなぁ?」
女運が無い叔父さんと兄さんは互いに顔を見合わせて溜息をついた。何か通じるものがあったのか、叔父さんは兄さんの肩に手を回して唇を噛み締めている。
そんな二人の背中を見ながら、我が家で一番最初に結婚するのはなつみになりそうだなと思うのだった。




