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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
190/206

189 切り札

 頬に大きな手形をつけて、神パパは引き摺られてゆく。

 着ていた衣のフード部分を掴んでいるのは高橋さんだ。

 世界を超えた夫婦だ、なんて騒いでいる場合ではない。抵抗すればいいのにされるがままにしている神パパは面倒くさそうにのんびりと尋ねる。


「えー、私もかい?」

「当然でしょうが。殺すなんて面倒な事やんないわよ」

「あぁ……絶対そうされるんだろうなぁ」

「抵抗すれば良いではありませんか」


 不意にインレフリスがどちら側の立場だと思えるような発言をする。ムッとした表情になるイナバを制して私は首を横に振った。

 イナバの頭上ではオジジがさめざめと泣いている。

 蔵書していた本はまた再生できるからいいじゃないかと思うのだが、本の扱い方がなっていないだの真心がないだの鬼だの言われると思うので黙っておく。

 本を武器にするゲームだってあるんだぞ、と言ったところで「この世界はゲームじゃない」と怒られるだろう。


「うん。したいのは山々なんだけどね、無理なんだよ。お手上げなの」

「嘘ばかり。削がれたとは言えその力は未だ健在で恐ろしく強いはず。油断させているようにしか思えません」

「そうだったら……良かったんだけどね。生殺与奪権は由宇ちゃんが握ってるからネェ」

「ひとを悪人みたいに言わないでもらえます? あなたの方に比べれば可愛らしいもんですから」

「分かってる。分かってるよ」


 いや、分かってない。

 おちゃらけた口調で、へらへらと笑いながら話す神パパの言葉にインレフリスなんて不信感しか抱いてないじゃないか。

 しかもさらりと調子に乗って人のこと“ちゃん”付けで呼ぶなんて。

 教授なら「羽藤さん」とか「羽藤君」とかって呼んでくれるのに。

 まぁ、この狂った神パパにそれを求めたところで逆に教授とかぶって気持ち悪くなるんだろうけど。

 それを考えたら、良かったのか。

 私がそんな些細な事を気にしている間に、インレフリスは迷い無い足取りで神パパに近づいてゆく。

 ここに私がいる限りは下手な事はできないだろうし、何かしたとしても対処できるからいい。

 ぶっつけ本番で理解した私のこの能力も良く分からないけれど、それを馬鹿正直に口に出さなくともいいだろう。

 余裕の態度を持って構えていればそれでいい。

 最初から知ってましたけど、分かっててやりましたけど、という顔をしてれば充分だ。

 ちらり、と心配そうに見上げてきたイナバに笑い返すと少しだけ安心したように笑い返してくれる。


「彼女は私達を抑えられる切り札を持っている。だから、私が何をしてもその攻撃は彼女には効かない。彼女に効かないなら他を責めればいいだろうけど、彼女がそれを許すと思うかい?」

「切り札?」

「ああ。憎らしいくらいに見事で素晴らしい切り札だ。私達がついぞ得られなかったもの」


 不思議そうに首を傾げるイナバとインレフリス。

 白と黒の可愛らしい見た目の二人が揃って首を傾げる姿は、微笑ましい。

 こんな状況での癒しも存在したのか、と思う私に高橋さんは口元に笑みを浮かべた。


「あぁ、本当にいい気分だわ。今まで由宇ちゃんを影ながらサポートしてきたかいがあるというものよっ!」

「あ、そうなんですか? まぁ、私は殺されても死んでもまたループするんで消滅させる方法が限られてるとは思いますけど」

「ははは。引き込もうと画策したけれどそれも失敗とはね」

「あれはレイが勝手にやった事だ。私は別にどちらでも良かったよ」


 子供のせいにするなんてどうしようもない馬鹿ね、と吐き捨てるように高橋さんが呟くと引き摺られている神パパが嬉しそうに笑みを浮かべる。

 ぶるぶると体を震わせてどうしてあんな表情ができるんだろうかと私は疑問に思った。

 もしかして、被虐趣味なのか。

 既婚者で愛する奥さんは今違う場所で娘と愉快な仲間たちとの戦闘をしているというのに、のんきなものだ。

 愛していないのかと一度尋ねてみたら「愛してるよ」と真剣な目と声で即答されたので嘘をついているとは思えない。

 結婚しても男の人はこういうもんなんだろうか、と高橋さんの呟く愚痴で思っていれば引き摺られる神パパを爽やかな笑顔で見ていた魔王様と目が合う。


「私は君だけだよ」

「由宇ちゃん、それ殴っていいわよ」

「魔王様! 何ナンパしてるんですかっ!」

「お前も大変だな」

「分かってくれる?」


 ぞわぞわ、とするような事を言われて顔を引き攣らせ丁重にお断りをした私に、高橋さんが空いている方の手でオッケーサインをしてよこした。

 引き摺られている神パパは、アウトドアで使用する寝袋のようなモノにしか見えない。

 時折ぐるり、と回転して顔がこちらを向くのだが気持ち悪くて思わず逸らしてしまった。

 段差があろうが地面と擦れようが高橋さんはお構いないしに引き摺り続ける。破れない衣類も凄いが、そんな扱いを受けて全く抵抗しない神パパも恐ろしい。

 幸せそうな表情をしているのでそっとしておこうと私は彼の表情を胸の中にしまいこんだ。

 そんな神の寝袋を引き摺っている高橋さんと、イナバに挟まれ責められている魔王様は助けを求めて私に視線を送るが無視した。

 体力を温存させる為にと私を抱っこして移動しようとしていたあの人の神経が本当に分からない。

 そんなことくらいで今更体力が減るかとも思うのだが、頑なに退こうとしなかったのでゴッさんに運んでもらっている。

 彼の肩に乗りながらの移動は動かずに済むので快適だ。

 偶に出会う敵は補足次第、イナバとインレフリスによって撃退されてしまうのでやることも無い。

 万が一それに漏れた場合には魔王様が始末してしまう。

 よって、私の出番はなかった。


「インレ、レディと連絡取れた?」

「無理ですね。何度コールしても出ません。気づいていて出ないのか、それとも気づかないのかは分かりませんが」

「神原君とギンの位置に変化は?」

「彼らの存在はちゃんと確認できています。いつ途絶するのかは分かりませんけど」

「余程相手は我々に場所を特定されるのが困ると見えますね。あの男が一枚噛んでいるのではないのかな?」


 一枚どころか何枚も噛んでるでしょうね。

 そう呟いた私に高橋さんが無言で首を左右に振った。


「この男はただの時間稼ぎよ。場所を変化させてるのは困ったママでしょ。ったく、他世界の私ってだけで嫌悪感が酷いのにとうとう対面することになるなんて」

「魅力においては彼女は君を下回るね。今の君は本当に素敵であの頃の彼女を思い出すよ」

「黙れ無能が」

「あははは、いいねぇ。その強気で痺れるような声。ゾクゾクしちゃう」


 最初に会った頃の恐怖を感じていたあの存在感はどこへ行ったんだろう。

 蓋をあければこんなのだったなんて、嫌すぎる。

 私や神原君はこんな人物のせいで苦しんでいたのかとか、管理者たちはこんなのを相手にして辛勝したのかとか思うことはある。


「あれ、何なんだろうね。もっと、違う反応を想像してたんだけど」

「対峙した時からあんな感じでしたよ。本気ではないというか、どこまでも遊びのようなそんな態度でした」

「自分たちが消えるかもしれないのに危機感無いわよね。よっぽど自信があるのか……」

切り札(お前)が出てきてしまったらお手上げだと本人が言っていただろう」

「それを真に受けろと?」


 私の呆れたような声にゴッさんは「確かにな」と苦笑する。

 神パパの言葉を裏付けるように高橋さんが力強くグッと拳を握って、少々プレッシャーをかけるようなことを言ってくれたがそれをそのまま受け取るのも怖い。

 神パパとの戦闘でほとんどの力を持っていかれるくらいの覚悟はしていたので、それが無かった分不安が大きいんだろう。

 神原君たちは無事でいるだろうかと気ばかりが焦った。


「由宇ちゃん、ちょっと寄り道するわよ?」

「え、いいんですか?」

「あっちには教授と榎本君もいるから何とかなると思うわよ」

「えええ! 教授と榎本君が!?」


 榎本君は戦っているところを見たことがあるから共闘できそうな気はするが、教授はどうなんだろう。

 いっそ引き摺られたままの神パパのように突き抜けてしまえば何とかなるような気もするけど。

 私の良く知っている教授なら、必死に逃げて隠れて無事でいてくれることを願うしかない。


「心配ないわ。彼、結構強いのよ」

「教授が?」

「腐っても、他世界だろうとコレと同じよ?」


 そういう扱いしている高橋さんが凄い。

 そして抵抗しても無駄だからというだけで、されるがままの神パパにも感心してしまう。

 人としてのプライドは無いのかと思ったがとうに人を捨ててしまっている彼らにそんなものは必要ないんだろう。

 神パパが腹立たしいと思うくらいに手が出せぬ、私が手にした切り札は元々高橋さんに教えてもらったものだ。

 内世界での彼女にポケットを見なさいと言われていなかったら、存在すらしてなかったかもしれない。

 そう思って私はそっと掌にカードを出現させた。

 神原君がもどきからの招待状だと言っていたものに似ているが、描かれている模様が少々違っている。

 雫が私にくれたもの。

 彼女の父親である先生が、彼女に持たせたもの。

 まさか、ただの封筒がカードに変化するなんてと思いながら私は淡く光る長方形のカードを見つめた。


「そう、ですね。私にこれをくれたのも、教授ですし」


 ある世界では狂った研究者の成れの果てで、ある世界ではタイムマシンや異世界移動を研究している人物であり、ある世界では大学で考古学を教える教授だ。

 世界が違うだけでこんなに違っているのに、私はあまり変化していなかったなと思うと少し寂しくなった。

 まぁ、それが普通で他所の世界まで侵略して歪めてしまうような迷惑な存在にならなくて良かったとは思うけれど。

 今までつらいのは私と神原君だけだなんて思っていたのが恥ずかしい。

 恍惚な表情の神パパを引きずってゆく高橋さんの横顔を見て、私は静かに顔を伏せた。





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