192 同じくらいに大切なもの
マップを見ながら迷うことなく、道無き道を行く。
流石だなと思う反面、寄り道ができないのが心残りだ。
時間が無いのでまっすぐ出口に向かって行かないとダメなのは分かっているが、違う方へ行けば何があるのか気になって仕方がない。
新たな出会いがあるかもしれない。
新しいアイテムが手に入るかもしれない。
隠しイベントが始まるかもしれない。
興味をそそる“かもしれない”が待っているのかと思うと、ついうずうずしてしまった。
「由宇さん、駄目ですよ」
「……分かってるよ」
オジジが所有していたマップは正確で、一度も道に迷う事く次の領域へと進むことができた。
魔王様や高橋さんもそれを見て感嘆していたところから、オジジの凄さが良く分かる。
本当に得体の知れない存在だ。
そう口にすると必ず「本の妖精じゃ」と笑って返される。
魔王様ですらそれ以上の情報は引き出せなかったくらいだから、謎は深まるばかり。
不思議に思って追求したい気持ちはあるが、それどころではないのも分かっている。
ふらり、と違う道に入りそうになった私をインレフリスが引き戻す。
淡々とした口調で私を見たインレフリスは、それ以上何も言わずに私の背中を押した。
ゴッさんも私と同じように少しつまらなそうな顔をしていた。
「あー! そういうのはわたしの役目ですしっ!」
「そのわりには油断してばかりのようですが。それに、貴方は確かに相棒ではありますがそれだけですよ」
「はぁ?」
「はいはい。二人ともおしまい。その喧嘩する力は他に回そうね」
顔を近づけて睨み合っている二人に軽く手を叩いて終了を知らせる。不満そうな表情をしていたのはイナバだけでインレフリスはすぐに気持ちを切り替えたようだ。
主であるレディが苦戦しているかもしれない状況なのに、落ち着いているように見えるのだから本当に大したものだと思う。
私なんてそんな状態になったら真っ先にうろたえる自信があるなぁ、と思いながら小さく欠伸をした。
「はぁ」
ゴッさんの肩に座りながら運ばれるだけのなのでとても退屈だ。
向かってくる敵を攻撃するのも、他の人たちが取りこぼしてしまったものを片付ける程度。
文句ひとつ言わずに私を運んでいるゴッさんが、ふと口を開いた。
「どうしてあいつを呼ばない?」
「あいつ? あぁ、ミシェル? だって、反り合わないし」
「ミシェルさんは解放してますから呼べないですよ、由宇お姉さん」
「あ、そうだっけ」
自分でそうしておきながらすっかり忘れていた。
解放するから後は好きにしろと言ったんだった、と呟く私に魔王様が肩を震わせて笑ったのが見える。
高橋さんと引き摺られている神パパは相変わらずで、見慣れてしまった自分にちょっとショックを受ける。
あれは慣れてはいけない光景だ。
「そう言うことでした」
「ふむ。しかし、お前が呼べば来ると思うのだがな」
「呼ぶと思う? この私が」
「いや……ないか。すまん」
どう考えてもあり得ないじゃないか。
高校の裏世界では、華ちゃんやモモもいたので見た目重視でミシェルを選んだだけだ。あそこでゴッさんを選んでいたらモモはともかく、華ちゃんの第一印象が悪くなってしまう。
第一印象はとても大切だ。
そこさえ良くしていれば後々も付き合いやすいのだから、気を付けるのは当然だろう。
漆黒のゴツゴツした鎧を身に纏うゴッさんなんて誰がどう見ても敵でしかない。
親切にされたとしても裏があるとしか思えない。
だからやはり、ミシェルが適任なのだ。
あれ以来姿を見ていないミシェルの事が頭に過ったが、別に心配はしなかった。
彼ならばどんなところでも逞しく生きていることだろうと何度も頷きながら、私は神パパを武器に敵と戦っている高橋さんを眺めた。
武器にも盾にもなる神パパの汎用性の高さには驚きだ。
そんな風に扱う高橋さんにも驚きだけど。
「第一、私から解放されてのびのびしてるでしょ? 成仏したんじゃないの?」
「いや……あいつはまだ、待機所にいるぞ」
「え、何で?」
「いや私に何故と聞かれてもな」
元々仲が良かったはずなんだから話しかけろよ、と突っ込みを入れるがゴッさんは視線を逸らす。
接触しないようにしてから随分と経つので、話しかけ方も忘れたんだろうかと私は溜息をついた。
それにしてもミシェル。解放されたというのになぜ待機所にいる。
解放されたならあそこに入る事はできないはずだ。
「待機所って何ですかー?」
「呼び出される死霊達が待機してる場所のことよ。大きな高級ホテルのようになっていて、それぞれが自由に寛いでるの」
スカルナイトと、聖騎士が肩を組んで酔っ払いながら歌を歌ったり、ゾンビが僧侶と美容の話で盛り上がっていたりと、普通では見られない光景があちこちでよく見られる。
ミシェルの部屋は確か最上階で、ゴッさんは地下だ。
部屋のグレードはそれぞれのランクによって決められているが、皆ランク関係なく仲がいい。
これも皆のアイドルであるモモが、仲良くしなきゃ駄目だとやって来て定期的にコンサートを開くからだろうか。
すわ戦場かと驚くくらいの状況が今ではそんな事になっているので、モモには本当に感謝しなければいけない。
いけない。待機所を想像して和んでる場合じゃない。
「あの魔王様、仮にも神様をあんな風に扱っていいんですかね」
「いいんじゃないのかな。ミヤコにされるがままの彼も、満更では無さそうだし」
「……今は違いますけど、一応魔王様の生みの親ですよね」
「そうだね。今は違うけど」
あ、やっぱりそこを強調するのか。
私を見てにこりと笑う魔王様の目に確信して頷く。
実はイナバの時と同じように、主がレディであるという魔王様の言葉を信じ切れていなかった。
けれど、今ここで彼の主人がレディなのだという確信を得て、ホッとする。
いつか裏切るかもしれないから警戒はしていたが、レディに忠実なのは神の命令じゃないようなので安心した。
チッと舌打ちをしたゴッさんは気にしないようにしておく。
「それにしてもおかしな話だな」
「ん?」
「封印されていた神の一柱が、あんな風になっているとは」
「本人嬉しそうだからいいんじゃない?」
あんな扱い方をすれば祟られそうだというのに、高橋さんは怖くないんだろうか。怖くないから多分あんな雑な扱い方をしてるのは分かっているんだけど。
私怨も混じっているような気がしてならない。
他世界の自分の伴侶とは言え、止めもせずに今この状況ですら楽しんでしまう神パパだ。
そんな神パパにも負けず高橋さんの笑顔には磨きがかかっている。
しかし、いくら切り札を持っている私がいるとはいえ、神パパが大人しく従っているのも恐ろしい。
あんな事をされて笑っていられるのは、本当に被虐趣味なのかと首を傾げてしまう。
「……はぁ」
「どうしましたか? 由宇さん」
「いや、ノリノリで敵っていうか味方? 倒してる神パパの心情がさっぱり分からないと思って」
最強の武具を手に入れた高橋さんの無敵っぷりは見ていて気持ちが良いが、目があった神パパは何故かニッと笑って親指を立ててくる。
キラリ、と一際白い彼の歯が輝いたように見えて私は溜息をついた。
インレフリスは私のその言葉に首を傾げていたが、笑い声を上げながら化け物を倒してゆく神パパを暫く見つめてそっと目を逸らした。
何かを悟ったような表情をして彼女は「世の中、色々ありますから」と言ってくる。
色々あるにしても、有りすぎじゃないかと言おうとしたがやめておく。
「昨日の敵は~とは言っても、立ち位置が良く分からないのよね。本当にどうでもいいというか、どう転がるのか楽しんでいるというか」
「後者じゃないですかね」
「娘の事は愛していると思いますよ。奥さんに関しても愛しているのは偽り無いと思います」
のんびりとした声で頷くイナバに、インレフリスは少し複雑な表情でそう呟いた。
偽りが無いと言い切れるくらいのものが、インレフリスには感じ取れたんだろう。私にはさっぱり分からないけど。
表情も言葉も好きに作りかえられるだけに信用はできない。
「どこまで演技か分からんがな」
「まぁね」
「寝返った時は、由宇さんにお任せします」
「うわ、インレフリスも言うね」
処分してくれと言外に含むインレフリスは相変わらず淡々として落ち着いている。
万が一はそれで構わないけど、神パパの妻子に対する愛情というものが良く分からなくて私は唸ってしまった。
分かったところで、どうなるものでもないけど。
「うーん」
亡くした愛娘は愛しているけれど、他世界の娘は実の娘ではないので愛情はさほどないとか。
大切に育てられたというのはレディを見ていれば分かるけれど、やはりニセモノではホンモノを越えることなんてできはしないだろう。
結局、理想と思える事を実行した所で満たされていないじゃないかと私は眉を寄せた。
家族三人で普通に暮らしたいという彼らのあの願いは一体何だったのか。
他世界から愛娘に当たる存在を誘拐し、また別の世界を歪めて理想の地を創り上げた彼らが愛娘を蘇生できなかったというのもおかしい。
世界を歪ませて自分たち理想の世界を創り上げるよりも、死者を蘇生する事にもっと心血を注げば良かったじゃないかと神パパを睨みつける。
倫理に反してようと、人の道から外れようと私には関係ない。
それに、もしそれだけで済んでいたらこんな事にはならなかったとまた胸の内から淀んだ感情が滲んできた。
「ユウが考えている事は、無理だったんだよ。失敗した結果、辿り着いたのがこの状況というわけだ」
「……魔王様」
「あははは。こっちに来てからも試してはいたよ。何の因果か、レディは必ず神夫婦の愛娘と同じ歳、月日に命を失ってしまう。それを何とか長引かせるためにと苦肉の策でのループさ」
やっと辿り着いた理想の世界でも、家族三人の幸せな生活は続かなかったという事か。
オジジの蔵書している本を読んで一通りの物語は知っていたものの、どこか現実味が無くてあまり本気にはしていなかった。
脚色が多いんだろうと思いながら参考程度に頭に入れていたが、勝手に私の思考を読んだ魔王様がそれを肯定するように話してくれる。
苦肉の策の果てで、人ですらなくなってしまったレディが哀れでならない。
既に人ではなかった神夫婦が彼女の両親として育てていたのだから、そうなるのも当然だったのかもしれないが。
「レディは死ねず、人ですらなくなってしまいましたが悲嘆はしていませんでした。愛する両親が傍にいてその愛情を一身に受けているという幸せを理解していたのかもしれません」
「でーも、そうじゃないと気づいてしまった」
自分の事のように辛そうな表情をするインレフリスは、レディの力の一部だけあって彼女の事が本当に大切なんだろう。
魔王様は内容にそぐわぬ明るい口調で人差し指を立ててウインクをしてくる。
「あの子は聡い子だったからね。そうだと思っていたよ」
「それなのに、父親として阻止しなかったのは何故です? 面白そうだったからですか?」
「そうだねぇ。それもあるかな。あの子は娘とそっくりでも、私達の子ではないからね。あ、でもとっても大事には思ってるよ」
その口から発せられる言葉の全てが胡散臭いと自覚しているんだろうか。
インレフリスの問いに笑いながら答える神パパに、彼女の表情が険しいものになってゆく。
神にまでなった男の事だから、分かった上でやっているんだろうなと思っていた私は眉を寄せる。
溜息をついた高橋さんは「他世界とは言え、気が合わなそうで本当に良かったわ」と冷たく呟いていた。
「えぇ、それは酷いなぁ」
神パパをじっと見ていた私は彼の言葉が本当だという事を知った。
彼を通して覗き見たのは過去の光景。
レディに色々な知識を与えたのは他でもない彼自身だという事に、私は思わず笑ってしまった。
母親である神ママはそんな事を教えたくなかったんだろう。普通の女の子として今までの埋め合わせをするようにしたかったのに、父親である神パパは注意されても教え続けた。
最終的に神ママが折れたわけだが、あの頃から娘として育てた少女がリトルレディとして自分たちに敵対する事を予期していたのなら凄いとしか言えない。
いや、寧ろそうなるように育てていたのかもしれない。
「ん?」
覗き見た過去の光景に、内世界で見た模様と似たようなものがあったのが気になる。
内世界に神の干渉があったとしたら、何をしていたのか。
侵入できるくらいなら消すことも容易いはずだ。
聞きたいが、それに対してまともな返答がもらえるとも思えない。
気のせい、勘違いならばそれでいいかと私は軽く頭を左右に振った。
「実の両親も知らず、気づけば人ですらなくなって。それでもあの子は慕ってくれたからね。娘のようにとはいかなくても、同じくらい大切な存在には変わりないさ」
「……レディをそうしたのは貴方のくせに、綺麗事ばかり言うのね。本当に最低の下衆野郎だわ」
「ありがとう!」
「褒めてないわ」
神様たち夫婦の心は一つだと思っていた。
思うことも、願うことも同じだという先入観に捕らわれすぎていた。
こうやって神パパの話を聞いていると、彼らが考えている事に隔たりがあるという事を教えてくれる。
それすら罠かと疑いながらも、冷静さを失うことがないその目の輝きが気になった。




