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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
195/206

194 親子の再会

 その目には、恐怖や怯えもなく。

 憤りや怒りも感じられない。

 恐ろしく凪いだ雰囲気に穏やかな表情をした彼女は、目の前に立っている人物に微笑んだ。



 油断すれば落ちてしまう落とし穴。

 死亡エンドに繋がらないよう、慎重に歩みを進めてきたつもりだったがここで自ら落ちることになろうとは。


「大丈夫なんですよね?」

「私を信じなさい」

「貴方だから胡散臭いのよ」

「ミヤコ……」


 これで穴に飛び込むのは二度目かと思いながら私達は魔王様が開いた大穴に飛び込んでゆく。

 最初に高橋さんと、彼女に引き摺られた神パパが落ち、インレフリス、イナバと続く。

 ゴッさんと私、そして最後に魔王様という順になるんだろうなと思った私は順番を譲った。

 驚いた表情をする魔王様に穴を塞ぐのは私がやりますから、と告げれば困ったように笑みを浮かべられる。

 その様子にやっぱり一人だけ上に残る気だったのかと思った私は、残っても何もいい事は無いですよと呆れたように呟いた。

 渋る魔王様を無言でやり取りを聞いていたゴッさんが「無礼をお許しください」と丁寧で優しい口調で告げて、魔王様の体を思い切り大穴へと突き飛ばす。

 ぽっかりと口を開けた深淵を見つめていた私に、いつもの口調でゴッさんが声をかけてきた。

 私は静かに頷いて躊躇いなく大穴に飛び込むゴッさんに、しっかりと抱えられながら遠ざかる光に向って手を伸ばした。

 言葉を紡ぐよりも早く姿を現したカタスが、私の意思に従って穴を塞いでゆく。

 何故自分にこんな事ができるのか、詳しい事は私も良く分からない。

 けれど、選んだ選択肢に間違いはなかったはずだと苦笑した。

 神原君が自在にオンオフできるようになったという選択肢。

 気がついたら大事な場面で目の前に現れ、選択を迫るのだというそれ。

 最後の最後で私にも見えるとは思わなかったと、穴に入る前の事を思い出して苦笑する。


魔王様(ナナシ)を先に行かせる”

“私が先に行く”


 その二択が現れれば誰だって上の選択肢は怪しいと思ってしまうもの。開いた穴を閉じるからと言った魔王様の言葉を考慮すれば下を選ぶのが普通だ。

 だからあえて上を選びたいが、選んだ場合穴を塞げず困ったことになる時もある。

 かと言って下を選べば魔王様はあの場に残ってしまっただろう。

 後で合流なんて望みが薄そうな展開はごめんだ。

 切り札を持っているので何とかなるだろうと簡単な気持ちで上を選んだというのに、再度同じ選択肢が出てどちらかを選べと迫られる。

 何度上を選んでも同じことの繰り返しに、私はそのパターンかと思わず笑ってしまった。

 継ぎ接ぎの世界に溶け合ってしまったゲームの設定が、領域だからこそ強く影響しているのかもしれない。

 それは分かるが、神原君のようにオンオフの切り替えもどうしたらいいか分からない私はひたすら視界を占領するその選択肢が鬱陶しくてたまらなかった。

 しかも、下を選択するまでは消えないからなと言わんばかりのループ。

 だから私は仕方がなく下を選んで選択肢の表示を消すと、ぶれる視界で魔王様を先に行かせたのだ。

 ぶれた視界で見えたもう一つは、下の選択肢通りに行動して残った魔王様に私が手を伸ばすというもの。

 結局、その手は届く事無く穴は塞がれてしまったが。


「無茶をしますね、ユウ」

「フォローお願いしますよ、管理者サマ」

「そちらは何とかインレフリスに処理してもらっていますよ。名付け親である貴方が絡んでいるなら仕方がないとの事でした」

「……良かった、名付けられて」


 選択肢を破壊するなんて、世界のシステムに異常が出てしまいますからねと呟く魔王様に、世界が異常なのは今更ですと返した。

 ブッと噴き出すようにして笑ったゴッさんに、魔王様は気分を害した様子も無く「そうですねぇ」と納得したように頷く。

 ぶれた視界に映ったもう一つの世界には、ゴッさんがおらず私一人だった。

 そういう違いも少しずつ影響しているのかなと思っていれば、魔王様が急に笑い出す。


「あの子は能力が飛躍的に向上してますね、システムの一部を破棄したそうですよ」

「わお」

「不安定な状態だからこそ、やってのけられる荒業ですがね」


 本来ならばとても褒められたものではありません、と言いながらも魔王様の表情はどこか楽しそうだ。

 キラキラと眩しい眼差しを向けられた私は思わず目を細めてしまったが、不快に思っていると勘違いしたらしい。

 唇を尖らせて「そんな顔をしなくても」と呟く魔王様にゴッさんはまたも笑う。

 そんな彼の後頭部をバシバシと軽く叩きながら、見えてくる小さな光に吸い込まれるよう私達は落ちていった。




 意外と静かに着地するゴッさんのお陰で、私に伝わる衝撃はほとんどない。

 温存のためとは言え、随分楽をさせてもらってばかりだなといい気分になっていると周囲に轟音が鳴り響いた。


「うわっ」


 私達のせいじゃないよねと魔王様と顔を合わせれば、何本もの光がこちらに向ってやってくる。

 鋭く早いその光を防御膜(シールド)で防いだ魔王様は「やりますねぇ」と笑みを浮かべた。

 光は何本も飛んできて、逃げればその後を追うように綺麗に曲がる。

 追尾型とは術者は高位だなぁ、なんて思いながら私は左手に出現させたクラーにそれらを全て吸収させた。

 パクパク、と光の矢を食べたクラーは物足りないのか歯を鳴らして私に訴えかける。


「高橋さん達は?」

「それぞれ、戦闘中のようですよ」

「ラスボス戦ぽくなってきましたね」

「ワクワクしますか?」

「あまり。神が相手とは言え、こっちの戦力もそれなりですからね」


 神のもう一人は今回もまた無事に高橋さんの武具になっているようだけど。神ママが登場しての三角関係かと昼ドラめいたことを想像して、萎えた。

 そんなくだらないこと考えてる場合じゃない。

 神原君と榎本君の姿も見えたが、あの二人が背中合わせで敵を倒してゆく姿を見られるとは思っていなかったので意外だ。

 榎本君はともかく、神原君が戦っている様子はいつかの勇者の姿と重なって懐かしい気持ちになる。

 彼が手にしているのは勇者の剣ではなく、白い大鎌だけれど。

 どうやら高校の裏世界で手に入れてから彼はあの大鎌が気に入ったようだ。

 白き死神か、と勝手に彼の二つ名を考えながら私はゴッさんの肩の上で攻撃を全てクラーに食べさせる。

 魔王様も軽やかなステップを踏みながら鮮やかに巨大な敵を倒していた。


「……私の出番が、あまりないな」

「ご主人様の役に立つのもお仕事ですよ、ゴッさん」

「ふむ。それはそうだが、拮抗するかと思っていたがそうでもなかったな」

「それは……言わないで」


 私も、ちょっとレベル上げ過ぎた感が否めないなと思っていただけにゴッさんの言葉に溜息をついてしまった。

 そうだ。敵が弱いんじゃない。

 案じすぎた私達がレベルを上げ過ぎたんだ。いや、レベル上げなんてしてないけど。

 私は再構成されてから能力が上がり、インレフリスは名付けられてからパワーアップした。

 魔王様はオジジのマップにより、最短距離で無駄なく力の欠片を回収し終えて笑いながら襲ってくる化け物を吹き飛ばしている。

 イナバも相変わらず一人で戦える程強いが、その頭上にしがみ付いているオジジが恐らく指示を出しているのだろう。

 神のことも、歪んだこの世界の事も知っているオジジだ。

 完璧なマップを所持していたくらいだから敵の弱点は容易に分かるんだろう。


「それで、まだ降りぬのか」

「降りたいのは山々だけど、魔王様から降りるなって言われてるのよね」

「で、お前はそれを律儀に守っていると」

「まぁね。何がきっかけでどうなるか分からないから、一応はね」


 魔王様のその指示に対してインレフリスもイナバも何も言わなかった。

 離れた所でしっかりと聞いていたらしい神パパは少し驚いた顔をして、苦笑したのも確認している。

 横目でギロリと高橋さんに睨まれ、すぐに顔を逸らして口笛を吹いていたが。

 ゴッさんには悪いが、暫く私の手足となって動いてもらう他ない。

 自由に暴れられなくて悪いと思っていると謝罪すれば、意外にも気にしていないと笑って返された。

 こういう状況で真っ先に突っ走りたがる気性だろうに随分と丸くなったものだと私は眉を寄せる。

 言わずとも考えが読めたのか、ゴッさんはフルフェィスの兜の中でくぐもった笑いを上げ続けた。表情が見えないのでどんな顔をしているのかは知らないが、恐らく楽しくて仕方がないという顔なんだろう。


「焦らされれば焦らされるほど、イイというものだ」

「変態」

「それにこの場は戦場にしては血生臭さが足りぬ。やはり、戦いというものは汚く醜いものでなくてはな」


 ゴッさんの戦いにおける美学というものが未だに理解できない。

 泥臭い欲望のぶつかり合いがお好きだというのは何となく分かるが、敵に回すと厄介なことこの上ないだろう。

 強敵との出会いを求めて死地に向うのも嬉々としていそうな彼だ。

 白い空間で行われている目の前の戦闘は、彼にとって味気ないものに映るのかもしれない。

 魔術が飛び交い、手にした武器を振るっても相手は簡単に崩れてゆく。

 数で襲うにも広範囲の魔法で片付けられてしまうので意味が無い。

 在りし日の姿を取り戻した魔王様は、準備運動をするかのように強力な魔法陣を多数展開させた。

 傍にやって来た高橋さん曰く、あれでも前回神と戦った時よりまだ弱いらしい。


「高橋さん、大丈夫なんですか? 神パパ放置して」

「あぁ、いいのよ。アレはアレで、やりたい事あるでしょうし」

「はぁ。って、え? それって駄目なんじゃ」

「大丈夫よ。油断してるようにしか思えないかもしれないけど、貴方がいるもの」


 笑顔で何度となく言われた事をまた言われてしまって私は複雑な心境になる。

 確かに私の手元には切り札があるが、それがどんな役に立つのか実は良く分かっていない。

 奪われてしまったらそれこそ意味が無いじゃないかとも思ったが、高橋さんが神パパに固定化してるからどうのとか言っていたのを思い出す。

 つまり、コレの所有者は私に決定して上書きができないということか。

 そう思いながら私はカードの入っているポケットの中に手を入れて、ちゃんとそれがあるかどうか触って確かめた。


「それ、プレッシャーなんですけど。って、私まだこのままですか?」

「ええそうよ。不自由なのは分かるけど、我慢してちょうだい。大丈夫、貴方の事は私達が守るから」

「あ、いや……迎撃は出来ますので大丈夫ですが、ありがとうございます」


 守られる。

 ある程度自分の力に自信が持てるようになった今、言われるとは思ってもみなかった。

 足手まといからギリギリ脱出できたと喜んでいたのに、ちょっと寂しい。

 私も早く神原君や榎本君のように戦いたい。

 前線に出るとは言わないから、強くなったんだという事を知らせたいという気持ちが胸に渦巻いた。

 チラチラ、とうるさく視界に入ってこようとする選択肢を腹に力を入れて退かせる。

 これは何なんだろう。

 世界に溶け込んだゲームシステムの介入?

 欲しい時に全く現れなくて、今更現れるなんて腹が立つ。


「ゴッさん」

「……了解した」


 ハッとした私の声に少しの間の後頷いたゴッさんが、その体躯に似合わぬ俊敏さで私が移動したい場所まで駆けてゆく。

 驚いたように名前を呼ぶ高橋さんに軽く手を振って、私は睨み合うレディと神パパの元へやってきた。

 ヘラヘラした神パパを、亀島教授が目を輝かせながら凝視している。

 前のめりになる体を両脇から神原君と榎本君に押さえられ、近づき過ぎて危険だと下がらせられていた。

 落ち着いた表情だが、怒りを秘めている雰囲気のレディは何を考えているのか分からない神パパを見上げて口を開く。


「大きくなったね、アキラ」

「っ!」

「君がこんなに成長したなんて、遠くから見ていたから知ってはいたけど……やっぱり目の前にすると違うものだね」


 レディよりも早く声を発した神パパの言葉は、今まで私が聞いたことのない響きで戸惑ってしまった。

 一瞬、レディも動揺したのだろう。揺れた心を戒めるように奥歯に力を入れたのが分かる。

 神パパはそんな彼女の動作一つ一つを愛しげに見つめ、数歩間をつめるとゆっくり屈んだ。

 目線をレディと同じくらいの高さにした彼は、ずっと被っていたフードを取ると笑みを浮かべ少女を見つめる。

 愛娘ではないけれど、限りなく近い存在の可愛い娘。


「前回よりも、大人びて……女の子はやっぱり成長が早いんだなぁ」

「レディに気安く触れないでいただけますか?」

「くろうさ……じゃなくて、インレフリスちゃんか」


 彼らの間に割って入るように、インレフリスがレディの後方から静かに歩いてくる。

 ニィと笑った神パパの表情を見て、慌てて振り返ったレディがインレフリスに何かを叫ぶ。

 驚き立ち止まったインレフリスの体が、瞬きした瞬間に宙を舞って神原君に受け止められたのを見てほっとした。

 





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