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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
187/206

186 インレフリス

 これは夢だからとか、現実じゃないからとか。

 そう言い聞かせて自分を納得させるのに必死だったのが懐かしい。

 あれだけもがいて苦しんでいたのが遠い昔のように思えて、私は笑ってしまった。

 今なら何でもできそうな気がするくらいに、体が軽くて思い通りに動く。

 頭に描く理想をなぞるように、軽快なステップを踏むなんてまるで自分の体じゃないみたいだ。

 いや、正確に言うと再構成されたから私の体であってそうじゃないのか。

 少なくとも丈夫に産んでくれた母さんには少し申し訳ない。

 大切な家族や友人に、こんな私を知られなくて良かったとも思う。

 何を言っても信じてもらえないとは思うけど。


「ひゃっほーい! 楽しいですね、由宇お姉さんっ!」

「しょげてたのが嘘のようね、イナバ」

「えへへ。だって、由宇お姉さんと合流してしまえばこっちのもんですもん!」


 よく意味が分からない。

 迷子になっている相棒もついでに回収していけとオジジが言うので、彼の指示に従ってイナバがいる場所まで跳んで行った。

 そのオジジは今、ミニチュアサイズとなってイナバの頭上に落ち着いている。「ほっほっほ」と余裕の笑みを浮かべているのがちょっと気に入らない。

 本の妖精だと言っていたけれど、本当にそれだけなのか不思議だ。

 もっとも、妖精の中でも長生きしている分できることも多いらしいが。


「オジジさんも仲間にしちゃいましたし!」

「すぐ帰るかと思ったわ」

「楽しそうでな。ちょっくら参加させてもらうことにしたんじゃ」

「傍観でしょ?」

「何を言うか! これだけサポートしているワシを……ううっ、由宇がいじめるんじゃ」

「オジジさん可哀想です」


 嘘泣きをするオジジをイナバが慰める。

 演技だと分かっているのに調子を合わせるイナバといい、この二人は相性がいいのかもしれない。

 面倒くさいのが増えたと思いながら、私はもう一人と合流するために移動していた。

 浮遊している岩場から岩場へと移動し、目的の存在を遠目で確認する。


「イナバを後にした方が良かったのかなぁ」

「酷いですよ! 由宇お姉さんの相棒はわたしなんですからねっ!」

「だって、超強かったじゃない。迫り来る敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」


 内世界での戦闘を目にした事があるが、それはイナバが小動物の形態の時だ。小さくて可愛らしいうさぎが、身の毛もよだつ化け物を平然と相手にしていた映像は未だ鮮明に覚えている。

 そして、人型での戦闘を今回初めて目にした。

 思わず背を向けて帰りたくなったというのが素直な感想だ。

 別に合流しなくても一人で何とかなるんじゃないかという能力の高さに、引いたのも事実。

 私もそれなりに化け物じみてきたと思っていたのに、イナバはそれ以上だった。

 数多くの敵を相手にしている時のイナバは、とても退屈そうで冴えない表情をしていたのを思い出す。

 雑魚ばかりだと呟いた声も忘れない。

 倒した化け物の足首を片手で掴んで、向ってくる他の化け物たちに投げる。

 重そうな化け物を軽々と持ち上げたかと思えば、そのまま床に叩き付けて何度も武器代わりにしていた。

 直接だろうと間接だろうと、自分に向ってくる攻撃を躱す動作にも余裕しか感じられない。

 あんなに強かったのかと愕然とする私の肩で、オジジが「魔王ナナシの一部じゃから当然じゃろ」とは呟いていたがそれだけなんだろうか。

 だったらもっと早くその力を発揮してくれれば、私だってこんなに苦労しなくて済んだのにと考えて慌てて首を横に振る。

 そうだ、そうじゃない。そうじゃない。

 その時の事を思い返していた私は、微妙な気持ちになりながら困惑した様子で視線を彷徨わせるイナバを見た。

 バッチリ見られたあの現場を、イナバはまだ偶然で押し通そうとしているらしい。

 どうせ小動物の時だって強かったんだから自慢すればいいものの、何故隠そうとするんだろう。


「あれは、違うんです。体が勝手に動いて……か弱いうさぎちゃんなんです」

「無理あるよねイナバ? それにそんなか弱いフリして何になるの。私の好感度気にしてるなら無駄よ」

「えっ!!」

「わざとらしく反応しない」


 会話をしているだけで疲れるのも久しぶりで懐かしい。

 頬を膨らませてオジジとコソコソ話しているイナバを横目に、私は化け物の群れの中に飛び降りた。


「ほっ」


 降下の途中で広範囲に威力のある攻撃魔法を繰り出す。攻撃力は低めだが、怯ませるには充分だろう。

 私が放った後に少し遅れて飛び降りたイナバが、同じような広域魔法を展開させる。

 前もって示し合わせていたわけでもないのに、このタイミング。

 イナバが私に合わせてくれたんだろうが、もしかしたら何も考えずそうしたかっただけなのかもしれない。

 着地と同時に並んだイナバと視線を交わす。


「はいはい、可愛いうさちゃんがお相手してあげますからねー」


 私は蹲っている目的の対象を、イナバは鬱陶しく湧いてくる化け物を。

 言葉など無くてもそれだけでやり取りできてしまうくらいになってしまって、何だか戦闘慣れしてきたなと思った。

 こんな風に調子に乗って、いい気になっているとロクな事がないのですぐに自分を戒める。


「くろうさ、大丈夫……じゃないけど、一応生きてるわね」

「何とか……」

「イナバ、遊んでないでさっさとね」

「了解でーす」


 暢気に明るく響く、この場にはそぐわない声。

 ぐったりとした黒いうさぎを撫でながら、私は回復魔法をかける。

 手当てらしい手当てなんてそのくらいしかできないが、この空間で私の魔法が効くなら少しはマシになるだろう。

 こんな時の為に、もっと回復魔法を覚えておけば良かったと思うが後の祭り。

 今度夢の中でモモに会うことがあったら、教えてもらおうと一人頷く。

 そうしていると、目の前に大きな影が落ちた。


「ゴッさん……呼んでないんですけど」

「いや、呼ばれた気がした。まぁ、気にするな」


 気にするなと言われても無理があるが仕方がない。

 ゴッさんはくろうさを見下ろしていたかと思うと、屈んでそっと手を当てた。

 私の時よりも強力で温かな力が小さな体に注ぎ込まれてゆく。

 その光景を見て、あぁそう言えばこんな見た目だけどゴッさんは回復系が得意だった事を思い出した。

 見た目で言えばミシェルなのだが、彼は魔法があまり得意ではない。

 もっとも、呼んでも憮然としてるくらいなのでゴッさんのように勝手に出てきたりなんて事はないだろうが。


「駄目だな。注いだそばから流れてゆく。これの本体が危ないんじゃないか?」

「えっ、レディが!?」

「そう……ですね。苦戦しているようです。私を維持するのもお辛いのでしょう」


 無駄だと呟いて触れていた手を離したゴッさんは、眉を寄せる私を見て無言で首を横に振る。

 化け物を片付け終えたイナバとオジジが駆けてきたが、私は何も言わずにくろうさを見つめるだけ。

 固い表情と漂う雰囲気にイナバたちも何かを察したのだろう。

 荒い呼吸を繰り返し、その小さな体を上下しているくろうさを見つめてイナバはつまらなそうに呟いた。


「なんなの。そんなんで、もう終わりなの? 情けないと思うんだけど」

「……イナバ」

「だってわたしがピンピンしてるのに、貴方がへこたれてるなんて情けなさすぎ。能力だってわたしより上のはずなのに」


 不機嫌そうなイナバの表情と思いやりなど欠片もなさそうな言葉に、くろうさは何も反応しない。

 反応せず、ただそのつぶらな瞳にイナバの姿を映しているだけだ。

 喋るのですら辛いのだろう。

 覚悟を決めた表情をしているくろうさに、私はそっと手を伸ばしてずっと名前をつけていなかったことを詫びた。

 青い目が優しく細められる。


「インレ。インレフリス。どっちにしようか迷ったから、どっちもにしてみたわ」

「あーずるい! ずるいずるいですー!」

「うるさいなぁ。じゃあ、イナバはイナバ・ノ・シロウサギとでも名乗ればいいじゃない」

「うわぁ、適当すぎる」


 小さく口を動かして、私が与えた名前を繰り返すくろうさは嬉しそうに微笑んで目を閉じた。

 静かに光の粒子になってレディの元へと戻っていくのだろうと、その様子を見つめていればくろうさが激しく発光する。

 黒く小さな体が見えなくなるほどの光に、腕で顔を覆う私の前にゴッさんが立って壁になってくれた。

 嫌な気配はしないが念のために術をすぐに発動できるようにしておく。くろうさの消滅に私が巻き込まれないとも限らないので気は抜けない。

 くろうさと出会ってからの時間はイナバよりも短かったが、寂しくないと言ったら嘘になる。

 けれど、くろうさが消えてもそれは死ぬわけじゃない。

 イナバが魔王様の力の一部であるのと同じように、くろうさもレディの力の一部だ。

 レディがいる限りくろうさはまたその姿を現すだろう。

 だから、少しの間だけお別れ。ただ、それだけだ。


「インレ。またね」


 収まってゆく光に目を細めながらそう呟く。

 恐れていたようなことにならないようなので安心したが、時間がない。

 すぐに移動して早くレディ達と合流しなければ。

 そう思って軽く目を伏せた私は、ゴッさん越しに見えた見知らぬ美少女の姿に顔を歪めてしまった。


「ほう、これはまた」

「なるほど。名付けか」

「むうぅー!」


 サラサラと揺れる艶やかな黒髪は腰まで伸びており、透き通るような白い肌をより際立たせている。整った顔立ちとすらりとした手足は美少女と呼ぶに相応しいが、これはまた性別がないパターンなのかと私は苦笑した。

 イナバに引き続きこういう展開ですかと誰にでもなく心の中で呟いて、顎に手を当て頷くゴッさんに目をやる。

 長い睫を震わせながら開いた瞳の色は、青ではなく黄色。

 ふっくらとして可愛らしい唇が動いてゆっくりとした息が漏れた。


「なるほど。こういう効果が出るわけですか。確かに、こればかりは実体験してみなければ分かりませんね」

「えー」

「由宇にその自覚は無いから仕方がないのぅ」

「随分と恐ろしい能力のようにも思えるのだがな」

「ご心配なく。由宇さんのその力が及ぶ範囲は限られていますから。誰も彼もというわけではありません」


 何が何だかさっぱり、とまではいかないけれど正直どうしてこうなったという思いでいっぱいだ。

 誰かの涙で蘇るならまだしも、名前をつけたタイミングで元気になった挙句姿も変ってしまった。

 可愛らしいくろうさはどこにいるのか、と頭の中で問いかける自分がいる。

 目の前にいるのがくろうさなのは分かっているけど、小動物のほうが可愛くて良かった。

 人型になるのは便宜上なのかもしれないけど、と冷めたことを思ってしまった。

 

「んもー! 最初からコレ狙ってたくせにぃ! あざと過ぎるのはいけないと思いますよっ!」

「別に狙っていたわけではありませんよ。たまたま、タイミングが合っただけです」

「そうだと私も思いたい」


 ダンダン、と地を力強く蹴りながらイナバが唸る。

 その様子を見つめながらすまし顔でインレフリスは淡々と告げた。

 がっくり、と肩を落とす私にゴッさんが苦笑してオジジはのん気に「可愛い娘っこが増えたのう」なんて言っている。


「助かったのは由宇さんのお陰です。本当にありがとうございます。早々に名付けて欲しかったのですがそうもいきませんでしたし」

「いや、急かしてくれても良かったんだけど」


 私の名付けがパワーアップに関わるとかそんな力を秘めていたなら、早く言ってくれれば良かった。

 イナバをイナバと名付けても姿形が変わったのはついさっきのようなものだから、こんな事になるとは思わなかった。

 そうなると、イナバは最初から名付けられたことによる効果が分かっていたってことだろうか。

 ちらりとイナバを見れば未だ地を何度も蹴り、私と目が合うと体当たりをするように抱きついてきた。

 痛い。


「由宇お姉さんの裏切りものー! 相棒はわたしだけなのにぃ!」

「意味が分からないってイナバ。私が名前をつけることに問題があるなら、最初に言ってくれれば良かったじゃないの」

「いえ、問題ありませんよ由宇さん。貴方が本当に私につけたい名前でなければ意味がありませんでしたから、急かしても仕方がないです」

「つけたい名前、ねぇ。そんな真剣に考えてるわけじゃないんだけど、ごめん」


 もっと真剣に考えなければいけなかったのかと思うと申し訳ない気持ちになってくる。

 適当につけたイナバに比べ、インレフリスには少々力を入れてしまったのでイナバが不機嫌になるのも仕方ない。

 機嫌を取るように頭を撫でると、すぐに笑顔になったイナバにチョロイなと呟きそうになった。

 危ない。







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