190 遊びましょう!
存在してる事が間違いだ。
そう突きつけられた時に、生きている意味が分からなくなった。
とても大切にされて、愛されていた。
不自由なく暮らせ、何も不満はなかった。
でもそれら全てが、自分の為ではないとしたら?
その事に、気づいてしまったら?
もう、心地よい幸せなその場所にはいられなくなる。
そこはもう、私の居場所ではないから。
繰り返している事に気づいた少女は、その事を不思議に思いながらも普通に暮らしていた。
料理上手な母と、優しい父。贅沢ではないが幸せな毎日。
それがずっと続くのだと思っていた。
……思っていた。
「ボーッとしてる暇なんてねーぞ」
「そうだね。ああはなりたくないけど」
「……お前のかーちゃんだけどな」
「違う」
はっきりと否定された言葉に拗ねたような響きはみられない。
頭を押さえてどのくらい気を失っていたのかと尋ねるレディに、ギンは「五秒程度」と答えた。
忌々しそうに歪む少女の顔に溜息をついて、ギンは飛来する小型の化け物を羽で打ち落とす。
避けるのが遅れて掠っただけでこれか、と呟く少女にギンは敵の攻撃を捌いている相棒へと目を移した。
積極的に攻めはせず、防御に徹しているがまだ余裕がありそうだ。
最初の頃から比べると信じられないくらいに頼りがいがある男になったなぁとギンは成長した神原を見て目を細める。
立ち上がったレディは、小型の偵察ロボットのような化け物を一瞥すると軽く手を振り下ろした。
それだけの動作でレーザー攻撃をしようとしていた化け物は、爆発を起こし破片が床に散らばる。
「そっか。じゃあ、はっきり違うって言ってやらねーと勘違いしたままだぞ?」
「聞く耳持ってくれなくて、困ってる」
「あるある。年頃の娘って扱い方が超難しくて、些細な事で機嫌損ねるんだよ」
「……ギンが、お父さんだったら良かったのに」
私の親だったら良かったのに、と呟くレディにそう言われたギンは一瞬驚いた表情をしてから溜息をつく。
鳩の娘になりたいなんてお前も奇特な奴だな、と返せばレディは笑って服についた汚れを払い落とした。
レディのせいで、人の道を外れ気づけば鳩になんてなっていたギンだが後悔はしていない。
その時その時の選択が間違っていたなんて、残した妻子に申し訳なさすぎる。
それでなくとも自分は夫としても父親としても失格なのに、と胸の内で呟いて今回ひょんなことから巻き込まれてしまった愛娘を思った。
傍について最初から彼女をサポートしたいとは思ったギンだがレディの指示により、彼は神原のサポートをすることになった。
今では息子のような彼と良い相棒になっており、それはそれでいいのだがやはりできれば由宇のサポートをしたかったという気持ちは未だある。
何もしてやれなかったから。
何も残してやれなかったから。
どうしようもない父親としての贖罪のつもりか、とナナシに言われた時は流石に頭にきたが図星だった。
元はと言えばレディやナナシが彼を巻き込んでしまったから。
それさえなければ自分だって今頃はあの家に帰って、家族団らんをしていたのだと思うと切なくなる。
後悔せずにこの道を選んだはずなのに、選ばなかった方の未来を思っては溜息をつく。
そんな事を思っていると彼は自分はまだ人間なのだと実感した。姿形はどう見ても神々しい純白の鳩だけれど心はあの頃から変わらない。
自分に対して罪悪感を抱いている少女は、いつも何か言いたげに彼を見つめて寂しそうに笑うのだが今の彼女は歳に似合わぬ凛々しい表情をしていた。
「終わらせよう、ギン。何もかも、今回で……ぜんぶ」
「そうだな。ってもよ、本調子じゃねーのにできるのか? まぁ、やらなきゃいけないのは分かってんだけど」
「そういうこと。やらなきゃいけないの」
「ったく……そう言う強引なところは昔と変わってないよなぁ」
巻き込まれる方の気持ちにもなってみろ、と悪態をつくギンにレディはしおらしく「ごめん」と謝った。
すぐに返ってきた謝罪の言葉に驚いた彼を見ながら、レディはその場から飛び退いて爆撃を避ける。
小さな体で色とりどりのレーザー光線を避け、または反射させながら彼女はその中心部にいる人物へ目を凝らした。
「神原君と、由宇さんには悪いと思ってる」
「俺じゃねーのかよっ!」
「ごめん……甘えて、ごめん」
「ちっ。仕方ねーなぁ」
いつもの覇気が無い。
軽口を叩いて気を紛らわせようかと思ったギンだったが、その必要はないくらいレディは落ち着いていた。
逆に不安だったのは自分かと気づいて苦笑する。
小さな手がギンの頭や体を触り、愛らしい目が優しく細められた。
長年の付き合いで彼女がするようになった仕草は、彼女の身の回りの世話もする忠実な僕であるナナシにはあまり向けられない。
ギンが前にそれを不思議に思って尋ねたところ、ナナシはレディの命令さえあれば何でもするからだと答えた。
だからこそ、彼女の思い通りにならないギンの存在が面白く魅力的なのだろう。
もしかしたら、父親を重ねているのかもしれない。
「あのさ、世間話はいいかな……。さっきから僕一人で結構頑張ってるんだけど」
「あぁ、悪い。防戦一方で飽きたか?」
「まさか。パターン化してくれればいいけどその気配は見られないし、奥の手はいくつも持ってそうだから気が抜けないよ」
間接攻撃自体は捌けるようにはなったものの、時折襲ってくる強力な爆撃や大きな化け物を倒すのは辛い。
相手がこちらの体力が無くなるのをのんびり眺めているのかと思えば、更に気分は悪くなった。
しかし、だからと言って元凶である神ママの元へ突っ込むのは自殺行為と言えよう。
タイミングを見計らってゆっくりと距離を離していっているものの、逃げの一手しかないのかと神原は唇を噛んだ。
高らかに歌うように、笑うように声を上げる神ママに呼応するように次から次へと多彩な化け物たちが姿を現す。
「ありゃ、徹底的に遊ぶ気だぞ」
「言われなくても分かってるさ。こっちが完全に舐められてる事くらい、最初から分かってたよ」
悔しいがあまりにも力の差があり過ぎると神原は理解していた。
今こうして彼が攻撃を凌げるのも、それは相手が本気を出していないからだ。
ギンが言うように彼女にとったら小動物と戯れている程度でしかないのだろうと神原は思う。
もしかしたら、それ以下かもしれない。
「私が……」
「止めとけ。あいつの狙いはお前だ」
「だから!」
「お前が行けば丸くおさまるなら、最初っから苦労してねーだろう」
最初に彼女とやり取りをした時にそれは分かっていたはずだ。
レディのことしか見えていない相手と、彼女たちと対峙すると決めた少女とではどこまで行っても平行線。
何も言わずに神の元を逃げ出して、牙を剥いてからの再会。
懐かしいとすら思う暇もなく、レディは冷静に彼らが今までしてきた事と現状を説明し、これ以上無駄な事はやめてくれと頼んだ。
しかし、彼女の話を静かに微笑みながら聞いていた神ママは、綺麗な目を細め首を傾げて「お話はもう終わり?」と聞く。
レディが自分達の元に戻ってくれば、元の世界に戻してあげると告げた彼女は家族三人で幸せに暮らせる、誰にも邪魔されない世界を語り始めた。
それをやって世界を混乱させたのは他でもない彼女達だというのに、そんな事は忘れたかのように笑顔で語る。
何を言っても三人で幸せに暮らすことしか話さない。
その為にはレディが必要であること。
自分の娘であるレディが帰ってくるのは当然のことだと神ママは笑顔で言っていた。
家出くらいは大目に見てあげると微笑んだ彼女がギンと神原に向けて化け物を放った時に、必要としているのは本当にレディだけなんだと神原は悟った。
神を前にしてもある程度落ち着いていられるようになった神原だが、全身から血の気が引く感覚に襲われ行動が鈍るときもある。
しかし、ギンのサポートのお陰で持ちこたえられた。
「話が通じないからね。壊れちゃってるようにしか見えないよ」
彼らへの攻撃はレディも許さない。
守るように立ち回り、神原とギンもレディの傍からは離れなかった。
そんな事をしていたからか、神ママに二人を好待遇で迎え入れると言われる。
冷や汗をかいてどう返答すればいいのか困っていた神原の代わりに、レディがその必要は無いと告げる。
一緒に暮らすつもりはないのだとはっきり言って、決別を口にした。しかし、神ママは少し驚いた表情をしただけですぐに笑みを浮かべる。
「困った子ね。あぁ、そう。そうね、まだ遊び足りないのね。じゃあ、たくさん遊びましょう?」
両手を合わせて娘の言わんとすることを理解したとばかりに微笑む神ママは、そう言って彼らと遊んでくれている。
それが、この現状なのだがどう見ても遊んでいるようには見えない。
自分たちを殺す気にしか思えないという神原の言葉に、ギンは溜息をついて答えた。
「壊れたら直せばいい。そう考えてんだろ。俺らは所詮、レディのオマケだからな。どうでもいいだろうよ」
「そんなの、私は許さない」
「分かってるって。挑発に乗るなよ?」
「乗らないし!」
両頬を膨らませながら飛んでくる大きな力の塊を空中に展開させた綺麗な盾で防いでゆくレディは、ムッとした表情をしながらギンを見る。
こうしているところを見ると、普通の女の子なんだけどなと思いながら神原は盾を躱して自分に向ってくる塊を叩き落とした。
硬質な音が響いて床に転がったそれは、うるさい羽虫のようにやってきて彼らの周囲を飛び交っていた化け物の破片だった。
何の材質か分からぬ固くて白いプレートのようなものに、断線したコード。
薄くて黒い板状のようなものが何層にもなっているそれは、やはり何度見てもロボットにしか見えなかった。
もっとファンタジー的な魔物を想像していた神原だが、そう言えばと高校の裏世界の出来事を思い出す。
あそこで徘徊していた化け物も、生き物のようでいてロボットのようにも見える異質なものだった。
化け物だからそんなもんだろうと思っていたが、まともに化け物らしかったのは大鎌を奪った死神のような化け物と、体育館での巨大な肉槐くらいだ。
「あれってやっぱりロボット? もっとこう、化け物! っていうのを想像してたんだけど、そういうのはあまりないね」
「そっちの方が良かったか?」
「いや、気持ち悪いのはちょっと……」
「私もヤダ」
お前は何が来ようが平気だろうがと突っ込みを入れるギンに、女の子だから気持ち悪いのは嫌に決まっていると言い返すレディ。
二人の何度となく見てきたやり取りに何故か癒されながら、神原はクルクルと大鎌を振り回してレーザー光線を拡散させた。




