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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
173/206

172 手を握る

 焦っていてもしょうがない。

 それは分かるけれど、何をしたらいいのか分からないこの状況でただ待たされるだけというのも中々苦痛だ。

 ちょっと前の私なら、何もしなくていいんだと喜んでゴロゴロしたりゲームをしたりしていただろうに。

 家に戻って待機とも考えたが、母さんも兄さんも職場、なつみは今日も友達と遊びに出かけていない。

 喫茶店に寄るついでに家に戻って荷物を取ってきたけれど、あの家の中で一人待っているのは少し寂しいかもしれない。

 いくら待っても家族は帰ってこないから。


「教授はともかく、榎本君は待機してた方がいいんじゃないの?」

「失礼だね。僕の実力見ただろう? そりゃ確かに今の羽藤さんには勝てないかもしれないけど」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「心配してくれてるの? 待ってる家族とか、僕自身の事とか」

「まぁ、ね」


 彼から関わらなければ傍観者のままでいられたはずだ。介在する事なく、どちらの肩を持つ事もなくただ行く末を見つめるだけ。

 別に彼としてはそれも苦痛ではないという印象を受けた。だから、こうも積極的に関わってこられると大丈夫なのかと変に心配してしまう。

 私の再生やティアドロップ等に関する知識は非常に役に立って有り難いが、そこまで肩入れする理由が彼にあるんだろうか。

 やっぱり好奇心なのか、それとも私のお陰で断ち切れたとか言っていたのでその事なのか。


「正直に言おうか?」

「え……うん」

「君に助けられたこと、凄く感謝してる。君が覚えていなくても、鬱陶しいくらい有り難いと思ってる。それはきっとこれからも変わらない」

「私がもういいとか、いらないとか言っても無理でしょうね」

「うん。絶対に無理だね」


 にっこりとした笑顔で力強く頷かれて私は溜息をついてしまった。

 普通ならここで「え、そんな」とか言って頬を赤らめていいムードになるべきなんだろうけど、そんなつもりはない。

 教授がこの場にいてくれたら彼を少しは抑えてくれただろうかと考え、無理だなと思った。


「えっと、確か同一人物を日時場所バラバラで確実に殺してしまう事からの解放? だっけ?」

「うん、そうだよ。感謝してもしきれない」

「ふぅん。じゃあまあ、無理しない程度にやればいいんじゃないかしら」

「あれ、徹底的に遠ざけたりしないの?」

「無理そうだもの」


 にこにことした表情で気づけば至近距離にいそうな彼は、きっと鎖で繋いでいたとしても引きちぎりそうだ。

 彼が言うような事をした覚えが私には全くないけれど、本人がここまで言うなら好きにさせておけばいい。

 最悪人違いだったとしても笑って済ませるようなものだ。

 番人に確認してもらおうかとも考えたが、決定的な証拠を突きつけられるようなものなのでやめておく。


「へぇ。そっか。甘いんだね、羽藤さんて」

「は? そんなのストーカーの如くねちっこく監視してた貴方なら分かってたことじゃないの?」

「おーコワイコワイ」


 ちっとも怖いなんて思ってないくせに、と心の中で舌打をして私は心配している事を彼に聞いてみた。

 この現象が神たちによる仕業だとしたら、一体これからどうなってしまうのか、と。


「教授ともその話はしていたんだけど、そうだとしたら元の世界に戻したがるだろうね。神様たちは」

「元の世界と言うと……自分たちが創った世界のことよね」

「恐らくね」


 それにしては驚きだ。

 てっきり自分たちの理想の世界を壊された挙句に封じられた腹いせとして、焦土化するとばかり思っていたから。

 こうやって私達が生きているのも、起きている私達以外の人が眠ったままでいるのも管理者が抵抗している証ならば納得できる。

 その管理者達とも未だ連絡が取れなくて教授も困っていたな。

 よりによって、イナバだけじゃなく神原君とも連絡が取れないっていうのが一番困ってしまった。

 彼は間違いなく私達と同じように起きているはずだから連絡が取れないはずが無いのに。


「私達の知らないところで、既に最終決戦は始まってるのかもね」

「……そうかもしれないね。失礼しちゃうよね? 僕はともかく、羽藤さんはたくさん迷惑かけられたのに」


 散々振り回された結果がこれなのかと思うと同時に、神原君でさえ手も足も出なかったような存在と対峙する事が無くて良かったとも思ってしまう。

 最後の最後まで役に立てないのは空しくて歯痒いが、だからと言ってどう動けばいいのかも分からない。

 例えば、神原君が今いる場所とか。

 もしかしたら未だあの花畑なのかなと思いつつ、壁にかけられた時計を見た。


「あ、そっか。時計も止まってるんだっけ」

「うん。今の世界は、眠っている状態だから時間はたっぷりあるよって教授も言っていたよ」

「こういう状況でなきゃ、嬉しい言葉なんだけどね」

「あははは、それは言える」


 神様たちの願い。

 もどきが言っていた事が本当だとするなら、家族三人で暮らしたかった?

 それを邪魔されて怒っている。

 いや、いくらなんでもそれを動機というには弱い気がする。

 家族三人で暮らしたいなら、勝手に暮らせばいいだけ。どうして世界を歪めて自分たちの理想に作りかえる必要があるんだろう。

 そもそも、神様たちの理想の世界って何?

 理想の世界なのに、特定の条件下でループするって何?

 ループ以外の解決方法は無かったんだろうか。


「偽物、本物、偽物本物……」

「あぁ、もどきちゃんの事?」

「もどきが偽物。だとしたら、本物って何?」

「え、本当の……娘とか?」


 だったらどうしてその本物の娘がいなくて、もどきがいる?

 しかも神原美羽の器に入れたまがい物を娘としていたのは何故?

 考えれば考える程分からなくなっていくのが恐ろしい。神様たちが一体何を望んでどうしたかったのかを知れば、対策というか新たな道が開けるような気がしたんだけれど。


「そうだよね。本物の娘ってどこにいるんだろう」

「神様なら、その力で簡単にどうにかできるんじゃないの? もしかして、娘を探してた?」

「え、それで世界歪めるの?」

「何らかの原因で無くした娘を取り戻す? 為に、ぴったりの環境を作った世界を用意して……って無理があるわね」


 行方不明にしろ、死亡にしろ、元の世界を歪めてまで作り変えたいと思うだろうか。

 行方不明ならばその行方を捜す事を優先するだろうし、もし死亡した子供を取り戻したいのだとしたら蘇生させてしまうくらい朝飯前のような気がする。

 倫理的に反しているとかそういう事を置いておくとしても、世界を作り変えられるだけの力があるならそれくらいできるだろう。

 蘇生したとしたらわざわざ世界を歪める必要は無いと思う。

 元の世界が彼らにとって危険で生き難い環境だったとしたら話は別だけれど。


「教授は何て?」

「研究一筋だから、誰が何を考えてるなんか分からないってさ」

「そっか」


 本当だろうか。

 何か思うところがあっても、そう言って誤魔化しただけのような気がする。

 榎本君も「後で聞いてみたら?」と私に言ってくるあたり、教授の考えに手掛かりがあるかもしれない。

 勝手に期待されてしまっている教授には悪いけど、後で聞いてみることにしよう。


「いやぁ、参ったね。あっちも色々忙しいみたいで、繋がったかと思ったらブッツン切れちゃったよ」

「教授。それでは、まともに会話すらできていないんですね」

「そうなんだよ。状況把握にしてもこのままでは困ってしまうね」


 何てナイスタイミング。

 リビングにやってきた教授が困った顔をして頭を掻いている。

 まともに風呂に入っているんだろうかと疑問になった私が、お風呂に入ってすっきりしたらどうですかと言うと暫く見つめ合った後で「そうしようかな」と大きな欠伸をした。

 私の事といい、管理者達への連絡といい随分とお疲れの様子だ。

 反対に私はと言えば、容器の中でもほとんど眠ってばかりだったので今は体を動かしたくてウズウズしている。


「ご飯の用意しておきますから、ごゆっくりどうぞ」

「悪いね、榎本君。羽藤さんもごめんね」

「いえ、寧ろお世話になってるのはこちらですからお気遣いなく」

「……そっか。うん、じゃあのんびりしてこようかな」


 うーんと伸びをしながら風呂場に向ってゆく教授を見送る。

 話を聞くのはご飯が終わってからでもいいだろう。

 外はまだ明るく陽は沈む気配を見せない。

 けれども教授や榎本君の腕につけられている時計は時を刻み、本来の時刻を彼らに教えている。

 世界が全て眠っている状態で、本来の時刻というのも変な話だ。


「何か手伝う?」

「いや、大丈夫だよ。羽藤さんはゆっくりしてて」

「……じゃあ、内世界の様子でも見てこようかな。一人で上手く行けるか心配だけど」

「誘導しようか?」

「え、できるなら、お願いしたいです」


 やんわりと手伝いを拒否されたことに少しショックを受けながら、やることも無いので番人や雫に会って何か変化は無いかと聞いてこようかと思った。

 けれど、こんな状態になっておりるのは初めてなので上手くいくか心配だ。

 また変なところに飛ばされたりしたらどうしようかと不安に思っていると、榎本君が苦笑しながらそう言ってくれた。


「一緒には行けないから、誘導だけだけど」

「誘導してくれるだけでもすごいよ」

「いやぁ、まあその……悪趣味な能力持ってるからね。そう素直に褒められると、辛いかな」


 障子で仕切られている和室に押入れから出した布団を敷いてくれた榎本君は、自分の家ではないのにどこに何があるのか把握しているらしい。

 勝手にそんな事をしてもいいんだろうかと思っていると、私の顔を見て気づいたのか「好きにしていいって言われてるから大丈夫だよ」と苦笑した。


「接触してないと多分無理だと思うんだけど、手握ってもいいかな?」

「重ねるだけでも良くない?」

「途中ではぐれても知らないよ」

「……どうぞ」


 布団に横になって毛布をかけた私が嫌そうに眉を寄せると、榎本君は笑顔でそんな事を言ってくる。

 はぐれないように、内世界に降りるまでと自分に言い聞かせた私の手を彼がそっと握る。

 あれ? なんだ、ドキドキするかと思って身構えたけど全くない。

 それはそれで女としてどうかとは思うけど、まぁいいか。





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