182 恋する乙女
話が通じない相手をどうすればいいのか。上手く利用する賢さを持ち合わせていない神原は、これで良かったんだろうかと何度も自分に問いかける。
彼の肩ではギンが「うおぉ、すげぇ」と他人事のような歓声を上げており、神原は軽く睨みつけた。
「あいつ、スゲェな」
「それはその通りで、助かったのも事実だけど……僕が生贄になってそんなに嬉しい?」
「何だよ名前くらい呼んでやれよ。まぁ、あいつら化け物に個体名があったのすら驚きだけどな」
「本当に彼らは神の大量生産なのかな? 疑問に思えてくるよ」
どこにでも出てくるような量産型の化け物だとばかり思っていた神原は溜息をついてギンを睨む。
神が作り出したと言ったのが彼なので疑わしくなったのだろう。
主の命令を忠実に聞く自動人形。敵を見つけたら消滅させるまで攻撃を加える。
少し知能が上の化け物には他の場所にいる仲間との通信手段もあるらしい。それは裏世界の高校でも何度も見かけた。
てっきり悪魔、魔物と言ったようなものだとばかり思っていたが、球体を守るようにして立つ仮称警備ロボットといい、無機質だなと神原が呟く。
「神様ですら、命は作り出せませんでしたってことじゃねーの?」
「命を作るねぇ。胡散臭くなってきたな」
「そんなの今更だろ」
「……ギンが言うと何か説得力あるね」
素早く警備ロボットの懐に入り込んだ自称、リリアーヌはノーモーションで拳をロボットの胸部辺りに叩き込んだ。
バシン、という音と共に退いた彼を追撃するように警備ロボットの両肩部が開いてそこから何本ものレーザー光線が放たれる。
シューティングかと思ってしまうくらいの綺麗な光線は平行に動いたかと思うと、不規則に交差し始めた。
流石に避けきれないリリアーヌの体もレーザーで焼かれてしまっており、彼は光線が届かぬ場所まで退避した。
「うわぁ。焼かれてしまっても良かったのに」
「直人、本音漏れてるぞ」
「うん。ごめん。正直、善戦するとは思ってなかった」
それはそれで少し寂しいけど。
そう付け足した神原の目は、乱舞するレーザー光線の動きを真剣に見つめるリリアーヌへと向けられていた。
もしかしてあの化け物は雑魚ではなく小、中ボスクラスなのではないかと考える。
体格的に不利だとばかり思っていたのにそれを裏切るような俊敏さ。
ノーモーションで放たれたパンチは、ロボットの胸部装甲をへこませている。
神原とギンの二人がかりで傷一つ付けられなかった、あの装甲にだ。
警備ロボットも思わぬ強敵の出現に、警戒レベルを少しずつ引き上げていっているように見えた。
頭部中央、窪んだ部分で発光する球体の色が緑から今は橙色に変化している。
神原たちがエンカウントする前は青で、戦い始めたら緑になった。暫くその緑のままだった球体は、リリアーヌの登場により黄色から橙色へと変わった。
最終的に赤色にでもなるんだろうかと思いながら暢気に声援を送っているギンに神原は溜息をつく。
「おかしいな。僕これでも一応主人公格で、他よりも能力がだいぶ上乗せされてるはずなんだけど」
「だなぁ。でも、楽できるなら楽しようぜ。体力温存できるって思えばラッキーだろ」
「それはそうなんだけど……。リスク負うの僕じゃん」
唇を尖らせて床を睨む神原の声を聞きながらギンは器用にレーザーの網を掻い潜るリリアーヌに「クルックー」と鳴いていた。
興奮し過ぎだと尻尾の毛を力強く引っ張られた彼は悲鳴を上げる。
声を荒げ抗議する彼の声が聞こえていないのか、神原は濁った瞳で純白の鳩を見つめた。
足を掴まれ逆さにされたギンが、羽を広げもがきながら青年の名前を呼ぶ。
「おい、直人! 落ち着け落ち着けよ! 名前呼ぶだけだろ?」
「……図に乗られそう」
「お前が嫌がる事はしてこねーだろって」
「好きだろうと勝手に判断されて手料理とか押し付けられそう」
「他に好きな人がいるって言えば、アレなら大人しく身を引くんじゃねーか?」
「二番、三番でもいいとか言われそう」
ギンが何とか説得しようと試みるも、淀んだ瞳の神原は間髪入れずにそう答えた。
綺麗な瞳が曇って嫌な雰囲気を纏い始める。
こんな所でくだらない事に力を浪費してる場合じゃないだろ、と心の中で思ったギンだったが口に出してしまうと火に油を注ぐ結果にしかならないのでグッと我慢した。
やり場の無い怒りと鬱憤を「ポッポー! クルックー!」と叫ぶことで解消する。
突然手を離されて床にぐしゃ、と落下したギンは打ちつけた体の痛みを我慢しながら「落ち着け落ち着け」と自分に言い聞かせる。
「よし、直人。じゃあ寧ろ好きになってみるってのは……あははは、うははは、イッツァジョーク! ジョークだよ直人ぉ」
「目がマジだった。僕なんてどうなってもいいってそう思ってた」
「思ってねーよ!」
「由宇さんだったらそんな事言わない」
「表向きはな。腹ん中じゃあいつも何考えてるかわからねーぞ」
なんたって俺の娘だからな、との言葉は心の中で付け足してギンはドヤ顔をする。その表情にイラッときた神原たちを横に、リリアーヌと警備ロボットの戦闘は続いていた。
両者とも力は五分、可動範囲が狭い分警備ロボットの方が少し不利かもしれない。
「ふふっ、やるじゃない」
「……」
白熱する戦いの中で、二人は知らずと心を通い合わせるようになっていた。主の命を何としても守りぬかんとする警備ロボットと、神原への愛ゆえに突破しようとするリリアーヌ。
誰かの為にというのが共通していたせいか、リリアーヌは寂しそうに笑う。
「出会う場所が違ったら、貴方とはいい友達になれたでしょうにね」
「……」
警備ロボットは何も言わないが頭部に存在する球体が、ゆらりと揺らめいた。
言葉は無くとも相手が何を伝えたいのか、今のリリアーヌには痛いほど感じ取れる。
互いに譲れないものがあり、大切なものがある。その為に戦わなければならない。
世の中というものは、全くもって非情である。
「あれ、これって主人公アイツだっけ?」
「何言ってるのさギン」
「いや、すまん。なんか熱血バトル物語の匂いがして」
「は?」
これはこれで、滾るな。
そう呟いて真剣勝負をする二つの存在をギンは静かに見つめた。
神原にも無粋な真似はしないようにと先に釘を刺した彼は、こちらまで伝わってくる熱気に興奮した様子で胸を膨らませた。
眉を寄せて文句を言っていた神原も、リリアーヌと警備ロボットの戦闘を見て顔色を変える。
ぽかん、と口を半開きにして縦横無尽に動き回る両者の姿を必死に追っていた。
「警備ロボットって、動けたのか……」
「いや、本来は動けないはずなんだけどな」
「絶対?」
「基本、主の命令が絶対だからな。そこから動かず防衛、向ってくる敵は迎撃しろっていう命令を受けてるのは間違いないだろう」
「本当に?」
「俺たちがどんなに誘っても、あの場から動かなかっただろ? 動いたとしても半径十メートルってとこか」
あれだけの力がありながら、範囲が小さい。
ということは可動範囲を狭くしてまで守りたいものがあるんだろうと、ギンは目を細めた。
あの警備ロボットがその気になれば幾らでも彼らを攻撃することができるからだ。
遮蔽物に隠れてやり過ごしているこの場所も、レーザーの出力を変えれば恐らく届くだろう。
ならばどうしてそうしないのか。
命令に含まれていない、範囲にない、もしくは興味が無い。
あのロボットの知能がどの程度なのかも気になったギンだが、静かに戦闘を観戦していた神原の言葉に思わず苦笑してしまった。
「なんだかさ、楽しそうだよね。二人とも」
「そうだな。俺らの苦労は何だったんだろうなぁ」
「苦労って、今からでしょ」
「ううっ、頼もしくなってくれてお父さん嬉しいぞ!」
「僕、ギンみたいな父親は嫌だな」
ぽつり、と呟くように告げられた言葉に泣き真似をしていたギンの動きが止まる。
神原の視線は地上戦のみならず、空中戦まで繰り広げる二人に注視されており、そわそわする相棒には気づいていない様子だ。
これ幸いとギンは変に緊張しながら彼に質問をする。
「嫌ってどんなとこが? 頼もしいパパンだろうが」
「そういうとこ。軽いノリでおちゃらけてるけど、本心は見せない。余裕そうに見せて一人で無茶する」
「なんだよ、心配してくれてんじゃねーか。へへっ」
「はぁ? 調子に乗らないでくれる? 相棒としても酷いサポートなのに、そんなのが人の親やってるなんて想像できないって話だから」
照れたようにギンが笑うと、勢いよく彼の方へ顔を向けた神原が軽蔑するような眼差しで冷たくそう言い放った。
引き攣った悲鳴が出てしまいそうな形相だが、慣れたギンには無効だ。
「はいはい、ツンデレー」
ギンの言葉に神原が舌打ちをしようとした瞬間、ガンッと大きな音が響いて何かの破片が身を隠していた遮蔽物に突き刺さる。
それもちょうど、ギンの真横に狙い澄ましたかのように。
ちらり、とリリアーヌと目が合った様な気がしたギンは、今まで経験したことのない恐怖に羽を震わせる。
思わずガッツポーズをしてしまった神原だが、ハラハラと抜け落ちる純白の羽を見て慰めるように彼を撫でた。
味方ならば頼もしいが、敵に回ると厄介だ。
しつこくついてくる鬱陶しいストーカーの認識を改めた二人は、今後どうやって撒こうかとそんな事ばかり考える。
アイコンタクトを取ってそれぞれ悩んでいる内に、大きな衝突音がして地面が大きく揺れた。
身を隠していた遮蔽物が壊れないようにと補強したギンは、体を丸めた神原を守るように大きく羽を広げる。
強風に流されてしまわないように腹に力を入れながら神原を守るギンの姿に、守られている神原はこういう状況なら頼りになるんだけどなと心の中だけで呟いた。
言ってあげればいいのに、そうしないのはギンがすぐに図に乗るからと言うだろうが本音はただ恥ずかしいからだ。
随分と頼っているのを自覚しているだけに、偶にきつい事も言ってしまう。
素直じゃないこの態度も甘えの一つだ。
充分にそれを承知しているギンは余計な事は言わず、ただニヤニヤするだけ。だからこそ、神原が余計に機嫌を悪くしてしまうのだが。
由宇とイナバとはまた違う関係だが、どちらとも仲が良いのは変わらなかった。




