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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
192/206

191 ナイスコンビ

 ひょろりとした長身の化け物が何体もこちらに向かってくる。

 装甲は高校の裏世界にいた化け物よりも硬くなっているが、今の神原にとっては問題ない。

 襲ってくる敵はどれも倒せる程度の強さ。

 だからと言って油断しないのが彼の良いところだ。

 刃毀れを知らない大鎌は彼の意思によって剣にも変化する。

 突き出した武器を大鎌によって肘から切断された白い化け物は、反対の手を銃口へ変えて構えた。


「邪魔だな」


 弾が放たれた六つの銃口に白い羽が刺さる。

 羽が燃え落ちると同時に爆発が起こり、崩れ落ちた化け物の体が近くの仲間を巻き込んだ。

 上手いこと周囲にいた他の化け物も一掃できた爽快感に神原は息を吐いた。


「応援が来たのはいいけどさ……」

「あれ? 羽藤さんじゃなかったから残念だった?」

「いえ! そう言うわけじゃないですっ!」


 相棒に対しての愚痴か、それとも独り言なのか。

 神原の呟きを拾った榎本が笑顔で問いかけると、まさか彼から反応があると思ってなかった神原が慌てた。

 あまりにも慌てすぎて、大鎌を落としそうになったくらいだ。

 わたわた、と動揺する青年を微笑ましく見ていた榎本は彼に自分の弟を重ねて見る。

 兄である榎本稔が心配するほど、彼の弟はぼんやりとしたところがある。

 鈍いわけではないが、感情を表に出すのは苦手な為に常に冷静だと勘違いされることが多い。

 昔から兄の傍をついて離れず、人見知りだった弟にも春が来ていた。

 本来ならば、神原と対をなすと言っても過言ではない存在がその相手だ。

 ドキビタの主人公であり、神原と同じく世界最強の運の持ち主である成瀬愛。

 彼女が由宇の立場になっていたら、弟とは親密になれなかったかもしれない。そう考えると由宇には悪いが彼女が巻き込まれて良かったと思う榎本だった。


「それにしても、強いねぇ神原君は」

「いえ。榎本さんこそ、お強いですね」


 にこにこと笑顔で話しかける榎本に対し、神原が浮かべる笑みはどこかぎこちない。

 苦手なんだろうなと思いつつそのことは口に出さない榎本は、彼に背中を預けたままクルリと片手で槍を回転させた。

 前世の記憶を持っている神原は他世界の住人である自分と似ている境遇にあると榎本は思っている。

 世界が違うのだからそんなわけはないと思うだろうが、外と内が違い二つの記憶を有しているというのは榎本も同じだからだ。

 彼は同一化が進んでいる神原とは違って、榎本稔を演じている他世界の研究員でしかないが。

 榎本稔としての情報はきちんと持っているので今まで困ったことはなかった。

 他世界にいる本来の彼と比べ、見目も良く運動もできる青年の体は彼にとって面白い実験の場となる。


「元々、戦闘経験者なんじゃないかってほど良く動きますね」

「ははは。そうかな。いやぁ、照れるなぁ」


 研究室に引きこもって研究三昧だったようには見えないと呟いた神原に、榎本は笑いながら敵を蹴散らしてゆく。

 背中合わせになって攻撃を防ぎ、敵を薙いでゆく二人の姿を見ていたレディとギンは息の合った光景を微笑ましげに見つめていた。


「いいコンビだな」

「うん。ちょっと、ほっこりした」


 ギンの言葉に笑顔で頷きながら、レディは飛んでくるレーザー光線を打ち消して宙に指を滑らせる。

 ピアノを演奏するように軽く動かした指先から波紋が発生し、それが神ママへと向かっていった。

 綺麗な音色と共に周囲の敵を巻き込みながら波紋は少しずつ重なって、神ママへの元へ到達した時には全てが綺麗に重なり合う。

 とても美しい光景に神ママもうっとりとした表情をしたのがギンには見えた。

 確かにこの技は綺麗だが、容赦がない。

 完全に重なった波紋が激しく発光して爆発を起こす。

 ちらり、とレディの表情を窺ったギンは険しいままの彼女にため息をついて頭をかいた。


「アレでもダメってか」

「うん。防御膜(シールド)に傷すらついてない」

「遊んでるのかよー」

「最初からだよ。あの人は本気で私たちを相手になんてしない」

「まぁなぁ。分かってたけど、しんどいなぁ」

「別に本気にさせる必要なんてないけど」


 淡々と言葉を紡ぐ少女の目は冷たく神ママへと向けられている。

 彼女にとっては本当の親ではないが、育ての親には違いない人物だ。ただ、今はもう勝手な目的の為に育てられただけであり、そこにレディが求めるような愛情は無かったのだと彼女は理解している。

 外の世界の色々な人々を見て、様々な家族の光景を目にしてきた。

 自分が与えられていたはずの愛情を我が子に注がない者もいれば、注げない者もいた。

 仮初でも親の愛情と言えるものを注がれていただけ、自分は幸せなのはレディも分かっている。

 けれど、どうしても彼らに反目してからはギンのような親が欲しかったと無いものねだりばかりだ。

 ギンの家族に自分を追加して想像することもあった。


「畳みかける。ギン、手伝ってくれる?」

「……マジかよ。もう少し様子見てからでも良くないか?」

「レディ、彼の言う通りだと思うよ。彼女の周囲は強力な防御膜(シールド)が張られている。接近したところであれをどうやって壊すのかな?」


 手にしたノート型の端末を操作しつつ亀島が軽く首を傾げレディを見た。

 その言葉に、唇を噛んだレディの眉には皺が寄ってしまっている。

 そんな彼女の姿を見たギンは、これは相当余裕を失っているなと自分たちが置かれている現状に苦笑したのだった。


「私が接近すれば、緩むと思うの」

「だろうね。けれど、彼女の目的が君であるならば君を防御膜(シールド)の内側に入れたまま、外の僕たちを殲滅するんじゃないかな」

「そんなの私が許しません!」

「君の意思は関係ないよ。やろうと思えば簡単にするだろう。消してから『ごめん』と謝ればそれで終わりだ」


 神ママの周囲に張られている防御膜(シールド)のエネルギーを端末画面に表示させた亀島は、それをギンたちに見せて簡単に説明をした。

 防御膜(シールド)の発生源は神ママではなく、別のところから違う人物が展開させているものだと推測できること。

 神ママはその内側にいて、自分たちの遊び相手を際限なく出現させていること。

 その話を聞いていたレディは「多分、もう一人が防御」と呟いた。


「神は二人だから、攻撃と防御も分けたのかな? 実に興味深くて楽しいね。非常識で申し訳ないけれど」

「一線超えると、あんたもああなるって事だ」

「我が振り見て我が振り直す事になるなんて思ってなかったけどね」


 神原が軌道を変えた弾が「ははは」と笑う亀島の横を掠める。

 笑っていた亀島の表情が固まり、はらりと落ちた自分の髪を彼は寂しげに見つめた。

 端末を握っていた彼の手に力がこもり、俯いて黙ってしまったのを見てギンが必死に慰める。

 洗髪と食べ物に気を付ければまだ何とかなる、と熱く語るギンを他所にレディは苛立つ心を落ち着かせていた。

 防御膜(シールド)を取り除かなくては、再封印さえ遠い。

 それに今回レディは彼らを封印させるつもりはない。

 ここで消滅させなければ、自分達が消滅するしかないと分かっているからだ。


「もう一人の僕に会えると思って楽しみにしてたけど、留守だからね。恐らく、防御担当は彼なのかな」

「ここにはいない」

「だったらどこなんだよ」

「そんなの、分かってたら苦労しない」


 あの時と違っていて情報が少ないからと呟くレディにギンも渋面になる。これからもう一人の神を探し出して倒すなんて時間はない。

 移動しようにも場所も分からなければ、相手の強さがどのくらいなのかも分からない。

 やはり、観察していただけでは強さを測ることは無理だったのかと過去の自分を後悔していたレディの顔色が変わる。

 ハッとした彼女が急に顔を上げたかと思うと、暫くそのまま動かなくなってしまった。

 ゆっくりと目を閉じたレディに声をかけたのはギンではなく亀島だ。


「覚醒、したのかな」

「はい。そうみたいですね。愚かにも先走って突っ込まず良かったです」

「何だ何だ?」

「くろうさが覚醒したの」

「……由宇か」


 万が一の時の為、レディはくろうさとの接続を遮断していた。

 自分に何かあった時はくろうさが保有しているデータを基に世界を構築し直せるようになっている。

 自分がいなくともギンやナナシがいれば世界の修復はできるはずだ。例え時間がかかろうとも、崩壊するよりはマシだと考えた。

 一度、自分の失態により力の大半を失う事になってしまったあの時。

 何とか封印することはできたものの、完全に力を削ぐ事ができていればこんな事にはなっていなかったと自分を責める。

 何度責めても責め足りない。

 神原や由宇も本当は自分を快く思っていないことは知っているが、それでもこうして手伝ってくれると思うとレディは泣きそうになった。

 見目が幼いのをいい事に、それを武器に同情を引いて半ば強制的に協力してもらっているというのに。

 ギンもだが、どうしてこんなに優しいのかレディは不思議でたまらない。


「うん。名付ける事ができるのは由宇さんしかいないから」

「あぁ、直人はもう同一化してるからな」


 初期の頃なら神原も由宇と同じように名付ける事によって、進む(ルート)を大幅に変えられたかもしれない。

 けれど、あの頃の彼にそれを強いるのは非情というものでギンにはできなかった。

 それに本心から彼がつけたいという名前でなければ効果はない。

 面倒な決まり事になってしまっているな、と心の中で呟いたギンは首を傾げる神ママに舌打ちをした。


「異変に気付いたようだが、どうする?」

「放っておくよ。きっと、楽しそうだからそのままにするだろうし」

「でも、出力が上がってきたね。ちょっと危ないと思ってるのかもしれないよ」


 端末画面に表示された波形を眺めながら亀島が呟く。彼が画面に指を滑らせて紋様を描くようにすると、神原と榎本の足元にそれと同じ模様が現れた。

 敵を薙ぐだけの簡単な作業を繰り返していた彼らは、優しく包み込む光に表情を和らげつつまだ続くのかと困溜息をついている。

 早く何とかしろ、と口調荒くギンに話しかける神原に彼は大きく手を振りながら相棒を鼓舞した。


「キャー素敵、直人くーん。頑張ってー……って危ねぇ!」

「ちっ」


 可愛い女の子の声を意識して応援してみたギンだが、やはり裏目に出たらしい。化け物の腕が彼の目の前に飛んできて床にめり込んだ。

 神原は鎌についた汚れを振り払いながら冷たい目で相棒を見つめた。





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