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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
182/206

181 心は乙女

 一つのものを分散させるというやり方は当然と言えば当然だ。

 それにしても、そんな重要なことを言ってないなんて酷すぎるだろう。

 わざと言わなかったんじゃないか。

 言ったはずだと眉をよせている魔王様が嘘をついているとは思えないが、私も神原君も聞いていない。

 もし、神原君が聞いていたら黙っているわけがないだろう。


「ともかくこの場所はとても神聖であり、象徴的な場所だ。思い出深い所でもある」

「はいはい。神が降り立った場所だからですね」


 急激にやる気が削がれて脱力してしまう。

 そんな投げやりな私の言葉に、高橋さんは優しく頭を撫でてくれた。

 少し離れた場所にいる魔王様は困ったようにこちらを見ている。


「そうね。全てはこの場所から始まったと言ってもいいでしょうね。それにこの場所には【領域】へと繋がる回廊があるの」

「え、こんな所に!?」


 今までは県のシンボルで眺望が良く、カップルが必ずデートする夜には行きづらい場所としか思っていなかったがそんな危険な場所だったとは。

 立ち入り禁止にしなくていいんだろうかと心配する私に、魔王様は朗らかに笑って心配ないと言ってくれた。

 どうやら一般人は入りたくても入る事ができないらしい。

 管理者や彼らに許可された存在のみが使えるそうで、イナバとくろうさも使用可とのこと。

 どうしてこんな場所にそんな物を作ったのかと尋ねれば、それも万が一の事を考えてと言われた。

 万が一とはなんだろう?


「神原君とギンさんは、半ば神の領域とも言える【隔離領域】にて戦闘中というわけね」

「……不利すぎる気がします」

「さて、私達は私達のできる事をしようか」

「できること」


 それはそれで構わないが、私と一緒に行動していた先生や榎本君は一体どこにいるんだろう。

 危害は加えていないし安全だと魔王様も高橋さんも言うけれど、その姿を直接見るまでは安心できない。

 どうやら私とだけ話したかったのでそんな方法を取ってしまったらしい。

 これから何をするのかと首を傾げる私に、高橋さんはにっこりと微笑み魔王様は口元を歪めた。





 地面が振動し、四方八方に光の矢が飛び散る。

 大きな力の塊をわざと地面に衝突させたのだと気づいた頃にはもう遅かった。

 防御と回避をしながらも、その体には避けきれなかった傷がつく。


「直人!」

「まだ平気だよ」

(やっこ)さん、相当近づいて欲しくないみたいだな」

「器としての存在価値を否定されたから、全力で潰しにくると思ってたんだけどね」


 神原とギンは飛来してくる矢を避けて一息つく。

 降り注ぐ光の矢によって破壊された敵や、剥げる床がいい具合に遮蔽物となり彼の身を隠す場所を作ってくれた。

 ある程度までは近づける、けれどそのラインを超えると先程のように容赦の無い攻撃。

 パターン化してるからそれすら分かれば大丈夫だというギンの言葉を信じて、横から攻撃を仕掛けたが二人が思っている以上に相手の攻撃パターンは多彩だった。

 そこまで読み切れていなかったと謝罪するギンに苦笑して、神原は巨大な球体の前方で仁王立ちする物体を窺っていた。


「あれでも神様たちには遠く及ばないんだろ?」

「まぁ、そうだなぁ。とは言っても神様(あいつら)も随分と弱ってんだぜ?」

「それはギンたち管理者も同じだよね」


 痛いところを突かれて言葉に詰まるギンに神原は手にしていた大鎌をそっと撫でる。

 世界を襲った異変の後、内世界にいる桜井たちの事が気になってギンと共に潜った。彼女たちの無事は確認できたが、油断はできない。

 増永と江口は内世界でも眠りに落ちてしまい、気だるい表情で神原を迎えた桜井も冴えない様子だった。

 自分に何か手伝えることは無いかと必死に言われた神原は、優しく彼女を諭して空いている部屋で休むようにと告げた。

 悔しそうな表情をする彼女に「無事でいてくれる事が何より嬉しいんだ」と言えば、桜井はハッとした顔をして俯く。

 今までずっと自分の危機を助けてくれた神原に、無理な事を言ってしまったと悔やんでいたのだろう。

 ここで何かがあればすぐに連絡をすると約束して、桜井は少し辛そうな顔をしながらも笑みを作って神原を見送ってくれた。

 勿論、神原と一緒にギンもいたのだが彼はまるで周囲の空気のように存在が薄くなっていたという。

 彼が言うには若い二人の邪魔をするほど野暮じゃないとの事だが。


「痛ぇな……事実ですけどよ。でもよく考えろよ、俺なんて元は冴えないオッサンだぜ?」

「でも今は管理者の一人だよね」

「そうは言うけどあいつらの中で一番の下っ端だってーの」

「そのわりには随分食って掛かって下には見えないけど」

「負い目があるんだろ。俺を巻き込んだ、な」


 ふん、と鼻で笑うギンの表情はどことなく寂しげで切ない。

 過去の事を思い出しているのかと、神原は彼の喉元を優しく指で撫でた。

 猫のように気持ち良さそうな顔をする彼は、相変わらず神々しいまでの白さで相棒である神原をサポートしていた。

 白いと言えば、神原の今の格好も充分白い。

 長いコートも内側に来ているタートルネックも、手袋も靴も持っている武器も全て白かった。

 今いる空間が白で統一されているので、目立たなくていいが残念ながら敵にその誤魔化しは通用しないらしい。

 敵もまた白一色の巨体なのだが、今まで出会った化け物と違うのは頭部の中央が窪んでおりそこに目のような球体が緑色に発光しているくらいだ。


「何なの、あれ」

「だから警備ロボットみたいなもんだろ」

「範囲内に入れば警告と共に攻撃って、優秀すぎるよねぇ」

「アタシもそう思うわ、ダーリン!」


 げ、と神原の顔が露骨に引き攣る。

 そんな事も気にせず、ガタイの良い化け物はくねくねと体をくねらせて神原の隣に腰を下ろした。ちょうどそちら側にいたギンは自然な動作で反対側へと移る。

 様子を見なくては、と呟いて遮蔽物から顔を出し警備ロボットを見つめるギンに神原は内心で舌打ちをした。


「あ……えっと、よくここまで来られましたね?」

「勿論よ。だってダーリンの為だものぉ」

「……あは、あはははは」


 上手く撒いてきたのに何故ここにいる。

 神原の心は強敵と遭遇した時の様に早鐘を打ち、嫌な汗が頬を伝った。悪寒が止まらないのを必死に隠しながら務めて冷静なふりをする。

 相手のバケモノはハートを飛ばしそうな瞬きを繰り返し、偶にウインクをしてくる。

 彼を相手にするくらいなら、警備ロボットと延々ダンスをしていた方がマシだ。神原はそう思った。


「いや、でも本当に。ここは少し特殊な場所になっているから、貴方が来れるとは思ってなかったです」

「あら……そうなのぉ? 何だかバチバチしてたから、無理矢理こじ開けたら壊れちゃって。すんなり入れちゃったけど」

「はぁ!? 壊しただと!? この馬鹿男! そんな事したら入出し放題で危険だろうが!」


 誰が苦労して閉じたと思ってんだ、と乱暴な口調で怒鳴るギンの剣幕にオネェ言葉の化け物はショックを受けた様子で頬に手を当てる。

 神原としては、彼の一撃でギンが潰されてしまうんじゃないかと心配したがそれはなかった。


「そ、そんな事ないわよ! アタシちゃんと塞いできたんだから! ダーリンに迷惑かけちゃだめじゃない? ちゃんとしてきたわ」

「塞いだってどーやってだよ。雑魚程度のお前の力でそんな事できるわけねーだろうがっ!」

「だって、できたんだもん。近くに転がってた、化け物ちゃんたちをこう捏ねて、伸ばして貼り付けたら同化しちゃったのよ」


 想像するだけでも恐ろしい。そしてなんてことなさそうに言われるから余計にだ。

 神原は彼が語る状況を想像して顔を引き攣らせた。

 せっかく一息ついているのに、気力をごっそり削がれたような気がする。

 はぁ、と溜息をつく神原にまさかそんな方法で塞いだとは想像もしていなかったギンが驚愕の声を上げた。

 彼は「マジでこいつバケモンだわ」と本人を前に呟くのだが、当の本人はにこにことしたまま胸を張って得意気だ。

 キラキラと輝く目は褒めて褒めてと言わんばかりに訴えており、神原は引き攣った笑顔で「凄いね」と呟くのが精一杯だった。


「きゃーん。ダーリンに褒められたぁ!」

「……ギン、警備ロボ倒して早く先に進もう」

「ってかよ……アレがもれなくついてくんだろ?」

「流石に警備ロボの攻撃は耐えられないって。だから諦めて彼も帰るさ」


 体は男だが心は乙女と言い張る化け物に、神原とギンの二人はその時初めて化け物に雌雄があったのだと知った。

 どれもこれも外見では性別が判断できないからだ。そもそも、ギンが言うにはこの化け物たちは量産型で子孫を繁栄する必要がないらしい。

 よって、性別は関係ないはずだ。目の前の化け物を見るとそれすらも揺らいでしまうが、とギンは目を逸らす。

 そんな化け物に何故か好かれているらしい神原は、裏世界の高校で会ってから今まで、こんなストーキングを受ける事になるとは思わなかった。

 できる事ならあの出会いを回避したかったと切に願うが、そうもいかない。


「ええと、これ以上は流石に危険なので貴方はここで待っててください」

「いやん。アタシだってダーリンの力になれるんだから」

「いやいやいや、貴方じゃ無理ですって」


 いやいや、とその仕草に似合わぬ巨体を揺らしてじっと見つめてくる様子はまるで威圧だ。本人にその気が無いのは分かっているが、神原はママを目にした時と同じような感覚を味わっていた。

 軽くいなせる相手のはずなのに、どこかヤバイと彼の本能が告げる。

 何としてもここで別れなければと思いながら神原は彼の説得を続けた。


「本当に、危険なので」

「……ダーリン」

「おい直人。そいつ顔赤くしてんぞ」


 きっと真剣に言えば分かってくれる。その信念のもと神原は諭すように告げたのだがどうやらあまり効果はなかったらしい。

 ギンの指摘によく見れば彼の頬らしき部分がポッと赤くなっている。

 それを見た神原は首を傾げた。

 尋常ではない発汗に、どこで選択を間違ったのかと自分の行動を探る。

 落ち着け落ち着け、と何回も言い聞かせながら床にのの字を書き始める化け物に彼は泣きそうになった。






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