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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
172/206

171 某人物の日記

 ○月×日曇り


 今日の天気はすっきりしない。

 気分もどんよりとなりそうなのに、うちのお嬢様の機嫌はいい。

 お乳も良く飲んで良く寝る。

 泣く事はあまりない、手のかからないいい子だ。

 もう少し夜鳴きやこっちが困るくらいに泣いてもいいのにな、と夫が話しかけていた。

 意味が分からない娘は彼の鼻を思い切り叩いていたけれど。



 ○月△日晴れ


 例の遺跡の近くであの隕石と同じと思われる鉱物が発見される。

 一見すると何の変哲も無いただの石ころだが、この石ころに凄い力が秘められているのは私達を含め一部しか知らない。

 国のトップすら知らぬことなのだそうだ。

 また協会と国で揉めるようなことがあれば、巻き込まれる前に逃げようと夫と話している。

 研究馬鹿だったあの夫が娘が産まれた途端に親馬鹿になるくらいなのだから、世の中本当に分からない。

 主任や先輩も呆れたようにその変わり様を見ていた。

 私も事実そう思う。



 ○月◎日晴れ


 今日は主任の娘さんが遊びに来てくれた。

 うちの子も楽しそうにしている。人見知りをするかと思って心配していたけれど、あの子はお姉ちゃんにべったりだ。

 兄弟が欲しいのかしらとの言葉に、夫がお気に入りのカップを割ってしまう。

 そんなに動揺することじゃないと思うんだけど、彼は一人で充分だと思っているのかしら。

 確かに、共働きで特殊な仕事をしている私達が子供と触れ合える時間は少ない。

 けれど私が仕事を辞めてしまえば問題は解決すると思う。

 弟がいいかな、それとも妹かしら。



 △月○日雨


 我が家のお嬢様、五回目の誕生日。

 生憎の雨模様だけれど本日五歳になった彼女はたくさんのお友達に祝ってもらい、非常に満足そうだ。

 あの子の大好きなお姉ちゃんもお祝いに来てくれた。

 私は前日から料理の仕込みに大変だったけれど、あの子が喜ぶ姿を見ていたらそんな疲れもどこかへ吹っ飛んでしまった。

 もう少し時間を置こうと夫に言われていたが、そろそろもう一人欲しくなってきた。

 後で夫と相談しようと思う。

 仕事も一段落ついているし、今がチャンスだと思うのよね。



 □月×日晴れ


 研究をするには資金が必要だ。ほとんどがその研究に興味、または理解のある会社から出資してもらうという形になっている。

 けれどうちの研究所は代表の道楽と言ってもいいくらい好きなことを好きなようにさせてもらえるのが嬉しい。

 もちろん、プレゼンをして代表たちの興味を引かなければ許可は出ないけれど。

 今回のプロジェクトは大掛かりなもので、人数は少ないもののこれだけ年月がかかっていても何も文句は言われない。

 代表自ら陣頭指揮を取っているせいかもしれない。

 給料もいいし、仕事もプライベートも順調で不満は無い。

 だけど、時折感じるこの言いようのない不安は何だろう。

 仕事も辞める辞めると言っておいて結局辞められずにいるし。

 一人家で待っているあの子には悪いと思っている。



 □月△日晴れ


 A室にて実験失敗。部屋の損壊が激しく、死傷者も多数。

 研究所に併設されている病院にて治療を行う。


 休みだったので夫の身を案じながら、娘と台所に立つ。

 この子とこうして料理をしたり、一緒にいる時間が本当に安らぐ。

 私達の宝物。



 △月◎日雪


 C室での実験は順調。A、B室は相変わらず不安定で注意深い観察が必要だ。

 研究は本当に楽しくて面白いが、戻れないところまで来ているような気がしてならない。

 代表に今月三度目の辞表を提出して家事に専念したいと告げたところ、「君はまだまだ若い。家庭の事はこれまでと同じく手厚くサポートする」と言われ破棄された。

 食えぬ代表の言葉を今までありがたく受け取ってきた自分が馬鹿だ。

 あれは飼い殺す目だ。忘れてたあの男の本性を。


 あの子が学校で書いた作文を見せてくれた。最近はイライラする事もあって八つ当たりしてしまう事もあるけれど、そんなどうしようもない親の私にもあの子は変わらず優しい。

 子供にはどんなに酷くても親しかいないのだと言っていた誰かの言葉を思い出す。

 この先何があっても、この子だけは守らなければ。



 △月□日雨


 夫に不安を話したところ、考え過ぎだと笑われたが気をつけた方がいいかもしれないとも言われた。

 彼も何か思うところがあるらしい。

 代表は一体何を考えているんだろうと話し合ってみたが、答えは出なかった。

 そんな深入りをすると、消されるかもしれないと笑って彼は言ったけれどあながち冗談でもないと思う。

 あの鉱物とそこから採取できる結晶体を目にしてから、代表は変わった気がする。

 あれは人の手にはあまる。それは私を含め他の研究者も分かっているのに、口には出せない。

 代表の腰ぎんちゃくや、頭がぶっ飛んでる人たちはとり憑かれたかのように魅入られているけど。

 確かにあれは綺麗だけど、見なかった事にして箱にでも入れ埋めた方がいいんじゃないかと思う。


 今更、何を言っても遅いのは分かっているけれど。



 ◎月△日曇り


 防衛の高官の姿を所内で見かけた。何やら代表と親しげに話している。

 軍事目的の利用になるなら、私達は歴史に残る犯罪者になるんだろうか。


 犯罪者の娘。

 駄目だ、あの子を不幸にさせてたまるものか。



 ◎月○日晴れ


 研究員の一人が鉱物を持って逃走。

 厳戒態勢の中、まんまとやられてしまった。

 念のためという事で家に帰してもらえない。娘が心配だからと言っても、話を聞いてはもらえなかった。

 主任が奥さんと娘さんに連絡をして、うちの子を暫く預かってくれると言ってくれた。

 ありがたい。



 ×月×日雨


 研究員を捕獲、説得して他の手に渡る前に鉱物を回収できたとの事。

 軟禁状態で居心地が悪かった私達も、これでやっと一息つける。

 夫は最近あまり家に帰ってこなくなった。

 所内であっても、ぎこちなく会話をするだけ。

 あぁ、彼の行動は全て監視下に置かれているんだなと理解した。

 

 家に帰って盗聴器や盗撮機を見つける。

 趣味が悪いと頭に来て代表に投げつけてやった。

 彼は驚いた演技をして勝手にやった部下を処分すると真剣な表情をして約束してくれたがどうなるやら。



 ×月△日曇り


 あの子を妹の家に預けることにした。

 妹は独身で私や夫の置かれている立場も何となく理解している。見た目はお馬鹿な子にしか見えないけれど、頼りになる子だ。

 あの子も文句一つ言わず了承してくれた。本当に、親に似ずいい子に育ってくれたものだ。


 上役に娘の事を聞かれたので、研究詰めでろくに世話も出来ない親失格の元にいるよりはいいと思いましたのでと嫌味たっぷりに言ってやると逃げるように去って行った。

 あの子にも監視をつけようものなら私だって黙っていない。

 私だって本当はいくら忙しくてもあの子を遠くにやるのは嫌だった。けれど、夫がどうしてもと私に言うので渋々納得しただけだ。

 でも、あの人があんなに真剣な顔をするのは嫌な予感しかしない。



 ☆月◎日晴れ


 市内にいる妹と娘と久しぶりに会って食事をする。

 うちのお姫様は寂しい顔など一切せず、学校であった事をたくさん私に話してくれた。

 子供に気を遣わせてしまっている自分が本当に情けない。

 妹にもどうにかならないのかと言われたが、ごめんねと謝って誤魔化しておいた。

 どこで誰が聞いているか、見ているか分からない。

 少なくとも私も監視下に置かれ、この子たちも監視対象に入っていると見て間違いないだろう。


 こんな事になるなら、仕事復帰するんじゃなかった。



 ☆月☆日晴れ


 あぁ、なんでどうして。どうしてよりによって。

 (以下書かれている文字は判別できない)



 ○月△日雨


 私が悪い。

 私が悪い。

 母親失格だ。



 □月○日曇り


 私はどうなっても良かった。

 でも気づかなかった私が悪い。馬鹿でどうしようもない私。


 選定? 選ばれた優秀な? 誇りに思え?

 そんなもの欲しくない。



 □月×日曇り


 夫と協力してどうにかできないものかと探る。

 他の研究仲間も手伝ってくれた。

 先輩はもう、駄目らしい。



 □月☆日雨


 研究の破棄を決定した。データに時限式のウイルスを仕込む。

 代表は訳の分からない事を呟いたまま部屋にこもりきり、出てこなくなった。

 確実に症状が現れているとみられる。

 

 残念ながら彼は選ばれた優秀な人間ではないようだ。ざまあみろ。


 あの子と電話で話をした。辛いはずなのに、そんな事は一切感じさせない様子。

 夫と二人で号泣した。

 今のところ妹への感染は見られない様子。やはり、私が原因か。

 あの時、あの子に接触しなければこんなことにはならなかったのかと思えば、その後夫もあの子に会ったらしいので自分が会わなければ良かったと言っていた。

 そんな事はない。

 そんな事は無い。


 私達は、悪くない。知っていたら、会おうなんて思わなかったでしょう?



 ◎月×日晴れ


 許さない許さない許さない許さない許さない許さない

 (以下、延々と同じ単語が続くので省略)


 ×月○日晴れ


 結晶体の純度を上げることに成功。



 ×月△日晴れ


 備蓄食料もあと僅か。

 世界に私と夫の二人しかいないなんて、ドラマチックで笑えてしまう。



 △月□日晴れ


 私と夫は順応したのに、あの子が順応しないなんておかしい。

 あの子のいない世界なんて耐えられない。

 私のあの子、可愛い娘。


 そうか、あれを使おう。



 ?月?日晴れ


 腕の中で眠っている我が子の寝顔を見ながら、夫と二人この時が永遠に続けばいいのにと願った。

 そう、誰に邪魔されることもなく永遠に。



 目が覚めて、ぽろりと涙が零れる。

 ぼんやりとした思考で次から次へと零れ落ちる涙を拭った桜井は、ゆっくりと瞬きをして再び眠りについた。





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