163 うさぎの墓標
寂しくないように、泣かないように。
せめて見た目だけでもと思い、賑やかに飾ってあげる。
他の動物たちの憩いの場となればいいなと思いながら、最後の花輪をうさぎの首にかけた私は満足して頷いた。
白い肌に良く映える、色とりどりの花。
私の隣でそれを見つめていたイナバは眉を寄せて不満げだ。
こんなに素敵なのに何が不満なのか。
そもそも、花輪を作ることを提案したのはイナバだと言うのに。
「飾り過ぎじゃないですかね」
「いいんじゃないの? どうせこういう世界だもの。枯れる事はないだろうし、寂しくないでしょ」
「……そうですね」
ぴょん、と小さく跳ねてイナバは私との距離を詰める。
軽くぶつかってきたイナバは「えへへへ」と笑いながら私の腕に自分の腕を絡ませた。
不満顔だったのにいきなり上機嫌になるとは、どんな心境の変化か。
ベタベタされるのが嫌いなわけじゃないし、今の姿でもイナバは愛らしい。見た目だけは。
けれど、やっぱり私は小動物なイナバの方が好きだ。
ふわふわした毛は柔らかいし、簡単に抱っこできる。
それに撫でるのが気持ちいい。
「ごめんね、気付かなくて」
「いいですよ。わたしも最初は覚えてなかったですから」
「接触、なかったんだ?」
「みたいですね」
随分と他人事のようだがそれも仕方がないんだろう。
私がループしてきた全ての記憶を覚えているわけじゃないように、イナバも何回目なのかははっきり分からないと言っていた。
欠落したと思っていた記憶は、結局ただの勘違いだと思っていたのにこういう事だったとは。
曖昧で、自分の事は必要以上に話さないイナバを考えるとそれもしょうがない。
イナバは魔王様の一部のはずだ。だとしたら、途中からしろうさの中身が変わっていることに気づいているはず。
それも全ては世界の為、と言われたら私はもう何も言えない。
「魔王様、か」
「どうします?」
「どうしてくれようか、って考えてるとこ」
これも全てレディの為、与えられた命令を遂行するための一つだったとしても何もできない。
夢の中とは言えあれほど敬愛していた魔王様の好感度が、一気に落ちる。
私が怒ったところで魔王様は首を傾げ「だから?」と聞いてくるのが容易に想像できた。
あの人にとって大事なのは自分が仕える主だけで、もしかして世界すら興味がないのかもしれない。
勝手に裏切られた気持ちになるよりも、呆れたと言うか何と言うか。
所詮、ヒトじゃないからなと納得した部分もあった。
「何もしない」
「えっ! 会うなりノーモーションで顔面に拳めり込ませそうな由宇お姉さんがっ!?」
「どんな私を想像してるのよ。いや、まぁ気持ちはそうなんだけど」
だからって何もそんなに驚愕しなくともいいだろう。
その様子が演技じゃなさそうだけに、苛々するよりもちょっと傷つく。
墓の前に腰を下ろして花に埋もれた石像を見つめながら、私は口を開いた。
「魔王様の事だから、私がこうやって気づいても驚かないと思うのよね。気づかなければそれで良し、気づいたとしても困る事は無いって」
私なんかより、魔王様の一部であり配下のイナバの方が良く分かってるような気がするんだけどな。
そう思いながらイナバを見れば、整った顔に皺を作って唇を尖らせている。
両性というだけに、どちらにも見える外見と容姿はこの世のものとは思えないくらいに整っていた。
レディよりも美少女に見えるかもしれない。
いや、その前に現実じゃないからこの世じゃないし、そもそもイナバは人間ですらないから、と段々脱線してゆく。
「わたしも、魔王様の事は何も知らないんだなって一人でショック受けてたところです」
「まぁ、あの人は掴みどころが無いからね。でも、主人に忠実なのは事実だと思うよ。その為なら何でもできるだろうし、悲しいとか辛いとか、痛ましいなんて絶対思わないわね」
「……流石、魔王様ですね」
「フリ、をするのは得意だから、あの人も結構胡散臭いんだよね」
言うなれば演技。
相手の様子を観察して、どうすれば一番いいのか考え対処する。
同情したり、大いに嘆いたり。
あまり大げさ過ぎると鬱陶しいので、匙加減が難しい。
落ち着いて考えると、今までの魔王様の言動は全てそうとしか思えなくなってしまった。それでもまだ敬愛してしまうのは魅了の術でもかけられてしまっているんだろうか。
いいや、魔王様の人心掌握術が凄いだけ?
物腰柔らかで丁寧な口調、落ち着いた大人の雰囲気に頼りがいがあり、包容力も大きなところを見せれば大抵の人なら敬愛してしまう。
「無視だな。ロリコン魔王はその存在を無いものとみなす」
「了解です。そうですね、それが一番かもしれませんね」
「それでもダメージなんて与えられないけどね」
打倒魔王なんて掲げてる場合じゃない。
いざとなれば、神原大先生にお願いしてサクッとやってもらえばいいんだろうし。
でもそうなるとレディやギンに止められるだろうな。
魔王様はあれでも【再生領域】担当らしいので。
神原君も大事な駒だからどっちを失っても困るだろうし。
結局私が我慢しなきゃいけないのか。
「レディに怒ってもらうとかは、どうですか?」
「喜ぶんじゃないの? 逆に」
「うわぁ、変態だぁ。やですよわたし。そんな人の一部だなんて」
「ご愁傷様です」
魔王様の事はひとまず置いておくとして、問題はこれからどうするかだ。
うさ耳はあるけど人間の子供になっていたイナバと今後について考える。
この場所は夢なのか内世界なのか、どこかの領域なのかと尋ねれば裏世界に近いと答えられた。
裏世界には嫌な思い出しかないだけにこんな理想郷のような場所もあるのかと驚いてしまう。
「大体、裏世界って言うのは表世界の裏ですから、現実に存在する場所なんですけどね」
「こんな場所、現実にあったっけ?」
「無いですね。この場所はわたしがよく夢に見ていた花畑と酷似してます」
だとしたらイナバの内世界って事になるんじゃないの?
首を傾げながら周囲を見回して、イナバは懐かしそうな表情をした。
うさぎの石像に小鳥が止まって花を啄ばみ始めたので軽く睨んで威嚇する。
ピュッと鳴いた小鳥は嘴で突いていた花を引き千切るようにして、そのままどこかへ飛んで行ってしまった。
この調子だと花の無いみすぼらしい茎の輪をかけたうさぎの石像が出来上がってしまう。
「イナバでも夢、見るんだ」
「わたしを何だと思ってるんですかー!」
「よく分からないもの」
「なっ!」
「魔王様の一部分で末端とは言え、本体の魔王様とは似ても似つかないからね」
あの魔王様の力を少しでも持っていればこんな性格の相棒は生まれないと思う。
いや、持ってるんだけど。
力は確かに持ってるんだろうけど、人間に近すぎる。主人である魔王様よりも人間くさい。
くろうさは、レディの補佐をしている賢い存在だけど人と言うよりロボットみたいだ。
だからどことなく冷たさを感じてしまう言動も納得がいく。
最近はイナバの影響か、随分と自分の感情を上手く表現できるようにはなっているみたいだけど。
それがいいのか悪いのか私には分からない。
まぁ、駄目だったらレディが何かしらやってるだろうし、あまり気にする必要も無いと思う。
あれするな、これするな、と細かく指示を与えられ上から押さえつけられていないだけまだいい立場なのかなと思って苦笑した。
上手く使われているわりに、待遇がいいのはそれだけリスクが高いからだとばかり思っていた。
いや、私の考えすぎで本当はそれ以上も以下もないんだろうけど。
「ネットワークで繋がってればどこでも行けるから、データ上の存在だとも思ってたなぁ」
「最近はいい子にしてますよ?」
「教授は知ってるってさ。そう言ってたよ、バレバレだったねイナバ」
「え? いや、わたし痕跡残さないのには自信がありますよ!」
そう言われてもと私は亀島教授が楽しそうに笑っていた事を思い出した。
イナバに自分のパソコンをハッキングされたこと、構内監視カメラにもその足跡は残されていたという事。
どういうルートを辿り、何を探しているのかも分かったのであえて誘導してあげたとも言っていた。
それが本当かどうか私には分からなかったけど、隣でイナバが鬼のような形相をしているのを見れば多分事実なんだろう。
思い当たることでもあるのかな。
「分かりました、その挑戦……受けましょう」
「いやいや、挑戦なんて無いですし」
「わたしの気が収まりません!」
鼻息荒く拳を握り締め闘志に燃えているイナバは、宙に向って拳を突き出し戦闘態勢をとりはじめる。
恐らくイナバの目の前には教授の姿が浮かんでいるんだろう。
肉弾戦でいけば圧倒的にイナバが有利な気もするが、死亡フラグを回避してくれた教授の動きは意外と機敏だったことを思い出す。
あの人も普段ぼんやりしてて、専門以外は何もできなさそうに見えるから勘違いしやすい。
「しょうがないから諦めなよ。榎本君も痕跡残さずハッキングする自分の腕を誇ってたらしいけど、結局は教授の掌の上で転がされてただけだったよ?」
「なんと!」
「凄く悔しがってて、彼もリベンジに燃えてたけどね」
考古学が専門なのにプログラム関係にも明るいとは、教授はどこまで出来るんだろうと不思議に思った。
今は黒焦げになった私の体を修復している最中だけど。
冷静に考えたら、それも考古学とは関係ない。
他世界でパンドラ鉱石、ティアドロップ研究の責任者という事を考えると納得してしまうが、あれはあくまで他世界での話だ。
世界が違ってもやってる事が大体同じなのは何故だろう。
それとも、そんなものなんだろうか。
「分かりました。ならばタッグを組んで、打倒亀島教授です!」
「うん、だからどうしてそうなるのかな」
「やられっぱなしは悔しいからです!」
その気持ちは分からないでもないが、そんな事に全力を注いでいる場合ではない。
私達の敵は神様ともどき。
新井君たち四足の化け物が他にも存在しているかもしれないから、それも考慮しなければいけない。
神ともどきに比べたら雑魚かもしれないが、大量に存在していたらどうしよう。
その時はその時に考えるか。
「まぁ、平和になったらね」
「ブー」
そう言ってから平和とは何ぞやと自問する。
私にとっての平和なら今もあまり変わらないんじゃないかとすら思えてきて、何の為に私はここまで足掻いてきたのかを思い出した。
全てはループからの脱却のため。
全ては歪になってしまった世界を元に戻すという管理者たちの理想のため。
そのために、元凶であり封じられても尚その影響力が大きいカミサマ家族を倒さなくてはいけない。
倒す、というのは消すこと、殺すこと。
外の権限を手にしただけでは駄目だというのが辛いところだ。
「罰当たりか……」
「ん?」
「何でもないわ。さて、移動しましょうか」




